冬暁
2025-11-26 22:21:08
3095文字
Public 鳴保
 

モーニングコール

鳴保版ワンドロワンライお題【本/休みの日/声】より。
※センシティブな描写が含まれています。


「保科」
 ポトン、ポトンと波紋を描いては消える間もなく雫が落ちた。
「保科」
 白く曇るマスク。規則的な機械音。電極の先には傷だらけの体が必死に鼓動している。
「保科」
 反応はない。触れる手は普段よりもずっと冷たく血の気を引いていた。
「ボクの声が聞けて満足か」
 戦場で瀕死になった保科はどうにか命を繋がれてここにいる。状態は芳しくない。
 怪獣細胞を利用した治療で何とか引き戻せただけの、重体。あと数日で意識が戻らなければ、最悪も想定した方がいいと宣告されていた。
「諦めの悪いお前がどうしても無理だというなら、ボクが許してやる」
 人に聞かれたら追い出されそうだな……と言ってから気づいた。辺りを見渡したが、ボクが面会に来ているからか。或いはとりあえず状態が安定しているからか。少し離れたところで作業しているのが見えた。このICUの患者は保科だけだ。両隣も空いているから、ボクの声は機械音に紛れて他の誰にも届かない。
「最後にボクの声を聞きたいんだろ? 生憎とボクも忙しいからな。次いつ来れるかはわからん」
 どれだけ来たくても、怪獣が発生すればボクはそちらに行く。最優先はどうしたって保科にはできない。都合よく保科の最後に居合わせるなんてできない。
「だから、諦めるのなら今諦めろ。ボクが、許してやるから」
 ボクが来るまでに何度も危篤状態になったと聞いた。その度にどうにか持ち堪えたとも。体力はもう限界で次はないだろう、とも。
「頑張ったな、保科」
 ガーゼで覆われた頬を撫でる。ざらりとしていて触り心地が悪い。そのまま額を撫でて髪を梳いた。
 もし死ぬのなら、ボクがいる時に死んで欲しい。その最後をボクに看取らせて欲しい。望み通りボクの声と共に。
 誰もが保科の死を悲しむだろう。悼むだろう。それでもボクがそれを許そう。戦い続けた保科を、生を望めなかった保科を。ボクはそれを決して無駄にはしないから。
…………
 例えお前が死んでも、ボクは怪獣を討伐し続ける。ボクが最強として、この国を守り続けることは変わらない。
 だけど——————
「ボクはお前の声を忘れたくない……
 蚊の鳴くような声だった。そんな弱々しいものを吐いてしまったことに唇を噛み締める。
 遠くでキィと椅子が軋む音がした。足音が近づいてきたことに気づいて目を閉じる。
「時間だ」
 握っていた手を解く。保科の心電図は変わらないままだった。
「鳴海隊長、面会終了時間です」
「ああ」
 保科に背を向けて看護師の元へと歩みを進める。
 その時だった。
 何かに髪を引かれたような、そんな些細な違和感。
……保科?」
 振り返る。さっきと何も変わらない。気のせいだったのか?
 いや、何か……、何かが——————
 ピク、と痙攣するように瞼が震えた。
「保科」
 まるで必死に目を開けようとしているみたいだった。
「保科!」
 数歩の距離を埋める。離した手を握る。
「保科、保科。ボクの声が聞こえるか」
「保科さん!」
 異変に気づいた看護師たちが動き出した。静けさに包まれていたICUが一気に騒がしくなる。
「保科、ボクに応えろ」
…………、ぃ、ぁ」
 微かに声がした。ふるりと震えた睫毛がゆっくりと持ち上がっていく。
……み、さ……ん」
 深く息を吸い込んだ。吐いた息が震える。
「ああ、ここにいる」
 普段よりも細いせいで瞳孔の位置なんてわかりやしない。それでも確かに目を向けられたのがわかった。


Posted by 冬暁/薄明