冬暁
2025-11-26 22:21:08
3095文字
Public 鳴保
 

モーニングコール

鳴保版ワンドロワンライお題【本/休みの日/声】より。
※センシティブな描写が含まれています。

「鳴海さん、知ってる?」
 唐突に振られた話は主語がなくてわからない。何について問いかけてるんだ、と思いつつもとりあえず「知ってる」と返した。
 画面の中で敵のシルエットが岩陰に現れる。ターゲットをつけて居場所を共有しながら周辺を確認した。銃声が重なり、遮蔽物を利用しながら撃ち合う。
「何について聞いたかわかってへんやろ」
 快哉な笑い声が降ってきた。目まぐるしく変わる戦況に対応しながらも、意識がそちらへと向いて集中が削ぎ落とされる。
 タンッ、と高い銃声が響いた。そう認識した時にはダウンしていた。
「は」
 ヘッドショット。残っていたはずのHPがごっそり逝かれた。他のチームメイトも押し負け、敗北のリザルトが表示される。
「はァーー!?」
 よりによってヘッドショットぶちかまされるとは。そうでなければいくらでも挽回できたというのに。
「くっそ、あの遮蔽物の隙間ぶち抜いてくるとかどんなエイムしてんだ」
 ゲーム機を放り出す。完全に集中が途切れた。
「一旦休憩だ、休憩!」
 体から力を抜くと、ふわふわのラグが頬を撫でた。床でゲームをしてることが多いボクのために保科が買ったものだ。肌触りがそこそこ良い。クッションを抱え込んで横になればゲームをするには最適だ。保科の部屋に来た時は大抵ここにいる。
 ゴロ、と仰向けになれば保科がボクを見下ろしていた。ラグがボクの定位置なら、その側にあるソファが保科の定位置だ。
「人間が最初に忘れるのは、声なんやって」
 さっきの主語か。それが今読んでいる本の内容に触れるものなんだろう。
 たまにこういうことがある。集中して読んでいたかと思えば、何の前触れもなく話しかけてくる。
 それは独り言にも近いものだ。ボクが答えようと答えまいと一人で話すし、ボクも気が向いた時にしか答えない。感想のような、問いかけのような、或いは情報の整理のようなもの。保科は一通り話せば満足して読書に戻るし、どうしてもボクの答えが聞きたい時は改めて話題を振ってきたりもする。
「らしいな」
「でも、人間が最後までわかるのも声なんやって」
「ふぅん」
「確かに意識がぶっ飛びかけても耳だけは聞こえてる気がするわ」
 ボクはそれほどの傷を負ったことはないが、そんな様子の隊員を見かけることはあった。
 目を閉じているのに、声をかければピクリと瞼が震えたり指先が震えたりする。瀕死の状態でベッドにいたのに、家族の呼びかけが聞こえてた……なんて報告を聞くこともあった。
 そんなことを思い返していると、保科の手がボクに伸びる。前髪を指先に軽く巻きつけたあと、するりと横に流した。前髪で覆われていた視界がクリアになる。
「最後に聞くとしたら、鳴海さんの声がええなぁ」
「亜白じゃなく?」
「亜白隊長もええけど……
「いいのかよ。そこはボクだけと言え」
 亜白を理由にボクの勧誘を誘ったくせに、と話を振ればあっさりと肯定されたのが気に入らん。第1にいないくせに最後はボクの声を聞きたい、は難しいだろ。
 ボクたちの最後なんて、戦場でしかないんだ。
「隊員としては亜白隊長に見送られるんはええな、と思うだけや。あの人守れたってことやろ。ただ、僕個人として——ただの保科宗四郎としてはやっぱり鳴海さんの声聞きたいなぁと思う」
…………
「鳴海さんの声聞きながら死ねたら満足やなぁ」
 額から鼻先、それから口へと下りてきた指が唇をつつく。かぷりと噛めば逃げていってボクの鼻を摘んだ。首を振って払えば大人しく肘置きに戻っていく。
「贅沢な奴め」
「贅沢やろ? ま、そう簡単に死ぬ気はないけどな」
 深い色の瞳が瞼の細い隙間から覗いた。
 防衛隊員としての誇りと信念が強く宿る目。それを示すように日々鍛え上げられた心身は防衛隊でも群を抜く。ボクを差し置いて近接最強などと言われている男だ。言葉通り簡単には死なない。

 それでも、この世には絶対なんてない。

Posted by 冬暁/薄明