めやぬら
2025-11-24 23:27:06
11158文字
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ハロウィン

ニキひい。
以前公開していたものの完成版。
見たかったのは、ニキの対一彩と対燐音と対ほかの人の温度感の違いだったんですけど、迷走しました。
ニキひいは3ページ目だけです。



 千秋を付き合わせて夕飯を食べ、一旦部屋に戻ってその他諸々しなければならないことを終えた後。ニキは一人、共有キッチンの作業台で作業をしていた。

 昼間は冷蔵庫に入れていたケーキにはハロウィンならではのデコレーションもない。レモンの形をした小さなケーキたちに仕上げを施す。レモンの風味のアイシングをかけて固まるまで待てば、出来上がりだ。

 これを渡すつもり満々だったお相手は、今はどこで何してるんだろう。結局今日は一度も姿を見なかったし、名前も聞かなかった。イベント会場でさえだ。鍵穴とスートのデザインがされた個包装のお菓子を持っている人は見かけたものの、それを配る彼らがどこにいるのか、会場中うろちょろしていたニキにもわからなかった。

 これだけ多くの人がニキのお菓子を取って行ったのだから、その中の一人に一彩がいたっておかしくない。だけど、多分それは無いんだろうな、という根拠のない確信もあった。おそらく一彩は、今日一日寮には戻っていないんだろう。裏方の仕事も自分から手を挙げたといっていたし、なにより人のために何かをするのを厭わない人だ。力になれるならいくらでも働く、と笑う顔が目に浮かぶ。
 とはいえ、もうそろそろ帰ってくるんじゃないだろうか。そしたら、ここに来てくれないかな。噂にもなっていたようだし、聞きつけてここに来てくれるかもしれない。

 そんな都合がいいこと、あるわけないか。

 味見がてら、カウンターに立ったままレモンケーキの一個にかぶりつく。酸味は甘く緩和されているが、レモンの風味が爽やかさを十分に醸し出している。アイシングにレモン果汁を入れているからグレーズ部分は少しすっぱくて、冷やされたケーキ本体ともよく合っていた。
 これを食べる一彩の顔を直接見たかったのだけど、仕方ない。冷蔵庫に入れておいて、いつも通り、お菓子作ったから時間あるときに食べてと言えばいい。大量のお菓子作りに着手したときはクサクサしていた気持ちも、時間が経てば褪せて落ち着いてきた。
 メッセージでも入れようと、スマホを手に取る。

「たのもー!」
「うわー!!」

 さっきまでの静けさを食い破らんばかりの大声に、思わずスマホを取り落としそうになってしまった。扉を蹴破らん勢いでバタバタ駆け込んできたのは、一日中ずっとニキの思考に居座った当人。想定外の一彩の来訪に、あわてて目の前にある小さなレモンケーキをカウンターの陰に隠す。

「どっあっ、だ、うぇ?!弟さん?!」
「あれ、椎名さん、ここにいたんだね。ここに椎名さんが作ったお菓子があると聞いたんだけど、見当たらないな。何か知らない?」

 ニキの驚きを他所に、一彩は何かを探すように視線を巡らせているが、おそらく探してるお菓子はもう無い。カゴも片付けたあとだし、今日限定のお菓子屋は既に店仕舞いしている。

「お、お菓子?って僕が置いてたやつ?」
「ウム!ひなたくんが教えてくれたんだ。僕はずっとイベントの方に出ていて食べられなかったから、余っていないかと思って」
「そうなんすね……んじゃ、ちゃんと言ってくれたら教えてあげるっすよ」
「言う?なにを……あっ、トリックオアトリート?!」

 すぐにはピンとこなかったのか少し戸惑った挙句、すぐに思い至って慌ただしい勢いのまま響く呪文。はてなマークが付いててつんのめりそうなそれが、今日一日聞いた中で一番あっけらかんとしていて、ニキは思わず吹き出した。

「あはは、そんなに楽しみにしてたとこ残念すけど、ハロウィンのお菓子はもう無くなっちゃったっす」
「そ、そうなのか……
「そんで、弟さんはどうするんすか?」
「どうするって、どうもしないよ。お菓子は無いんだろう?残念だけど、仕方ないね」
「そうじゃなくて。僕、お菓子無いって言ったんすけどねぇ」

 トリートがないならどうするか。当然もう片方をされなきゃいけないはずなのだけれど、お菓子しか頭になかった一彩はいたずらをするという選択肢がすぐに出てこなかったようだ。しかし、にこにこして待っていれば、あっと小さく得心した声をあげて、困ったように眉を下げてしまう。
 
「い、いたずら……しなくちゃいけないかな」
「そりゃーもちろん。“お菓子くれないならイタズラするぞ”って言ったのはそっちじゃないすか、何で乗り気じゃないの」
……無責任な話だけど、いたずらなんてまったく考えていなくて」

 どうしようかと首を捻る一彩。さもありなん、と思うものの、困り顔すら可愛く思えてしまって、じゃあしなくていいよと言うのは勿体無い気がした。罰じゃないから辛い思いはしないと思うし、はてさていったいどんな悪戯をしてくれるんだろう。
 少しワクワクしながら待っていれば、彷徨っていた視線がニキの手元に留まる。隠したケーキは見つかってないはずだが、そのあたりをじっと見られて、ちょっとだけ不安になってくる。
 ばれてる?とニキが聞きそうになったぐらいで、よし、と一人頷いた一彩は、カウンターから出て欲しいと手招いた。

「椎名さん」
「なぁに、っ!」

 何をされるんだろうな、と呑気に油断していたニキの襟元が掴まれる。ぐいっと引っ張られて一彩の顔が目の前に迫った。吐息の感触が肌をくすぐるほどの至近距離に、驚いて凝視する間もなく、一彩は目を伏せニキの肩口に顔を寄せた。

「は、へっ?!」
……レモンの香り」
……え?」
「お菓子なんて無いって言ったのに、何か作っていたよね。甘い匂いがする」

 肩に流した髪を嗅ぐるように、鼻を鳴らす。そっと耳に届いた呟きは訝るような響きを含み、反対の方に置かれた手がエプロンの紐の下に潜りこみ、脱がすように滑った。
 少し下から見上げてくる瞳は楽しそうに歪められ、微笑みかけられる。

「お、おとうとさ」
「嘘をついたの?」
「いやっ嘘っ、ていうかその」
「嘘つきは」
 食べちゃおうかな。

 肩紐が腕に落とされて、肩が掴まれた。理解が追いつかないで混乱しているニキなんて気にもせず、一彩はその肩に口寄せる。
 
「ちょっ、おお、弟さん?!」

 困惑する頭でも何されるかが分かって、思わずギュッと目を閉じたと同時に、少し斜め下から聞こえるリップ音。
 だけど、期待したような感触は無かった。

……あ、あれ?いま、ちゅって、でも、えっ幻聴?」
「ふふ、びっくりした?」
「な、なにしたの」
「大したことはしてないよ、肩に置いた僕の手の甲にキスしただけだ。このあいだ、リップ音というのを教えてもらったからやってみたんだけど、どうだったかな?」
……はぁ〜〜!もー、びっくりした……
「イタズラ成功だね!それで、何を作っていたの?ハロウィンのお菓子じゃないんだよね」
「レモンケーキっす。……本当は渡そうと思ってたのに、弟さん早くからイベントの方行くって言ってたから、なんか、切り出せなくて」
 
 たったそれだけのことが思い通りにならなくて、ストレス発散のために無駄なお菓子の大量生産までした。子どもっぽくて恥ずかしいけど、さっきのイタズラのおかげか、一彩がお菓子を求めてここまで来てくれたからか、もう変な意地を張る気持ちも萎んでしまった。

「もしよかったら、一緒に食べましょ。ハロウィン仕様とかじゃないすけど」
「いいの?!嬉しいよ!」
 
 こんなことなら最初から変な気を使わず、食べて欲しいものがあると言えばよかったなと思った。だけど、変な意地のおかげでイタズラされたんだと思うと、なんか役得なような気もしてしまう。
 こんなに素直なのになぁ。あんなイタズラするなんて。
 なんだか負けたような気がする。でも、ハロウィンだからなんて建前も言えないぐらい、一彩の好みに合わせたお菓子を特別に作る時点で、たぶんニキの負けだったのだ。
 一彩にカトラリーの準備を頼むと、ひときわ弾んだ無邪気な声が返ってきた。