留守田
2025-11-23 00:00:00
8073文字
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【フェイルーン創作市 SP2025無配】不燃の話

11月16日のイベントで配ってた無配です。振り返っての後書き付き。
※冒頭のキャラクター紹介はカットしています。


 アスタリオンの子供スポーン達は、その働きが認められると宮殿の執務室で主人から特別な褒美を与えられる。
 それは金ではなく、かと言って物ではなく、血でもない。
「何かひとつ願いを言え。叶えられる物は叶えてやろう」
 主人に願いを言う権利。そして余程の無理難題でもない限りは、概ね叶う。
 物品や休暇(彼らの大半は使用人でもある)に、未知の知識や情報など……アスタリオンは自分の子供スポーン達が何を欲しがるか楽しみにしている所もあり、大抵は笑って叶えてやっていた。

主人あるじよ、俺にその錠前崩しの技術を御教え願いたい」
 だがこの日は思い切り眉間に皺を寄せ、首を横に振った。
「駄目だ」
 珍しい拒絶の一言に、跪き頭を垂れていた子供スポーンは顔を上げて訝しげに目を細める。
 その髪は白く、肌は薄い青紫色。その麗しくも勇ましい顔立ちに普段は美しく開かれた赤い瞳と、少し厚い唇が何とも可愛らしいドラウの子。
 彼のかつての名はドゥルアラク。
 元ロルス信徒のヴァンパイア・スポーンであり、今はアルルスリンという名のアスタリオンの養子でもある。
「アスタリオン、いいじゃないか。何かいけない理由でもあるのか?」
 アスタリオンの隣に立っていたヴァリスは、伴侶の判断にすかさず口を挟んだ。別に、開けられて困る物も無いだろうに……
 鍵開けは招かれた家にしか立ち入れない身であっても、諜報にとても役立つだろう。
 だと言うのに、アスタリオンは首を横に振った。
「その程度、褒美でなくとも教えてやる。父としてな」
「えっ?」
 アスタリオンは執務机から立ち上がり驚きの声を上げたアルルスリンの前に立つと、彼に手を差し伸べる。
 そして戸惑いがちに手を取った彼を立ち上がらせると、素早く抱きしめた。瞬きをしていては見逃しそうなほどの手早さに、ドラウの子は目を丸くする。
「あ、ある――
「お前は俺の養子なんだぞ? 以前のように義父上と呼んだらどうだ」
……しかし」
 アルルスリンは困惑の表情を浮かべ、行き場のない両腕が曖昧に彷徨う。
 結局のところ、養子というのは表向きの立場であり……創り出されたヴァンパイア・スポーンとしての在り方が変わったわけではない。
 彼は依然としてアスタリオンの落とし子スポーンであり、主人に支配される眷族のひとりだ。
「くどいぞ、アルルスリン。一度でも俺がいいと言ったからには、存分に息子面をしていろ」
 しかしながら、アスタリオンはこうして正面から落とし子スポーンを抱きしめ、父と呼べと言いつつも主人あるじらしく命じるでもなく、寂しいのか拗ねて唇を尖らせている。
……旦那様」
 とうとうアルルスリンは名付け親であるヴァリスの方に縋り付くような視線を向けた。
「いいじゃないか、スリン。親には子が死ぬほど可愛らしくて堪らなくなる時がある。そういうものだ」
 実際、ヴァリスは今のアルルスリンを可愛い子供としてしか見れない。
 彼にとって瞑想トランスでさえも安息を得る手段ではなかった頃からすると、よく休息を取り、血を吸い、狩りをし、そして人並みに困っている今の彼の姿からは、様々な感情が込み上げてくる。
 こうして無防備に困っていられるほど、彼は我が家で安心して過ごせているという事でもあるのだから。
「そ、そう……なのか……?」
 ヴァリスは頷く。彼自身は親から愛情を感じられるような真っ当な育て方はされなかったが、伝え聞く所によるとそうらしい。
 ……まあ自分より優に百年は生きているドルイドも概ね似たようなことを言っていたのだから、きっと正しいだろう。本人はそう考えていた。
……義父上」
 眉間に皺を寄せながら目尻を下げ、相当に困惑した様子でドラウの子は主人あるじもとい義父を呼ぶ。
 ある詐欺師を捕まえ、バルダーの声にその名が派手に載った時の褒美に呼んだ際にはあんなにも誇らしそうにしていたのに、どうにも求められると弱いらしい。これが剣術になれば彼は誰が何人押し寄せても崩せぬ牙城と化すが、その差がまた何とも可愛らしくて二人の親の庇護欲を煽った。
「どうした?」
「俺に、錠前崩しの技術を教えてほしい」
 アスタリオンは穏やかに微笑むと、唇の緩やかなカーブを保ったまま彼に問う。
「何故だ?」
「俺は知りたいんだ、義父上がどうやってあの難攻不落の食糧庫を開け、夜な夜なハムを盗み食いしてるのか」
 ――盗み食い?
 幸せそのものが浮かんでいたはずのアスタリオンの表情が引き攣る。絆魂の繋がりライフリンクを介して伝わるに相応しい激情が、表向き平然とした顔の伴侶から送られてきたからだった。
「義父上と違って何か食べられるわけじゃないが、鍵をこじ開けられるようになれば、もっと義父上の役に……?」
 アルルスリンは剣呑な気配に思わず伴侶が立っているはずの方向を向き、サッと目を逸らす。
 ……生命や尊厳の危機などを感じたわけではないが、見ていられないほどアルルスリンには恐ろしく思えた。
 そもそもヴァリスは伴侶にとてつもなく甘い所がある。だから、てっきり軽く嗜める程度で済むと思っていたのだが、今回は見通しが甘かったようだ。
「ハニー、私は最近……コックから食糧庫のストックが不自然に減っていると相談を受けていたんだが」
 いつもより一段と低く、冷たい声は吹き荒ぶ寒風のよう。
「ほう、それは知らなかったな……多分、ネズミの仕業じゃないか?」
 しかしそれをどこ吹く風と鷹揚な態度で答える主人に、アルルスリンはある種の感慨を覚えた。
 自分の非が明らかなのに、よくこうも開き直っていられるな……と。
「ああそうだな、ネズミの仕業だったようだ。真っ白で可愛い、この宮殿でいちばん偉~いネズミのな!」
 元役者らしい、所々誇張したアクセントの付いた台詞を言い終えるや否や、ヴァリスは〝真っ白なネズミ〟の首根っこ――正確には、服の後ろ襟を掴んだ。
 だが、その姿は部屋に薄い霧を残し一瞬にして消え、霧は風も吹いていないのに締め切られたままのドアの隙間からするすると抜けると、二人が強く感じていた闇の気配も消え失せる。
 ヴァンパイアの〈ガス状形態化ガシアス・フォーム〉だ。
 スポーンにも使える初歩的なヴァンパイアの能力だが、説教から逃げるために使えるのは宮殿を支配する君主ロードぐらいなものだろう。眷属がやろうものなら強制力によって元の姿に戻されてしまうのだから。
「チッ……逃したか」
 ヴァリスは手応えの無くなった右手を握り締め、強かに舌を打つ。
 横顔に宿る鋭い眼光は、彼が一年ほど前に死か脳変容と隣り合わせの旅をしていた冒険者だった事実を、誰にでも思い出させた。
「スリン。アスタリオンに錠前崩しを教わるのはいいが、悪戯は程々にな」
「あ、ああ……もちろん。旦那様」
 少なくとも定命の使用人達に迷惑が掛からないようにしようと、アルルスリンは己の胸に刻んだのであった。

 ――そして、アルルスリンは錠前崩しの術を学んだ。
 だが、そもそも彼が錠前崩しを習得しようと思ったのは、姉のベスティラからある話を聞いたからだった。
『スリン、知ってる? 執務室にある机の鍵付きの引き出しには、ご主人様の宝物をしまっているんですって』
 スポーンの姉ベスティラは、名目上アルルスリンに与えられた私室にしょっちゅう押しかけてきては、地下貯蔵庫から〝くすねてきた〟血のボトルを開け、二人でゆっくり飲む。それがいつしか、二人の間で恒例の行事になった。
『義父上の宝物?』
『ええ。どんなものかは教えてくださらなかったけど……とても大事なものだと仰っていたの。一度でいいから、見てみたいわね』
 ――強大なヴァンパイア・ロードがしまい込む宝、と来れば、興味がないわけがない。
 彼は今や主人あるじであるアスタリオンのことを「義父上」と呼んでいたのが兄姉達に聞かれて以来、完全に末弟の扱いを受けていた。
 しかし、訓練場に立てば話は別だ。細身の身体は鋼のようにしなり、兄姉を次々と地面へ叩き伏せる。あの忌まわしい都で得物を振るっていた頃と何も変わらない。
 アスタリオンを相手にしても、時には善戦する。
 ……もっとも、勝てそうな時に限って横から〈加速ヘイスト〉を入れられ、ついぞ勝てた試しはないが。

 今の時刻は午後二時。この宮殿では〝人の居ない部屋〟はカーテンを閉めておくように、という一風変わった掟があるからか、無人の部屋はいつも暗い。
 アルルスリンはザール宮殿の無人の執務室へ入ると、迷うことなく鍵のかかった机の引き出しを開けにかかった。
 盗賊道具のポーチに収められたピック達と、叩き込まれた知識を総動員して、この引き出しの中身を彼は覗こうとしていた。
 まず、罠はなかった。魔法の鍵というわけでもないが……
……ッ、クソッ」
 ――ただひたすら、嫌がらせのように難しい。一つ一つの仕掛けは簡単でも、二つ三つと絡むと複雑になり、四つ五つも重なれば簡単に道具をダメにする。
 普通の鍵なら一分とかからず開けるようになったアルルスリンでも、これには骨が折れる。
「これが……はぁ!? なんでこうなってるんだ!? クソ、この……!」
 こんな鍵を仕掛けた男の、意地の悪い笑みが目に浮かぶようだった。
 きっとこれを解いている時の人間の顔を肴に、ワインを傾けるような悪趣味な輩に違いない……



 ……それから三十分。ドラウの言葉で散々悪態をつきながらも、アルルスリンの指は正確だった。
 ピックの先端を慎重に、微細な金属音を頼りに操り――ついに、最後のピンが下りる。
 ――カチリ。
 鍵は開いた。アルルスリンの錠前崩しの技に、やっと錠が屈したのだ。
「よし……!」
 喜びにグッと拳を握りしめ、引き出しを開ける。
 取っ手を持って引いた感触では、特別重たいものは入っていないようだったが……実際その通りで、アルルスリンは大量の紙類と出くわした。
「手紙、にしては、随分と粗悪な紙だな……
 何かの切れ端だとか、本の白紙のページを破いただけの雑紙がいくつも丁寧に折りたたまれ、やたらと大切に保管されていたようだ。
 そのうちの一つを慎重に開いてみるが、中身はエルフ語だった。
 遥か昔に分かたれた地上エルフ達と地下エルフ達では、当然言葉が違う。アルルスリンには読めないものだった。
「そう簡単に、宝物へは辿り着かせない……ということか。参ったな」
 とは言え、共通語とエルフ語の辞書があれば、時間はかかるが読めるだろう。アルルスリンは盗賊道具のポーチから紙と木炭を取り出し、内容を書き留めようとして……
「スリン、何をしているんだ?」
「あら、スリン。奇遇ね」
 ヴァリスと一緒に散歩していたらしいベスティラが、何故か無人の執務室を覗きに来た。
 ヴァリスとベスティラ。よりにもよって〝旦那様〟と己に話を聞かせた姉が、今ここに現れるとは――これ以上ない、悪い巡り合わせだった。
 二人の姿を見たアルルスリンの脳裏に蘇るのは、スポーンとしての掟。
 ――兄弟姉妹を濫りに傷付ける勿れ、盗む勿れ。
 主人から盗むな、とは言われていないが、仕置きの一つや二つは……ありえるかもしれない。
……っ! い、いやこれは、その、ええと……錠前崩しの復習で……
 実際、腕試しのためではあった。それに、本当に奪われたくないのならもっと強固な鍵にするべきだ。
 俺が開けれる方が悪い! とアルルスリンは内心開き直るが、冷や汗は止まらない。
「復習……アスタリオンの机でか?」
 ヴァリスが片眉を上げ、アルルスリンは全力で頷く。
「そ、そうだ! 罠もなかったし、これは訓練用の鍵だと判断して……!」
「なるほど、訓練用ね」
 ベスティラは引き出しの中を覗き込み――
「あら……なにかしら、これ。紙ばかり?」
 折り畳まれた紙切れ達の中から一枚取って、拡げる。
「ああ。開けた俺へのメッセージかもしれないが……地上エルフの言葉で書いてあって、俺には読めない」
 ヴァリスも首を傾げて、ひとつの紙を手に取った。
「つまりエルフ語か? どれ……
 紙を広げた瞬間、ぴたりと動きを止めた。褐色の指が震え、顔に見る見るうちに血の気が引いていく。
……あ」
 嫌な予感がしたのか、ベスティラが顔を覗き込む。
「どうしたの、ヴァリス様?」
……ああ、わ……ぁ、は、え? あ、あ、あ……?」
 もしかして、何かよくない物を開けたのか? アルルスリンは己の掌を見て、今更ながらに思った。
「は、わ、あ……――――!!」
 開いた雑紙を握りつぶし、ヴァリスが急に叫ぶ。
「旦那様!?」
炎よイグニス!」
 流れるように〈炎の矢ファイアー・ボルト〉を紙束に叩きつけようとするのを、アルルスリンは咄嗟に後ろから羽交い締めにして止める。
「いや待て待て待て旦那様可燃物しかないぞこの部屋!!」
「うるさい! 私ごと燃やすんだこんなものは!!」
 急に叫んだかと思えば、何故かなりふり構わず初級呪文キャントリップで燃やそうとする。
 わけがわからない。一体、これはなんなんだ?
「離せええええええ!」
「ちょっと、旦那様!?」
 暴れるヴァリスをアルルスリンとベスティラが二人がかりで抑え、半ば取っ組み合いの状態になりつつある時、執務室の扉が開いた。
「我が配偶者の叫び声が聞こえたかと思ったら……なんだ、一体何が起こった?」
「ご主人様!」
 現れたアスタリオンの視線は落ち着き払っているが、取り押さえられている伴侶と、執務室に広げられている雑紙の山を見て――
「ああ、俺の宝物を見つけたのか、ダーリン」
 微笑ましそうに笑うその声に、取り押さえられたヴァリスは更に激しく暴れた。
「アスタリオン! アスタリオンお前!! この野郎!! 燃やすって言っただろ!!」
「ああ、言ったな。顔を真っ赤にしたかわいいお前に〝旅が終わったら燃やす〟と」
「どうして燃えていないんだ!?」
 二人を振り払い、まるで猛獣のように吠える伴侶に、アスタリオンは涼しい顔で答える。
「旅がどの旅か、までは言っていなかっただろう?」
 ……伴侶の血の気が更に引いていくのを、アルルスリンは恐る恐る見つめた。
 そして、アルルスリンとベスティラは悟った。
 あの紙が何なのかは分からないが、とりあえずご主人様アスタリオンが悪い、と。
「ご主人様、その……流石に永遠を添い遂げるとまで誓ったお方との約束は、守った方がいいと思うのだけれど……
 生前は地上の貴族だったという姉が言うことはアルルスリンにとって馴染みの薄い価値観だったが……
「義父上、メンゾベランザンでも裏切る時と相手は選ぶぞ」
 と、アルルスリンはため息をついた。
 考えなしの裏切りは破滅を招く。それだけは昔から変わらない。
「恋人から貰った愛の詩を、俺に捨てろと言うのか?」
「言うな!! 馬鹿!!」
 アスタリオンの一言が更に油となったようで、ヴァリスは頬が染まらない代わりに腕を振り回し、アスタリオンへ拳を叩き付ける。
 それを片手でいなしている辺りが、流石は我らが主人だと言うべきか、呆れるべきなのか……アスタリオンの二人のスポーンたちは、顔を見合わせるばかりだった。



……それで、僕とアドヴェル兄さんも掃除に駆り出されたってワケか」
 四つのバケツと布巾を持ったシグナスが、黒く煤けた執務室を見渡す。
 結局あのあと、アスタリオンが恋人としての顔と宮殿の主としての顔を上手く使い分け、伴侶の怒りを鎮めようとしたのだが……
『大事に取っておきたいという気持ちは分かった、アスタリオン……だが』
『なんだ?』
…………お前がこの前、くれた詩があるだろう。その、まさかとは思うんだが、あれは』
『ああ、お前の詩への返信だ』
そう答えたアスタリオンが、おもむろに自作の詩を諳んじ始めたのが良くなかった。
『〝君の瞳が夜を揺らすと、私の息も――〟』
『うわあああああ! 炎よイグニスッ!!』
 羞恥心に駆られたヴァリスは再び呪文で火を放ち、そして誰も止めず、執務室に炎と燃え散る灰が舞ったのだった。
「全く、旦那様は元芸人とは思えないほどの照れ屋だな」
 楽しそうに先端が丸く尖った耳先を動かし、シグナスは布巾の掛けられたバケツを姉と弟に差し出す。
「可愛らしくていいじゃない。まあ、燃やすのはこれきりにしてほしいけれど……
 バケツを受け取ったベスティラは、焦げてしまった本を見て苦笑いする。
 肝心の詩が書きつけられた雑紙は、焦げるどころか灰すら被らずまた元の引き出しへしまい込まれた。
 抜け目ない狡猾なヴァンパイアらしく、一枚一枚に何かしらの保護が施されていたらしい。呼び出されたアドヴェルの〈火球ファイアー・ボール〉が直撃しても何の変化もなかった紙片を見た時のヴァリスの心境は……推して知るべしといった所だろう。
「俺達が掃除用具を取りに行っている間に、ご主人様と旦那様はどこへ?」
 羽根はたきや箒を持つアドヴェルから受け取りつつ、アルルスリンは答える。
「義父上と旦那様なら、寝室へ向かったぞ」
 答えを聞いたアドヴェルは、珍しく尻尾を忙しなく動かした。滅多に見れない、彼が不機嫌であるというサインだ。
「まだ、血腥くて後ろ暗い仕事を任される方がマシだな。はあ……女中メイドたちに後で指示を出さないと」
 がっくりと肩を落とすこの宮殿いちの働き者を、三人の弟妹たちはそれなりに慰めてやるのだった。