【GLR: SHERLOCK|Ep. 01】十三番目の依頼人

山岳写真家のジョン・ワトソンは、雪山からの滑落をきっかけにパルデア地方から故郷のガラル地方へ戻った。そして新たな生活を始めようとフラットを探し、ベイカー・ストリート221Bへ辿り着く。
そこで出会ったのは、探偵業を営む謎多き青年、シャーロック・ホームズ。
二人の出会いを描く「十三番目の依頼人」、そして大きな陰謀が顔を覗かせる「犯人は二匹」、さらにシャーロックの秘密が明かされる「ワイルドエリア・インシデント」、そして物語は最大の敵との対峙「伽藍の密室」へ──。
ポケモンとホームズの融合、華麗なる現代推理劇をご覧あれ。

【主な登場人物】
シャーロック・ホームズ
シュートシティ、ベイカー・ストリート221Bに暮らす探偵。
嘗ての名探偵と同じ名を名乗る謎多き人物。

ジョン・ワトソン
山岳写真家。諸事情からガラル地方へ戻り、221Bへ転がり込む。

【エピソード】
プロローグ
Ep. 01 十三番目の依頼人
Ep. 02 犯人は二匹
Ep. 03 ワイルドエリア・インシデント
Ep. 04 伽藍の密室
エピローグ




 大人しくしろ、確保だ、怒号が飛ぶ駅は騒然とし、一時的にモノレールが遅延する大騒ぎである。不安そうに私とシャーロックを見つめる人々は足を止め、中にはスマホロトムで大捕物を撮影する者まで現れた。流石にこの状況はまずいと判断したのか、雪崩れ込んできた警官たちが群衆を誘導し始める。
 私の肩へ戻って来たエモンガは、褒めろと言わんばかりにドヤ顔をこちらへ向けていた。よしよしと撫でてやれば、エモンガは嬉しそうに小さな手で己の頬をフニフニと触る。絶妙に静電気が来るが、それもご愛嬌だろう。

「シャーロック」

 ワンパチを伴って、レストレードが戻ってくる。彼はビニール袋におさめられたフィルムカメラを掲げて、

「お前の慧眼には警察も敵わん。お前が言った通りだったよ」
「やはり年代物は既に運び出されていたか」
「ああ。これも復刻版のやつだ」 レストレードがカメラの底に刻印された製造番号を見せる。「受注販売してたんだよ」
……質屋にそのまま持ち込まれたか、バラバラに分解されて、複数の店に分散して持ち込まれたか……

 私はポツリと溢す。祖母の形見であったあのカメラは、そっくりな見た目の復刻版には変え難い。しかしこの広いガラル地方、そしてシュートシティである。手元に戻るのはあまり期待できそうになかった。
 幸い撮っていた写真は全て、パルデアで現像してある。私は一度考えるのをやめた。

「すまない、ジョン」 シャーロックは少し眉を落とした。
……構わない。手を離れるべき時に離れただけだ」

 私は誤魔化すように言葉を並べる。できるだけ諦観を装い、心の奥に未練を押し込む。

「こっちでも質屋を片っ端から当たってる。年代物のカメラが持ち込まれたら即警察に相談するよう言ってあるし、盗品の可能性も周知してる」 レストレードが横から言った。「何かわかったら連絡する」
「助かるよ。ヤードお得意の人海戦術で、依頼人たちの手元へカメラを戻してやってくれ」
「クソが、皮肉りやがって。テメエわかってんだからな? ヤードは雁首揃えて大人しくロストボール回収屋でもしとけっつってんだろ?」
「そこまでは言ってないが……、まあ、僕が一人で探すより君らが大勢で捜査網を広げた方が、この手のモノは早く見つかる」 シャーロックは肩をすくめた。「それに」

 瞳がすっと細められる。眼光鋭いその目に、レストレードも私もただならぬものを感じ取る。

「この手口をマイケル一人で思いついたとは考えにくい。あのリージョンフォームのゾロアークは、自然に〈トリック〉を覚えない」

 ポケモンが技を覚えるのにはいくつかのルートがある。戦って経験を積むことで新たな技を使えるようになる場合が一般的だが、特にポケモンバトルの世界では頻繁に、わざマシンと呼ばれるツールが使われる。その旧世代型であるわざレコードも、ガラルではよく出回っていた。つまり──

……第三者がマイケルを唆した?」 私は言う。シャーロックは「ああ」と顎を軽く引いて同意した。
「レストレード。供述調書を後で教えてくれ。できるだけ詳細に頼む」
「また無茶苦茶な頼みを……
「もし第三者がわざレコードをマイケルに渡し、ゾロアークに〈トリック〉を覚えさせ、この事件を起こさせたなら。これ以上の重大な事件が起きてもおかしくない」
「確証があるのか。第三者が介在してるっつう確証が」
「ある」

 シャーロックは真っ直ぐに言い切った。

「二ヶ月前に発生した殺人事件だ。ホワイト・チャペルで起きた銀行員殺しだよ」
「あ、ああ」 レストレードは面食らったように、「けどこれとじゃあ全然性質が違うじゃねえか」
……まさかその事件でも、普通なら覚えるはずのない技を覚えたポケモンが使われたのか」 私は食い気味に問いかけた。
「その通りだ。そしてその事件の折──犯人は供述していただろう」

 レストレードへ視線が集中する。重苦しい空気の中、ゆっくりと唇が動く。口にするのも忌まわしいと言わんばかりの気配を出しながら、レストレードは言った。

、〈教授〉が教えてくれた……それ以外のことは、覚えていない

 背筋が凍りつくような響きに、私は思わず片足を引く。
〈教授〉。言葉通りならば、そのまま大学教授とか、そういう職を示すだろう。しかし此度は性質が違う。

 犯罪の教授。恐るべき教唆犯。


「マイケルがわざレコードを譲りうけ、〈教授〉という言葉を出したなら。それは明確な──」
「お、お、俺じゃない!」

 背後から男の叫び声が聞こえた。マイケルは極限まで目を見開き、唾を吐き散らして何かを怒鳴りながら暴れている。

「落ち着け! 大人しくしろ!」
「俺じゃない! 俺じゃない!」 マイケルは何度も地面へ額を叩きつける。「あ、あたまのなかにだれかいるんだ。おいださないと」
「よせ、やめろ!」 警官が必死にマイケルを羽交締めにして止めにかかる。しかし彼の動きは人の膂力を遥かに超え、
「うう、ううう! うう! 〈教授〉が! 〈教授〉がはなしかけてくる! いやだ! 出ていけ! で、出ていけ!」

 地面へ鮮血が散る。額が割れて血が飛び散り、ついに警官はその異様な様子に恐れをなして顔面を蒼白させ、硬直して動けなくなった。
 私も、シャーロックも、レストレードも。誰ひとり反応できなかった。目の前で起きた光景が現実のものとは思い難かった。信じられなかった。

 ──信じたくなど、なかった。


 マイケルは、もう動かなかった。