【GLR: SHERLOCK|Ep. 01】十三番目の依頼人

山岳写真家のジョン・ワトソンは、雪山からの滑落をきっかけにパルデア地方から故郷のガラル地方へ戻った。そして新たな生活を始めようとフラットを探し、ベイカー・ストリート221Bへ辿り着く。
そこで出会ったのは、探偵業を営む謎多き青年、シャーロック・ホームズ。
二人の出会いを描く「十三番目の依頼人」、そして大きな陰謀が顔を覗かせる「犯人は二匹」、さらにシャーロックの秘密が明かされる「ワイルドエリア・インシデント」、そして物語は最大の敵との対峙「伽藍の密室」へ──。
ポケモンとホームズの融合、華麗なる現代推理劇をご覧あれ。

【主な登場人物】
シャーロック・ホームズ
シュートシティ、ベイカー・ストリート221Bに暮らす探偵。
嘗ての名探偵と同じ名を名乗る謎多き人物。

ジョン・ワトソン
山岳写真家。諸事情からガラル地方へ戻り、221Bへ転がり込む。

【エピソード】
プロローグ
Ep. 01 十三番目の依頼人
Ep. 02 犯人は二匹
Ep. 03 ワイルドエリア・インシデント
Ep. 04 伽藍の密室
エピローグ

「ワトソン。いや、ジョンと呼んでも?」

 シャーロック・ホームズはそう言って悪戯っぽく笑った。特に嫌がる理由もないので私は了承する。彼は頷いた私を見て「ジョン」と私の名を呼んだ。久しく呼ばれることのなかったファーストネームに少しむず痒い気持ちになり、

……それで、何だ?」

 思わずつっけんどんな言葉が飛び出す。

「君は何も、安いフラットだけを求めて僕の元へ来たわけじゃないだろう」
「何でもお見通しだな」

 私は苦笑する。明白すぎる事実であった。

「カメラを盗まれた?」
……ああ。幼い頃から使っているフィルムカメラだ。もう製造されていない、骨董品同然のものだが」
「なるほど。レンズは縦に二つ?」
「なぜわかる」
「君が十三人目だからさ」 シャーロックは器用にウインクをしてみせた。「十二人も同じことを言う依頼人が来たと言っただろう? そして僕の仕事を手伝ってほしいと」

 確かに先程彼はそんな事を言ったが、カメラ泥棒がそんなに横行しているのだろうか。しかも、レンズが縦に二つあるタイプの古いカメラばかりを狙って盗む輩がそんなにいるとなれば、警察には倍以上の相談がありそうなものだ。

「先週ぐらいからかな。カメラを盗まれたので探すのを手伝ってくれないかという相談が相次いでね。盗まれたのはシュートシティのモノレール駅?」
……そうだ。水を買おうと、キオスクへ立ち寄った。カメラはケースに入れてキャリーケースの上に置き、手前側にしていたのだが」
「気づいたら石ころになっていた、かい?」
……そうだ」 私はため息を溢す。「あれは、……祖母の形見だ」

 早くに両親を失い、十四まで私を育ててくれた祖母を思う。無論、協力は惜しまないつもりでいたが、手放すべき時に手を離れたのではないか──そんな風に考えても良いのかも知れない。そんなことを脳裏で考える。

「決まりだな」 シャーロックは勢いつけてソファから立ち上がる。「まずは聞き込みだ。まあ、犯人の手口に大まかな見当はついているんだが……実に相手は狡猾だからね。用心したまえよ、マイディア」


 相変わらずシュートシティの駅は人とポケモンでごった返している。道を急ぐ人々は、人間よりもポケモンにぶつからないよう細心の注意を払っていた。
 無邪気に子供が横を通り過ぎていく。その後ろを左右にジグザグと走るのは、ジグザグマだ。そんな日常の中にあって、シャーロックはつかつかと革靴を響かせては何かの位置を確認して、歩数を数えては戻る、という奇妙な動作を繰り返していた。思わず「何をしている?」と聞きそうになったが、それを見計らって彼は口火を切った。

「監視カメラの位置から死角と確実に写る場所を割り出している。二十四時間録画だから、僕がここでうろうろすれば僕の姿が映るだろう? 後で監視カメラ映像をチェックした時、仮説が正しかったかを確かめるのが容易だ」
……つまり犯人は、カメラの死角から犯行を?」
「三人目の依頼人が来た時点で、僕はこの事件が普通の物取りではないと確信した。だからこうして探偵免許を振りかざし、監視カメラ映像を見せてもらったわけさ……やあマイケル。さっきの僕はバッチリ映っていたか?」
「よう探偵屋。相変わらずヤヤコマが鳴いてるんだろうと思ってたが……

 マイケルと呼ばれた警備員は顔を覗かせ、私の顔をじいっと凝視する。

「なんだ。助手を雇えるほど儲かってるのか。借金は確定だな」
「全く減らず口だな。彼もカメラを盗まれた被害者だよ」
「何だって? フィルムカメラか?」
……ああ。キオスクに寄って、店員と喋っている隙に盗まれた」

 私は素直に答えた。マイケルは映像を確認し始める。キオスクの監視カメラ映像に、一昨日の十五時半──私がガラル地方へ戻ってきたその時の姿があった。
 ボールの外に出たクレッフィがふわふわと私の周囲を漂っている。

「このクレッフィはあんたのポケモンか?」 マイケルが問いかけた。
……そうだ。いつも勝手に外に出る。金色のプリズムタワーのストラップをぶら下げているだろう」
「ああ、確かに。プリズムタワーだな」 シャーロックが言った。「ミアレシティの駅と、タワーの売店にも売っているお土産だ。メガシンカのキーストーンをイメージしたガラス石が嵌め込んである、……ように見えるな。ジョン、今クレッフィは連れているか?」
「ああ」

 私は腰からボールをとって空へ放った。ポン、と軽快な音を立てて、中から鍵とキーホルダーをぶら下げたポケモンが現れる。

「クレ、」 クレッフィは何故放り出されたのか理解できていない様子で、周囲を見回す。「フィ?」
「クレッフィ。……彼は、シャーロック・ホームズ。安心してくれ、悪いやつではないよ」
「初めまして」

 シャーロックは左手の人差し指を差し出す。クレッフィはくるりとその場を回って、こつんと己の鍵に擬態した部分を当てた。きらきらと照明を反射し、プリズムタワーのストラップが音を立てて揺れる。

「これは間違いなく君のポケモンだ。技は?」
……じゃれつく、ラスターカノン、トリックルーム、きんぞくおん」
「特性は?」 シャーロックは興味深そうに空中で揺れるクレッフィを眺めながら続ける。
「いたずらごころ」
「普通だな。所謂〈夢特性〉ではない。つまり、クレッフィには盗みは働けない」
……、待て。シャーロック」 私は彼を軽く睨む。「お前、私の事を疑っていたのか」

 心外だった。私は三日前に、パルデア地方からガラル地方へ戻って来たばかりである。
 キャリーケースを転がし、これ程しっかり監視カメラに写っているのに容疑者候補にされていたのか? 何をどうすれば彼からの嫌疑を晴らせる? 彼へじっとりした視線を向けてみる。

「そんな顔をしないでくれ」 シャーロックは少し表情を曇らせる。「探偵である以上、僕は全ての要素を疑わなければならない。この事件はどうも奇妙だからね」
……奇妙?」 私はその言葉を反芻する。
「そうだ」
「確かに、十三人ものフィルムカメラを盗んで、石ころを置いていくというのは……妙な話だと思うが」
「初歩的な事だ」

 シャーロックはそう言って、ぱちんと一つ指を鳴らす。

「僕が今までこうして手をこまねいていたのは、僕が全くポケモンバトルの筋が無いからだ。そしてもうひとつ」

 シャーロックの左手、その指先が私の方を向く。人差し指が真っ直ぐに私の心臓を捉え、とん、と胸骨の上に微かな圧力をもたらした。

「君は僕の欲する要件────その全てを満たしている。マイディア、考えてみてくれ」
……何を言って、」
「事件現場は衆人環視だった。単純にカメラを掏られたのではなく、石ころと取り換えられている。しかも君の場合、カメラを収めた箱ごと持っていかれている」

 冷静に考えてくれ、とシャーロックは言った。漣のように耳へ染み入るその声音に、怒りに震えていた私は徐々に冷静さを取り戻す。
 彼は普通の人間、だと思いたい。世の中にはサイキックと呼ばれる特殊なエスパーパワーを持つ者もいるらしいが。私はまだ出会ったことが無い。だがもしもシャーロックがそうであるなら、彼の言葉が、彼の一挙手一投足が、いちいち私の心をちくりと突き刺す理由にも正しい説明がつくような、そんな気がした。

 三度、彼の瞳を覗き込む。
 海のしずくをそのまま嵌め込んだような、群青色の瞳が私を捉え、そして──


「ジョン」

 その声に、意識が引き戻される。

、わからない。私には、お前が私に何を期待しているのかも……
「まあ無理もないね。丁度そこにCOSTAがある。コーヒーは好きかい?」
「あ、ああ……
「たとえ話だ、気軽に考えてくれ。僕がCOSTAのカフェオレを持っているとする。君はスターバックスのデカフェでも持っている。僕が隙をついて君のデカフェと、COSTAを交換する。この連続窃盗事件の犯人は、それと同じことをしているのさ」
……石と、カメラをすり替えた? 衆人環視の中で?」

 私は言う。確かに筋は通っているが、一体どうやってそんなことをするというのだろうか。そもそも監視カメラに写ることなくそんな犯行を行える人間がどれほどいる? 犯人が随分高名なマジシャンとでもいうのだろうか。だがマジシャンであろうと、タネがあるからトリックを起こせる。何もない所から誰の目にも写らず、犯行を行うなど不可能犯罪と言わざるを得ない。

「そうだ。衆人環視の中で、モノを取り換える。これがこの事件の重要な点でね」

 シャーロックは不敵に微笑みながら言った。

「知っているだろうが、ゴーストタイプのポケモンは、時々カメラに写らないことがある。フェアリータイプもそうだね」
……、実行犯は人間じゃない? まさかポケモンが能動的に、カメラだけを狙って盗んだとでもいうのか?」
「ジョン。トレーナーの悪い癖だ。ポケモントレーナーは、ポケモンを善いものと信じすぎるきらいがあって良くない。考えてみたまえ。トレーナーの腕が一流でも、その腕を善い方向ではなく、悪行三昧に使う奴だっているじゃないか」
……ポケモントレーナーが、ポケモンを使って年代物のカメラを盗ませた……? いや、待て。ッ、そうか!」

 私は思わず大声を上げた。クレッフィが慌てたように私の肩元へ侍る。

「〈トリック〉だ!」
「やっと気づいたか。まあ、初めての推理にしては及第点だね」

 シャーロックは肩を竦める。

「君が指摘したとおり、犯人はポケモンに〈トリック〉を使わせてカメラを盗んだ。最近ガラル地方では、古いフィルムカメラが流行ってる。その影響で、新型のフィルムカメラが発売されるほどだ。これはどうも、あのドラゴンストームが火付け役のようだが、今はどうでもいい」
「シャーロック。本来、〈トリック〉はポケモンバトルの際、互いの持ち物を強制的に交換する技だ。……つまり、石とカメラが交換された状況を考えると、犯行に使われたポケモンはその辺の石を持った状態で犯行に及んでいる」

 私はカメラの録画を思い出しながら続けた。

……だが監視カメラに、不審な動きをするポケモンは写っていなかった」
「そう。それがこの事件の最重要ポイントさ」

 シャーロックは顎に手を当てて続ける。

「ポケモンは、完全に姿を消した状態でわざを使えない。これはバトルをしない者の中でも常識だ。必ずどこかのタイミングで姿を見せている。しかしそれがカメラには写っていない。ならば、ここから導き出せる仮説はただ一つ」

 彼の鋭い視線が、守衛室の奥に向けられた。そこには二人掛けのソファが置かれ、ブランケットの上にモンスターボールが転がっている。

「──ポケモンが、何らかの無機物にも化けることができる可能性だ」

 無機物。そう言われて思い出したポケモンが一体いた。白い体に、所々赤い毛並みが混ざるふわふわの尾と、首元の毛。私が知るその姿はどうもリージョンフォームというが、パルデア地方でもその姿を見ることができるらしい。生憎、パルデアで巡り合うことはなかったが。
 彼らは幻影を見せる。他のポケモンの姿に成り代わることが多いが、時には人やモノ、人工物から自然にまで化けるという。しかも厄介なことに、彼らは姿を変化させたまま技を使うことができた。

……ゾロア……いや、ゾロアークか!」
「エクセレント! 素晴らしいよ、マイディア・ジョン!」

 シャーロックは視線をゆっくりとマイケルの方へ向けた。

「────さて、マイケル」

 その瞳は吹雪を宿している。吹雪どころか、絶対零度の冷たさだった。

「何故僕がこんな演説を君の前でしているのか、もう分かっているよな」

 マイケルは硬直した表情筋を無理やり動かし、辟易したような顔を作ってシャーロックを見返す。

「バカ言うな、探偵。あんまりにも実績が無いからって冤罪は止せ」
「ふむ、仕方ない。もう少し必要かい?」

 シャーロックは口角を釣り上げた。

「振り返ってみようか。フィルムカメラの盗難は、全てこのシュートシティ・モノレール駅で発生している。ここはガラルの交通の要衝だ。空港からの接続も良く、観光客だけではなく、他地方から戻って来た者も、地元民も多く利用する。そして最近相次ぐ盗難被害を受けて、監視カメラが増設された」

 シャーロックの視線の先には、新型の監視カメラがある。

「しかしだ、その監視カメラの全てを見張っている人員は増えていない。増えたのはカメラだけ。──だがね。守衛室にいる君なら全てのカメラの死角を把握し、犯行を行うことができる」
「バカ言うな! 犯行が起きてるのは、昼も夜もだろう。俺はここ一週間日勤なんだぞ⁉ それにカメラなんて盗んだってどうするんだ。どこに置いておくんだよ」
……落とし物保管室」 私はその言葉を口にする。「駅の落とし物保管室なら、そこに一時的に保管しておいて、後から運び出せる」
「いい加減にしろ!」

 マイケルはシャーロックに怒鳴り散らした。その声に周囲の人々が水を打ったように静まり返り、誰もが冷ややかな視線を送る。

「こんな妄想に付き合ってられるか」
「妄想ではないよ。マイケル」

 シャーロックの声と同時に、背後からトレンチコートを着こんだ男が現れる。
 彼の手にあったのは──フィルムカメラ。残念ながら、私のものではなかったが。

「これは二日前に依頼をくれた御婦人のものでね。レストレード」

 レストレードと呼ばれた男は、眉間のしわを深くしながら溜息をつく。

「お前の言った通りだったぞ、探偵。確かに、落とし物保管室の──処分予定保管庫の中に放り込まれていた」

 レストレードはイッシュ訛りのあるガラル語を口にしつつ、カメラを掲げた。

「そして簡易検査で、このフィルムカメラについていた引っ掻き傷──それがゾロアークのものと一致した。さらに言えば、あんたの指紋も出てる。言い逃れはやめておくんだな」
「ぐ……、う、うう!」

 マイケルは守衛室を飛び出す。「──待て!」レストレードの鋭い声と同時に、彼の足元にいたワンパチが駆けだした。しかしそれを阻む白い影がひとつ。

「ゾァッ!!」

 腰を落としたゾロアークが一体、ワンパチの前に躍り出る。健気にもトレーナーであるマイケルを守ろうとしているらしいが、私は奴にそれほどの価値があるとは思えなかった。
「ゾロアーク! 頼んだぞ!」

 マイケルは人を押しのけながら逃げ惑う。駅の北口から逃げる気らしい──この狭い中でどうやって奴を止める? 私は逡巡する。

「エモンガ、頼んだ!」

 私は腰のホルダーからボールを放った。愛らしい丸みのある電気の子が現れ、袖の幕を広げて低空で滑空する。

「向こうへ走る守衛を狙え! ────〈でんじは〉!」

 バチバチッ!! 激しい閃光と共に電気が爆ぜる。逃げるマイケル目掛けて相手を麻痺状態にする微弱な電気が走り、マイケルはその場に──足を縺れさせ、顔面から派手にすっ転んだ。