保科
2025-11-15 23:52:58
5354文字
Public スタレ
 

生涯全部ビビディバビヴー

今世紀最後のプロポーズをしよう!/サフェアグ 交替時空記事パロ 

御手洗さん(man_maru_dango)の画像内テキストをベースに勝手に文字を打ちました 問題がありましたら消します

――まあ、いつかでいいかな〜と思ったのだ。
誰のことか?決まってる――アグライア。あたしには勿体ない恋人の名前だ。高級ブランドのデザイナーとして名を馳せる有名人であり、併せてモデルとして広告塔も務める、誰もが認める麗人。公僕として、日々、汗水垂らしながら市民様のため走り回るあたし――サフェルなんかとは雲泥の差の地位にある。
彼女との巡り合わせは幸運……というよりは不運のそれだった。ストーカーが日夜彼女の側をうろついている、という相談が、会社経由でうちに来た。白羽の矢が立ったのは、該当区域の巡回を務めるあたしだった……という、それだけの話。
それからというもの。巡回の途中、定期的に見回りをし、報告と犯人への牽制をかねて彼女の家に立ち寄る……という日々が暫く続いた。
最初こそ、一見のクールな印象のまま、そっけなく接していたアグライアだったけれど。
二度、三度、と邂逅を重ねるうち、あたしの何が気に入ったのか知らないが、よく打ち解けてくれるようになった。女同士ということもあり気を許せたのかもしれないし、単に気に入ってもらえたのかもしれない。比較的、人に好感を持たれやすいタチだって自覚はある。
でも、印象として、彼女は公私をしっかり分けるタイプであり。何よりあたしみたいな軽薄な態度の女は気に入らなそうなのに――そんなことを聞いたら、アグライアはくすくすと微笑みながら、答えてくれた。地道な証拠集めの結果、ストーカーが無事逮捕された、次の日の夜だ。
『そんな明確な理由などありませんよ、セファリア。単に、私が貴女の魅力に惹かれてしまっただけのことです』
……、よく言うよ。≪金織≫のトップデザイナー様の目ってのは、案外節穴なんだね?』
『まさか。両手と並ぶ、商売道具たるこの瞳に裏切られたことはありません――貴女は紛うことなく、私が見惚れた素敵な方ですよ』
ふふ、と微笑む彼女の柔らかな眼差しに、――やっぱり駄目だ、と思ったことを、今でも鮮明に覚えている。
直前に完了した事後報告をもって、彼女の元を尋ねる日々は終わりを告げる。
あたしと彼女が交わることは、事件が起こらないという『幸運』が続く限り、二度とないだろう。……もしかしたら、一度くらいは、路傍でばったり顔を合わせることもあるかも、なんて。
そんな偶然に頼り切る日々が訪れることは、あたしにはもう、耐え難くて。駄目だ。終わらせられやしない――そんな一念発起だった。
『ねえ、ライア』
『何でしょう、セファリア』
距離の縮まりとともに、互いに許した愛称を呼び合って。その眼差しの柔らかさに、もしもを賭けた。不確かで、身勝手で――祈りのような2人の未来を。
……あたしと、付き合って欲しい』
『ええ、構いませんよ』
…………………軽くない?
え、待った、今、あたしが言ってんのって、……こ、恋人関係のことだけど……認識、あってる?』
『勿論ですよ。
何を迷うことがありますか?貴女と恋人になるだなんて――そんな素敵な事、考えるまでもないでしょう』
………ちょっとは考えてもいーと思うケド……?』
……貴女から告白して、なぜ貴女が止めるのです』
『だってさあ……
――かくして。拍子抜けの様相で始まったあたし達の恋人関係は、さて、順調と言えば順調だった。職務中の逢瀬が私用の時間に変わったのが一番最初。手をつないだりハグをしたりのスキンシップの数が増え、自宅の住所をアグライアと同じ物に変えたり……と、私生活にもいくつか変化があった。後、まあ、……肉体的にも関係が深まったことで、もとより大袈裟だったアグライアの言動が悪化したのも特筆するべきかも。そりゃもう、甘ったるい意味で。
反面、妨げとなったこともある。その主だったものはアグライアの多忙な仕事の数々だった。ストーカー確保の為、警察から直々に仕事を制限させてもらっていた関係上、アグライアはずっとこの国に留まっていた。それ故にあたし達は関係を深めることができたが、本来、世界各地を飛び回る多忙な人だ――当然、1年のうち、半分近くは海外に居ることとなる。
じゃあ帰国していればめでたしか?といえば、そうもいかない。あたしの仕事は休みはあるもののその分拘束時間が長いし、時には緊急の呼び出しもある。アグライアもデザインという仕事の関係上、どうしても進捗にはムラがあって、アトリエにこもったまま何日もでてこないということもザラだ。
――不安にならないか、と言われれば、嘘になる。彼女の魅力は誰よりも理解している自負があるし、それにより引き起こされるトラブルだって承知済みだ。出会いが出会いというのもあるし、アグライアに伝えていない細々とした問題も――熱烈なフォロワーに突撃されたり、パパラッチに出くわしたり、いろいろあった。それはもう。
だから。確かなものが欲しかった。ずっと。
関係を進めるべきか。小売店のウェディング雑誌の表紙をなぞりながら、検討した日もかつてはあった。でも結局、そうはしなかった。
アグライア自身が、定義される関係より、心の交わりを重視している人、ということもあるし。何よりも、――彼女をあたしにこれ以上縛り付けることが憚られた。
恋人となったことで、あたしの存在があることで、彼女が電話越しにすみません、と頭を下げることが何度もあって。これ以上はダメだと思った。この愛おしい美しいヒトを、あたしなんかがこれ以上縛っちゃいけない。
だから――まあ、いつかでいいかな〜と思ったのだ。
いつか、彼女の仕事がもっと落ち着いて。あたしも時間に余裕が持てるようになって、そうして、憚りなく、いつか。
棚の奥、埃の被った指輪を彼女に渡せたらいいなって。
そう、思ってた。
………
………………
……で、なんでこんなことまで振り返っているかといえば。
なんでだっけ?
…………
――ああ、これ、走馬灯ってやつ?
―――フェル!おい、サフェル!しっかりしろ!」
怒声が聞こえる。遠く。
―――――………
おぞましいほどの寒気が全身を支配する。ずっとぼやけていた意識が急速に浮上した。のどの奥から血の塊が溢れた。噎せる。
――腹からだくだくと命がこぼれていた。痛みはどこか麻痺して、呼びかける同僚の声もぼやけたままだ。見上げる空の青さが妙に焼きついて離れない。
「寝るなサフェ――救急車が今――
上司がこんなに声を荒らげてるのは初めて聞いたなあ、と、それはちょっと面白かった。
「(ああ)」
揺り戻された意識が、緩やかに闇に沈んでゆく。気づけば痛みも感覚も消えてゆく。
その狭間で、愛しい恋人を想う。彼女と過ごした時間を想う、かけがえのない思い出を想う。
そうして最後、
「(……やっぱしとけばよかった、プロポーズ……)」
そう、想って――これはきっと走馬灯ではなく、未練たらしいあたしの無様なのだ、と気づいたものだから。
バカだなあ、と、笑うこともままらないまま、目を閉じた。




――サフェルが強盗犯を追う最中、犯人に刺され、重体である。
その連絡に、直近の仕事を全てドタキャンの上、アグライアは帰国を決断した。空港に着いたその足で息も絶え絶えにたどり着いたのは、彼女が住む地区でもひときわ大きい病院だった。
「アグライアさん」
その受付カウンターにて。サフェルを介して知り合った、警官の青年が手を振る。よほど酷い顔をしていたのか、大丈夫ですかと声を掛けられるが――アグライアにとっていま重要なのは、自分などのことではない。
……セファリア――サフェルは、今は」
「ええ……はい。絶対安静とのことで、ひとまず手術は終えました。が、予断は許さないと……すみません、我々の不手際です。何とお詫びすればよいか」
………っ」
そうだ、と怒鳴りつけられたらどれほど楽だったろうか。けれど、目の前の青年も、腕に包帯を巻いていた――サフェルを刺した犯人を、ナイフで切りつけられるのも構わず取り押さえたと聞いている。サフェルが傷付いたのは、彼女の同僚のせいではない――アグライアには、この場の誰も責められない。責めるべき相手は、法で裁かれる。
……面会は、できませんか」
痛む頭を押さえながら、全てを飲み下したアグライアは、あえぐように口にした。一目、一目でいいから、彼女の無事を確かめたい。生死の境にあれど、一命を取り留めたことを、その目に焼き付けたい。その一心だった。
……それは」
警官は口ごもる。僅かな躊躇いの後、頭を振ると、すみません、と通りかかった看護師に声を掛ける。
「はい、どうされましたか」
「何度もすみません。サフェルさんの件で……こちらの方の面会は、なんとかなりませんでしょうか」
……。先ほどもお伝えしましたが――サフェルさんは現状予断を許さない状況ですので、面会はご家族、もしくは親族の方に限らせてもらっております」
―――
息を呑むアグライアに、看護師の視線が向けられる。
「貴女は、サフェルさんのご家族の方ですか?」
――私、は」
彼女を愛している。誰よりも。家族も同然に愛している。
――けれど、戸籍上、サフェルとアグライアはどうしようもなく他人なのだと。
納得しがたい現実を、思い知る。
「いえ……
掠れたつぶやきに、そうですか、と看護師は同情的な表情を見せる。
「すみません。規則ですので……様態が回復しましたら、ご連絡いたしますので、その際に」
…………
……どうか、気を落とさずに」
看護師の去りゆく背中を見つめたまま。警官の青年の言葉に、頷きを返すことすらできず。
アグライアは――ただ、呆然と、途方もない無力の中に立ちつくす。




それから、数日程経った頃。
――がらり、音を立てて病室の扉が開く。寝台の上、すっかり読み古した雑誌から顔を上げたサフェルは、ピクリと耳を立て――現れた人物に思わず歓声を上げた。これは個室の特権だ。
「ライア!来てくれたんだ」
見慣れたスーツ姿のアグライアが立っていた――それはもう、嬉しいに決まっている。
何せこの病室に捕まってから初めての見舞客だ。様態が安定してもしばらくは面会制限がかけられており、ご家族なら……と言われても、すでにサフェルの家族は誰も彼も、よくしてくれた祖母も含めて全て他界している。保証人となっている遠い親戚はそもそも未だサフェルを覚えているかも怪しい――来れる人間などいるはずもなく。
今日からは知り合いも招いてもオーケーというので、サフェルは早速と上司やら友人やらにチャットを送っていた。だが、忙しくするアグライアが来てくれるかは半ば賭けだった。
じっとこちらを見ているアグライアに、すっかり人恋しくなっていたサフェルはペラペラとまくし立てる。多少、迷惑をかけたという気まずさもあった。
「あんたが来てくれて嬉しいよ。
いやー、心配かけてごめん!ヘマしちゃってさ〜まさかあそこで急に突貫しかけてくるなんて思、」
衝撃。――それが、駆け寄ったアグライアに抱きしめられたのだ、と気づいて。突然の出来事にサフェルは頭が真っ白になった。すわ犯人の再現か?とすら思う。そんなわけがない。
アグライアが、自分の背に手を回して、抱きしめている。言葉一つなく。異常事態だった。
――え、ちょ?」
困惑が勝った。彼女の身体が、体に巻かれた包帯越しに、傷口を刺激してジグリと痛む。痛いよ、と抗議しようとした口は、その両目からポタポタとこぼれ落ちる涙に塞がれた。肩口に染み込むぬくもりに、サフェルは掛ける言葉を持っていない。
「9日。……9日、待ちました」
……それは」
その日にちが意味するところは、すぐに分かった。――入院してから、今日までの日数だ。
……貴女が、死の危機に瀕していることも、当然、恐ろしくて堪りませんでした。
けれど、それ以上に。
……今の私では。
貴女の死に目に立ち会うこともできないかと思うと、身が引き裂かれる思いでした」
―――
面会は、ご親族に限られますと医者に言われた時。仕方ない、と、サフェルは思った。あたしとアグライアはそういう関係なのだから、と、いつものように納得させた。けれど。
――アグライアは、違ったのだ。
「確かなものが、欲しいのです。――貴女と私が引き離されることのない、確かなものが」
サフェルが、堪らず息を呑む。それは、他でもないサフェル自身がずっと求めていたものだ。求めて、でも、ついぞ手にすることのなかったそれを――アグライアは、拾い上げる。
すん、と、気恥ずかしそうに鼻を啜ったアグライアが、涙をそのままに、彼女の顔を正面から見つめる。握られた手は、かすかに震えていて、けれどそのまなざしは揺れることはなく。サフェルは、ただ、はるか遠くに眺めていたはずの、『いつか』が来たのだ、と、思う。
「私と結婚していただけませんか、セファリア」
――うん、勿論……
――ああ。プロポーズの言葉はいくつも考えていたのに、返事なんてろくすっぽ考えていなかった自分の迂闊さが、サフェルは心底恨めしい。