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保科
2025-11-14 00:19:35
2894文字
Public
スタレ
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金織工房の昼下がり
3.7ちょいバレ アグライアとセイレンスとサフェルの外側の話です(ぼんやりアグサフェ) 金織、マジでこの三人でいいんすか!?!!?!!?!!?
左から順に裁縫女、裁縫女、裁縫ドランカーです
セイレンス、いい加減酒を飲むのをお辞めなさい だがこのメーレがワタシに飲めと囁いていてな お姉ちゃんそれ昨日も同じこと言ってなかった?
――
縫う。下地を縫う。ゆがまないよう、それでいて纏ったときに膨らむような均衡を保って。ほんの少しのズレが見た目を、着心地を、全てを左右する。手触りで針の先を変え、感覚で縫い目を合わせ、理想の構図を落とし込む。
縫う、縫う、縫う、縫う、ひとつ、またひとつ積み重ねるたび、理想がどんどんと自分の中で形作られてゆく
――
「
――
『アグライア』。終わりだ」
そのさなか。澄んだ声色が、満たされた興奮の内に差し込まれ
――
薄布を切り裂いた。
ぱちり。熱中の時間が泡のように弾け崩れる。
アグライアは、知らず止めていた息を大きく吸いこんだ。長く張り詰めていた胸の奥に、部屋の温かな空気が染み渡る。緩やかに吐き出し切る頃には、脳裏を満たしていた興奮はすっかり姿を消していた。気づけばかすみ出していた目で、机に置かれた時計を見る。
「
…………
もう、このような時間でしたか。
有難うございます、セイレンス」
視線を向けずとも、向こうのソファーに腰掛けているだろう
――
声の主のセイレンスが肩を竦めるのがわかった。
霞む視界を労るように、アグライアは眉間をつまんで目を閉じる。眼疲労というものには中々慣れない。一つ一つ、自覚すればするほど疲労はその規模を増すようで、あっという間に全身が倦怠感で包まれた。椅子に深く腰掛け、ハア、と息をこぼす。
「いいさ、気にするな金のマス。
暴走するキミを止めるのも、立派な店員の役目、というものだろう。
まあ、反応がなさすぎて、そろそろ諦めようかと思ってはいたがな」
「
……
それは
……
ええ、すみません」
金織の工房を新設したアグライアが、店員として雇ったセイレンスとサフェルの二人。彼女達には当初、客対応や材料の仕入れ、製作の補助を頼むつもりだったのだが
……
店で働いてもらう内、気づけば、何かと己の世話をおろそかにしがちなアグライアの管理も含まれるようになっていた。
アグライアとしては、サフェルはともかくセイレンスに世話を焼かれるというのは甚だ不本意ではあったものの、何せ飲んだくれてるものの夜は寝ているセイレンスより、アグライアのほうがよほど不健康気味なのだ。
「ワタシとしては、キミが好きなことをしている分には問題ないと思うのだけどなあ」
「私とて、正直な所同意見ですが、これを口にするとヒアンシーが飛んできますので
……
」
健康的にありましょう、などと、態々積極的に口にすることがない二人が、それでもこうして気に掛ける理由はひとえにヒアンシーの存在だった。昏光の庭の医者は、無茶の許容されないこの場所において、誰にとっても頼れる
――
畏れる人となりつつある。僅かな間をおいたセイレンスが、直近の体験を思い出したのか、しみじみとそうだな
……
とつぶやいた。
「ドクターフィッシュの説教は、不機嫌なカイザーの一瞥よりも恐ろしい。
うん。このまま彼女のアドバイスにならい、忘れず休憩を取るといい」
「ええ、そうします
……
」
息を吐く。倦怠感の内にこもる安堵は、穏やかなものだ。
視力を取り戻した両目と共に、ただ針仕事に邁進し、セイレンスと会話を交わす、平凡でありながらも新しい日常。
それが段々と自分の中で馴染みつつあることに、不思議な感慨を抱きつつ
――
眉間から手を離したアグライアは視線を上げ、セイレンスの方を見やる。
そこには予想通り、ソファーに腰掛けながら本を手に時間をつぶしていた、セイレンスの姿と。
その肩に頭を預け、くうくう眠っているもう一人の店員
――
サフェルが居る。
………
目を見開いたアグライアが、固まる。そんな光景に馴染みはない。
「うん?なんだ。落とし穴に落ちたカイザーでも観るような目をして」
「何の例えで
………
いえ、貴女、それは、どういう」
「それ?
……
ああ、ネコザメのことか?ここでワタシと共にお前のことを待っていたのだけど、先程からどうも眠ってしまったようでな」
セイレンスの手が、眠る彼女の結ってない髪を、いたわるように軽くすく。息を呑む。そんな軽率に触れるとは。
サフェル。かつての永劫回帰においても
――
そして『今』も、彼女がこの店で働くことを選んでくれたのは喜ばしいことで、そんな彼女の存在もまた、アグライアの日常となっていた、訳だが。
普段、辺りをくまなく知り尽くさんとばかりに揺れる頭上の耳は、しかし今は意識のないことを示すようにぺったり伏せられており、セイレンスの所業にも目を覚ますこともなく
――
いや、今のアグライアにとって大事なのはそこではなく。彼女の頭を幾度も往復する白魚の手を、呆然とアグライアの視線が追いかける。
「ふふ。
……
目を覚まさないとは。随分ワタシにも気を許してくれたようで、嬉しいよ」
「
………
」
そして、ゆるやかに頭を撫でるセイレンスの、いつになく甘い囁きに
――
がたり。二人を凝視しながらも手早く作品を片付けたアグライアが、とうとう耐えかねた様に立ち上がる。
そのまま、つかつかつかとセイレンスの前まで歩み寄ると、サフェルを挟み、ソファーの反対側に無言で深く腰掛けた。
彼女の体重分沈んだソファーに揺られるセイレンスの視線の先。
――
アグライアが、サフェルの身体が自分の方に傾くように、その肩を抱いて抱き寄せる。
「
…………
」
「
…………
」
言葉はない。ないが
――
セイレンスが、手持ち無沙汰になった腕を組みながら口を開く。
「
……
なあ、金のマスよ。言語というのはコミュニケーションを取るためにあると思うが、忘れたか?」
「
……
誰もが、貴女のようにあけすけに言葉を交わすと思ったら大間違いです
……
」
ぼそぼそとそっけなく呟いて、警戒をあらわに目を細めるアグライアのあからさまな態度に。
心が狭いな、とセイレンスは小さく肩を竦めつつ、
――
内心は非常に面白がっていた。後先考えず熱中する、言葉もなく嫉妬する
……
そんな情緒豊かなアグライアは、黄金裔の中でも比較的、彼女が人間性を保っていた頃を知るセイレンスにとっても、十分、新鮮に映るものだったもので。
と、そんなやりとりが耳に入ったのか。
――
もぞり、アグライアの腕の中で、サフェルが小さく身動ぎする。
「あ、
……
」
さしもに起こしてしまったか、と息をのむアグライアの視線の先、ぼんやりと目を開いたサフェルは、アグライアの顔を見上げて。じ、と、焦点の合わない眼で数秒見つめた後。
「
………
ん
………
」
彼女の肩口に、頭を軽く擦り寄せると、そのまま寄り掛かって再度目を閉じた。
「
……………………
」
「
……………………
」
沈黙が下りる
――
にまり。内心だけでなく、表情も合わせて笑ったセイレンスがアグライアに向けて口笛を吹くフリをする。
「撤回しよう、金のマス。
今のキミに言語は不要だな。全部顔に出ているぞ
――
おめでとう。よかったな」
「貴女は、本当に、気を逆撫ですることばかりを
……
」
ぱちぱち、呑気な拍手の音がいたたまれず、さりとてサフェルを抱き寄せた手を離すこともできず。アグライアは文句もそこそこに沈黙を選んだ。
――
穏やかな日常というものも、案外苦労は多いらしい。
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