白殊皎(しらよし こう)
2025-11-07 20:00:00
3006文字
Public FGO【歳勇/土近】
 

ひだまりのなかで

FGO【歳勇/土近/としいさ/ひじこん】
『ひだまりをつくる』( https://privatter.me/page/6911fade37b71 )の続きになります。
お互いに抱く気持ちを伝えられないままの二人。

最終話はこちら
『ひだまりはここに』( https://privatter.me/page/69202b0e95696

「くちゅん」
 かわいいくしゃみがその人の口から出る。
「大丈夫か? 近藤さん」
 手近にあったティッシュを差し出しながら土方が言う。
「大丈夫だよ、なんでもない」
 近藤勇はそう答えた。

 先日行った部屋の模様替えから、近藤は土方の部屋にずーっといて、ほとんど自分の部屋には帰らない。
 季節もないようなストームボーダーの中だし、気温の変化はほとんどないが、外は冬に近づいている。
──そろそろあれが必要かな。
 土方はそう思った。
 いまこの部屋にある暖房と言えば煙草盆付きの長火鉢だけ。
 他の小物はあっても暖かくするための道具はほとんどない。
「近藤さん、明日また模様替えをするから、ちっとばかし自分の部屋に行っててくれないか?」
「ん、いいよ。楽しみにしてる」
 土方がそう言えば、近藤はにこやかに笑った。
──相当この部屋が気に入ってるらしい。
 愛しい人と四六時中一緒にいられるのは喜ばしいことだが。本人無自覚の布団においで攻撃とか、風呂上がりの濡れ髪に加えた浴衣姿とか、無防備にうたた寝をしているところとか、土方の理性への試練が非常に多い。
 幸いにしてまだ耐えている。

 自分と近藤はまだ男女のような付き合いはしていない。
 近藤にとって自分は〝大切な大切な幼馴染み〟の域は出ていないと思っている。
──自分の方はとっくの昔に変わっている。
 敬愛や憧憬の対象から、一歩進んだ感情に。
 綺麗な言葉で表現するのなら、恋、ということになるのだろうか。
 しかも相当に入れあげた、自分の命すら差し出しても構わない、狂おしいほどの恋。
 それは十二分に熱を伴い、恐ろしいまでの執着すら孕んでいる。
 だが、それを口に出してしまえば当然近藤は驚くだろうし、ひょっとすると距離を置かれてしまうかもしれない。
 そんなことになるぐらいだったら、今のままが絶対によい──そう土方は思っていた。
 生前も同じだった。
 自分の想いが尋常じゃないことくらいわかっていたので、口には出さなかった。
 故にうしなった時の心の傷は今でも深い。
 いま目の前にいる近藤を見ても、また喪ってしまうのではないかと恐ろしくて堪らない。
 サーヴァントが夢を見なくて、本当によかったと思っている。
 夢を見るのなら、絶対に見ていた。見たはずのないこの人の首が落ちる瞬間を……
「歳? 皺が寄ってる」
 思い詰めた土方の顔を見て。近藤の手が伸びてきてつん、と指で眉間をつつかれた。
「あぁ、すまん。ちょと考えてた」
「そんなに思い詰めなくても、おまえが整えてくれる部屋なら、きっと気に入るよ」
 近藤のことだ、気に入らなくても入り浸ってくれるのだろう。
──いい加減二人同じ部屋にするよ?
 そう少女マスターには言われている。
 自分と近藤はマスターが思っているような仲じゃないから、勘弁してくれと言い続けている。
 その時のマスターのジト目が忘れられない。

 翌日、近藤はマスターに引っ張られて周回に行った。
 進捗を見られないのはありがたかったが、出がけに『がんばってね』などと言われたので、おそらく今回も申請書を出しにいったダ・ヴィンチちゃんから漏れたのだろう。

 そして部屋の模様替えだ。
 床の間の掛け軸はそのままとして──小物を変えたり屏風の絵を変えたり寝具を少し厚いものに変えたり……
 近藤のためかと思うと楽しいので、作業自体はすぐに終わった。

「歳。ただいま」
 声と共に肩を叩かれ、土方ははっとした。
 いつの間にかうたた寝をしていたらしい。
「今回の部屋も素敵だね」
 そういわれてふわりと笑ってもらえた。
 畳張りの床は変えていないが、火鉢は長火鉢から丸いものに変え、姿を変えたとき紫煙をくゆらせる近藤のための煙草盆を脇に。
 前よりも少し照明を落とした代わりに行灯が増えて風情を醸し出し、床の間には花の代わりに盆石が置かれ、季節を感じさせたものになっている。
 そして、なんといっても──部屋の真ん中には、掘り炬燵。その横にはふかふかの座布団が向かい合わせで二枚置いてある。
 周回から帰り、いつものように土方の部屋に行き、それを認めたとき近藤はなんとも言えない温かい気持ちになった。

 個人の領域であるはずの部屋を、土方は自分のために整え、それを何の苦にも思っていない。
 しみじみと愛されてるなぁ。と思う。
 自分だってそこに気付かないほど鈍くはない。
 じっと見つめてくる視線に、親愛と言うには似つかわしくない熱のこもった感情が込められているのくらいわかっているつもりだ。
 お互いに言わないとわからない。
 そうは思っているけれど、どうも一歩が踏み出せない。
 きっと土方は無条件で受け入れてくれるはずだし、恐れることなど何もないと思うのに。

「早速、ご相伴にあずかろうかな」
 いそいそと炬燵にもぐり込む。
 昔のように炭ではない炬燵は、とても暖かかった。
 贅沢に綿が使われた座布団の座り心地も最高によい。
 嬉しくなって天板に顔を乗せれば、目の前に蜜柑の入った籠が据えられた。
「いいのかい?」
「あんたのために用意したんだ。気にすることじゃない」
 言って土方は自分も炬燵に入り近藤と向かい合わせになる。
「気に入ってもらえたのなら何よりだ」
 そして嬉しそうに笑顔を作った。

──あぁ、こんな風に笑ってくれるのは自分にだけなんだ。

 カルデア内で自分と話している土方を見た誰かが、『アイツが笑ってる!? 槍でも降るのか?』と驚いていたのを見たことがある。
 おそらくずっと、土方はそうだったのだろう。
 自分がいなくなったことで喜びもなにも見いだせなくなって、ずっと独りで。
 どんなに新選組の隊士たちが集おうとも癒やしきれない傷を負って……

「歳……好きだよ……
 近藤はそっと小声で囁いた。
「ん?」
 近藤のための蜜柑を剥いていた土方は全てを聞き取れなかったらしく、聞き返す。
「なんでもない」
 そうか、と短く答えて蜜柑を差し出す。
「食べさせて」
 土方の前であーんと口を開ける。
「おいおい、近藤さん」
 ちょっと照れたような顔を見せながらそれでも土方は小房に分けた蜜柑を近藤の口に入れた。
 指が唇に触れるか触れないかの辺りで蜜柑を離そうとしたので、舌を出してその指先を舐める。
………………
 土方は扇情的にも見えるそれに、つい目を逸らした。
 内心は理性と本能がぶつかりあう大嵐が吹き荒れているのだろう。
「美味しいよ。ほら、歳にもあげよう」
 次は近藤の方から小房を土方の口元に持っていく。
 土方はいろいろなものをぐっと抑えて口を開ける。
「ん、美味いな」
 まだ動揺は取り切れないようだったが、当たり障りなく答える。

「幸せだよ、歳。おまえとこうして過ごすことができて」
 だから、もうちょっと待って欲しい。
──近いうちにちゃんと伝えるから。
 おまえの気持ち全部、受け止めるから。
「そうか……ありがとよ」
 いつか伝えられる日が来るのだろうか。醜さも孕んだこの気持ちを……
 その時、あんたはどんな顔をするんだろう。

 互いに本心は隠したまま、じんわりと温もる炬燵を挟んで、二人は静かに時を過ごしていた……