しろくまたたくはくしゅんさん
2025-11-03 17:46:43
5388文字
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【00 殺マリ】歩いて帰ろう

刹マリ 約5千字

*マリナの両親を捏造しています。
*2期3話後


 先刻、アレルヤ・ハプティズム奪還とマリナ・イスマイール救出を果たしたソレスタルビーイング一同は、スメラギの戦況予報に一日の猶予があることからひと時の安息に入っていた。大体がアレルヤと顔合わせし一言二言会話してから待機室へと向かう中、ひとりプラグスーツを脱ぐことなく機体格納庫へ向かう者がいた。
 その顔に表情はほとんど無いが、見る者が見ればやや和らいだ顔をしていた。任務の遂行、目標を達成、完遂したことでもたらされた表情だ。
 しかしそれはすぐに思案の表情に変わる。瞼を閉じ、開き、伏し目がちで無機質な床へと視線を落とす。
 刹那・F・セイエイ。ソレスタルビーイングのガンダムマイスターである彼は、居住区域を離れ広い空間に出るとようやく足を止めた。
 ガンダム各機のメンテナンスはすでに終わり、人がいなくなった格納庫の中は薄暗い。
(やはり、物事を考える時はここが一番だな)
 自身が乗るダブルオーガンダムを見上げると、刹那はしばらくそのまま思考の海に浸った。瞼の裏に浮かんだのは先刻の戦闘だ。アロウズの機体の動き。疑似太陽炉を搭載した軍事機が普及した今、戦闘への負荷は4年前と比べて格段に重くなっていた。ライル──ロックオンとスメラギを陣営に加え、アレルヤを奪還し本格的に再始動を始めるのだ。この程度の戦闘でいちいち疲弊している暇は無い。
「────右手後方、」
 銃撃を受け反転している間にも迫り来る敵機兵。剣を出している暇は無い。彼はわずかに右手薬指を反応させた。
「副砲を射出。敵機は一部損傷し一旦引く」
 左足をわずかに前へ。ブーストコントロールで反転し、その隙にGNソードにて一刀両断────彼はそこで思考を終えると、薄く息を吐いた。
「俺はもっと、強くなれる」
 ダブルオーガンダム。彼へと贈られた機体と向けられる期待。決して軽くはない責任の重圧を、刹那という青年は理解し日々研鑽を続けている。
「ハッチオープン」
 音声認識により、機体の搭乗部が開く。すると、スピーカからブリッジにいるラッセの声が響いた。
『どうした刹那。またいつもの考え事か?』
「ああ」
『ったく。体をちゃんと休めろ』
「心配するな。機内で休む」
『そうかい。好きにしろ』
 以降、スピーカーの振動が止まる。刹那は監視カメラを一瞥すると、自機に乗り込んだ。
 現在、トレミーは海を進んでいる。空を駆けるより静かな艦内において、より密閉された空間に入れば、更なる静寂が訪れる。
 刹那は何度か先ほどのシミュレート通りに機体の操作と感触を確かめると、ラッセと交わした言葉通り目を閉じた。



 そこから数時間後のことである。深夜でもトレミーは変わらず目的地へ向け航行を続けている。刹那は自機の操縦席で何度か覚醒と微睡を繰り返していたが、物音を聞き目を覚ます。
 機体の収容庫に訪れるのはまず一番にメカニックのイアン。次にティエリアだ。最近ではロックオンが機体に乗り込み戦闘シミュレーターを頻繁に起動している。
 刹那は再びシートに身を沈めかけたが、聞きなれない足音に身を起こす。通常、ソレスタルビーイングは支給された衣服を身に着けている。足音はグリップ力の強い軍靴であり、合金の床上ではコンコンと叩くような音が出る。しかし、入って来た足音はぺたぺたという素足から鳴っていた。
 操縦席を開け足音の方向を見れば、そこには先刻救出したマリナが立っていた。
「どうした、マリナ・イスマイール」
 刹那が呼びかけても反応が無い。佇んでいる彼女の表情は無表情に近く、瞳は虚ろだ。
「お母さん、お父さん。……はやく帰ろう?」
「────マリナ?」
 様子がおかしいマリナの言葉を聞き返すように刹那は再び彼女に呼びかけたが、彼女は答えることなくふらふらと歩みを進める。
「ッ!、そっちへ行くな!」
 その先は階段だ。刹那は急ぎ彼女へ駆け寄ると、歩みに合わせて揺れるマリナの手を掴む。血の通う、温かな手を。
「マリ「大丈夫よ、走らないわ。転んで手を怪我してしまったら、ピアノが弾けなくなるもの」
 再三の呼びかけを遮るような彼女の言葉。どこか幼い言い回しに、刹那はマリナの虚ろな表情を見ながら静かに考える。
 夜も深い時間。マリナは太陽と共に目覚め星と共に眠る生活をしているため、今の時間帯は眠っているはずである。あてがわれた部屋を抜け出し、呼びかけに答えず歩くその姿を見て刹那は一つの結論に至る。
(夢遊病か…………
 無理もない、と彼は俯く。彼女が治めるアザディスタン王国はソレスタルビーイングが武力介入をした後もテロが絶えない。4年前和解し共に国を導いていたマスード・ラフマディーは少し前に亡くなり、内紛は激化した。その上連邦保安局に身柄を拘束され収容されたのだ。強いストレスが彼女を襲い、このような症状が顕れたという結果は当然なのかもしれない。
「ねえ、帰ろう?」
 動かない刹那に言葉が投げかけられる。だが彼女のうつろな瞳に映るのは彼ではなく、マリナの両親なのだろう。
「ああ……
 とりあえず様子を見ることにした刹那は、彼女の手に引かれるまま歩き出す。しかし、その足取りは蛇行し、立ち止まり、来た道を戻ってはまた緩く曲がって右へ左へ。方向がまるで定まらず、よく部屋から艦内の一番奥にあるこの格納庫に来れたものだと刹那は感心する。
……たくさん歩いて、疲れちゃったわ」
 マリナの一言は確かに疲労感が含まれていた。彼女は立ち止まり、それから繋いでいた手を離す。
「休むか?」
 刹那の問いかけに、彼女は首を振る。長く美しい黒髪が揺らめき、眠る前に塗ったのか香油の香りが彼の鼻をくすぐる。彼女は前で手を組み、人差し指の爪をもう片方の指で何度かなぞる。瞳が左右に揺れ、その後ささやくようにつぶやいた。
「抱っこして」
 マリナが幼少期、そのように両親にねだっていたことを刹那は容易に想像できた。心優しい彼女とその両親のことだ。彼女の願いに応えたに違いない。
「わかった」
 成人女性のひとり平気で抱えられるくらい、刹那は成長期を終えて大きくなった。正面からマリナを抱きかかえると、彼女の匂いが強くなる。
「ふふ、ふふふ」
 上から降る笑い声が刹那の髪の先をくすぐる。その温かい吐息を感じつつ、彼は思案した。
 このまま彼女にあてがわれている部屋に戻ってベッドへ下ろしても、再び艦内をさ迷う可能性がある。かといってこのまま艦内を移動しこの状態で他人に会えば、色々と煩いことこの上ないだろう。それに、この症状のことを他人にあまり知られたくないのではないか、と刹那は彼女を案じた。
「捕まっていろ」
「うん」
 彼の出した結論は、ガンダムのユニットへ彼女を招くということであった。ダブルオーの搭乗席に座らされた彼女は、少しもぞもぞとしていたが居心地のいい場所を見つけリラックスする。
「ただいま」
「ああ。おかえり」
 ハッチを閉めると、彼女の膝に毛布を掛け刹那は様子を見守る。
「今日はね、先生に新しい曲を習ったの」
「お母さんが好きだっていう作曲家の、──ええと、誰だったかしら」
「歌うから、わかったら教えてね」
 マリナは一方的に会話を紡いでいく。鼻歌は刹那でも耳にしたことのある有名な曲だった。作曲家の名前は知らないが、「いい曲だ」と褒めると「そうでしょう?でも、少し難しい曲なの」とピアノのレッスン内容についてあれこれと語りだす。
 マリナの目に映っているであろう、平凡で穏やかな日々の一風景が刹那の目にも見える。食卓を囲み、楽しそうに今日の出来事を話すマリナとそれを見守る家族の団らんが。
 やがて、マリナはうとうとしだす。首が座らなくなっていき、ろれつも回らなくなる。
「お母さん……お父さん…………まだ、いっぱい、お話が……聞いて……──」
 もぞ、と毛布から手が差し出される。柔らかそうな、武器など握ったことも無さそうな、清らかなてのひら。それがあまりにも寂しそうなので刹那は自然と手を重ねた。
「焦らなくていい。明日も、明後日も。まだまだ時間はたくさんある」
「うん…………。──おやすみ、なさい……
「おやすみ、マリナ」
 その言葉を皮切りに、マリナの瞼は完全に落ちる。すう、すう、と穏やかな寝息が聞こえると、刹那は慎重に手を離し、彼女の寝顔をいつまでも見つめていた。