ただ一輪だけの花

MHRウ教×ハ♀。両片想い。
ハ♀視点。

ウ教が大好きなハ♀。優しい彼はいつも人に、外から来た女性たちにも囲まれていて。



「物凄く、怖い顔をなさっておられますよ」
「っ!?」

あまりにも、不意に話し掛けられて驚いてしまった。気配を察知できないほど、あの人を想っていたらしい。

うさ団子を見つめていた視線を慌てて声の聞こえて来た方に上げると、そこに立っていたのは、この集会所の受付嬢を勤めるミノトさん。
変わらない表情のようで、目の光がわたしを心配してくれているのが見えた。

「ミ、ノトさん。あ、あれ? わたし、そんな顔を?」
「ええ、それはもう……ずいぶん長く。そろそろいつもの、穏やかなお顔になられた方がよろしいかと」
「えっ?」
「普段は聞きたくないかと思いますが、どうか今だけは……お耳を向こうへ傾けてみて下さい」

静かに告げたミノトさんの視線が、露台席の──女性ハンターさんたちに囲まれるウツシ教官の方へと滑る。

どうしてなのかと尋ねようとした時には、もう遅かった。ミノトさんはわたしに会釈しながら「それでは」と、出入口の受付カウンターの方へ戻って行ってしまって。

……今だけは……?」

問えなかった呟きが、虚空の中、わたしにとっては少々耳障りな洒落声の中へ溶けて、消えていく。

あの人へ向けられる甘ったるい喧騒の中に自ら意識を向けるのは、いささか気が向かないけれど──ミノトさんの言葉が気になるので、半ば渋々、わたしはそちらに耳を傾けた。

『今夜、どうしてもだめなんですか?』

──うん、駄目なんだ。ごめんね。

『今夜が駄目なら、明日は?』

──ごめんね、明日も駄目なんだ。

『お忙しいんですね! なら、お昼に闘技大会に行きます! 受付されていらっしゃるんでしょう?』

──そうだね、基本的には俺が受付をしてるよ。ちょっと忙しい時は、別の人にお願いしているけどね。

大好きなあの人は、一つ一つの声にとても真摯に、優しく答えていた。

ずくん、と胸が痛みを帯びて疼く。

誰にでも分け隔てなく穏やかで誠実で、優しいあなたが大好きなのに、今だけは、そんなあなたの対応を聞いていると、心がきつく、きつくきつく締めつけられた。

表情がますます曇りそうになって、耳も意識も向けるのをやめようとした刹那。

──あ……ごめんね。俺、大切な人に、大切な話があるから……ちょっと、失礼するよ。

ゆらりと、あの人の気配が迷いなく動く。

(大切な、人……?)

思考を巡らせる暇もなく、何故かわたしは妙に焦って、まだ手つかずだったうさ団子を慌てて一串、手に取るなりかじりつく。

もぐもぐと咀嚼そしゃくしている間、あの人の足音が真っ直ぐこちらに近付いて来ていて──その間、口の中のうさ団子の味は、不思議なほど感じられなかった。

「やあ愛弟子、おかえり! 今日もお疲れ様!」
「ん、ぐっ……! んふむむ、ぐっ」
「ああ、ごめんよ! 慌てなくて大丈夫、詰まらせないようにゆっくり飲み込んでおくれ」

優しいあなたの声が、わたしの心臓を何度も何度も大きく、うさ団子よりも甘く震わせる。

必死に咀嚼して、ごくん、と大きく喉を鳴らしながら口の中のうさ団子を飲み込んで。
そのまま流れるように湯呑みを手に取り、お茶で奥まで押し込みながら、わたしは一生懸命笑顔を意識して、大好きなあなたの方に顔を向けた。

「ウツシ、教官っ……! お、お疲れさまです! ど、どうなさったんですか? わざわざ来て下さるなんて……
「最近、離れたところに座って気配を消してるキミを察知するのも大変になってきたよ。ふふふ、本当に強くなったねえ」
「え…………。あ、りがとう、ございます……!」

あなたに褒められることは、何よりも嬉しい。今すぐ踊りだしたくなるほどの歓喜を、必死に自分の内に留める。
そんな私の様子が顔に出ていたのか、あなたは小さく「ふふ……」と、とても柔らかに笑って。

「ねえ愛弟子、ちょっと聞いてもいい?」
「は、はいっ……!?」

予想していなかったあなたの言葉に、思わず頓狂とんきょうな声を出してしまって、恥ずかしい。

大好きな人の言葉を待つ時間は、ほんの一瞬であっても体感は永劫だ。
わたしの胸は焦げそうなほど燃え上がり、締めつけられながらどきどきと震えている。

あなたの背中には、先ほどまであなたを囲んでいた女性ハンターさんたちの視線が突き刺さっているはずなのに──あなたは全く気にせず、その目には、わたしだけを映してくれていて。

それだけで、ささくれた心はたちまち全快して、甘い香りが満ちる小春日和。

あなたはわたしに、誰よりも優しく笑いかけてくれた。

「ねえ愛弟子。突然で申し訳ないんだけど、今夜空いてるかな?」
「えっ!? こ、今夜、ですか? あ……空いて、ます」

あなたのためなら、何があっても空ける。この気持ちが口から飛び出さないように冷静を繕いながらわたしが答えると、あなたは「良かったぁ」と眉も目尻も下げて笑ってくれた。

「じゃあ俺、もう少ししたら終わるから、ちょっとだけ待っててくれる?」
「き、教官、あの、いいんですか?」
「うん? 何がだい?」
「だ、って。あの……今夜、大切な用事があるんじゃ……?」

尋ね終えた時、わたしは尋ね方を後悔していた。あなたと、あなたを囲む女性たちとの会話を全て聞いていましたと宣言してしまったようなものだから。
密かに青ざめそうになっているわたしの問いに、あなたは目を丸くして、ぱちぱち、と何度か瞬かせた後、愛おしそうに「ふふっ」と笑った。

「愛弟子との時間が、俺の一番大切な時間だよ」
「ッ……! そ、そう言ってくれるのは、すごく嬉しいです……! で、でも教官は……!」
「うん? 俺が、何だい?」

わたしの脳が、これ以上言葉を繋げるのはやめなさいと告げている。
でも、女性たちの輪からわざわざ抜け出してくれて、大好きな人が目の前に来てくれている今、ある意味では気になっていたことを聞けるチャンスにも感じられて──高鳴り続ける心に背を押されるように、口は止まらなかった。

「教官は……あんなにモテるのに……そのっ……わたしなんかと過ごすより……す、好きな人とかっ、いないんですか!?」

嗚呼──聞いてしまった。

しかも、こんなタイミングで。

あなたは先ほどよりも目を丸くしてわたしを見つめた。でも、その眼差しはとても優しくて、どこか甘やかで、わたしの心を絡めとって離さない。

「愛弟子、気にしてくれるの? 俺の、その……そういうことを」
「ッ……! あ、あ……! ご、ごめんなさい、こんな立ち入ったこと……わ、わたし、その……!」

自分から聞いたくせに、心臓が破裂してしまいそう。顔は炎に晒されているように熱い。必死に表情だけは冷静にと意識しているけれど、きっと叶っていないだろう。

吐息混じりに「ふふ……」とまた笑ったあなたは、不意に身を屈めて、わたしの耳元に顔を近づけた。

「──今夜、教えてあげる」

とても、とても甘く、わたしの心の芯まで撫でるように意味深に響いた、あなたの言葉。

体の芯まで届いたあなたの艶声に、ぞくっとわたしの全身が震える。骨が柔らかくなってしまったような感覚の中、わたしは魚のように、口をぱくぱくさせていた。

返事が、言葉が、出てこない。

鼓膜の中に、けたたましいわたしの心臓の音が響き始めて、ひどく耳障りに感じた。どく、どく、どく、と激しさを増すばかり。
こんな音より、あなたの声だけを意識していたい。先ほどの声を何度も鼓膜の中で再生したい。

「ウツシ、教官」

体が蕩けてしまいそうなほど胸がときめく中、思わずぽつりと、名を呼んでしまう。あなたは優しくわたしを見つめたまま、ゆらりと体を離した。

「愛弟子……最近、髪からとっても良い匂いがするよね? ふふふ、髪も、お肌もつやつやで、とっても……とっても、綺麗だ」
「──っ!?」

気付いて、くれていた。

元々、大好きなあなたを想い、あなたの記憶に残りたくて始めたこと。なのに、当のあなたにそれを気付いてもらえて、言葉にして伝えてもらうことが、こんなに嬉しくて、照れくさいなんて、心臓が溶けてなくなってしまいそうだ。

「また後で、ね。可愛い我が愛弟子よ」

吸い寄せられるような金色こんじきの瞳が、わたしを捉えて離さない。
お花畑の中にいるような、ふわふわと甘い感覚に包まれる中、優しく手を振りながら戻って行くあなたを、わたしは夢見心地でぼんやりと見送る。

先ほどの場所に戻ったあなたは、また女性ハンターさんたちに囲まれていた。

けれど、もう何も気にならない。

気になるのは、先ほどのあなたの言葉だけ。

──愛弟子、とっても綺麗だよ。

──愛弟子、気にしてくれるの……

──今夜、教えてあげる……

瞳にわたしだけを映した、あなたの甘い声が思い出されて、理性が蕩けかけて、震える。

あなたはいつも、わたしに、色々なことを教えてくれる。

でも、今夜のそれは、いつもと違う。師弟という括りはあまり関係なさそうな、もっと、人の内なる部分に迫ったことのような、そんな直感が、わたしを幸せに、けれどとても緊張させた。

離れた場所で、穏やかな『教官』の笑みを浮かべるあなたを見つめながら、わたしは赤い顔のまま、口元で湯呑みを傾ける。
心臓と顔の方が熱くて、お茶の熱さなど、ほとんど感じなかった。

わたし自身も『話す』べきは今日ではないかと、微かな怯えの中に必死の勇気が、少しずつ花開く。

後で──後で、あの人に伝えよう。

今夜、わたしからも、大切な話があることを。





@acadine