ロンド
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Public くにぐに
 

くちなし・続(デン♀ノル♀)

にょたゆりデンノルの続編。過去編舞踏会前&シナモンロールの日。


 恒例のシナモンロールの日、そろそろみなが腹いっぱいになっただろうか。後片付けをしようとフィンが立ち上がると、同じようにスヴィーリエも立ったところだった。
 目配せを交わしてふたりは空の皿を持ってキッチンに赴く。
 さっそく大皿から手洗いしていく。スウェーデン宅の対面のキッチンは広くて快適だ。フィンが食器を洗い、スヴィーリエが泡と水滴を拭き取る。テキパキと片付けは進む。一度スーが顔を出して、食後のコーヒーの用意をテーブルに持っていった。
……美味かったない」
 ぽつりとスヴィーリエがこぼす。フィンは大きく頷いた。
「はい、とっても美味しかったです! 今年のはリンゴの入ったのが絶品で……!」
「ん。スーの作だ」
「やっぱり! あっ、あの、変な意味はなくてですね」
「ん」
 同じくらいの目線のスヴィーリエが頭をわしゃわしゃと撫でてくる。ちょっとお、僕花たまごじゃないですよ、とくすくすと口先だけの抵抗をすると、スヴィーリエはめずらしくもやわらかく微笑んでやめてくれた。なんというか、姉がいたらこんな風だろうなあ、という気がする。
 フィンの半身はフィン以上にとぼけたようなところがあって、フィンからすれば歳の近い妹に似ている。同一存在である以上歳の優劣はつけようもないけれど、それぞれの国でなんとなく関係性は違っているものだった。
 スヴィーリエはぷす、と吹き出す。
「わがってっから。スーのシナモンロールはうめえかんな」
……はい。僕、スーさんのシナモンロール大好きです」
「フィンとスオミのシナモンロールもうめえべ」
「あはは、でもほとんどスオミが作ってるんですよ。僕は基本のくらいで。スーさんもスオミもアレンジが上手で、ほんとうにすごいなあって……
 スオミの特技は菓子作りとパン焼きだ。愛らしく美味しいお菓子たちのいい匂いがキッチンから漂ってくるとフィンは幸せな気分になる。一回でものすごい数を量産するのであちこちに配ったり食べたりするのだが、みなスオミの菓子に感嘆し褒めてくれて、フィンは嬉しい。店を出せるんじゃない、と云われたことも一度や二度ではない。スオミは趣味だからと謙遜するけれど。
 フィンはレシピ通りには作るがスオミのようにちょっとずつのアレンジを加えるのは苦手だ。ときどき美味しくない何かが完成していてがっかりすることもある。同一の存在理由でもなぜか明確に性格には違いがあった。
 それは目の前のスヴィーリエとスーでも似通っていて、家事全般をそつなくこなすスーに対してスヴィーリエは効率を求めるあまり料理は不得手らしい。だからこうしてふたりで後片付けをすることは昔からの定番。
 いつからかシナモンロールの日が定着して、北欧の五か国みなで集まるようになっても変わらない習慣だ。
 連帯感にスヴィーリエは嬉しそうに肩をすくめた。
……んだな、相方のおかげでうめえシナモンロールにご相伴に預かれるっつうことだべ」
 淹れたての浅煎りコーヒーの香りが流れてきている。なんとはなしにそれから黙々と食器を洗っていると、銀色の猫が飛び込んできた。
 猫、もといイースは、まさしく猫のようにするりとスヴィーリエの脇の下に入り込んで抱きつく。末の妹のようなイースの甘えたな様子にスヴィーリエはやさしく撫でてやっていて、イースは拗ねたようにされるがままだ。
「どうしたの、イースちゃん。もうすぐスーさんがコーヒー淹れてくれるって」
「ダンにお姉ちゃんとられた。私のお姉ちゃんなのに」
「ああ……
 納得してしまい、曖昧にフィンは笑いかける。イースは今度はリスのように頬を膨らませた。
 キッチンからダイニングを覗くと、スーはちょうど人数分のコーヒーを淹れ終えたところだった。スオミは花を替えていて、アイスとデンでカップを出している。我関せずのノルはとっくに座って頬杖をついてスマートフォンを眺めている。そのまた向こうのソファで、後ろ姿しか見えないがダンとノルゲが座って楽しそうに何かを話し込んでいた。
 おそらくいつものように一方的にダンが喋っているのだが、ふたりはそれでかみ合っているようなので問題ない。問題があるとすれば、ダンはノルゲの華奢な肩に腕を回して、溶け合うように隙間なくぴとりとくっついていることだろう。
「ああ……。あれじゃ間に入りづらいよねえ」
「私のお姉ちゃんなのに。私がさっきまで喋ってたのに。後からダンが来て盗られた」
 ぶつぶつとイースが恨みがましい声でスヴィーリエの背中にうずもれる。がっちりホールドされていてはスヴィーリエも動きにくいのではとフィンは思ったが、スヴィーリエが気にせず皿を拭いては脇に重ねているのでそっとしておくことにする。
 違うといえば、ダンとノルゲもそうだ。
 デンとノルもよく互いにつるんでいるが、あくまで親しい男同士の、やや激しい肉体言語の絡んだつるみ方だ。見慣れると微笑ましいものではある。でもダンとノルゲは、麗しい王子様とお姫様が愛をささやきあっているような、なんだか見ていてこちらが照れてしまいそうになる感じだ。さっきもわざわざ、ダンがノルゲのためにシナモンロールを一口サイズに割りながら「あーん」と餌付けしていた。
 そこに突撃しようとするイースは勇敢で可愛らしいのだが、毎度ふたりの世界に入りきれず、よく懐く飼い猫に徹するか空気のようになってしまっている。可哀想だ。可哀想なりにデンとノルが構おうとするとちょっと違うらしい。男たちが振りほどかれて逃げられているのをよく見かける。
 今回も薔薇が背景に飛び交っていそうな光景にイースは耐えきれず、すごすご退散してきたようだった。ふんわりと外向きに跳ねるプラチナブロンドの頭を撫でて慰めてやりたいが、あいにくとフィンの手は泡だらけだった。
「ターさんもノルゲさんもお互いのこと大好きですからねえ……
 友情からはみ出しているような気もするが、つつくと野暮だろうことなのでフィンは口をつぐむ。
「私の方がお姉ちゃん大好きだもん……お姉ちゃんだって私のこと大好きなんだから……
 しおしおとイースが主張する。自分で云いながらあまり自信がなさそうな声だったが。
「しゃあんめ。あいづらは昔からべったりだったべ」
「そうなんですか?」
 こくりとスヴィーリエが頷く。
「ダンはノルゲには土産持っでぐんだ。そごらの子が手に入んねえような宝石とか、ブローチとか」
「まるで貢物ですね」
「結納金だばって云っでた」
「そ、そうかあー」
「ノルゲもダンには守りの刺繍入れた服をこしゃってやっだり」
 私には頼まねえとくんねがった、とスヴィーリエはつぶやく。眼鏡の奥の眼光が増したように思えてフィンは肩を跳ねさせた。スーほどではないがスヴィーリエも感情があらわになると威圧感をかもしだす。
……お姉ちゃんが織った布なら私ももらった」
 イースはまだ対抗しようとしている。健気すぎる。
「そりゃ、……ノルゲさんにとって可愛い妹だからね、イースちゃんは」
「アイスももらってた。パフィンも」
「あららー」
「私だって、私だってー! お姉ちゃんにはいっとう上手に編めたロパペイサあげたのに!」
 どんどんと頭を振り乱してイースは悶える。そうかあ、とフィンは同意と相槌の中間のような返事をした。
「ねえ、お皿こっちに置いていい……うわ」
「なにが『うわっ』だ!」
 皿を持ってきたアイスが己の片割れを見て物理的に引いた。お年頃には自身の半分のような相方がスヴィーリエに堂々と抱きついている光景は受け入れがたいのかもしれないと思いつつ、フィンは追及はせず空の皿を受け取った。
「ありがと、アイス君」
「コーヒー入ったからおいでよ。イースはスヴィーから離れてあげて」
「やだ。スヴィーあったかい」
「ほんとやめてくんない? 見てて恥ずかしいから」
「恥ずかしいのはダンとお姉ちゃんだからアイス云ってよ!」
「え、やだ」
 猫が毛を逆立てているみたいで仲がいいなあ、と思考を諦めてフィンは手を拭いた。残りは後でいいだろう。スヴィーリエも同じタイミングで手を止めた。イースとアイスは末っ子だからだろうか、よく似ている。
 さて、誰があのふたりの空間を割ることができるのだろう。フィンが自分に命じられたらいやだなあと思っていると、いささか元気すぎる声が部屋に響き渡った。
「ダン、ノルゲ! コーヒーできたっぺよ、お、おおお⁉」
 ソファ側に回り込む前に、なにもない場所でデンは派手にすっ転んだ。手に持っていたコーヒーのトレイがまるでトロールが取り上げたように宙に浮いて移動し、ふうわりとサイドテーブルに着地した。
 デンはテーブルの角に頭をぶつけてうめいている。あーあ。デンには気の毒なことだが、邪魔をしてくれるなというお姫様の意思表示にフィンは苦笑した。