ロンド
7238文字
Public くにぐに
 

くちなし・続(デン♀ノル♀)

にょたゆりデンノルの続編。過去編舞踏会前&シナモンロールの日。

 極端であることは知っていたがまさかここまでとは思わなかった、とノルは半開きの扉の残状を眺めて思った。
 先だっても男のような格好で戦場を駆け回っていた女ではあるが、一応は淑女であるのでノルはノックをしてから、問答無用で部屋に入った。蝶番がきれいに折れていた扉に比べれば室内は想像よりはずっとましではあった。この部屋を造るのにどれだけの金が積まれたのかを思い出す理性は残っていたらしい。
 女の化粧品や衣装や家具は床に散乱していた。ノルはそれらを避けて歩き、部屋の主のもとにたどり着く。ベッドに寝転がる女は下着を緩めてうつ伏せに枕を抱えている。
……なして来った」
 ずび、と鼻をすするような籠もった声に対してノルは平坦に努めて見下ろした。
「侍女が泣ぎついてきたべ」
……
「あんこも泣いてたべ」
……デンがうぜえから」
「んだ。けんど、ごんぼるるんでね。今夜だべ、今夜」
「やんだ」
「だじゃぐこぎ」
「やんだ! なじょしてあたしがドレス着にゃなんね!」
「阿呆け。おめ女だべしゃ」
「前はデンと同じの着ていがったっぺ!」
「前はな。でも今度の上司は駄目っづったから駄目」
「休む!」
「主役がサボタージュたぁええ度胸 じぐだべな」
 やだやだドレスなんか窮屈だし足にまとわりつくしあんなひらひらしたもんなんか着たくない、とダンはそんなようなことを訴えた。ノルは盛大に呆れた。阿呆だ、こいつ。
「あんね」
 声はかけてやった。
 ノルは素早くベッドに乗り上げて強めにダンの肩を押した。気が抜けていたが元は戦士だ、間髪入れず急所を狙って蹴り上げようとしてくる。だがそのくらいの反撃はあるだろうと読んでいたノルもまた、海を渡っていたころから長年の鍛錬を積み上げているのだ。あっけなくダンの股の間に身体を滑り込ませて絡め取り、女の手脚をベッドに沈み込ませる。
 きりきりとダンは押し返そうと最大の力を込めているが、圧倒的有利な体勢もあってノルは涼しい顔で、泣き腫らしたダンの頭から胸元のゆるい開きまでをじっくりと眺めさせてもらった。男であれば指を伸ばしたくなるような豊満な胸の膨らみと谷間を見られていることに気づいたらしいダンが真っ赤に熟れたリンゴのように変わる。異性の裸なんか見慣れているくせに変に初心なのはよくはない。
「ノ、ル! ごじゃっぺ! 変態! けだもの!」
「あー……んんん、やっとわがったか」
「でれすけ野郎!」
「口がクソ悪りぃべお姫様」
「おめに云われたぐねえ! ほーかーせー!」
 あまりからかうと拳が飛んでこないともかぎらないのでノルはほどほどに手を離して勘弁してやった。すかさず拳が飛んできたので仰け反ってかわす。続けざまに枕も投げられて顔で受け止めた。
……気ぃ済んだか」
 ノルは枕をぽいと脇に投げ、ようやくベッドから起き上がったダンに声をかけた。
 またも泣きそうにダンは黙りこくっている。いくら阿呆でも彼女は頭が空っぽの馬鹿ではない。己の役割は心得ているはずだ。予定された舞踏会は今夜であり、国の化身は男女どちらも正式に招かれている。
「おめはドレスさ着て俺と踊んだ、嫌か」
「やあだ!」
「こんじゃじゃ馬姫」
 チッと舌打ちは隠さなかった。女に対する態度でないことは承知だが、目の前にいるのは遠慮もなにもないような男勝りの幼馴染。もしパートナーに逃げられたら面目が潰れるのはノルの方だ。
「なして嫌け。裾のひらひらした服くれえいままでも着どったべ」
 ダンは下着をぎゅっと両手で鷲掴みして、唇を尖らせていたが、ノルの視線にたじろいだように眼を泳がせた。
……だって」
「ん」
「だって、ドレス着たらノルゲと踊れね……
「阿呆か」
 思わず本音がこぼれ落ちた。ダンにもしっかり聞こえていたようで地団駄を踏む。
「やっぱ云うんでねがった! 最低! こごは可哀想なあたしを慰めて『替わっでもらえるよう上司に打診してやっか』っで云うとごだっぺ!」
「『替わっでもらえるよう上司に打診してやっか』、……ま、無理だけんど。ノルゲはあんこのパートナーだし、あれ変えたら俺のパートナーがあんこになるでねえけ。むさ苦しくてうぜ」
「寄越せ! デンばっかこすいっぺ! あたしのノルゲ!」
「おめのでね」
 いちいち指摘するのも疲れる。ノルはベッドの端に腰掛けて脚を組んだ。説得してこいと云われて嫌々やってきたのになんの仕打ちだろう。ノルこそボイコットしたくなってきた。
 そもそも連合する二か国の友好をあたためる懇談の舞踏会なのだ。ノルはいつまでも第二位の立場に甘んじはしないが、いまのところはそれでもいい。今宵に重要なのは二つの国の四人の化身がそれぞれ舞踏会で手を取り合って宮廷ダンスを披露することで、ドレスが嫌だろうが体調不良だろうが欠席はありえない。
「さっさと着ろ。んで侍女に謝れ」
……ノル」
「おめの相方と、俺と、ノルゲにしょしかかせる気け。準備せ。決まったこどだ」
……やんだ。なしてあたしは女の格好せにゃなんねえの! なしてあたしがノルゲと踊れないの、なしてノルゲとおんなじ顔した男と踊んなきゃなんねえの……!」
 ダンは崩れ落ちておんおんと泣き出した。泣きやむまで泣かせておこうとノルは沈黙する。激励はくれてやるが慰め方なんて知らない。
 同じようにそっと所在なさげに浮かんでいたトロールがノルに囁く。ノルは顔を上げた。
 開け放しになっている扉の前に、ノルと瓜二つの片割れがたたずんでいた。
 ノルは思わず腰を浮かす。彼女もとっくに準備を始めているはずで、基本的にはされるがままになって時間に呼ばれるまでいつまでもぼうっとしている。そんな彼女が早くに衣装に着替えるなりダンを訪ねてくるとは思ってもみなかった。
 ノルゲはひたりと室内に足を踏み入れる。足音は妖精の羽音のように絨毯に消えていく。きらめきながら波打つようなブロンドと甘ったるい香水の匂いがノルの前を通り過ぎ、泣きじゃくっていたダンの前で止まる。
……ダン。私を見てくんろ」
 花よりも重いものを持ったことがなさそうな白い指先がダンの両頬を捉える。赤く腫れぼったい眼でダンはぽかんとノルゲを見つめていた。
 ノルゲはダンの頬を掴んだまま瞬きもせず見つめ返す。まるで魅了の魔法をかけるように。
「ダン、ドレスば私とおそろい。……いやか?」
……や、じゃない。いやじゃねえんだ、ノルゲ……
 ふわり、とノルゲは雪解けのひとしずくのように美しく微笑んだ。まるで天使のような、と傍からは評される微笑み。ダンは頬を染めてうっとりと見惚れていて、そこだけは絵画のような場面だった。
 ノルは冷めた眼でノルゲを見ていた。本当に魔法で魅了しているのだ。好意を向ける者の心を揺り動かす恋の魔法。ノルゲがその気になれば国の内側から崩壊させることなどたやすい。なにせ容貌だけは華奢で愛らしく守りたくなるような少女の造形をしていて、一歩外を出歩けば騎士がひざまずき吟遊詩人が詩を謡い恋文や贈り物を山というほど贈られる。これも極端なものだ。彼女は何も話してはおらず与えてもいない。ただそこにたたずんでいるだけだというのに。中身はとんだ悪徳な魔女だとノルは思っている。
 ただ、ノルゲが魔法で魅了しようとするのはこの世でただひとりであるのが救いで、酷い呪いだ。
 少女のような魔女に手を引かれて、ダンは浮ついたように鏡台の前に行く。
 ノルゲはダンを椅子に座らせて両手で目元を隠し、一言二言、呪文を唱えてやると、またたく間に涙の腫れは引いていた。
 ダンの戦場に行くたびに切られるためにいささか短かすぎるような髪を、ノルゲは丁寧に愛おしそうにくしけずっている。重い腰を上げたノルはようやくダンが着てくれそうになった揃いのドレスを持ってきて、唇を動かさずにノルゲに云った。
 俺を巻き込むんでね。よそでやれ。
 むっとしたようにノルゲが表情を失くした。言葉を介さなくてもノルの心は正しく伝わったはずだ。茫洋としたような目の色から光が消える。
 私のダンに手を出した。後でおしおき。
…………出してね」
 ノルが口に出すと、ノルゲは黙ったままぐさぐさと刺してくる。
 おっぱいガン見したでしょ。
 ノルは頭の中を覗いてこようとする片割れから強固に心の閂を閉めた。じいっと呪い混じりの視線が突き刺さってくる。こういうものは逸らした方が負けだ。
「なんだぁ? おめえら見つめ合って、兄妹仲いがっぺな!」
 何を勘違いしているのかすっかりご機嫌を取り戻したダンは鏡越しにからからと笑っていて、ノルは当て馬になりたくてなっているのではないと云い訳し、その隙をつかれて睨み合いに負けた。