保科
2025-10-25 22:52:08
3368文字
Public スタレ
 

来訪者の話

アグサフェ 変なお姉さんとアグライアさんの話 続かないイントロ部

お姉さんは8割くらい捏造しかないです

「こーんにちは、おばちゃん」
ひょい、と、店前を覗き込んだ女性が声をかける。
幌の下、退屈にあくびを噛み殺していた果物店の店主は、あら、と驚きの声を上げた。
「いらっしゃい!うちには初めて来る方ね、最近オクヘイマに避難してきたの?」
――そうそう!そんなところ。で、来たばっかだからあんまりこの辺の事情分かってなくてさ〜、おばちゃんの分かる範囲で教えてくれない?」
ちゃり、と机に置かれた硬貨を、店主は悪いわねぇと笑いながら受け取って、気付く。印字されている柄は随分古くに流通していたもの――それこそ、先帝のケリュドラが存命の頃のものだ。
けれど、妙に真新しいように見えるのは、保存状態が良かったのか、それとも別の理由があるのか。しかし、遠方の都市国家の事情は、オクヘイマで暮らしている限りは知る由もないことだ。店主はそれ以上考えることなく、硬貨を布袋にしまった。
「いいわよお、暇してたもの。それにしてもこの硬貨を使ってるなんて珍しいわねえ、どれほど遠くから来たの?」
「んー、まあまあ?」
深めにかぶった白いフードの下。女性は疑問の答えを、曖昧に笑ってごまかした。




「オクヘイマ、黄金裔、火追いの旅、暗黒の潮……ねえ」
変わらずのどかな陽気の中。宛もなく歩を進めながら、町中の聞き込みで拾い上げた情報を合算する。
曰く、世界は滅びかけている。ここオクヘイマを人類の最終防衛地と定め 、荒れ狂うタイタンの権能を人の手に取り戻し、再創世の先を目指す――
……
手にしたコインを弾きながら、けったいなことになってるなあ、と思う。なんというか、まさしく世も末といった状況だ。
それでも、世情について理解できたのは一先ず前進だった。今後の身の振り方を考える為には、今暫くは時間と情報収集が必要になるだろう、と考えつつ。
「ま、堅苦しいことばっか考えてたって仕方ない……
そういったことは一度傍らにおいて、物見遊山に来た心地で辺りを見渡した。
白を基調に整備された街並みは、首都を名乗るにふさわしい立派な様相だ。これまで見回った雲石市場も、加えて――横に顔を向ける。崖際にずんと構えた建物。雲石の天宮というらしいその公共施設は、巨大な公衆浴場も兼ねているのだと、衛士から聞いたばかりだ。玄関口へ至る階段と、降り注ぐ水が織り成す雄大な景色は、それだけで観光資源としても有用だろう。
……オクヘイマって、辺境の都市って聞いてたけどたけど、そーでもないじゃん……
ひときわ高く打ち上げたコインを、空中でキャッチすれば――すでに手の内にはない。
ずれかけていたフードを深くかぶり直すと、さて、これからどうしたものか、と思案して――
「ええ。その通りです」
思考を断ち切る、よく通る声が、女性の耳朶を打った。
視線が吸い込まれるように、その発生元へ向けられる。即ち、今見ていた雲石の天宮のその入り口。
――ここ、オクヘイマこそがオンパロスにおける最後の楽園。不届者の立ち入りは禁じておりますが。
果たして――貴女は何者でしょうか、お客人」
かつり。ヒールを鳴らし、階段を優雅に下りる麗人を、白法衣はフードで陰った眼を見開きながら見つめる。数秒、呆けたように黙りこくった女性は。
……あー……
吐息混じりの声を零すと。
まじなんだ、と、一言呆れたように呟いた。
……ご挨拶どーも、おっしゃる通りしがない一般客ですよ、あたしは」
「ほう?」
信じられないように相槌を打つ麗人を、白装束から覗いた腕の先、つややかな指が指ししめした。
「で、ここの住人に聞いた限りだと。
あんたが……この、オンパロスの中心たる都市国家の、僭主サマってことであってんのかな。
――アグライア?」
……ええ。私はアグライアであり、確かに、現在のオクヘイマの統治もしております」
アグライアの首肯に、へえ!と楽しげな返答がされる。
しかし、今、この場において、そのような楽観的な態度は、到底アグライアには看過できるものではなかった。彼女の背後に幾多のラフトラが並び、周囲の衛兵が警戒したように取り囲む。
「納得いただけたようですので、その上で、再度問いますが。
貴女は、何者でしょう――この金糸で読み取ることのできない人物について、私は素性を詳らかにする責務があります。
生憎、ただの一般客などと、在り来りな言い訳で誤魔化せるとは思わないように」
あえて見えるようにした金糸が、布越しに白法衣の腕を掴んだ。浪漫の半神、アグライアの金糸は、町中で聞き込みをした情報にも含まれていたものだ。
「金糸……
女性は興味深そうに、回された糸を眺める。フードで陰った眼差しで、ちら、とアグライアの表情を伺いつつ、糸を確かめるように何度か引いて。
……でもま、悪いけど、そういう強引なのはお断りなんだよね〜?」
肩をすくめつつ軽く腕を振ると、するりと腕が拘束を抜ける――まるで、糸が腕を通り抜けるように。
『金糸を傷つけず、拘束を抜ける』。それは本来あり得ない現象であり、手品のような冗談めいた光景に、アグライアが僅かに顔をしかめ、周囲の衛兵がざわめく。
――てなわけで!あたしのこと知りたいのなら、捕まえてみなよ、っと――
呑気にさよならと手を降ると。軽い足取りで走り出した女性は、包囲を物ともせず飛び出すと、そのままぐんぐんと速度を上げて雲石の天宮の外周を駆けていく。
慌てた様子でおい、と声を上げる衛兵を、アグライア手で制止する。
――構いません、私が追います。
この後は一人で問題ありませんので、皆はここの守備を固めておくように。以降のトラブルは、師匠――トリビー達に連絡を。良いですね」
そう言うやいなや、ラフトラを伴い駆け出したアグライアもまた、逃げ出した女性と同じくらいの速度である――あれに追いつけるのはファイノン様でも厳しいかもしれない、いや、ヒアンシー様ならあるいは、と、残された衛兵達は口々に言い合った。




――いやあ、ありがとね?一人で来てくれて。
流石にあの状況だと名乗れないって」
雲石市場、入り組んだ路地の奥。僅かに息を切らせたアグライアがたどり着いた突き当たりにて、壁に背を預けていた白装束がぬると立ち上がる。
気さくな態度に戸惑いつつも、アグライアは応じる。
……逃げる様子がないのは、金糸で追った貴女の動きで分かっていましたので……ラフトラ――私の眷属は道の入口で控えさせておりますが、構いませんか」
「あー了解了解。
それくらいはいいよ、で――
ぴ、と指先が、腕を組んだアグライアへと向けられる。
「あんたさ、どこまで分かってる?」
………分かる、が、何を指すのかは兎も角。
そもそもですが、私の金糸で思考を読み取ることのできない人物は、この世界に一人しかおりません」
アグライアは、自身の推察の荒唐無稽さにため息をつきつつも、慎重さを崩さず問いかける。
「けれど、『そう』だと仮定するのなら――貴女はあまりにも、背丈も、格好も、彼女とは別人過ぎる。故に、問い詰めざるを得ませんでした」
「え、なにそれ面白。
なんかあたし、この世界でも、ライアちゃんとは色々ある感じ?」
――ライアちゃん
虚を突かれたように、呼び名を鸚鵡返しするアグライアの前で、女性はフードを緩く取り去った――表れる特徴的な猫耳と、肩下まで伸びた髪。
履いているヒールを差し引いても、アグライアより高い身長。どことなく大人びた顔立ちが、見下ろす姿勢のままニンマリと楽しげに歪む。
「えーと、なんだっけ?『法と詭術を司りしザグレウスが信徒の一人』、後は世負いを引き継ぎし『ドロスの風』――なんて、まあそんな肩書はどうでもいいや。
――あたしは、黎明の崖の僭主、セファリア」
―――
口を開く度、常識としてありえない単語がいくつも並ぶのに。混乱に苛まれるアグライアが、真偽を確かめる間もなく、その手がゆるりと握られた。――温もりは、どうにも覚えがあるものだから、振り払えない。
「歳月の気まぐれか、詭術の悪戯か。
まあ、なんか『ここ』に迷い込んじゃったみたいなんだよね。
……悪いんだけどさ、手、貸してもらっていい?ライア」