柳堂知羽@一次創作
2025-10-25 11:00:19
7746文字
Public ⬛︎みえナい
 

みえないモノはみえナい

この街には、人とヒトが住んでいる。



【とりあえずビールで、のノリで】

「なんで会っていきなりデコピンするんですか!」
「うっせえ、声がでけえ」
ニヤニヤしながら大将が俺の目の前に枝豆を置く。今日は焼き枝豆のようだ。しかもバター醤油で味付けをしているようで、香ばしく甘い香りにお腹がぐうと鳴った。
隣にいるトラさんは眉間の皴を揉みつつ、完全に真っ二つになったチャームを見つめている。もちろん、それについては悪いと思っている。だって、まさか貰ってから一日でこんな壊れ方をするなんて思ってもみなかったんだ。電車の中ではまだひびが入っている程度だったんだけどな。おかしいよなあ、満員電車でおしくらまんじゅうをしたわけでもないのに。ああ、でもひびが入っている時点でもっと大事に扱うべきだったか。
「分かってらあ、お前が雑に扱ったわけじゃないことくらい」
そう言って天を仰ぐトラさんが珍しくてじっと見つめていたら、今度はつむじを押された。それは止めて欲しい、お腹を壊しちゃうじゃないか。
一応、俺だって残念に思ってるんだ。折角、トラさんからのプレゼントだったのに。あとで大将に接着剤がないか聞いてみようかな。なければ帰りにコンビニに寄って買うとしよう。
……ったく。本当に危なっかしいヤツ。」
ビールを飲み切って、次はいつものように日本酒を頼むトラさんは呆れたようにこう言いつつも、妙に物憂げな顔をしてこちらを見つめてくる。今日は酔いが回るのが早いのだろうか、とは流石に口にしなかった。こんなに真っ直ぐに、自分を見つめてくる人に対して、冗談でも失礼なことを言いたくなかったのだ。
トラさんはいつだって俺を好奇心爆発野郎だなんだと言うが、仕方がないじゃないか。ドキドキして、わくわくするものを見たら居ても立っても居られないのだから。それに今日は特に何のトラブルだって起こしていないし、変な目にも逢っていない。トラさんもだけど、ムっくんもヨーコも大げさなんだよ。俺、一応成人男性なんだけど。そういえば夕方にヨーコから連絡があったんだった。あとで返信しないとな。
「別に今日、俺ってそんな変なことしてないですよ?」
そうさ、帰り道で全身灰色の人を見たり、やけに大きな真っ黒な犬を見かけたと思ったらどこかで交通事故が起きていたり、俺を追い抜いたバイクに真っ白い何かが並走していたような気がしたけれど、別にこれらは変なことでもなんでもない。日常のほんの些細な光景の一部でしかないのだ。
俺は確かに面白いことを求めているが、それがいつだって自分の周りに転がっているとは限らない。面白いこと、心躍るものは自分から探しに行かないとダメなのだ。自分の鼻が、心が、脳味噌が痺れて甘くほどけていくような物事は、いつだって追い求めていかないと見つからないだろう。
「おい、マジでコイツにこれ以上変なこと吹き込むんじゃねえぞ、ジジィ」
「さぁテ?なんノことヤら?」
焼き枝豆に舌鼓を打つ俺の前に大根おろしがたっぷり乗った揚げ出し豆腐が置かれる。大将が作るこれは本当に美味しいんだ。七味をちょっとだけ多めにかけるのが美味しさの秘訣である。あつあつのうちにいただこう。
にこにこしながらお礼を言って食べ始める俺の横で、トラさんが何やら大将に絡んでいる。だいたいいつだってトラさんは大将に難癖をつけているけれど、今日はまだそんなに杯が進んでいないのに変だな、とは思う。もしかしたら、今日はここに来るまでの間にまた変なことをしていたのだろうか。だから疲れて酔いが回るのが早いのか。
ありえるな、なんて考えてしまうのはトラさんは見た目に反してはちゃめちゃな人だからだ。でもこの前、変なところからの借金は完済した、もとい、腕力で解決したとか言ってなかったっけ?まあそんなことはどうでもいいか。だってさ、だってさ。
―― トラさんがやることなら、きっと俺にとって「面白い」に違いないのだから。

俺は無意識に大将を威嚇し続けるトラさんの服を引っ張る。そして、毒気を抜かれたような顔をこちらに向けるトラさんに笑いかけつつ言った。

「トラさん、今日、何か“面白いこと”がありましたか?」