nozomu_HK
2025-10-20 04:45:31
6050文字
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[リクエスト]好奇心は、(虚ヴェ)

ヴェルトの夢の中に入る虚空万象の話
リクエスト頂いたものです


地球を離れて随分と経つ。ただ緩やかに目的地を目指す船の中で、虚空万象は窓の外に視線を向ける

色とりどりの絵の具が滲み出したような壮麗な宇宙は、延々と変わりのない風景を繰り返している

世界に2人きりみたいだね。などといつもなら口にしていたであろう軽口をすることはなかった。返答が期待できないことを知っているからだ。虚空万象は視線をゆっくりと移す

ヴェルトは椅子に腰掛け、眠っていた。珍しく寝入っているらしく、四肢を放り出しこくこくと船を漕いでいる。虚空万象はテーブルを挟んだ向かいの椅子に座ったまま、じっとそれを見ていた

実の所、ヴェルトは虚空万象と行動を共にするようになってからまともに寝ていなかった。虚空万象を警戒してか寝室を使ったことは1度もなく、眠りも浅い。今だって虚空万象が少しでも触れようとしようものならすぐに目を覚ますだろう

起こすつもりはない。虚空万象はヴェルトを見捨てる覚悟はあるが死を望んでいる訳ではないからだ。第一、そんなことで肝心な時に本調子でないなんてことがあっては困る

だからといって大人しく眠りから覚めるのを待つ気にもなれなかった。ヴェルトは夢を見ているのか時折目元を綻ばせ嬉しそうに笑っている

「夢......」

虚空万象はぽつりと呟く。知識としては知っているが経験という意味では無知に等しい。故に惹かれた

「.......」

一向に起きる気配のないヴェルトに僅かに口の端を吊りあげる

これはただの興味だ。心の内を滅多に明かさず、無愛想なヴェルトが、邪魔のない夢の世界で何をしているのか。それを暴いてみたくなったのだ

幸いこちらにはその手段がある。虚空万象は慣れた動作で幾枚の羽を創り出した

金色に輝くそれはヴェルトの周囲をはらりと舞う。異変を感じとったのかヴェルトの瞼が緩やかに持ち上がるが、その金光が目に触れると再び眠りに落ちた

相手が相手なだけに一抹の不安が残っていたが心配は要らなかったらしい

これで準備は整った。虚空万象は満足気に頷くと自身も眠るように目を閉じた



********



「お父さん!」

「.....ジョイス」

無邪気な声と共に意識が覚醒する。靄が晴れたようにはっきりした思考で、ヴェルトは現状を把握する

──そうだ。テスラと同じ日に休みが取れたから3人で旅行に来ていたのだ。大丈夫。覚えている

ヴェルトは自身の記憶をゆっくりと反芻し、呑み込む

少しばかり朦朧としていたようだが問題は無い。休みを取るために予定を前倒しにしたから、疲れが来ているだけだろうと結論付ける

「....お父さん。大丈夫?」

「あぁ。大丈夫だ」

ヴェルトは、憂色を浮かべるジョフリーを安心させるように頭を撫でる

ヴェルトの大きな手が柔らかな髪に触れると、ジョフリーはくすぐったそうに肩を竦め、頬を赤らめながら心底嬉しそうに笑った

テスラはそれを見ながら眉間の皺を深めて口を開く

「アンタ。また無理してんじゃないでしょうね?」

「少し疲れただけだ。問題ない」

ヴェルトは心配させまいと言葉を選んだつもりだったが、それはテスラの望んだ回答ではなかったようだ

何かを言おうとして口を開くが、そこから音が発せられることはなく、不満気にため息を吐く

「......無理するんじゃないわよ。アンタに倒れられでもしたら困るんだから」

「分かっているさ」

ヴェルトは静かに苦笑する

テスラは納得してなさそうだったが、ジョフリーの手前かそれ以上追求することはなかった

「行こう。ジョイス」

ヴェルトははぐれないようにとジョフリーに手を差し出す。ジョフリーはそれをまじまじと見つめた後、ぱあっと顔を明るくして手を繋ぐ

テスラももう片方の手を取り、決意を表するように強く握りしめた

「ねえ。先にご飯食べに行かない?」

「あぁ。もうそんな時間か」

「それなら、この近くに人気のハンバーガー屋さんがあるんだって」

「そうなのか?」

「うん。ここの名産を使ってて、すごく美味しいんだってガイドブックに書いてたんだ」

「へぇ。そうなの。よく調べてるわね」

テスラがそう褒めるとジョフリーは少しはにかんだように笑う

子の手を取り仲睦まじく笑い合うその様は、幸せな家族そのものだった

そんな心温まる光景を、虚空万象はただただ見ていた

彼は知らない。温和で慈愛に満ちた表情も、低く柔らかな声も、全て自身に向けられることはなかったものだ

「......」

これは過去の記憶なのだろう。崩壊を封印し、前線から退いた彼の、耐えず続くはずだった幸せな記憶

「......ヴェルト」

虚空万象は小さくなっていく家族の背に向かって名を呼んだ。聞こえるとは思ってはいないし、そのつもりで呼んだのではない。追いかけもしなかった

つまらないと思った。何を期待していた訳でもないが、何の変哲もないホームビデオは暇潰し程度にはなったが、欠伸が出るほどだった

だが同時に安堵もした。光輝な過去を持ち、幼さが残るものの尊大な彼が、あれほど穏やかに笑っていた夢の正体が過去の投影だったことが嬉しくもあったのだ

「ヴェルト」

終わりが近いのか意識に靄がかかり始める。虚空万象は朦朧とする中で手を伸ばす。それは何を掴むでもなくただ空を切り、暗転する視界と共に地に落ちた



*******



「ん......」

意識が徐々に浮上してくる。ヴェルトはゆっくりと目を開け、重い体を起こす

「おはよう。ヴェルト」

「あぁ......、」

虚空万象は肘をつき、薄らと笑みを浮かべてヴェルトを見ている

答えるヴェルトの声にはいつもの力強さがなく、目も虚ろだった

「ヴェルト?」

「っ...?あ、あぁ」

先程よりも語気を強めた虚空万象の声にヴェルトの瞳に光が戻る

「大丈夫かい?上の空だったようだけど」

「....少し寝惚けていたようだ」

ヴェルトはそう言いながらも芳しくないのか、気怠そうに無骨な手で髪をかきあげ、額に手を当てている。震えた息が静かに漏れる

自身に起きた異変には気付いているが、それが何かは理解できていないようだった

「随分と楽しそうだったけど、どんな夢を見ていたんだい?」

「お前に言う必要はないだろう」

「つれないな。僕に眠るという機能はないんだ。少しくらい付き合ってくれてもいいだろう?」

ヴェルトは短くため息を吐き、虚空万象を恨めしそうに見る。それ以上話を続ける様子はなく、席を立ち、ドアノブに手をかける

「ただの幻想だ」

去り際に続いた言葉は虚空万象の予想を裏切るものだった。手袋越しの細指がぴくりと跳ねる

ヴェルトは一瞥もせず去り、残された虚空万象は深く息を吐いた

幻想という言葉が奥深くに張り付いて離れない

ヴェルトは過去を懐かしんだのではなく、未来を望んだのだ。虚空万象が現れなければあったのかもしれない未来を

──いや、これはただの八つ当たりだ

いつまで経っても自身を信頼しないヴェルトにどこか苛立ちに似たものが渦巻いていた。その理由も十分過ぎるほど分かっているのに

だから、自身のいない世界を望んだ彼に、突き放されたように感じたのだ

「.......」

虚空万象は椅子に深く腰かけ、背もたれに寄りかかった。木製の椅子がぎ、と短く鳴く

全身の力を抜き、瞳を閉じる。人間の真似事でしかないそれに今はただ身を預けていたかった