保科
2025-10-21 20:46:14
2065文字
Public スタレ
 

何一つ敵わない

サフェアグ 力持ちのサフェルさん概念

「セファリア。探しものはこれですか?」
アグライアが、手にしたブレスレットを掲げるのに、部屋を彷徨いていたサフェルの耳がピンと立つ。
――まさにそれだった。
「え、ちょ、なんっ……いつの間に、あんたのが盗るの上手くなってんのさ!」
「まさか、私にそのような手癖の悪さはありませんよ。
床に落ちていたものですが、やはり貴女のでしたか。中々手間のかかった一品ですね……何方かへの送りものですか?」
―――
――あんたの誕生日プレゼントだよ、とは口が裂けても言えるはずがない。
自分ライアの家、とはいえ気が抜けていた自分を責めつつ、サフェルは大きくため息をついて黙秘する。
……なんだっていいでしょ。そーやってねちねち検分しないで返してって」
手を伸ばすサフェルに、アグライアは手元のブレスレットと彼女を見比べて、――すすす、と数歩下がる。
……ちょっと」
……落とし物の権利は拾い主、という法が、遠方の都市国家にはあるそうですね」
誂うのにうってつけと思ったのか。悪戯めいた顔で微笑むアグライアに、小狡いことを、と思わず苦笑しつつ。
「ここはオクヘイマじゃん……返してってば!」
「ふふ、……ああ、もうっ」
ば、と瞬発力に任せて飛びかかったサフェルは、そのまま危機感のない悲鳴を上げるアグライアと、もつれるようにして、傍のソファーに倒れ込む。小さい頃、幾度かやったじゃれ合いは、馴染んだものではあったけれど。
「まったく、貴女は……
……先に仕掛けたのはライアでしょーが」
荒く息を吐けば、ギ、と音を立ててソファーが軋む。
仰向けにこちらを見上げるアグライアと、馬乗りになったサフェルの視線がパチリと合った。意図せず組み敷くような形になったのにサフェルは僅かばかりの気まずさを覚えたけれど、アグライアは呆けたようにサフェルを見上げた後、照れたように顔を背ける。
……すみません。悪ふざけが過ぎましたね」
「本当だよ。珍しい、あんたがそんなことするの」
「その。少しばかり……そういった心地になりまして」
「ふーん、……変なの」
サフェルは、これ以上変な気を起こさせる前に取り返そうと、腕を押さえ込んでいた手を、ブレスレットへスライドさせようとして――ふと、疑問に思った。
「ねえ」
「はい?」
「ライア、さっきから何で抵抗しないの?」
腕の下、まるで動かないアグライアは、すでに諦めきっているのかと。なんとなく、それが彼女らしくないように感じたがゆえの質問に。アグライアは、開いた口を一瞬噤むと、苦々しげに呟いた。
………していますが?」
………は?」
びくともしない腕――いや、確かに僅かに震えてはいるものの、まさか、そんな。
サフェルの口角が、動揺に歪む。
「い――いや、冗談でしょ、だって全然、」
「もうずっと前から、純粋な膂力では貴女には敵いませんよ、私は。……貴女とて、分かっていたことでしょうに。
――情けないのは承知ですから、あまり、そう、見ないでください……
ため息混じりに目をそらすアグライアは、見下ろすサフェルの顔をもう見てはいない。わななくサフェルの口元すら。
どこか、遠い意識で思う。
手の下に押さえ込んだ腕は、これほどまでに細かっただろうか。
真下にある体は、これほどまでに小さかっただろうか?
サフェルは。自分の下に収まる女性の処遇が、今、自分の一存に全て委ねられている事実を――自分の力でどうとでもできてしまう、という事実を、この瞬間、正しく認識した。この、美しく、尊く、長くサフェルを庇護してくれた、唯一人の愛しい女性を。サフェルの、みにくいこころひとつのゆれうごきで、どうとでも。
――ど、と。心臓が跳ねた。興奮か恐怖かも分からない感情に、急き立てられるようにして全身の血液が回りだす。
……セファリア?どうかしました?」
だってそれは。
酷く、甘く、背徳的で――悦ばしいと、思えたのだ。
……………………………
何か。何かが。今、なら、赦されるかもしれない、という、昏い囁きに、犬歯を舐めたサフェルはつばを飲み込んで――
……っ、セファリア。
その、少し、痛い……
――苦しそうなアグライアの声に、不意に我に返る。気づけば強く握り締めていた手から、背筋が凍るような心地で慌てて力を抜いた。
――っ、ごめん」
「、………ええ」
当初の目的のブレスレットを拾って、飛び退るように距離を取る。視線を落とす――アグライアの顔が見れない。
アグライアは、そんな彼女の様子には気づかないまま、痛む手首を押さえながら上体を起こす。そうして、ほんの少し恨めしげな眼差しを向ける。
……少し、驚きました。
貴女を誂うのは、もう控えたほうがよさそうですね」
「そ、そりゃそうでしょ。
……あたしだって、もう子供じゃないんだよ」
どこか落ち着きのないサフェルの、ぶっきらぼうな返事に。
瞬いたアグライアは、そうですね、と呟いて。
……僅かに跡の残る手首を、緩やかに撫でた。