だごまる
2025-10-17 02:49:28
6205文字
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伊剣(逸れの皇子と浪人)

ここぼのさんのネタを書いたもの

もしもセイバーが逸れだったら




第二話

 月明りが届く石造りの階段の上に座りながら遠くを見つめていたセイバーはそばに置いていた串に手を伸ばした。竹皮に包まれた団子は先日出現した怪異を共に斃した浪人からもらったものだ。この霊地に召喚され、マスターを持たない逸れのサーヴァント相手にその浪人は時折顔を見せに来るようになった。

「イオリ……、イオリ……

 セイバーは何度も名を繰り返し紡ぐ。夜空は雲一つない星空が広がっており、大きな満月があたりを照らしている。思い出すのは彼、宮本伊織と名乗った侍のことばかり。この地に召喚されて様変わりしている日ノ本のことを伊織は教えてくれる。霊地から見える景色以外にも人の営み、習慣、それらすべてセイバーにはまったく違う世界のことのようで興味を惹かれていた。

 セイバーは食べ終えた竹串を置き、立ち上がった。

 会話の中で盗み見た伊織の左手には令呪がない。それはつまりマスターではないということ。

……ん? 私はなぜ今安堵したのだ?)

 セイバーは自身の胸に手を当てて首を傾けた。長い三つ編みが細い肩から流れる。セイバーは夜空を見上げた。ふいに脳裏を過ったのはもしもの話。

(もし、きみが私のマスターであったら)

 盈月の儀に勝利するために江戸中を駆け巡るのだろうか。六騎のサーヴァントとマスターが相手であろうと伊織となら最後まで戦い抜ける。そんな気がする。伊織の傍で行動を共にする姿を想像してセイバーは小さく笑う。

(ああ。なぜ私はきみのサーヴァントではないのだろうな……

 盈月の儀はすでに始まっている。だからそんな未来はない。解っている、とセイバーは自分に云い聞かせて首を左右に振った。

「イオリ。きみは今何をしているのだ?」

 霊地から離れることができないセイバーは伊織から教わった彼の住む浅草の方角を見て小さく呟いた。





 太陽が高く昇った頃、草履の音を拾ったセイバーは表情を明るくした。この足音と魔力は伊織のものだ。期待に胸が膨らみセイバーは姿を現した。

「イオリ! ……、ん? んんん?」

 弾んだ声はもう一つ感じる魔力の前に疑問へと変わり、伊織の元へ駆け寄ろうとした足が自然と止まる。

「セイバー」

 伊織の声は変わらない。けれど、彼の背後に誰かがいる。それだけでなぜか嫌な予感がして鼓動が早くなった。

「なあ、イオリ。背後にいるのは誰だ?」

「ああ」

 問いに伊織が答えるより先に彼の背後から狐耳が顔を出した。

「わたくしはアリア。タマモアリアと申します」

 桃色の長い髪、金色の瞳。そして、狐耳とお辞儀をした際に見えた尻尾と感じる魔力。タマモアリアと名乗る媛は自分と同じ人サーヴァントなのだと嫌な予感が当たってしまう。タマモアリアは親しげに伊織の腕に自分の腕を絡ませた。それを目にしたセイバーの胸がチクリ、と痛んだ。

(ん? なんだ今のは)

 小さな痛みに疑問を抱く。けれど、それよりも気になることがある。タマモアリアは伊織と契約してしまったのだろうか。だから親しげに腕を組むのだろうか。考えがまとまらない。

「タマモアリア、というのだな」

 ようやく出た言の葉はこれだけ。タマモアリアは目元を緩めた。

「はい。わたくしは、ライダー。上野に紐づけられた、逸れでございます」

「そうか……。ん? 逸れのライダー? きみは逸れなのか?」

「ええ。わたくしは、伊織さまと上野でお会いして〝お友達〟になりましたの」

 タマモアリアが嬉しそうに伊織の腕に頬を摺り寄せた。

「友だち……

 セイバーが伊織を見た。彼の反応を見るにタマモアリアが云っていることは嘘ではないようだ。

「これからわたくしたちは二人でいいことをして、もーっと仲良くなるんですのよ。ね、伊織さま~」

 伊織にくっついたままニコニコと笑みを浮かべるタマモアリアからセイバーは視線をそらし、伊織を見上げた。

「そ、う……なの、か? だからきみはイオリと行動を共にしているのか」

 自分でも解るくらいセイバーは動揺している。胸がざわつき、鼓動が早くなる。

「セイバー? なにか勘違いをしている気がするのだが」

「勘違い?」

 セイバーが疑問符を浮かべ、首を傾けた。

「ライダーの云う仲良くは〝友誼〟の意味に過ぎない。それに、ライダーは俺の長屋からここまでついてきただけだ。行動を共にしているわけではない」

「もう、伊織さまったら。またライダー、なんてよそよそしい名で呼んで。ちゃんとアリア、と呼んでくださいまし」

 穏やかでおっとりとした声音のタマモアリアが不満そうに伊織を見上げた。

……ライダーがついてきただけ、なのだな」

「ああ、そうだ」

 セイバーの問いに伊織は短く頷いて肯定する。相手の反応にセイバーは安堵した。

(ん? なぜ私は今安心したのだ?)

 解らずセイバーがこめかみに両人差し指を添えて身体ごと傾けた。

「セイバー?」

「いや、なんでもない」

 こちらを見つめてくる相手へセイバーは思考を散らすように首を緩く左右に振る。安堵したら新たな疑問が生まれた。

「そ、それよりも、だ!」

 セイバーは伊織に腕を絡ませているタマモアリアを見据えた。

「きみ、イオリのナガヤ? からついてきたと云っていたな。きみは上野の逸れではないのか? 単独行動ができたのだな。ん? だがきみは上野に紐づけられた逸れで……?」

 次第に混乱してきたセイバーが眉を寄せて首を傾ける。

「愛する人と一緒にいたい、と思うのは当然ですわ」

 ね、伊織さまとタマモアリアが愛らしい顔で伊織を見上げた。

「んな、な、愛する人!?」

 声が裏返る。伊織とタマモアリアを交互に見ていたセイバーは再び動揺した。だから仲良く腕を組んでいるのか、だから逸れであるにも関わらず行動を共にしているのか、だから……

(令呪もないのに)

 セイバーの顔に影が差した。

「セイバー?」

 黙り込んでしまったセイバーを伊織が心配そうに見てくる。セイバーはぎゅっと拳を強く握った。

「イ、イオリ!」

 意を決してセイバーが伊織を見上げた。

「きみは媛の姿が好きなのか?」

「なにを云いだすんだセイバー!?」

 見上げてくるセイバーは返答を待つ前に霊衣を変えた。首元や手首が隠れる白い衣から薄い布がひらひらと揺れる女人のような姿に、長い三つ編みを団子状にまとめたことでさらされたうなじを隠す首飾りと同じ赤い色の勾玉の耳飾りを身に着けたセイバーが胸元に手を当てて得意げな顔を見せていた。

「まあ」

 金色の瞳を大きく見開いたタマモアリアはすぐに目を細めた。

「ど、どうだイオリ! 私だって女人の姿にもなれるのだぞ」

「そ、そうか」

 頭の先からつま先までを伊織の視線が往復する。その視線にセイバーは次第に羞恥心がこみあげてきてジト目に変わっていく。

「じろじろ見すぎだ」

……すまん」

 謝罪を口にする伊織に一歩近づいたセイバーがジッと見上げた。

「良い、許す。ではイオリ。私をきみのナガヤ? へ案内しろ」

「は?」

 伊織にとって予想外の言の葉だったのだろう。間の抜けた声が伊織の口からこぼれた。隣にいたタマモアリアも金色のたれ目を何度もしばたたかせている。

「そちらの媛もイオリのナガヤに行ったのだろう? では私もきみの住まいへ行くことにする!」

「いやいや待て。貴殿は霊地に紐づけられているのではないのか?」

 両腰に手を当てて胸を張るセイバーに伊織が待ったをかけた。

「ん? いや、私には単独行動があるからな。霊地に紐づけられてはおらぬ。ここにいたのはきみが会いに……なんでもない!」

 途中で言の葉を切ったセイバーが何度も首を左右に振る。

「セイバー?」

「い、今の聞いていたか?」

 赤い顔でセイバーが詰め寄った。返答を待つ間セイバーが下唇を軽く噛んで見上げてくる。つい、口が滑り本音を口にしかけたことを伊織に聞かれたかもしれないと思うだけで恥ずかしさがこみあげてくる。本来単独行動が可能だったセイバーがたまたま訪れた先で怪異に襲われていた人を助けたのがこの霊地。そして、伊織と出会った場所でもある。

 伊織はセイバーがこの霊地に紐づけられていると思い込んでいたからか、足繫く通ってくれていた。伊織を待っている時間が嬉しかったセイバーは単独行動が可能だということも、この霊地に紐づけられているわけでもないことも伝えられずにいた。

 こんな形で口を滑らせてしまって相手に呆れられたら、と不安になり恥ずかしさと混ざり合う。伊織からの返答までの時間が長く感じた。

「いや、セイバーが単独行動が可能ということと、霊地に紐づけられているサーヴァントではないということしか聞こえていないよ」

「そ、そうか。うむ、そういうことだからイオリ、きみのナガヤに行くぞ」

 安堵したセイバーの表情が明るくなる。セイバーはタマモアリアの反対に回ると伊織のごつごつした手を取った。

「セイバー?」

……

 無言で伊織の手に力を込めたセイバーが引っ張る。

「待てセイバー。浅草はそちらではない」

 足を止めたセイバーが頬を膨らませて伊織を見つめる。

「そういえば、きみはどうするのだ?」

 セイバーがタマモアリアへ問うと、相手は眉を下げた。同時に狐耳がぺたりと下がる。

「もっと伊織さまと一緒にいたかったのですけれど、時間切れのようですわ」

 首を傾けたセイバーにタマモアリアは小さく笑って伊織に絡めていた腕を解いた。

「わたくしは上野に紐づけられたサーヴァント。あまり長い時間霊地を離れることはできませんの」

 伊織を見つめたまま残念そうに話していたタマモアリアがセイバーへ一度だけ視線を送り目を細めると、すぐに伊織へと視線を戻した。

「それでは伊織さま。またお会いしましょう。次に会うときにはアリア、と呼んでくださいましね」

 ふふ、と愛らしく笑うとタマモアリアは上野へと帰っていった。

 残された地に伊織とセイバーが残り、互いに気まずい空気が流れる。タマモアリアに触発されて発した言の葉と行動を思い出したセイバーがとっさに伊織から手を離した。

……す、すまぬ」

 視線をそらしたセイバーの手を伊織が取る。反射的に顔を上げたセイバーに相手は小さく笑った。

「長屋まで案内してほしいんだろ?」

「う、うむ……

「霊地に紐づけられていないのであれば少し寄り道でもするか?」

 伊織の提案にセイバーが夕陽のような瞳を輝かせた。

「良いのか!?」

「ああ」

 距離を詰めたセイバーへ伊織は頷いた。