だごまる
2025-10-17 02:49:28
6205文字
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伊剣(逸れの皇子と浪人)

ここぼのさんのネタを書いたもの

もしもセイバーが逸れだったら

 怪異が出現した噂を聞きつけた伊織は紅玉の書の案内の下、とある地に足を踏み入れた。

「何やら膨大な魔力を感じるのぉ。これは……サーヴァントのものじゃな」

「さあばんと。師匠と同じ存在ということか」

 女性と成って再び伊織の前に現れたかつての師の姿を思い出していた伊織の耳に咆哮が届いた。伊織の横を悲鳴と共に男女が通り過ぎる。

「まだ女人が一人取り残されているのよ!」

「そんなこと云われても! あんなでけぇ化け物相手に太刀打ちできるやつなんて早々いやしねえよ!」

 息を切らせながら逃げる男女を伊織は目で追い、二人とは反対方向に駆け出した。

(取り残されている女人か。それではもう……

 伊織が対峙してきた怪異の姿を思い出して残された女人の辿る末路を想像した伊織は眉を寄せ、思考を散らすように頭を左右に振った。


 開けた場所に出ると、伊織の視線の先で一人黒く長い三つ編みを揺らしながら赤い鬼と対峙している人物がいた。二倍以上もある体躯を持つ鬼相手に一歩も引かず、振り下ろされる棍棒を身軽に避ける身のこなしは只人ではないようだ。白い衣を翻すその姿は白鳥が羽を広げるごとく優雅で伊織は魅入っていた。

(女人? いや、あの身のこなしは人ではないのか?)

「きみ! 何を呆けている! 疾く逃げよ!」

 気を取られていた伊織の背後に大きな影が差す。声に咄嗟に反応した伊織は素早く影から距離を取った。伊織のいた位置に巨大な棍棒が叩きつけられ、地面が抉れる。体勢を整えながらニ刀を抜いた伊織に白い衣の麗人は目を丸くする。

「きみ、戦うつもりか? 人の身では無理だ。私が時間を稼ぐ。きみは逃げよ」

 蛇行剣を手に鬼二匹を見据えるサーヴァントの隣に伊織は立った。

「俺はこれを退治に来た。倒さずして帰るわけにはいかんな」

……

 相手は夕陽を切り取ったような琥珀色の瞳で伊織を見た。中性的で幼い顔の口角がわずかに上がる。

「私は逸れのセイバーだ。きみは?」

「伊織。宮本伊織だ」

「イオリ、イオリ。うむ、覚えたぞ! 足は引っ張るなよイオリ!」

 セイバーはそう云うと赤鬼へ向かって駆け出した。




 鬼二匹を倒し、蛇行剣を仕舞ったセイバーの腹が鳴った。その音は納刀した伊織の耳にも当然届いており、無言のままのセイバーの顔が瞬く間に赤く染まっていく。

「こ、これは! 違うぞ! マリョクの消費が激しかったせいだ! 私は腹など減ってはおらぬ!」

 何も口にしていない伊織にセイバーはつい口を滑らせた。戦っている時とまるで雰囲気の違うセイバーに伊織は小さく笑い、懐に手を入れた。

「今はこれしかないが」

 取り出したのは竹皮に包まれたおむすび。きょとんとしている相手に伊織はそれを差し出した。

「米を炊いて握ったものだ。食べるといい」

「良いのか?」

 おむすびに視線が釘付けのセイバーに伊織は苦笑と共に頷いた。



 両手におむすびを持つセイバーの頬はリスのように膨れている。夕陽を切り取ったような色の瞳を輝かせて咀嚼しているセイバーを伊織は隣で眺めていた。

「美味いな。このような食べ物をいつも食べているのか?」

 指に付いた米粒を食べながらセイバーが問う。

「そうだな」

「良いな」

 セイバーが双眸を細めて遠くを見つめる。その表情はどこか寂しそうに見えた。

……俺でよければ食事を持ってこようか?」

 つい、伊織の口から出た提案に自身が驚く。

(何を云っているんだ俺は)

 口元を手で覆った伊織は今口走った言の葉を取り消そうと口を開きかけた。伊織の隣でセイバーが期待に満ちた瞳で見つめる。星を映したようにキラキラと瞳を輝かせている相手に伊織は開きかけていた口を閉じた。

「良いのか!?」

 嬉しそうに声を弾ませたセイバーを見れば今さら取り消すことができない。

「ああ。構わないよ」

 伊織の返答にセイバーが笑みを向けた。その笑みに伊織は虚を突かれたように何度も目をしばたたかせる。カヤから笑みを向けられて抱く感情とは異なるそれに疑問符を浮かべている伊織の隣ではセイバーがどのような食べ物があるのか想像を膨らませて頬を緩ませていた。