ボツネタ

シナリオネタバレなし

メルロルif
「適切な時期を見極めて」



 11月の末、日本某所。厳しい寒波が人々を凍えさせる街の中、暖かな服に身を包んだ男が歩いていた。落ち着いた金髪を毛糸の帽子で隠した彼は、白い息を吐き出しながら足を進める。固い地面を踏みしめるその度、抱えた紙袋が乾いた音を鳴らして揺れた。

 歩道の信号が赤に光っているのを見て、男が立ち止まる。それは男が周囲に倣うようであり、あるいは人々が男に倣うようであった。


 男の視界、その端を綿が過ぎる。空を見上げれば、暗雲から淡い雪の粒が降っていた。頬に触れたそれは瞬時に融け、冷たく肌を濡らす。落ちてくる粉は白く、灰色の空に点在した。それは、いつか見た夜の星空に似ている。


『キミが好きだ』


 暗い紺色を背後に、彼はそう笑っていた。長い黒髪を潮風に靡かせ、自分に片手を伸ばす。その手を取って、砂浜から浅瀬に踏み出した。夜の海は案外冷たくて、酷く昏い色を宿している。彼が口元を綻ばせ、口を開いた。


 ────覚める。

 気が付けば、信号はとっくに青へと顔を変えていた。人々が踏み出す気配に引かれ、同じように前へと出る。白線を越えて大通りに出た男は、漸く自分が苦痛に苛まれていることを知った。胴体の中心より少し上で、ぐるりぐるりと気味の悪い渦が巻いている。

 この現象に意味がないことを、男は理解していた。理想を求め幻想に浸るなんて行為、自分には似合わない。だから男はすぐにそれを止めてしまった。紙袋を抱え直し、帰路を急ぐ。


 雪は未だ、世界を湿らせるだけだった。