山城まつり
2025-10-12 18:19:40
8152文字
Public クリムゾン・ジェネシス
 

シャルラッハロートの診療録 ─クリムゾン・ジェネシス─ Ep.000

シャルラッハロートの新作です!嵐の山荘ミステリー(風)になる予定です!
プロローグはすぐに書けるんだよなぁ~~~……問題は、ふわっとプロットにしただけの第一章以降を、私が書けるのかってことで……。ゆっくり頑張ります。CODE:KAGUYAとスーリニと反復横跳びしながらやっていきます。よろしくお願いいたします。

いつも通り、感想乞食で……す………やっぱり感想って、嬉しくて……(黙りなさい)

※本シリーズは医療従事者でない人間の書いた医療の描写を含みます。症例論文、手術動画、医学書などを参考に執筆していますが、現実の医療と異なる場合があります。特に本シリーズは「魔法医療」を描いておりますので、現実の医療と大きく異なる部分があります。

2025.11.28 加筆修正しました

序章


***

「──それで、あなたはお子さんの事が、心配なんですね」

白く清潔な室内。巾木はばきのベージュが、小さな部屋の温度感を高めていた。チェアに腰掛けた白衣の青年が、そう穏やかな声で問いかける。

「はい」

小さく、けれど穏やかに、言葉が紡がれる。鈴が鳴るようなうつくしい声。その音色に医師は瞳を細め、「心配ですよね」と寄り添いの言の葉を置いた。
医師の前に座るのは、髪を後ろで束ね上げた緋色の瞳の女性。彼女はそっと、ガラスの向こうのキッズスペースに視線を遣る。そこでは、二人の子供達が静かに母を待っている。

「二人とも、とってもいい子だけど……わたしが、〝普通〟じゃないから」
「そんな事言わないでくださいよ」

眉を下げてそう言えば、目の前の女性も同じように眉を下げた。にこりと笑って再び開かれた睫毛の下では、ゆらゆらと光が揺れている。

「先生、わたし、死ぬのかしら」

そう、言葉がつづられる。医師は「それは──、」と言いかけ、口をつぐんだ。
手元に置かれた検査結果。血中魔法因子濃度は、正常値を遥かに超えている。

玄真くろまさ──夫が言っているのを聞いたんです。わたしの身体は、魔法の塊になっちゃうんだって。そのとき、全ての意思が……魔法として出力されちゃうんだって」

医師は、そう緩やかに紡ぐ彼女の指先が震えているのを見た。けれどどう声を掛けてよいか分からず──口を引き結んだまま、彼女を見上げる。

「わたしが死ぬのは、しょうがないのかもしれない。けれど、わたしが死んだら──きっとみんな、不幸になっちゃうわ。夫も、こどもたちも」
……死ぬのは誰だって怖いです。痛いです。それは、当たり前の感情なんですよ」
「ふふ、先生は優しいのね。でも──」

目の前の彼女は、瞳を伏せた。唇は緩く弧を描いていたが、その瞳に宿った翳りはなお暗く、彼女の心に巣食う不安を色濃く物語っている。

「わたしが死んだら、みんなは」

声が揺れた。透明な熱い雫が、その柔らかな頬を撫でていた。

「みんなは、悲しむんでしょうね。わたしは何も、遺せない。慰めてなんてあげられない。母親なのに、妻なのに」

彼女の言葉を聞いた医師は、そっと、ハンカチを差し出した。真っ白なレースのハンカチ。それを目の前に差し出された女性は涙を指で拭うと、「汚しちゃうわ」と首を振る。

沈黙が、二人の間に横たわった。
部屋の外で、診察室の呼び出しの放送が鳴る。キッズスペースから、幼子の声がする。テレビは報道を垂れ流し、鳩時計が十五時を告げた。

……あなたは、居なくはならない」

医師がそう、沈黙を破った。
女性の瞳が、彼の顔へと向く。

「あなたは、この世界から消えはしない」

それはあまりに抽象的な慰めだった。けれど彼は、言葉を継ぐ。
自分の患者で、誰よりも優しく、誰よりもうつくしいこの人に。

「あなたは、神になるのでしょう。それは決められた運命で、誰も変えられないのかもしれません」

落とした言葉に、女性の肩が震えた。それを見て、医師は「ですが」と続ける。

「ですが、神というのは──静かにこの世界を見下ろせる存在です。あなたのお子さんも、旦那さんも……きっとあなたを感じられる。きっとあなたは、見守れる」

その一言を受けて、女性の瞳が見開かれた。医師は柔らかく微笑んで、言葉を贈る。優しく、やさしく、荘厳に。

「あなたは選ばれた人間だ。それを受け止め、赦しましょう。その慈愛は決して無駄にはならない。あなたはあなたの大切な人に、愛を残す事が出来るから」

再び、緋色の瞳に雫が溜まり始めた。彼女の背が震え、嗚咽が漏れ、ぽたぽたと雨が降り注いだ。デスクトップのパソコンに、「雨が降り始めました」との通知が飛んだ。
世界は、彼女と共に泣いていた。
概念の存在となりゆく彼女と共に、泣いていた。

「っ、ありがとう……。そうかも、しれません。わたしは、かみさまになるのかぁ……っ。だったらこどもたちに、いっぱい自慢しなきゃ、いけませんね」

不出来に拵えた笑顔が、胸に焼き付く。医師はそれを見て、そっと「ええ」と送る。

「あなたなら、できますよ。受け入れる事も、赦していく事も」

──そして彼女は、診察室を去っていった。医師はそっと扉を開ける。キッズスペースには、うつらうつらとする子供が二人。その二人を胸に抱き、彼女がやわらかに子守歌をつづっているのが見えた。



「  ──ゆらり、ゆらり、いのちの舟よ
   胸のほのおはまだ消えぬ
   かえれ、かえれ、いのちよかえれ
   かむながら往け、いま戻れ──  」



***