保科
2025-10-11 11:21:37
4634文字
Public スタレ
 

影響についての考察

現パロアグサフェ
没です 没ですがべったーは自由なので没を投げたっていい シチュ優先すぎてサフェルがそんな察し悪いわけねーだろーがよ!になった 察しの悪いサフェルでも良ければ読んでください 
「ライア!この部屋窓ないよ!」
「セファリア……ここからは私の推察になりますが……」

――サフェル様はもう少し、アグライア様に対して、ご自身が与えている影響を自覚されたほうがいいと思いますよ、と。ふくれっ面で説教をたれたヒアンシーの言葉を、持て余した信号待ちの時間で思い出した。
……ため息をつく。
普段、かつてのオンパロスの記憶があるように振る舞わない彼女がわざわざ『様』をつけて呼んだことに、まあ、気づかないあたしでもない。けれど、その言葉は如何せん納得しがたいものだった。
……そうは言ったってねえ……
靴底が凸凹のコンクリートをざりざりとなぞる。
会話は、何をきっかけとして始まったんだったっけ。夕飯のメニューだったか、明日の持ち物だったか――なんてことのないやりとりの中で。あたしのことなんかアグライアは気にしないよ、と混ぜっ返したのに、ヒアンシーがやけに突っかかったのだ。普段温厚な彼女らしくない勢いに目を白黒させるあたしへ、物言いたげにしつつも、さっきの言葉で言及を締めた。
それが、今もずっと引っかかっている。
――ご自身が与える影響。
口の中で反復する。その言葉は、とても矛盾していると感じる。だってアグライアという女は、影響力の女だ――与える側の人だ。ただ立って息をするだけで、彼女に魅了される人はごまんといる。――他ならぬあたしだってそうだ。
だから、影響は与えるものではなく与えられるものである。少なくとも、『サフェル』にとっては、間違いなく。
美貌に瑕疵はなく、高潔さに欠落もなく。いつも平気な顔で一人で完成しているあの女に、あたしのような木っ端が何をもたらせるというのだろう。思いつくのは、迷惑か、厄介事か。どちらにせよろくなものがない。

――あたしにとってライアは一人しかいなくたって、あの女にとってのあたしは、数多の群衆の一人にしかなり得ないのに。

……まーったく、なんの話なんだか……
考えた所で、結局結論は出なかった。
赤信号が青に変わって、周りの人が動き出す。あたしも学生鞄を肩に担ぎ直して歩き出した。
その、ほんの少し億劫に感じる足を、それでも帰路へと動かせたのは、半ば諦めたような溜息をついたヒアンシーへの、多少の抵抗もあったのかもしれない。


……ただいま〜」
一人だろうと癖になった挨拶をしながら玄関に入って、いつもはない靴が一足、並んでいることに気がついた。
「あれ、珍し」
その見慣れたデザインの持ち主は分かっている、が、少々意外だった。
まだ夕方のこの時間に、彼女が仕事を終えていることは滅多にない。それ以前に、出社している彼女が、夏とはいえ日のある時間に家に帰っていることが奇跡に近かった。あのワーカーホリックを止めるすべをあたしは未だに知らない。
リビングに入れば、ダイニングテーブルで書類を捲る女性がこちらに目を向けた――本当にいる、と、ちょっと驚いた。
「セファリア、お帰りなさい」
――ライア。帰ってたんだ」
その横顔に、思わず足早に歩み寄る。柔らかく微笑んだアグライアは、ええ、と頷いた。仕事着から既に私服に着替えているらしく、華美さの少ないワンピースは、穏やかな夕暮れを過ごすのにぴったりだと勝手に思ってる。平日遅い時間ならもっぱら寝間着に着替えてしまうので、この格好の彼女が見られるのは珍しい。
「早めに上がれるとのことで、甘えさせてもらいました」
「なあんだ。てっきりクビになったのかと心配したよ」
「全く、失礼ですね――生憎とまだ身を引くつもりはありませんが、時には休息も必要ですから。
そう。貴女さえよければ、今日の夜はどこか食べにでも行きますか?」
アグライアとご飯。なんて魅惑の響きだろう、一も二もなく両手を上げる。
「え、いーの?やった美味しいご飯!待って、いま着替えてくるから」
「ふふ、そのように急がなくとも、時間はありますよ」
……わ、分かってるって」
くす、と楽しげに微笑む彼女の、甘やかな顔につい照れてしまい、つっけんどんに呟くと踵を返す。
自室に入って、制服を脱ぎながら思う。
――いいのかな、こういうの。
そりゃ、アグライアの誘いだし、別に気にしなくていいんだけど。
いいんだけど――帰り道考えたことがぼんやりと頭をよぎる。与えられてばかりの自分。アグライアは、気を使ってくれているだけじゃないのか。それに甘えてばかりで、いいのだろうか。
………………
続く言葉も思いつかず、適当な私服に着替えてリビングに戻る。
アグライアを見れば、タブレットで適当な店を調べているのが伺えた。明らかに高尚な店のページに思わず顔が引きつる。
……いや、あたしの服でも入れる店にしてよ?」
「ええ。あなたが萎縮してしまっては元も子もないですからね、弁えております」
「本当かにゃあ……
案外分かったふりして分かってないのがアグライアだ。疑り深く返しつつ、隣に腰掛けた。そして、思った所を聞く。
「なんかさ」
「はい」
――こういう食事、あたしとでいいの?」
こちらに向き直ったアグライアが、微妙な顔をして沈黙する。
……。その、質問は。
私とは行きたくない、という意図を含んでいるのでしょうか」
「いや……そういうんじゃないけど」
行きたい。アグライアと一緒がいい。――本心だけど。
「でもさ。あんたは、……あたしじゃない方が、いいんじゃないかな〜って……
所詮、彼女の気遣いでしかないのならば。
ごにょ、と歯切れ悪くつぶやいた言葉に、
――どうか、そのように言わないでください」と。
アグライアは、柔らかにあたしを叱る。
「貴女が――貴女だから良いのです。
分かりませんか」
………、そんなこと」
ご飯に誘ってくれる理由も。気にかけてくれる理由も。こうして、屋根の下に住まわせてくれる理由も。――あんたが優しいからに過ぎないのに。
躊躇うあたしに、アグライアは頭を振る。
「そんなこと、ではなく。事実、そうなのです」
僅かに開いた間に、ほんの少し、視線を泳がせて。
……貴女にとっての私は、単に周りに集う大人の一人に過ぎないのかもしれませんが――
―――
「私にとっての貴女は、何者とも代えの利かない、ただ一人の女性なのですから」
どこか寂しそうに口にしたことばの意味を。
聞き、咀嚼し、理解するのに、何秒かかったか分からない――だってそれは、ニュアンスは違えど、あたしが考えていることとまるで同じで。
……いえ、失言でした。
すみません、今のは忘れてください」
「い――いやいや、そんな一言で忘れられるなら苦労しないって」
「それは……そうですね。……ええ……
反射的な混ぜ返しに、す、と逸らされる視線は、アグライアの気まずさの表れだろう。でも、今のあたしにそのことを咎める余裕もなく。
……ライアは、さ」
……はい」
「あたしのこと、代えがないって、思ってたの?」
見開かれた目が、あたしを捕らえた。
―――勿論、勿論ですとも。
そうでなくて、どうしてここまで心を砕けましょう」
……誰にでも優しいからじゃ」
「私は、そこまでの善人には成れませんよ。
もし、貴女の目に無条件に優しく振る舞う女として見えているよなら、それは単なる社交辞令にすぎません。
――そして、それよりもはるかに深い愛情を、貴女にはいつも注いでいるつもりです」
「じゃあ、」
じゃあ。ヒアンシーにまぜっかえした時より、本心に近づけた言葉を、試すように口にする。
――あたしのこと、どうでもよくないってこと?」
「そんな、当然でしょう――誰がそのようなことを」
半ば悲鳴のような声で、アグライアは断言した。断言された。言ってたのは他の誰でもないあたし自身ですよとはこの状況で口にし難く、ただ、そっか、という納得を抱く。
――あたしが、セファリアが、彼女の特別らしい。
いつか世界がひっくり返る瞬間があるとしたら、きっとこんな心地になるのだと知った。
……もしかして、いつも彼女がする大げさな物言いって、冗談半分じゃなかったりする?
……セファリア。大丈夫ですか?」
「へ?」
「顔が、酷く赤くなっていますので」
「あ、あー……うん。平気平気、何でもない」
普段のように笑えてる、筈だ。正直、今の自分の表情はろくに制御できていない。困惑した様子のアグライアが、そっとあたしの頬に手を添える。指先の冷たさに顔がこわばる。
……調子が良くないのなら、また日を改めて良いのですよ」
「へ――平気だってば!てか、先延ばしにした所で、あんたみたいな不規則人間の帰宅とかいつになるかわかんないじゃん」
「それは、その通りですが……
「あたしもライアとご飯食べたい……から」
そう言い募れば、アグライアも不満そうにはしつつも頷いて、あたしの顔に添えていた手を離す。
「そこまで言うのであれば。
……、あの、セファリア」
「ん?」
……、いえ」
ふう、と息を吐いて、タブレットの画面を消すと。アグライアは、膝に乗せていたあたしの手を取った。
「もう少し、早く帰るようにします」
……うん?」
「貴女の言葉で、対話が疎かになっていた事実に気付かされました。
……私は、今度こそ、現状に胡座をかくようなことをせず、もっと貴女と向き合わなければならなかったのに」
「え?いやいや、そんなこと態々――
――アグライア様に対して、ご自身が与えている影響を自覚されたほうがいいと思いますよ。
……どこからか、ヒアンシーの声がする。ただ、信号待ちの時はまるで納得ができなかったはずのその言葉が、目の前で形になるような、そんな強い衝撃が走る。
握られた手に、強い力は入っていないはずなのに――やけに重い。
「セファリア」
囁く彼女の声が、その奥に込められた確かな感情が、一心にあたしへと注がれる。さながら、目を背けていたパズルが完成に近づくように。
「私の今の人生にとって、いかに貴女が支えであり、糧であり、そして幸福であるのか――いつか理解してもらえるように努力していきますね」
………
「大丈夫、安心してください」
……いや、出来ないって……
一体この問答のどこに安寧が在るのか。気を抜けば上ずってしまいそうな声ごと、アグライアは包み込むように――それでいて、硬い覚悟を滲ませる声でつぶやいた。
「大丈夫です。
私が、あなたにとっての何者でなくとも。
ただ在るだけで、希望と成りうるということを、きちんとお伝えします。ええ……
―――
――そういえばそんなことを言っていたのだ、この人は。
すっかり衝撃で流してしまったけれど。今、どれほど自分の頭が整理しきれていなかったとしても――こればっかりは否定しなくてはいけない。
「待った、ライア」
「はい?」
「それさ、違うよ。
……あ、あたしにとっても、あんたは、……もうずっと、唯一無二だし……
自分がそうであったように。どうか伝わるように、と彼女の目を見て告げた言葉に。
――アグライアは子供の冗談を聞き流す大人の顔で微笑む。
「ふふ……そのようなおべっか、無理に言わなくとも構いません」
………
………
――サフェル様に対して、ご自身が与えている影響を自覚されたほうがいいと思いますよ。
と。
呼び出したヒアンシーに一言一句違わず伝えてもらうべきか、あたしは至極真面目に検討する。