京の現状を憂うような雨音に足を浸して歩いていると、寄ってくる気の重さに辟易とする。昔はこの土地を歩く事も駆ける事も嫌いではなかったが、今は好んでどちらをする事もなくなった。
都がこの空気を纏うようになったのはいつ頃からだったか。だがしかし、それをどうこうしてやろうという気は、他の式鬼と比べて郁にはもう無かった。
当ても用もない癖に、気まぐれに京を歩いてみていたが何も変わってはいない。居るだけ無駄だ、早くここから離れようとぬかるんだ土を蹴り上げると、どこか近くからぎゃあぎゃあと強い叫び声が響いて来た。特段真新しくもなくそこかしこで聞くような鳴き声に関心など無かったが、連れに腕を引かれてしまっては仕方なしに様子を見に行くしか出来ず、面倒だなと思いながら更に一際大きな声が上がった茂みを掻き分ける。
そこには大きなヤマネコと、それに齧り付かれた瀕死の鼠がいた。鼠は、ともすればそのままヤマネコの大きく裂けた口に丸呑みにされそうな程の小ささで、こいつはきっと野ではなく都の町の中、人の間を縫って走り回っていたような生まれの鼠なんだろうと分かった。それがまあ、こんな町外れで、哀れなものだ。
「………………」
郁は草葉を踏み荒らしヤマネコの元へと歩み寄る。がさりと立てた音に漸くこちらに気付いた獣は声を荒げ毛を逆立てたが、次第に相対した存在の力の大きさに気付き、怯んで咥えていた獲物を取り落とす。郁は地面に跳ねて転がった毛玉を一瞥して、それから足の甲でヤマネコを押しのけた。すっかり怯えた猫はすぐさまどこへなりとも駆け出して、やがて見えなくなった。
「きみ、」
打ち捨てられた毛玉の尻尾を摘み上げ高く掲げて下から覗き込むと、ヤマネコの牙は深く刺さっていたのだろう、腹に大きな穴が空いていた。この場に静寂は戻って来たが鼠の方はもう戻りそうにはない。苦しむ時間を長引かせる、酷な事をしてしまったと口を噤むと、鼠はそれでも最後の力を振り絞り、
「ちゅう!」
と、まるで礼でも言うかのように、一際元気に鳴いてみせた。
「…………え」
戸惑い呆気に取られている郁の腕に、まるで早くしろと言わんばかりに骨が絡み付いて来た。
「…………分かったよ」
こんなたかだか小さな命、どうこうしてやる気もつもりも無かった筈なのにな。調子を狂わせながらも郁はぶら下げた鼠の腹をべろりと舐め上げる。
気を少しばかり送り、出血だけでも止めて手の平の上で様子を見ると、鼠は気を失ったようで静かに目を閉じていた。この状況に何かを訴えたくて連れを睨め付けると、機嫌良く骨をカタカタと鳴らし返された。
「……後は始さん次第、かな」
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