佳宵名月のみぞ知る

MHRウ教×ハ♀。
両片想い。

中秋の名月の日、うさ団子お月見特別セットの販売を見かけた愛弟子。



「おぉーい! 愛弟子、いるかーい!?」

外から響く、夜であることを忘れそうになる溌剌はつらつとした大声。
この声を娘が聞き間違えるはずがなかった。

縦に体を震わせた彼女は、心臓を鷲掴みにされたような感覚になりながら驚き、反射的に願いを書いた札を裏返す。

「は、はあーいっ!」

裏返った声で返事をしつつ、ドクドクドク、と先ほどよりずっと熱く激しく心臓が脈打つ中、慌てて框から草履で土間に降り、相変わらず開け放たれたままの玄関に向かった。

「ウツシ教官っ!? お、お疲れ様ですっ」
「やあ愛弟子、今日もお疲れ様! 疲れてるのに、夜分遅くにごめんよ!」
「い、いえいえ、教官もお疲れ様です」

娘は懸命に、冷静をつくろっていた。

久しぶりに想い人の顔を見つめながら、ゆっくり言葉を交わせている。

忙殺されていた日々の中、挨拶だけで終わっていたあの時とは違うと、もっとゆっくり話せる時間なのだと確信できていた。

月華げっかも霞むほどの笑顔を宿したウツシを見つめる娘は、彼が片手に、無地の紺色をした風呂敷手提げを持っていることに気が付いた。

「ウツシ教官、そ、それは? その、私に、何か御用があって来て下さったんですよね?」
「うん、そうなんだ! ほら、今日って十五夜だろう!? ヨモギちゃんの茶屋で、お月見用のうさ団子を売ってたんだよ!お持ち帰り用の特別セットなんだって! 最近キミも俺も忙しくて、なかなかゆっくり話せる機会がなかったし、せっかくだから、俺、キミに食べてほしくて作って来──あれっ?」

饒舌じょうぜつだったウツシは不自然に言葉を止め、双眸を見開き、ぱち、ぱち、と大きく、ゆっくりとまたたかせる。 彼の視線は娘の後ろに広がる、水車小屋の中の景色に向けられた。

土間にある炊事場の作業台も、うさ団子を焙っていた網の乗せられた火鉢も──色々なものが、とてもよく見えて。

満月のように真ん丸に見開かれたウツシの金色こんじきの瞳が、また、ゆっくりと娘を捉える。

「──えっ……あれっ!? も、もしかして、キミも買ったのかい!? うさ団子、特別お月見セット!」
「ま、まさか、教官も買ってたなんて……

顔を見合わせた娘とウツシは、一呼吸置いた後、同時に「ふふっ!」と吹き出すように笑った。そのまま元気に「以心伝心だったんだねえ!」と笑い続けるのはウツシ。

娘の表情にもようやく心からの、柔らかな笑顔が灯った。同じタイミングで同じものを購入していたという驚きの次に、時間差で、先ほどの彼がくれた言葉に、心が温かくほぐれていく。

「ウツシ教官。わざわざ来て下さって、ありがとうございます。私も……同じことをしたいなって思ってたので、それにもびっくりです」
「えっ! そ、れも、以心伝心だったの! じ、じゃあ、もしかしたら、本当にイケるかもっ……!?」
「?」

ぱちぱちと目を瞬かせ、前後の繋がりが見えないこと呟きながら妙に張り切り始めたウツシに宿るのは、驚きと、もう一つ。
娘に悟られまいとするような照れと、溢れんばかりの喜び。

「ま、愛弟子! よ、良かったらさ、俺と一緒にお月見しないかい!? 今日はすごく、その、キレイだからね! 月がっ!」

何となく、ウツシの声がいつもより上擦うわずっているような気がした娘。
月明かりを背負っている影響と、元々普段から口周りを鎖帷子くざりかたびらで覆っている影響で、彼の顔が炎よりも赤く上気していることには気が付いていない。

それに気付くより、彼女の中にも驚きと喜びが満ちていた。

先ほど書いた『お願い事』の一文が頭の中を巡って、どう返事をしようか迷いが生じる。

だが、迷っているのは言の葉だけで、密かな想い人であるウツシからの誘いに対する意思は、揺ぎようの無いものであった。

胸が、体が、頬が、次第に全身が熱くなっていく。
娘はウツシを軽く見上げるように見つめ、こくこくと何度も頷いた。

「わ、私も、同じことを思ってました……! よ、良かったら、お互いのうさ団子を食べながら、お、お月見しましょう!」
「! あ……ありがとうっ! やったあっ、嬉しいよ! ありがとう、愛弟子っ!!」

言葉の響きこそ少年のようだが、今のウツシの表情は幸せそうに蕩けて、年相応に落ち着きながらも甘い歓喜に満ちていた。

心臓が早鐘はやがねを打ち続ける中、娘も「こちらこそ!」と月も恥じらうような笑顔を弾けさせる。

「じ、じゃあ、教官! せっかくですし、ここの屋根の上とかどうですか!? い、今なら、ちょうど見えやすいと思うんです!」
「ふふふっ、いいね! よぉし、行こうか!」
「はいっ!」

元気に頷きながら、娘は急いで作業台に駆け戻り、焼きたてうさ団子の乗った角皿を持って、また玄関先のウツシの元へ向かう。

(お願いごと……こんなに早く、叶っちゃった……!)

文机の上で月光を浴び続ける願いの札に、驚き混じりの感謝の想いを馳せつつ。

ふと、彼女はウツシの前に戻って、角皿を持ったまま、まん丸の瞳で彼を見つめた。

同じものを買っているのなら、きっと、彼の買ったセットの中にも『願いの札』が──。

「うわぁ! 愛弟子の作ってくれたうさ団子、とっても美味しそうだね!」

光を背負うウツシの笑顔は眩しくて、言葉は優しくて、眼差しは愛おしくて、娘の胸を温かく満たす。

彼への想いがますます募って、願いが叶っているこの現実が、まるで、夢のようで。

(お団子は、あなたに、食べてほしくて……わ、たし……あなたと、一緒に、また……)

月光の中を揺蕩たゆたっているような、ふわふわとした感覚に、娘は想い人の笑顔を映した瞳を蕩けさせた。
夢心地のような今なら、愛しい人に、聞けるかもしれない──。

「──ウ、ツシ、教官」
「ん? 何だい、愛弟子よ」
「わ、たし──私……あ、なたの、こと……

顔が、炎よりも熱くなっていたが、娘の中にその感覚はなかった。

強いて言えば、心臓がそのまま爆発しそうなほど、自分自身の中で激しく、やかましく脈打ち続けていて。

続く言葉は決まっていたはずなのに、唇は震えて、顔は熱いのに声帯は凍りついてしまったかのようで。


──あなたの、こと……


はっ、と娘が目を見開く。

夢から覚めたような心地でウツシを見つめながら彼女は、血の気が引く思いで冷や汗を滲ませ「あ、あ!」と出かかった言葉を飲み込み、即座に他の言葉を探す。

その間、ウツシの目が愛しげに下がっていたことに気付く余裕など、彼女にない。

「あなたの、ことを、考えながら、お団子焼いてました! な、な、ので、美味しく食べて頂けたら嬉しいですっ!」

必死に考えて紡いだ、娘の本心を隠しているようで、奥底の想いだけは隠しきれていない言葉。

ウツシは驚いたように一瞬だけ目を見開いて、すぐに「ふふっ」と吐息混じりに、愛しげな光を瞳に宿し、微笑んだ。

「俺もだよ、愛弟子。俺もキミのために、キミのことを考えながら……精一杯! 頑張って焼いたよっ! 美味しく食べてもらえたら嬉しいなぁ!」
「は、はいっ! え、へへ、ありがとうございます……! 楽しみです!」 

心臓の鼓動が、強さと共にますます甘くなるのを感じて、うさ団子の乗った角皿を持ったままの娘の表情には、自然と幸せの笑顔が灯り続ける。 それは忙殺されていた時、彼女からすっかり失われてしまったもの。

ウツシの瞳には、その笑顔こそ、天満月よりも眩く、愛おしく──

(良かった……。俺が、したためた願い……月に、届いて…… )

安堵したように胸を撫で下ろし、清爽とした至福に包まれながら、ウツシが娘に「さあ、行こうか!」と溌剌に告げる。 

彼のように元気いっぱいに「はい!」と大きく頷いた娘が、彼と共に、阿吽あうんの呼吸で翔蟲で屋根上に駆け登った。

十五夜、中秋の名月を二人並んで眺めながら、お互いの焼いたみたらしうさ団子に舌鼓したつづみを打ち、顔を見合わせて笑い合う、ほんのささやかで、何よりも特別な日。

夢現のような安寧の時間、忙殺された互いの心が、息を吹き返した。

愛しい人が焼いてくれた、みたらしうさ団子を片手に、娘がゆっくりと名月を仰ぐ。
澄んだ月華は彼女の心になぎを与え、言葉が、滑らかに紡げるような気がした。

……ね、ウツシ教官」
「ん? んむ、何だい、愛弟子よ」
「うさ団子お月見特別セットの中に、入ってましたよね? お願い事を書ける小さいお札」
「ん、んんんっ!?」
「ウツシ教官は──何か、お願い事、書きましたか?」

みたらしうさ団子を片手に持ったまま、ウツシが、ぴたりと動きを止める。

普段は口元を覆っている鎖帷子が今はうさ団子を食べるために顎下まで降ろされているので、彼の顔が耳まで真っ赤になったことは、普段に比べてとても分かりやすい。

ウツシがちらりと見やれば、娘は月を仰いだまま。

それをこの上ない幸運に思いながら、彼は「……ごほんっ」と、咳払いを一つ。自分の喉の調子も、一瞬で大いに乱れた心も整え、改めて、同じように月を仰いだ。

「お願い事は……書いた、けど──だぁめ、言わないよ」
「ええー?」
「ふふ……ナイショ、さ。キミだって、そうだろう?」

ちょうど、娘がウツシの横顔に視線を戻した刹那、すらりとしなやかに向けられた彼の金色の瞳と、甘く、低く囁かれた言葉。

不意打ちのようなそれに、胸が、どきんと跳ね上がる。

「ちぇー。まあ、教官の仰る通りなんですけど、ね」

胸が熱く、密かに愛し続けている人への想いでなぎり高鳴るのを隠すように、娘が残念そうに、悪戯っぽく、ウツシに向けて微笑む。 


『大好きなあなたと、ずっと一緒に過ごせますように』


ウツシもまた「ふふふっ」と、楽しげに笑った。その笑顔の中に封じられた想いを、娘はまだ知らない。


『大好きなキミの笑顔を、これからも、一番近くで見守ることができますように』


再びウツシが、ゆらりと、雲一つない夜空の月を見上げた。
それに ならうように、ゆっくりと、娘も同じ月を見上げる。

「──綺麗な月だねえ、愛弟子」
「はい。月……綺麗ですね、教官……

秘められたままの、何より深き揃いの想いを宿した二人の言の葉は、金風 きんぷうに乗って、月へと流れていった。

今の言の葉こそ、二人の願いそのものであること。

それを知るのはまだ、今宵の中秋の名月だけ。




@acadine