佳宵名月のみぞ知る

MHRウ教×ハ♀。
両片想い。

中秋の名月の日、うさ団子お月見特別セットの販売を見かけた愛弟子。


ごとん、ごとん、と水車の重低音の狭間、火鉢の中で、ぱちっと炭が鳴る。

熾火おきびの力は、ほんの少しの焦げを感じさせるような、食欲をそそるあぶりの香りで、水車小屋の中が満たされていく。

また、ぱちっと炭が弾ける音が響いた。

その音源である土間の火鉢に置かれた網の上、乳白色にゅうはくしょくをしたの二本のうさ団子を焙るのは、この里の英雄『猛き炎』と呼ばれし娘。

彼女は律儀に火鉢の傍ら、疲労感が滲む中でも穏やかな様子でしゃがみながらうさ団子を見つめていたが、ふと、開け放たれたままの玄関から部分的に空を見上げた。

(小さい頃、お月様は丸くて黄色いと思ってたけど……うさ団子みたいに真っ白な時もある……)

快晴の十五夜、雲の気配がない夜空に月白げっぱくの輝きはとてもまばゆく、行灯あんどん要らずだった。

このところ、季節を感じるいとまもないほど忙殺されていた娘。

今日もいつもと同じように狩猟から戻ったが、いつもは水車小屋に直行する足は珍しく止まった。
ヨモギの茶屋から彼女の元気な声が響いており、その声で『十五夜用の特別うさ団子が販売されていることに気付いたから。


──さあさあ、今日は十五夜だよー! お天気もバッチリ! 最高の夜だよー! 名月を眺めながら楽しめる、本日限定! うさ団子特別お月見セットはいっかがかなー!? 


清々しいヨモギの声で、娘はようやく、今は『夏』が終わりを迎え『秋』という季節に入ったのだと、疲労のかすみがかった思考の中でもぼんやり理解することができた。

忙しさは心を殺すとはよく言ったもの、久しぶりに四季を実感できたことが、娘はとても嬉しかった。乾ききっていた心に、静かに慈雨じうが降り注ぐような心地良さで、口角も上がる。

久しぶりに季節を感じながら、守り抜いてきた郷里の味を楽しみたくなった。

『ヨモギちゃーん! おひとつ下さいな!』
『はいはーい! まいどありー! うさ団子を焼いたら、一緒に入ってる器の中の特製タレに絡めて、お月様を見ながら召し上がれ!』
『えっ、中にタレも入ってるんだ? 美味しそうー!』
『えへへ! 特別セットは盛りだくさんなの! 素敵な十五夜を過ごしてねー!』

笑顔で『うさ団子・お月見特別セット』を購入し、軽やかに帰路についた娘の脳裏には、ふと──季節の景色の中で、佇む人影が浮かんでいた。
その立ち姿は紛れもなく、彼女が幼い頃からずっと、密かに想い続けている最愛の人であり、師である人。


──やあ! 元気かい、愛弟子!


……ん、ふふ……

うさ団子を焙りながら、彼の──ウツシの笑顔を、彼からかけてもらった言葉を思い出すだけで、娘の表情は素直に蕩けた。
炭が鳴るよりも軽やかに、鼓動も甘く跳ね上がる。

季節を感じる余裕すらなかった最近は、大好きな人の顔を見ながら落ち着いて話すこともできなかった。

何よりウツシ自身多忙なので、挨拶ができれば幸運な日だったと胸をときめかせる日々。心が枯れるはずだと、娘は胸の内で切なげに苦笑した。

(久しぶりに……あなたと一緒に、うさ団子を食べて過ごせたら……)

当たり前のように一緒に過ごして、一緒にうさ団子を食べていた日が、夢のよう。

そんな日がまた訪れて、できるなら覚めない夢であってほしいと、娘は今になって強く願ってしまっていた。

(……気持ち、伝えられてないのにね)

くすっ、と娘が口元に笑みを浮かべた時、火鉢の中で、また、ぱちっと炭が鳴る。 
うさ団子が焦げないように、くるりとひっくり返して、月明かりの中でその状態を注視した。

「そろそろ、いいかな……?」

乳白色のうさ団子にこんがりとついた焼き目。
日々の肉焼きで鍛えた『良い焼き加減』を見極める目が意外な形で役立ったことに、娘が先ほどより可笑おかしそうに口元を緩ませ、ほっと息をつく。

両手でそれぞれの手にうさ団子を持ち、そのまま立ち上がって炊事場の作業台に向かった。
台の上には丸まった布巾やら、広がったままの竹皮やら、角皿に丸皿、焦茶色のタレが満ちた白い陶器の器などが無秩序に置かれ、それなりに荒れている。

「えーっと……確か、ヨモギちゃんはうさ団子をタレに絡めて召し上がれって言ってたっけ……

作り主が上からタレをかけて、とは言っていなかったことを思い出しつつ、とろりとした焦茶色こげちゃいろの海の中に、二本の焼きたてうさ団子を泳がせる。

(これ、みたらしダレかな? 美味しそう、よく考えたらこういうの新鮮かも)

とろりと、必要以上にタレが零れないよう、二本の焼きたてうさ団子を、支子色くちなしいろの角皿の上に並べていく。

「美味しそう! 喜んでくれるかな……!」

娘の口から自然と溢れた言葉は、ここにはいない想い人に向けての言葉。

(教官……この時間なら、おうちに居るかな?)

白い名月は、娘の道を示すように天高く満ちて、光を放っている。

ときめきながら気持ちが逸る中、娘がうさ団子の乗った皿を持って出かけようとした刹那。

彼女の動いた風によって、はらり、とふみのようなものが作業台から落ちていく。

「──んっ……?」

紅葉のように優雅に舞い降りる気配に何となく惹かれ、娘がうさ団子の乗った皿を作業台に戻し、落ちたそれを拾い上げる。

長方形をした、手の平ほどの大きさをした小さな白い和紙の札が二枚。一枚は無地で、一枚には文字が書き連ねられていた。

『十五夜のお月様に、お願い事を書いてみよう! 中秋の名月の光を浴びながらお願い事を書いたら、お月様に届いて叶うかも!? うさ団子を食べながら、ぜひ試してみてね!』

全文読んた娘はふと、このうさ団子を買った時のことを、ヨモギが『この特別セットは盛りだくさん』だと言っていたことをふと思い出した。

(おまじない、ってやつかな? ふふ……かわいい……こういうのも、いいな……)

煌々こうこうと煌めく月の夜は、いつもの夜よりも、特別に感じる。特に今夜、天に昇るのは中秋の名月。

「願い事…………」 

忙殺されていた日々の中、忘れてしまっていた。繰り返される日々の中で心は枯れ、いつしか季節の移り変わりさえ朧気おぼろげにしか感じられなくなっていた。

願い事──思考を巡らせた途端、娘は胸が炎のように熱く、蕩けてしまいそうになるのを感じた。自分の中で、ますます大きくなるばかりの想い。

……ウツシ、教官……!」

ぽつりと、娘が想い人の名を呟く。トクトクトク、と鼓動は素直に早まって、体は熱を帯びて、止まらない。

彼女は無地の白い和紙の札を持ったまま、反射的に草履を脱ぎ捨て、かまちから畳の間に駆け上がる。

畳の間の、日頃ハンターノートを書き記している文机ふづくえの上にはちょうど、格子窓こうしまどから月光が降り注いでいた。

(月に、お願い事……! 私のお願い事は、あの頃から、ずっと……)

小筆を持つ娘の手に、ほんの少しだけ力が入った。

月明かりはあまりにも眩くて、想いが透かされているような気がしてきて──文字にするだけでも妙に緊張して、想いが溢れて、跳ね上がる。

……わ、たし…………ウツシ、教官……

ぽつぽつと言葉が溢れる中、娘の小筆を握る手が、ゆっくりと動き出す。

小さな和紙の札の中央で、簡潔な一文。

最後の一文字を書き終えて、小筆を置き、月明かりに照らされる願いに改めて目を通している刹那。

窓から、じゃり、と土を踏む音がした。

@acadine