真九龍
2025-10-06 18:18:45
11949文字
Public 小説
 

君ト秋月ヲ見ユ

中秋の名月(お月見、十五夜とも)のお話。
【大正】の鳴海×ライドウと【昭倭】のナルミ×雷堂、二つのお話が有ります。
物語の展開と内容は一緒ですが、ニュアンスが少し異なります。
注1:ライドウremaster版をプレイ済み及びクリア済み。
注2:捏造多発注意報が出ています、ご注意下さい。



【君ト秋月ヲ見ユ─Narumi×Raidou Ver.─】



大正二十年、某月某日の秋月夜。
今宵は、丸い月也。
月齢が満月に近付けば近づくほど、血の様に紅く染まり、悪魔の本能を刺激する。しかし、今宵の丸い月は淡い黄白色の光を放ち、静寂なる夜を彩っていた。そんな夜であっても、ライドウは緊急事態に備え、退魔の刀と封魔の管を装着する。しかし、鳴海探偵社に電話が入ることも無く、ヤタガラスからの任務も無く、自らの足で帝都を巡回しても異変は無く、刻一刻と時間だけが経過していく。

「平和なまぁるい月だねぇ

鳴海が執務椅子に座り、煙草を吸いながら窓の外に浮かぶ丸い月を見詰めていた。彼の顔は、柔和な表情を浮かべている。まるで、心が躍っているようだ。ライドウは鳴海が何故そのような表情を浮かべるのか、理解出来ていなかった。
先程述べた通り、月齢が満月前後の夜は悪魔が興奮し、活性化する。異界から大量の悪魔が百鬼夜行の如く押し寄せる刻、ライドウは帝都の守護者として討伐に向かう。鳴海は無理を承知の上でライドウを送り出すのだが、明け方にようやく帰宅した愛しき想い人の外套と服が裂かれ、傷を創り、流血する姿に何度心を痛めたことか。しかし、ライドウは決して弱音を吐くことはなく、帰宅後開口一番にする台詞は、

─無事に終わりました、鳴海さん

こう報告し、疲労と寝不足で其のまま倒れるのである。
淡々として抑揚の無い声と無機質な表情で報告していた台詞も、お互いの想いが通じ合ってからは、感情の籠った柔らかな声と微笑みに変化した。鳴海に不安を掛けまいと、気丈に振舞っているのか。或いは、鳴海を見て安堵するのか。何方にせよ、傷だらけで帰宅することに変わりは無い。鳴海は倒れたライドウを背負い、最も近い自分の部屋まで運んで手当てするのがお決まりだ。
十七歳の少年が帝都守護の使命を背負うにはあまりにも過酷で、あまりにも重過ぎる。弱音だって幾らでも聴くから、己に遠慮なくぶつけてほしい。最近そう思うのは、ライドウの事を愛しく想う故か。

鳴海さん、ずっとにこにこしてますね」
「ん~今回は何事も無く終わりそうだなってな今日は中秋の名月ってやつだから、悪魔も静かなのかもしれないな」
………?ちゅうしゅうの、めいげつ?」

ライドウは聴き慣れぬ言葉に首を傾げ、彼の反応を見た鳴海は瞠目する。
もしかすると、此の子は、

「なあ、ライドウ。中秋の名月いや、お月見を知ってるか?十五夜とも言うんだけど
「全く以って知りません」
(マジか)

ライドウのあっさりとした回答に、鳴海はがくりと項垂れる。
予想した通り、ライドウはお月見について知らなかった。
中秋の名月、お月見、十五夜。日本古来より親しまれてきた、季節の行事の一つ。秋の夜に浮かぶ月は最も光輝き、最も美麗と言われている。月見団子を添え、風で靡く芒や鈴虫が奏でる音色に耳を傾けながら、夜空の秋月を眺める。他、秋と言えば収穫の時期。旬の果実、野菜、魚。自然の恵みに感謝を込め、収穫物をお供えする習慣でもある。
のだが、歴史古き季節の行事を十七歳の少年が無知とは、とんでもない事態だ。いや、ライドウが季節の行事に疎い通り越して無知なのは、育った環境が起因しているではないか。

「ライドウが育った葛葉の里ってさ季節の行事をやっていたか?」
………季節の、行事………其れは、一体何ですか?」
(あちゃ~何となく察してはいたが、そっち”も”だったかぁ)

葛葉の里はデビルサマナーの育成に心血を注ぐ、外界から隔離された特殊な領域。
里で育った此の少年は【葛葉ライドウ】を襲名する為、幼少の頃から厳しい修行に明け暮れる日々を送っていた。
弱き者は篩い落とされるのみ、唯強くなることだけを考えろ。
里の者は此の少年に遊びや絵本、おもちゃを与えることも無く、教えることも無く、触れさせることも無かった。其の結果、少年は幼児なら誰もが通る筈の娯楽を知らないまま成長し、十四代目葛葉ライドウを襲名したのだろう。
帝都に来た時、河川敷や空き地で遊びに興じる子供達の姿を見ても無関心だったり、定番の安価なお菓子を渡しても反応に乏しかったのが、何よりの証拠である。

(強いサマナーを育成するにあたって、ありとあらゆる娯楽を封印するとかちょっとどころかかなり厳し過ぎじゃね?!葛葉の里ぉっ!!十七歳だぞ、十七歳!!ライドウは未だ十七歳なんだぞーっ!!)

鳴海は里に対する不満を叫んだ、ライドウとゴウトに覚られぬよう心の中で。
兎にも角にも、ライドウには沢山知ってもらいたい。娯楽の事も、四季を楽しむ季節の行事も。彼は葛葉ライドウとして帝都守護の使命を背負う者であると同時に、今の世を生きる一人の若者なのだから。
鳴海は執務テーブルの引出から何かを包んだ紫色の風呂敷を取り出し、右手腕で抱え持った後、ライドウの傍までずかずかと歩み寄る。

!な、鳴海さんどうしたんですか?」

眼の前に突如迫ってきた鳴海に、ライドウは堪らず身を固めた。

「ライドウ、今から屋上に行くぞ!」
「え?屋上、ですかて、鳴海さん?!」
「ほらほら、ちゃっちゃと行くぞ~!」
「うわっ!」
「鳴海の奴一体何を持ち出したのだ?」

満面の笑みを浮かべる鳴海に右手を掴まれたライドウは、彼の行動を理解する暇も無く手を引かれ、鳴海探偵社の執務兼応接室を退室する。ゴウトも鳴海の行動に疑問を抱いたまま、二人の後を追った。

「あの、鳴海さん!もし緊急の連絡が入ったりしたら!」
「無い無い無い!今日は絶対に無い!俺の勘がそう言っている!」
こ奴の根拠無き自信は何処から来るのやら

ライドウが声を荒げながら訴えても、鳴海は自信満々に豪語し、彼の手をしっかり握り締めたまま天楼閣は屋上へと足を運ぶ。夏の暑さを越えた秋の外はひんやりとしており、実に過ごしやすい空気となっていた。夜空を見上げると、血のような紅き月ではなく、淡い黄白色の光を放ちながら輝く月が浮かんでいる。

………
「どうだ?中で見るより、外で見た方が綺麗だろ?」

月齢が満月前後の夜は胸騒ぎが常に止まず、気が休まらない。寧ろ、ずっと睨んでいる。満月は危険だと、そう教えられたからだ。だが、今宵の月はどうだろうか。穏やかに、静かに、優しく光る其の姿は、ライドウの精神を平静に保つ。鳴海の言う通り、何も起こらない予感がしてきた。

「えーっと確か此処にあったあった」
「ん?何だ、此の箱は」

ライドウが珍しく月に見惚れる中、鳴海は密かに設置しておいた箱の蓋を開く。ゴウトが興味津々そうな様子で中を覗き込むと、水筒、二つのコップ、電気式ランプ、床に敷く用の敷物が入っていた。鳴海は先ず敷物を取り出して床に広げ、次に、水筒、コップと敷物の上に置き、電気式ランプを灯す。

「周りに何が置いてあるか見える程度の灯りに調節して、とお~いライドウ、こっちに来いよ」
!鳴海さん、何時の間に
「ははは。俺がこそこそ準備してるのも気付かず、ずっと月を眺めていたってことだな」

鳴海に声を掛けられるまで、ライドウは彼が何をしているのか気付かなかった。準備をするのなら、率先して手伝ったのに。月につい見惚れてしまい、動こうとしなかった己を恥じる。其の場に突っ立ったまま俯くライドウを見た鳴海は、別に悪いことではないぞ、と心中で呟き、苦笑しながら立ち上がった。ライドウの許まで歩み、其の手を再び取り、敷物まで誘導する。

「ほら、しょぼ暮れてないで座った座った」
何も出来ず、本当に済みません今日の月は何時もと違って見えたので、つい仲魔達も、そのざわざわしていないというか、凄く静かだったので
「気にすんなって。中秋の名月、十五夜、お月見ずっと昔から親しまれてきた、秋の風物詩だからな」

正座をし、落ち込むライドウの頬を優しく撫でると、其の肌は夜風に当てられ、少し冷えていた。心地良い温度の風だが、当たり過ぎると身体が冷えてしまう。持って来た風呂敷の中身も、冷温で固まってしまっては美味しくない。鳴海は急ぎ、風呂敷の結び目を解いた。木製の箱が三つ現れ、うち一つはやや小さめである。ライドウとゴウトが不思議そうな顔を浮かべる中、にこにこ笑顔の鳴海が蓋を開くと、

!団子だ!」

中には、五本の団子が並んでいた。
少し焼き目が付いた白の団子、黄色い餡が乗った団子、粒餡が乗った団子、緑色の餡が乗った団子、黄な粉を塗した団子。
五色の彩り豊かな団子を前に、ライドウの眼は輝いているようにみえた。十七歳の年相応な表情に、鳴海は綻ぶ。

「(割と何でも食べるほうだが、何方かと言えば甘党寄りだったな)老舗甘味屋釘善の、十五夜限定月見団子だ。いやぁ~、長い時間並んだもんだぜあ、ゴウトちゃんには猫用の煎餅な」
「ふむ、団子では無いが我の分も有るのかしかも、猫用とな

小さな箱は、ゴウト用の月見団子ならぬ月見煎餅だった。猫が食しやすいよう小さめに、且つ、噛み砕きやすいよう柔らかめに作ってあるとのことだ。

(どの団子も美味しそうだけど、どれから食べようか)
「右から月見団子、さつまいも餡団子、つぶ餡団子、抹茶餡団子、黄な粉団子だ」
!さつまいもの餡

どの団子から食べるべきか、と、ライドウの視線は右、左、右、と繰り返し移動している。其処で鳴海は、水筒からお茶をコップに注ぎつつ、団子に乗っている餡を説明してみることにした。ライドウの好物は、蜜がたっぷりの大学芋。大学芋の材料は、さつまいも。さつまいもの名を聞くや否や、ライドウの手はさつまいも餡の団子を迷い無く掴む。此の子のさつまいも愛、中々のものである。鳴海は込み上げてくる笑いを必死に抑え、つぶ餡が乗った団子を手に取った。

「じゃあ、お月見といきますか」
えっと、月を眺めながら団子を食べるで、いいんですね?」
「そうそう。んじゃ、頂きます」
頂きます………!美味しいです!」

さつまいも特有の甘味と、団子のもちもち食感と程良い甘さが口の中に広がっていく。あっという間に一本平らげたライドウは、抹茶餡が乗った団子を手に取り、ぱくりと頬張った。さつまいも餡と異なり、抹茶餡はほろ苦いのだが、団子の甘さと見事調和し、良い塩梅となって口内を躍り巡る。

「抹茶餡も美味しいですね?」

ふと、鳴海の視線を察知したライドウは、三本目の団子を手に取る前に、愛しき人の方を向く。
黄白色の月光で照らされた顔は、優しく慈しむように微笑んでいた。

「穏やかで幸せそうな顔をしてるな、て思ってな満月前後のライドウは、十四代目として、帝都の守護者としての使命が圧し掛かっているのか、ずっと硬い表情を浮かべていたからさ」
……─ッ!あの………えっと………
「こういう何も無い日は、俺と一緒に静かに過ごすな?ライドウ」

図星を突かれ、頬を紅く染めるライドウに、鳴海はにかりと笑う。そして、つぶ餡が乗った団子をパクパク頬張りながら、夜空に浮かぶ秋月を眺める。

「来年は深川辺りに行って月見してもいいかもな。あそこは此処と違って未だ自然が残っているから、鈴虫の鳴き声とか芒の擦れる音が良く聴けそうだ」
(来年………僕は此処─鳴海探偵社─に居るのだろうか)
「ライドウもあと三年したら成人だから、酒を持ってきて月見酒てのも悪くないな」
(鳴海さん其れ以上は言わないで下さい………)

月を眺めながら願望を語る鳴海に、ライドウは胸が締め付けられる。彼が今口にした言葉は、全て本心だ。だが、来年、三年後、自分は鳴海の傍に居るのかすら分からない。里に再び戻る、若しくはヤタガラスの命で異動する刻がやって来ると思うと、やるせない気持ちに駆られてしまう。
帝都の守護者として抱いてはいけない感情を、己は抱いてしまったのだ。
其れでも、鳴海と別れたくない、愛しき想い人と離されたくない。どうすれば、自分は此の人の傍にいられるのだろうか。未だ先の見えぬ未来、此れからどうなるかなど不透明で不明瞭だ。様々な憶測を想像すればするほど、底の見えぬ沼に落ちていく。

………酒は入ってない筈なのに、ちょっと言い過ぎちまったな月が綺麗だったから、心の内をつい漏らしちまったわなあ、ライドウお前の未来はどうなるか分からないけど、俺はずっと願っているさ鳴海探偵社の所長の傍に、とっても頼もしい助手がいや、愛しい人がずっと居る未来をな」

ライドウが何を考えているかなど、鳴海はお見通しだ。だからこそ、鳴海は真っ直ぐな眼差しをライドウに向け、未来の願望を語った。
この先も、一年後も、三年後も、傍に居てほしい、と。

………僕も、そう願いたいですいえ、願います」

鳴海の迷い無き言葉に、ライドウの精神を大きく動かし、そして、意思を固めた。自分と鳴海は共に想いを抱き、共に繋がっている。茨多き血の道でも構わない、其の想いと繋がりを断ち切らぬよう、愛しき想い人と歩んでいこう。

「さて、気を取り直して早く食わないと団子が硬くなっちまうから、どんどん食ってくぞ!」
「はい!」

二人は笑みを浮かべ、残りの団子を頬張っていく。
時々、夜空に輝く月を眺めながら。

何れにせよ、苦難は多そうな二人ではあるがだが、此の二人だからこそ、乗り越えられるものがあるのかもしれんな」

一足先に猫用煎餅を食べ終えたゴウトが、改めて絆を深めた二人を静かに見守る。