【この後の流れメモ】
兄を亡くし意気消沈していた千が急に明るくなり外出も頻繁にするようになったので、奇妙に思った周りの人々に心配され疑われる。ある時炭に、運悪く手鏡に話しかけているところを目撃され、問い詰められる。その時は何とかごまかしたが、かなり怪しまれてしまった。
そして、ある日外出先で千は鬼に襲われる。兄が亡くなり剣士の道を完全に諦めてから、呼吸の型を忘れない程度に竹刀を降っていただけだったので、咄嗟のことに反応出来ない千。ここで死んだらようやく兄のもとに行けるのかな、と思ってしまったその瞬間、先に伸ばされていた鬼の腕がどこからか発生した燃え盛る炎を纏った斬撃によって断ち切られる。それは紛うことなき、煉獄の刃だった。衝撃で固まる千だったが、再度鬼が襲ってくる。しかし、今度こそ鬼の頸は跳ねられる。尻もちをついて呆然としている千の元に、鬼の出没の知らせを受け取ったかまぼこ隊が駆けつけてくる。しかし、日輪刀も所持していない千の目の前に既に灰となり崩れかけている鬼の存在を見つけ、どういうこと?と面食らう3人。その時千の「兄上が...守ってくれたのですか...?」と特定の誰かに向かって問いかける声色で呟くのを聞き、血相を変える炭。
最愛の兄を失った哀しみから気が触れて幻覚を見るようになったのでは思っていたが、まさかこの世に干渉できる何か人ならざるものに取り憑かれてしまっていたのか、と危機感を覚える。このままでは、千自体も現し世から連れさらわれてしまうと、千の肩を強く掴み、それは煉獄さんなんかではない、今すぐソレとの関わりを辞めるんだと強く言い聞かせる。真っ青になって、でもこれは本当に兄上なんです!今だって僕のことを守ってくれた!と反論し、煉獄さんはもうこの世のどこにもいないんだ!ソレは煉獄さんではない!!と必死で伝える炭だったが、千に平手打ちをされ、一度ならず二度も僕は兄を奪われなくてはいけないのですか?!とその場から逃げ出す千。大人しい千に平手打ちをされた衝撃で暫しの間動けなかった炭だったが、急いで彼の跡を追いかける。
千は必死で何処をどう進んでいるのかも分からないまま走り続け、やがて山の入り口の神社へと辿り着く。境内にある小さな湖の水面を覗き込み、兄上、兄上、そこにいらっしゃるのですか?どうして僕を置いていったの?鏡越しにやり取りできても、兄上の体温を感じれなきゃ意味がない。兄上の優しい声でまた僕の名前を呼んでほしい。鬼から守ってくれるぐらいなら、目の前にちゃんと現れてよ...と泣き崩れる千。すると、水面に兄の顔が映り込む。しかしそれは今までとは違い、千の顔を後ろから覗き込むような形でだった。そして耳元で、そんなに泣かないでくれ、千。とあの懐かしくも優しい低音が囁かれる。バッと振り向いた千は勢いでよろけ湖に落ちそうになるが、兄の力強い腕によって支えられ、水に濡れることはなかった。本物の兄が目の前に居るだけでなく、触れることができる。未だに信じられない千は、抱留められた体制のまま恐る恐る兄の頬に手を添え、あにうえ...なのですか?とかすれ声で問う。杏は愛おしそうに目を細め、自分の頬に添えられた千の手を上からその大きな手で包み込み、ああ、そうだ、お前を迎えに来たんだよ。と返事をする。支えていた身体がまっすぐ立たされ、正面から向かい合う形で兄を見つめると、生前と全く変わらぬ容姿ではあったが、以前神への奉納の祭などで見たことがある神職の衣装のような見慣れない服装をしていた。兄上...その格好は...?と問いかけると、にぱっと明るい表情をした杏が、俺があの世に逝った際どうやら神が俺の魂を気に入ったらしい!なんでも、こんなに生前徳を積む人間も珍しいのだとか。そこで特別に俺にも神としての力をお与えくださったのだ。初めはなかなか使いこなせず、鏡や水面越しに千と会うだけで精一杯だったが、少しずつこの世に干渉できるようになった。そして今日やっと本体を具現化できるようになったのだ!ずっと鏡越しに会ってはいたが、やはり千の体温を感じられるのは嬉しいな、と破顔する。
兄の言う内容に頭がついていかずくらくらする千だったが、取りあえず自分と同じように、兄もずっと千に会いたいと思っていてくれていたのだと分かり、何だか嬉しくなる。
そこで千は、あの、先程は鬼から助けていただきありがとうございます、と慌てて礼を述べる。それまでの表情に陰をおとした杏は、本当に肝を冷やした。運良く俺が守れたから良かったものの、もし千があそこで鬼に食われていたらと思うと気が狂いそうだ。お前に痛い思いはしてほしくない...そう言った兄は弟の肩に顔をうずめ強く抱きしめる。こんな弱気の心情を打ち明ける兄は珍しく、千はどきまぎする。ずっと格好いいと思っていた兄の事が、今はなんだか可愛らしいと思ってしまう。
暫く兄の抱擁に身を委ねていた千だったが、兄に怖い思いをさせてしまったのなら申し訳ないが、自分の本心を彼に偽りたくないと思い、兄に告げる。すみません...でもあの時僕、やっと兄上のもとに行けるのかな、と少し嬉しくもあったんです。こんな不甲斐ない弟でごめんなさい...
それを聞いた杏は、勢いよく抱擁を解き、千の肩を掴み彼の目を覗き込む。その瞳は、まるで燃え盛る炎のようで、チリチリと焼け付く強さで千のことを捉えて離さなかった。
千、俺はお前に幸せに生きてほしいと願っていた。お前の生き方を決めるのはお前自身だ。お前が、兄のいない現世で精一杯生きていくと心に決めているのなら俺は身をひこうと思っていた。だが...俺はお前と共になりたい。今のお前の気持ちが本心ならば、どうか兄のことを選んではくれないか。
俺こそ、不甲斐ない兄ですまない...そう兄は苦しそうに告げた。
千は兄のその告白に、胸が高鳴る。あの高潔で自分の欲は一切見せなかった兄が初めて千に対して我儘を言ってきている。そして千と一緒になることをそれ程までに兄が望んでくれていることが、本当に嬉しい。それだけで満たされる気持ちになる。
千はもとより兄上と共に生きることが望みでした。兄上のいないこの世に未練はありません。どうか千のこと、攫って行ってください。
千は涙を零しながら微笑む。その美しく儚い笑顔に、杏は胸が締め付けられ、弟の額に優しく口づけを一つ落とす。
「千寿郎くん!!!!!」
その時、追ってきた炭の声が辺りに響き渡る。「炭治郎さん!?」
炭は自分のことを心配してくれたのに、先程あのような無体を働いてしまったことを千は申し訳なく思った。
炭は千の無事な姿を見て安堵の表情を浮かべるが、直ぐに彼の隣にいる人物、ましてその気配が人ではないことに気づき、己の日輪刀を素早く構える。
「鬼?!貴様、千寿郎くんから今すぐ離れろ!」
そう怒鳴った炭だったが奇妙な違和感に頭が混乱してやまない。鬼にしては殺意は全く感じられないし、どこか懐かしいこの匂い...
「む、竈門少年か!」
そう言って振り返った姿に、炭治郎は唖然とする。
「れ、んごくさん...?」
でも煉獄さんはあの時確かに、上弦の鬼との死闘の末、帰らぬ人となったはず。目の前で煉獄さんが戦っていたのに、直前の戦闘で負った傷や日神神楽の反動で一歩も動けず何もできなかった悔しさと、目の前で命が尽きる煉獄さんを看取った哀しみは未だに炭の中で鮮明に思い出される。
「あれから君も本当に成長したな。今まで千寿郎の事を気にかけてくれてありがとう。」
そう言って微笑む杏に、炭は涙が滲んでくる。
「っ、ぅ、でも、なぜ煉獄さんがここに...?それに...」
気配は人のものではなくなっているが、幽霊と呼ぶには些か存在が苛烈だ。それはまるで、幼い頃、一晩中松明の炎に囲まれ日神神楽を舞っていた父に感じた神々しさを何十倍にもしたかのような感覚だった。
「すまない竈門少年。君とももっと話していたいが、俺たちはもう行かなくてはならない。」
君と君の妹がいつか必ず幸せを取り戻せること、心から信じている。君たちなら大丈夫だ。そう告げた杏は千の腰に手を回し、ぐっと己の方に引き寄せる。その瞬間、彼らの足元からどこからともなく炎が上がり、彼らを包み込み始めた。慌てた炭が一歩踏み出そうとするが、金縛りにあったかのように身体が抗えない強い力で抑え込まれ、動けない。
「炭治郎さん!今までありがとうございました!どうかお元気でーー」
千のその言葉を最後に、炭の目の前で彼らは跡形もなく消え去った。
彼らの姿が見えなくなった瞬間、炭を抑えていた力も無くなり、炭はそのまま地面に座り込む。無意識のうちに彼の両目から涙が止めどなく溢れて頬を濡らしていたが、それは煉獄さんにもう一度会えた嬉しさからか、大切な友人である千まで失ってしまった悲しさからか、はたまた彼ら兄弟がまた一緒になれたことを祝福する気持ちからなのか、炭にも分からなかった。
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