あがさ
2025-10-04 15:21:01
12033文字
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予感





 太陽が頭上付近まで移動し、朝から勤勉に働いている善良な市民ならそろそろ腹時計が鳴るだろう時分、坂田銀時はのっそりと目を覚ました。

 馴染みの店から店へ飲み歩いていた昨晩の帰りは遅く、しこたま体内に取り込んだ酒精が抜けないままこんな時間まで布団に沈んでいた。懐事情に余裕はないが、節約の為に自炊するまめやかさは持ち合わせていない。
 銀時の万事屋稼業は彼自身の性格と似たり寄ったりで、随分と気ままなものである。居酒屋で偶然居合わせ意気投合した見知らぬ親父から話の流れで請け負う依頼もあれば、近所の爺婆の話相手の延長のようなおつかい事。ごく偶にどこから噂を聞いて来たのやら、人に言えないようなちょいと物騒な案件を持ち込まれることもある。が、哀しいかな荒事は寧ろ銀時の得意分野だ。
 そして銀時の大家であるお登勢。銀時とは常に憎まれ口を叩き合ってはいるが結局は世話焼きの性分のため、銀時が余りにも暇を持て余している様子の時は見かねて──家賃滞納をこれ以上させない為というのが主な理由なのだが──、やれ孫娘の猫が逃げ出して探しているがなかなか見つからないだの、大工に修繕を頼むほどでもない自宅の雨漏りが気になるだの、日々の困りごと口にする己のスナックの客に、銀時のことをさりげなく口添えする程度のことはしてくれている。
 そのようにして、自ら積極的に仕事を取りに行くこともなく、その日食うに困らない程度の稼ぎをこなす日々。予定があるときに稼働するだけの万事屋銀ちゃんは、だらしのない生活態度でもさほど困らないのである。

 そんな彼の日常に変化が訪れた。

 銀時は先日、行きつけのファミレスで一人の少年を天人から助けた。本人としては正義感をもって助けたというよりは、いびられているいたいけな少年を傍観するのは胸糞悪く、己の注文したパフェをおじゃんにされた苛立ちも相まってギャーピー煩い猫耳天人をちょいと黙らせた、その程度だった。その後成り行きに成り行きが重なり、悪徳金利業者に連れていかれた少年の姉を彼と一緒に空飛ぶ船から救い出す──実際には船ごと海に落っこちたのだが──というジャンプ連載第一話にふさわしい華々しい活躍をした。
 するとよく分からないがその少年に憧れられて、よく分からないが気がついたら助手などというポジションに納まられていた。押しかけ女房ならぬ押しかけ助手だよ、こりゃあ。ここで働かせてください、ってか?志村新八なんて贅沢な名だね、お前はメガネで十分だ、とでも言えば良かったのだろうか。

 志村新八と出会ったあの日、彼は諸々の感謝の意と共に、銀時の元で働きたいと真っ直に伝えてきた。海水で濡れそぼった服とまろい輪郭の頬は夕陽で染められ、そのあかが酷く鮮明だったのを覚えている。明日の朝改めて万事屋に顔を出すことを続けて言い募ったレンズ越しのまんまるおめめには、一丁前な決意が灯っていた。
 驚きと呆れと面倒くささ。そして何故かほんの少しばかりの高揚感。
 その瞳に見つめられ、快とも不快とも形容しがたい、今日出会ったばかりの一回り歳下の少年に抱くには幾らか複雑な感情が銀時の胸に沸く。新八の言葉を何度か脳内で反芻し、しかし直ぐに深く考えることをやめ、最終的には「ま、好きにすれば?」と呟いた。

 さて、拒まれなかったことに気をよくした新八は、次の日昼四つの鐘が鳴る頃に心勇んで万事屋の呼び鈴を鳴らした。が、返って来るのは静寂のみ。欄干に屋号の看板は提げられているので、貰った名刺に書いてあった住所が間違っている訳ではなさそうだが、もしや急な外出だろうか。何度か呼び鈴を鳴らし呼び掛けてもみるが、人が出てくる気配一向にあらず。

 やはり昨日の行動は迷惑だったのだろうか、いやでも侍の子、一度心に決めたからには坂田さんに認めてもらうまでここを梃子でも動かないぞ、と決意新たに、もう一度声を張り上げようとした瞬間玄関の引き戸が開けられた。そこには寝間着なのか甚兵衛姿でたった今起きましたと言わんばかりに目をしょぼつかせ、天パを寝ぐせで更に爆発させている銀時がいた。

えーなに、おまえさんホントに来ちゃったの?まぁ来ちゃったもんはしょーがねぇし、とりあえず中入る?

 欠伸を噛み殺しながら銀時は新八を招き入れた。
 それが二人の、二度目の対面であった。

 侍道を学ぶなどと新八は言っていたが、銀時は己から、そしてこの万事屋で働くことから何か学べるものがあるとは到底思えなかった。前述した通り、新八が期待しているような硬派で社会派で派手な依頼があるわけでもなく、むしろ暇と退屈を持て余している。そんな職場と雇い主の現状を見るうちに、三日とたたずに夢から醒めるだろうと銀時は踏んでいた。

 しかし蓋を開けてみればどうだ。かれこれ一週間以上、新八はここに通い続けている。

 新八は最初こそ、暇という名の有り余る時間の長さに拍子抜けし手持無沙汰にしていたが、直ぐにやるべきことを見つけた。
職場の生活環境および上司の生活態度の改善である。
 まず、一般的な気ままな男一人暮らしの部屋を想像してほしいが、銀時の場合も例外ではない。一応、依頼主を接待する事務所も兼ねている居間はそれでも何とか体裁は保っているが、新八からしたら手入れが行き届いているとは言い難い。板張りの床は、薄っすら積もった埃や塵で足袋越しでも分かる程度にはざらついているし、部屋の空気がそこはかとなく淀んでいる。客を通すことがないその他の空間は、言わずもがな。和室は布団が万年床状態で草臥れており、読み終えた雑誌類が古紙回収に出されないまま部屋の隅に積まれている。物はさほど多くないので足の踏み場がないとまではいかないが、服やらなんやらが定位置に整頓されるという事を知らないまま、出しっぱなしにされている。方や台所は外食が多いため生活感を感じられないほど殺風景だが、細かく見てみると怠惰な住人の性格が見て取れた。水垢で白い濁りをまとった流しの横には、稀に出番を用意されたいくつかの食器が使用後洗われ自然乾燥に任されたまま籠に放置されている。風呂場や厠は、おざなりな掃除では追いつけない汚れが一瞥で目に付いた。
 一方上司の生活態度と言えば、二度目の対面時から推測はできたが案の定。依頼がない日は昼過ぎまで寝て、起きたら起きたで何をするでもなく日がな一日漫画雑誌を読みふけり、夕方には飲みに出かける始末。これでは、飛び込みの依頼者が来た場合に対応できないし、いざ依頼が入ったとして寝坊して時間に遅れましたとなれば目も当てられない。例え仕事がある日だろうがない日だろうが早寝早起きは心掛けるべきではないか、と新八は頭を抱えた。
 食生活においても、初めて出会ったファミレスで血糖値が高すぎて甘いものに制限がかかっているというような事を言っていた気がするのに、およそ健康に気を遣わなければいけない人間のものではない。流石に新八が来ている昼間にまで酒だの外食だのをするわけではないし、人の家で本格的なケーキを作っていただけあって、料理の腕は寧ろ人並み以上にあると新八は踏んでいる。
 実際、肩透かしな二度目の対面後、事務所兼居間に通され何を話したか覚えていないくらい適当な会話をしていたら時刻はすぐ昼時となり、んじゃなんか適当に飯作っかねーと銀時は言って、手際よく炒飯を振舞ってくれたのだ。味も申し分なかった。けれど毎日それでは栄養は偏るし、面倒くさいからとすぐ味の濃い中食で済ませようものなら健康になりようがない。
 かくして新八は、銀時の元で助手として働きだしてから──まだ万事屋としての仕事らしい仕事は殆どしていないが──三日と経たずに、出勤したらまず銀時を布団から追い出し、質素ながらも健康的な一汁三菜の朝食を振舞い、事務所およびその他居住空間の掃除をし、昼にも栄養の均衡がとれた食事を作って二人で一緒に食べ、依頼が来ないか待ちながらも家事をこなし、夕方には少しでも安く食材を手に入れるためスーパーのタイムセールに赴くか営業も兼ねて商店街に顔を出す、というような一日の流れを過ごすようになった。
 このおよそ16歳の少年とは思えない程所帯染みた家事の手際の良さはなんなのか。存在しないお袋の味の記憶まで誘発される、薄味ながらも調和の取れた味わいの味噌汁を啜りながら銀時は純粋に気になった。聞いてみれば、銀時も初対面時に一度訪れたあの道場付きのだだっ広い武家屋敷を父親が亡くなり門下生も去った後、姉弟たった二人で維持してきたと言う。確かに、あの家と比べれば猫の額ほどの広さのこの事務所、掃除などお茶の子さいさいだろう。それはともかく、ゴリラに育てられたような凶暴さだが仮にも女、料理は姉ちゃんがしてくれていたんじゃないのかと問うと、何故か新八は遠い目をし「生きるか死ぬかになったら、人間何でもやりますよ」とよく分からない返答をして「え、なに、聞いちゃいけないやつだった?」と銀時を困惑させた。その意味を身を持って彼が知るのは十六訓後の話である。

 とまぁ、兎にも角にも、銀時の自由気ままな男独り身暮らしは突然終焉を迎え、押しかけ女房ならぬ押しかけ助手くんに規則正しい生活態度と清潔な居住空間を強制される羽目に陥ったわけである。見ての通り、新八の努力空しく銀時が必ずしもそれに従っているわけではないが、それでもたった数日の間に、確実に銀時の生活はコペルニクス的大転回を迎えたのである。


 目覚めた銀時は暫く何とはなしに仰向けで染みの浮いた天井の木目を眺めていたが、やがてある違和感に気が付く。
 新八の気配がないのだ。
 訝しがりながら布団から起き上がり和室の襖を開けて居間を覗くが、やはり姿は見えない。この調子だと台所にもいなさそうである。
 確認した時計針の位置から察するに、新八が朝現れてから裕に一刻以上は経っている筈である。
 本日も世間で言うところの常識的な始業時間に出勤してきた助手くんの伸びやかな挨拶が聞こえたと思えば、まだ布団の住人である銀時を容赦なく起こそうと躍起になっていたのは、微睡半分でおぼろげだが記憶している。

 余談だが、新八の銀時の起こし方はそれでも最初のうちはまだ遠慮が見られ、優しい声掛けのみだった。が、その程度では効果が全くないので日を追うごとに無遠慮に拍車がかかる。身体をゆすってみたり、布団を剥ぎ取ろうとしたり、耳元で声を張り上げてみたり。それでも、銀時が起きる確率は五分五分だ。暫く奮闘しても上司が梃子でも起きる気がないのが分かると新八は諦め、寝ている銀時にお構いなしに朝の家事に取り掛かる。それほど多くはないので毎日ではないが洗濯を回したり朝食を作ったり──新八自身は出勤前に仕事終わりの姉と一緒に家で済ませてきているため銀時一人分だ──、いつ依頼人が来てもいいように事務所兼居間の掃除を済ませたあとは家全体を清めたり。
 そうやって新八が過ごしている内に欠伸をしながらのそのそと銀時が起きてくる、というのがここ数日で2人のお約束になりつつあった。

 それなのにまさか、今日に限って諦めて一旦帰ったのだろうか。

 そのことに何となく面白くない気分になりながら──別に銀時が頼んでいるわけでもなく新八が勝手に始めたことだし、寧ろ寝起き早々口煩く愚痴られないから清々するはずなのだが──銀時は一先ず和室に引っ込み甚兵衛からいつもの服に着替える。
 身支度を終えるとすぐに手持無沙汰になってしまった。
 今日は予めの依頼は入っていない。どうせ家の中にいてもする事もないから、とりあえず外に出ようと居間の長椅子から腰を上げた。玄関を出て外階段を降りながら、もし本当に新八が自宅に戻っているのだとしたらこのまま迎えに行ってもいいかもしれないと銀時は閃いた。直後、それではまるで銀時が新八に万事屋で働いてほしいと積極的に願っているみたいではないか、と己の思考に突っ込みを入れる。そもそも、当初自分は新八がここで助手もどきをすることに対して鬱陶しくと思ってはいなかったか。寧ろこのまま銀時に呆れ果て辞めてもらった方が清々するし、一応ミライアルユウボウなワカモノにとっては良いのではないか。
 来る者拒まず去る者追わずのクールなスタンスでやっているはずが、ほんの数日の間に新八が傍にいることに身体と思考が順応し始め、挙句の果てにはどうやらそれが心地良いとさえ感じている自分に、銀時は憮然とした。

 どうもに調子が狂っていけない。たかが地味な眼鏡くんのはずなのに。

 そんなことに気を取られている内にそう長くもない階段を下りきったらしく、ざらつく地面を革靴越しに感じた。
 くあと大きな欠伸を一つ。そのまま息を深く吸い込みながらぐっと伸びをし、肺にたまった空気を一気に吐き出すと同時に身体を弛緩させる。

 やめだやめ、なんかアレだ、この話一旦中止。これ以上考えても碌な結論になりそうにねーし。

 天パでうねる髪に追い打ちをかけるようにガシガシと後頭部をかき混ぜ、銀時は思考を中断させた。
 あー確か新八の家ってこっちだったよなーとわざとらしく声に出し、先日大江戸ストアー前で彼の姉にボコられてから引きづられていった家までの道のりを頭に思い浮かべつつ一歩踏み出した──が、次の瞬間耳に飛び込んできた声に足を止めた。
 今この瞬間探しに行こうとしていた、ここ数日で聞き慣れてしまったボーイソプラノもかくやと思われる声と、聞き慣れたくもないのに聞き慣れたババアのしゃがれ声。
 それらが一緒くたに、開店前でまだ暖簾も出ていない目前の店内から聞こえるのだ。

はぁ?探しに行く手間は省けたが、よりによって何でババアん所にいんだあの眼鏡くんは。まてよ、そういえば今朝方玄関先でババアの怒鳴り声が聞こえていたような...やべ、新八のやつ俺の代わりにあの取り立て屋に捕まっちまったのか。

 うげと顔をしかめた銀時は暫し葛藤する。本当だったらほとぼりが冷めるまでお登勢の前には姿を現したくない。が、あってないような良心が新八に対してミジンコ程度に痛み、溜息一つついて渋々と古びてはいるがまめに手入れされている建付けの引き戸に手をかけた。

「あ、銀さん、おはようございます。 いや、そろそろお昼なので『おそようございます』ですかね?」
「やっとお目覚めかい。良い御身分だね」

 苦虫を嚙み潰したような顔で銀時が中を伺った途端、双方から声がかかる。
 その二人を取り巻く雰囲気に銀時は拍子抜けした。
 家賃取り立てに失敗した山姥が人畜無害な小僧を無理やり攫って強制労働の刑に処している...という訳ではなさそうだ。寧ろ、和やかな空気流れてね?
 銀時の前では大抵呆れるか青筋を立てるかの表情が標準装備──それは銀時の日頃の行いのせいなのだが──のお登勢が、なんとシニカルにではあるが口角を上げて笑みまで湛えているではないか。

「へーへー。つーか何?お二人さんいつの間に仲良くなったんですかぁ。」
「銀さんが夢の国にいる間にですよ」
「ほぉ。上司が攫われた倅を探す魚親父と夢の国で波乱万丈人情活劇をしている間、助手君は憎っくき取り立て婆にゴマすりしてた訳ね」
「いや、その時代ネズミの魔の手はまだピ〇サーにギリ届いてないから!というかネタが古い」
「んだとぉ!〇モの日本公開日は銀魂の連載始まる二日前だぞ、ニ〇パイセンなんだぞ! ここはネタとして使って敬うべきだろ」
「ネタとして使うのが敬う方法って、アンタ最低だな‼「アッハッハ!」」
「「‼」」

 この短期間ながらもはや銀時と新八の間では恒例となりつつあるノリツッコミの応酬に被せるようにして、お登勢の盛大な笑い声が店内に響き渡った。

 銀時のことは以前から口から生まれたような巫山戯たノリの男だとは思っていたが、新八も新八で、銀時に呼応する形で流れるように言葉を切り返している。さながら息の合った夫婦めおと漫才の様子が可笑しいったらありゃしない。こうも相性がいい二人がいるとはね。

「煩くしてすみません!ついいつもの感じでやっちゃいました...」
「いいさ、面白いもん見せてもらったよ。どうやらお前さん、この取り返しがつかない野郎のペースに既に飲み込まれているらしいね」
「取り返しがつかないって何?人聞きが悪いぜバアさん。寧ろまだ100万回取り返しまくれるからね俺!」
「そういうところだろ」
「銀さん、僕否定できません」
「おいいぃぃ!!ババアはともかくなんで新八までそっち側!?お前はこっち側だろ!!......はぁもういいわ、寝起き早々疲れた。そう言えば新八、お前居間に雑巾とバケツ出しっぱなしだったぞ。銀さんが踏んで滑って転んで頭打って天パが加速しちゃったらどう責任取ってくれんの?」
「え!すみませんすっかり忘れてました!というか頭打っても天パは加速しませんし、どうせアンタのは既に上限突破してるんでこれ以上レベルは上がりませんよきっと」
「マジかー俺の天パってそんなにハイレベル?ハイレベルすぎてもういっそ魔王倒せちゃう?」

 更に小気味よくポンポンと言葉を投げ合っていた銀時と新八だったが、同時に様子を窺うように新八が目線を向けてきたので
「今日のところは十分手伝ってもらったしね、そろそろこのロクでなしと一緒に戻りな。」
とお登勢は苦笑した。

「はい!お登勢さん、ありがとうございました。僕でよければいつでもお手伝いしますので、また声かけてくださいね!」

 本日二度目となる律儀なお辞儀をし、僕先に行ってますねと銀時に伝えて新八は店を後にした。
 それを追いかける形で銀時も、邪魔したな、と言ってそそくさと引き戸に手をかける。

 その背中に向かってお登勢は声をかけた。

「銀時、お前さんはホント呆れたやつだね。未来ある若者を誑かしてアンタの巫山戯けた商売に巻き込んじまうなんて。」
「はぁ?いや俺もまだ十分若者!......つーかアイツが勝手に押しかけてきてるだけだってぇの」
「まあせいぜい愛想を尽かされないように、大切にするんだよ」

 その言葉に銀時は一瞬、動きを止める。おそらく本人でさえ気づかぬうちに僅かながら口角を上げ、お登勢相手というよりは独りごちるように、ぽつりと呟いた。

「そのつもりだよ」

 それを最後に彼もまた、店から出ていき振り向きもせず後手で戸を閉める。

 新八の待つ万事屋へと向かう背中を格子の磨り硝子越しに眺めながら、お登勢は随分と気分を良くしていた。


 雪が降り積もり凍てつく墓石の影で飢えていた男の目は、出会ったあの日からこれまで、おちゃらけた態度を取っていても何処か此処ではない過去の暗闇を眺めているように見えた。
 しかし一人の少年の挫かれかけていた魂を図らずも救ったことで、男の中に鈍くとも光る煌めきは見出され、それを直向きに信じる少年はやすやすと男の懐に潜り込んでしまう。
 そして男もまた、それまで見つめ続けていた暗がりから意識を離し、己の人生に飛び込んできた新たな光に目を向け始めている。


──銀時、これからお前さんがどんな風に変わっていくのか。その過程、大家の特権として最前列の特等席で存分に楽しませてもらおうじゃないか──



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