kanaco
2025-10-02 19:55:47
8019文字
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【十二信】ピカピカハートをきみに

《十二信》成立済の十二信。散々な目にあってピンチを迎えてたら颯爽と信一くんが現れたし好きすぎるので、思わず手ハートを作った十二くんのおはなし。2ページあります。

しくじった、と十二は思った。
とはいえ、これが精一杯だったとも思う。

寄りたい場所があり廟街の端の方まで足を運んだ十二の耳に聞こえてきたのは、子供の悲鳴だった。何事かと思い駆けつければ、中学生くらいの子供たちが3人。全員、知った顔だった。城砦の子たちだ。

怯える彼らの前にいたのはガラの悪い、二十歳半ばくらいの若者8人ほど。無論、架勢堂の仲間ではない。九龍城砦の仲間でも。どこの組の者かフリーなのかも判別できなかったが、ロクな輩でないことは確かだった。

大人が子供に寄ってたかって。それだけでも立腹であるのに、そいつらが人間の風上にも置けないと十二が激怒したのは、年下の子らを庇う一番年長の子に、男が木刀を振りかざすのが目に飛び込んできたからだ。廟街の治安を守る架勢堂の若頭としても、九龍城砦の半住民の兄ちゃんとしても、十二個人の倫理と仁義からしても到底許せることではなかった。

自身の信念に対し、脳よりも体の方が反応は早かった。集団と自分との間には距離がある。十二は弾丸のような早さで木刀の前に飛び込んだ。咄嗟に腕で抱え込んだ少年の代わりに、その振り下ろされた棒に殴られる。

弾けてしまいそうな頭部への強い衝撃。一瞬、視界が真っ白になり、それでも揺らごうとする体を足で強く踏ん張る。シンっと場が静まり返ったが、すぐに子供たちのうちの誰かから「ひっ」という小さな声が上がった。

十二はズキズキと痛む頭から、こめかみへと何かが伝うのを肌で感じた。そりゃ痛ぇハズだわ、と息をつく。

額から垂れてくる血を拭わず、十二は子供たちに凛とした声で「行け」と言った。明るくて気さくないつもの十二ではない。それにこのまま自分たちが去った後、十二はどうなってしまうのだろう。そう、十二を凝視したまま震える子供たちに「行くんだ」ともう一度強い口調で促せば、もう泣いてしまっている子供たちが団子のように身を寄せ合いながら走り去っていった。

「おい、何だてめぇは」
子供たちを見送る十二のすぐ後ろで荒々しい声がした。自分を殴った男だろうかと考える。

十二は勢いよく身を翻すと、やはり背後にいた木刀を握った男の顔面を容赦なく殴り飛ばした。反撃に対応できないまま重い一撃を喰らい、その一発だけで体を地面に弾ませ沈んだ男の右手を、十二は渾身の力で踏み潰しグリッと靴底で捻る。男が緩めた手から木刀を拾い上げ、他の男たちを静かに見渡した。

男たちは頭から血をダラダラと流しているにも関わらず、何の素振りも見せないどころか、目を爛々とさせて自分たちを睨みつけ、戦闘態勢に入った十二に対し怯んだ様子をみせた。

不気味なほどの無表情の中で、唯一怒る獣のような鋭い瞳孔が自分たちを射抜く。油断をすれば青年が隠し持つ鋭利な牙で喉元を噛み切られそうな心地さえする。牙の代わりに右手に握られた木刀がジッと様子を伺っているのを、緊迫した様子で警戒していた。だがその場からは去ろうとはしなかった。

(さすがに撤退しちゃくれはしねぇか)と、十二の方は覚悟を決める。いくら十二が凄んだとしても人数が違い過ぎた。万全な状態ならまた話は違うのだが

(視界が悪ぃ
頭がクラクラとするというのに、目にまで血が伝ってくるのが鬱陶しくて十二は一度額を拭った。こんなところでぶっ倒れたら袋叩きだ。それで済むならまだいい、まである。

(あと7人

さすがに分が悪すぎねぇか、とは思うがやるしかない。今の自分の状態では逃げるのも至難だ。こんな廟街の端っこじゃぁ味方も通りかからない。十二は木刀をしっかりと握りしめる。

状況の進みは十二の想像の通りであった。最初のうちつまりほぼ単身で飛び込んでくる1人、2人までは冷静に処理できる。しかし3人目から四方八方で一気に畳みかけられると、グラつく頭で鈍る思考を反射神経と天性のカンだけではフォローするに厳しく、あっという間に劣勢に追い込まれた。

誰かのスピードの乗った足が腹に深く蹴り刺さると、そのまま後方に体がポーンと吹っ飛ばされる。飛ばされた背後の壁があったのは、地面に転がらなかったという点では幸運で、背中もろ共に頭をまた打ちつけたという点であまりにも不運だった。

(くっそ、また、あたま

握っていた木刀が手から離れて少し遠くに転がる。急いで手を伸ばそうとしたが、気が急いだだけで体は重く動かない。

よもや自然と目が閉じそうになって、十二は気絶しないように左手の拳を強く握りしめた。爪が食い込んで皮が剝けたっていいほどに力を入れる。痛みがないと意識を飛ばしそうだった。強い眼光のまま正面を睨みつければ、残した5人の男たちが囲むようにゆっくりと近づいてくる。

その時、十二は遠くからエンジン音が近づいてくるのに気がついた。随分と爆走しているらしい音は、どんどんと迫ってきてやがてすぐ傍でピタリと止まる。不審に思ったのは敵も同じであった。全員がピタリと動きを止めて、音が止まった後方への体を向ける。

バイクから1人の青年が降りてきた。

若くて、美しい男だった。十二が色々な意味で良く知っている男だ。友達で、悪友で、兄弟で、相棒で、そしていつからか恋人になった少しだけ年上の幼馴染み。

その信一は状況の全てを無視するかのように、フラットな表情を浮かべてツカツカと真っすぐ十二の方に向かってきた。異分子の介入に戸惑いすぎて静止している敵を、存在しないかのように振舞ってちょうど真ん中をすり抜ける。

そうして十二のところに着くと、ひょい、としゃがみ込んだ。

その頃にはぼんやりとしていた十二の顔を信一は覗き込む。それから右手をのばして本当に軽くパシパシと十二の頬と叩いた。呼ばれたように十二がゆっくりと信一と目を合わせると、信一は心配と安心を入り交ぜたような複雑な表情を浮かべていた。大のお気に入りの顔が目の前にあったので、十二は少しだけ目が覚めた。

「坊ちゃん」

「トぶなよ、後で運ぶんだから。お前重いから俺1人じゃバイクに乗せらんないぞ」
けっこう無理」
素直に返事すれば「ふぅん」と信一が考えた顔をする。

「坊ちゃん」

もう1度呼ばれたので「うん」と返事をした瞬間、信一の顔がそっと近づいてきた。十二の目いっぱいに映ったのは信一の美しい瞳と長い睫毛。気を取られていると、そのままふんわりと唇が触れ合った。優しすぎる感触があまりにも愛しすぎて、十二が目をパチクリと開く。あっという間に顔が離れたが、次に信一の人差し指と中指が十二のぷっくりとした下唇にトン、と置かれた。

「頑張って起きてたら、帰った後にもっとスゴイのやるよ」
……目が覚めました。いけます、俺」
「ふふ。よろしい」
謎に敬語で喋る十二に笑って、信一が立ち上がる。

「俺のこと、見とけ」
そしたら寝ないだろ、お前。

そう言って唖然している敵の方をやっと向いた信一の背中を、十二は見る。

一部始終を見ていた敵は単純に驚いて固まっていたが、手ぶらだったはずの信一がいつの間にかナイフを片手に持って煌かせ、薄く笑いながら妖しく目を光らせるのを見て、慌てて戦闘態勢へと戻る。

十二は、信一に言われた通りに彼の姿だけを目で追った。

信一が襲いくる男たちを華麗にいなしながら軽々と倒していく。

信一がナイフを振るう時、一連の動作はなめらかで優美だ。振られていくナイフの軌道は繊細に細かく動いて、直線と曲線をすべらかに結んでいく。

十二は昔からこの洗練されたような軌道を眺めるのが好きだった。

信一は体の線が比較的細いので、そこに乗る体重やパワーはどうしても他者より劣ってしまう。ナイフそのものの殺傷能力も、リーチや刃が短いために他の武器に比べれば難しい。その上で、信一は軽やかかつ自身の柔軟性を強みとしたトリッキーな躍動と投擲で、的確に急所を搔っ捌いていく。

蝶のように舞い蜂のように刺す、だなんてよく言うけれど。

若い龍の動きはその軽妙さに加えて、実にしなやかだった。戦闘スタイルにおける芯は太くも固くもない。一方でその芯は細くとも柔らかく、どこまでもしなって倒れることはないのだ。十二は信一の色々な一面を愛しているが、戦う姿は格別に好きだった。単純に美しいからだ。

それにあの目。瞳もお気に入りだった。ナイフを手に相手を見据える時の信一の目は実に好戦的であり、ほんの少しの残酷性に飲み込まれて浸った悦楽と、相手を屈服させようと興奮するサディスティックな色気が孕む。冷たくて、熱っぽい。あんな瞳に見つめられたら十二ならゾクゾクしてしまう。

それにしても今日の信一はいつにもまして動きのキレが良かった。これは一応はただのケンカであるので殺しは無しなわけだが、実に容赦なく急所をついてなぎ倒している。あれでは死なないとしてもしばらく普通の生活に困るんじゃ

(まぁ、俺も頭割られてるけど)

同じレベルの報復をしたいということだろうが。

(怒ってんなぁ~)
そう、十二は困ったように笑った。

そもそも一体どこから自分のピンチを耳にして駆けつけたというのか。

いよいよの窮地に颯爽と現れて形勢逆転させるなんて、さすが九龍城砦きってのメロ男じゃん。あぁああ、でもちょっと待て。そんなお綺麗で高飛車な顔してそいつの股間を足で潰すの、なんかただのプレイみたいに見えてそれは彼氏として許容できねぇからしてちょっとっ。

心底嫌な気持ちになって顔を歪めれば、信一が十二の方を見た。ちゃんと起きているかの確認をしたのだろう、目が合うと信一が「えらいぞ」という口の形を作ってニッコリと笑う。信一が笑ったまま容赦なく靴底を捻った。その足元の男が痙攣をおこしているが実に痛そうである。

(あ、そうですよね、俺のためですよね)
包み隠さない愛をストレートに感じるのは、気恥ずかしさはあれど大いに嬉しい。

ちくしょう、あいつ可愛い。

ちょうど信一が最後の1人を地に沈めた頃、十二は頭がボーっとするし正直ヒマであるしで、やっと体を動かした。いよいよ眠かった。体がコテン、と横に倒れたのでそのまま仰向けに寝転がる。

目の前は快晴。こんなに散々な目にあったのに随分と晴やかな光景が目の前に広がっている。でもまぁ、そうか。頭は痛いけど信一が自分のために来てくれたからイーブンというところか、と思い直して。

(ん~~~~、愛)

十二は両腕を上へと真っすぐ伸ばして、親指とそれ以外の指をまぁるくまげて左右をくっつけた。天高く掲げた手ハートの中に太陽が丁度収まって、ピカピカと豪華絢爛な眩さを放つ。

(ハートが輝いてら)

正直に言えば、十二としても”そんな気分”であった。