小さな小さなお城の中で

MHRウ教×ハ♀。夫婦。
ウ教視点。

蚊の季節。



「戻ったよ、愛弟子ー!」

框に上がりながら、草履を土間に脱ぎ捨てるのも慣れたもの。畳の間に戻りながら、喜びが前面に出た大きな声を響かせてしまったことを、少々申し訳なく思いつつ。

格子窓から射し込む月明かりの中でも、蚊帳の中で俺を待つキミの姿は、とてもよく見えた。
キミは自分の布団の上にしなやかに横たわりながら、俺の布団の方を向いていたようだが、俺の声を聞いてゆっくりと上体を起こしてくれた。

「おかえりなさい、ゆっくりできました?」
「うんっ、ぽかぽかだよ! 俺も、中……入っていい?」
「ふふふっ、もちろんですよ」
「ははは、良かった。ありがとう」

少しだけ蚊帳を開いて、素早く中に身を滑らせる。

キミの許可を得たのは、昔のクセ。蚊帳の中を自分だけのお城だと、入るならちゃんと声をかけてと言って頬を膨らませていたキミの姿は、いつでも明るく色付いて、鮮やかに蘇る。

「よっこいせ、っと。はあ、気持ちいいお風呂だったなあ」
「ふふ、それは良かったです。今日もお疲れ様でした」
「キミも、ね。我が愛弟子……里の英雄『猛き炎』……俺の、可愛い妻よ」

自分の布団の上に座る愛しいキミの隣、俺の布団に同じく座って、 月光の中で照れたように微笑むキミと顔を見合わせ、視線を絡め合う。

風の音が、互いの息遣いが聞こえそうなほどの静寂が、とても甘くて、心地好ここちよい。

決して広くない蚊帳の中で、布団ごと寄せ合って、二人きり。俺だけが映る瞳を月明かりに煌めかせ、我が妻となってくれた愛しいキミは、あの頃と同じ愛らしさの中に、心を、全身を震わせる美を確立させている。

湯上がりは特に、熱によってほんのり赤く染まった様子は、あまりにも、美しくて──思わず、ごくりと喉仏を震わせてしまった。

不意に、俺を見つめるキミが「ふふふっ」と小さく笑う。

「一緒に、この蚊帳の中で寝るの……何年ぶりでしたっけ? 懐かしいです」
「ふふ……本当に久しぶりだよね。蚊帳、綺麗に取っといて良かったよ」

静かに手を伸ばし、可愛いキミの前髪を、さらりと横に払う。

ビイドロ玉のような、まんまるの大きな瞳が不思議そうに俺を捉えていて、胸が静かに、甘く、とくとくと高鳴る。
あの頃の思い出が優しく俺の中を駆け巡り、キミの前髪を払った片手は自然と、そのままキミの頬に添えられていた。

「ふふふっ……思い出すなあ。小さかったキミが、この蚊帳の中を自分のお城にして、お姫さまになっていた頃のことをね」
「ええっ? も、もう、それは本当にちっちゃい頃の話、でしょう?」
「そうだねえ、まるで夢みたいだよ。キミはすっかり強く成長して、キレイになって……

照れから不満げに唇を尖らせる愛しいキミの頬に添えた手を、ゆっくりと滑らせる。そのまま人さし指で宥めるように唇を撫でると、ぴくん、と小さくキミの体が跳ねた。

俺の中で、激しい熱を帯びたキミへの想いが、胸から全身に広がって、ますます大きくなっていく。

……今や、俺の奥さんだ。愛しい人、可愛い我が妻よ……誰よりも、愛してるよ」
「──ッ……わ、たしも、です……!」

俺の人さし指が添えられたままでも、キミは赤く上気した表情で、懸命に応えてくれた。
あまりにも愛おしくて両手で抱きしめるべく、俺がキミの唇から片手を外すと、その直後に珍しくキミから、ふわりと俺に抱きついてきてくれた。

嬉しい驚きから「わっ」と思わず声を上げてしまったが、すぐに可愛いキミを胸で受け止めて、両腕ですっぽりと包み込む。

……んふふっ。どうしたんだい、俺の奥さん、俺の可愛いお姫さま」
「んもう。せっかくの機会ですから、今日は昔みたいに、こうして……くっついて寝たいんです」
「もちろんいいよ。この中は蚊すら入れない、とっても安全な場所だからねえ」

胸の中に収まったキミを両手で抱きしめ返しながら、俺はそのままゆっくりと、横向きに布団の上に沈みこんだ。

柔らかなキミの熱い心臓が、とくとくとく、と早鐘はやがねを打っている感覚が体温と共に伝わってきて、ただただ、ひたすらに愛おしい。

体の芯が熱く燃えたぎる感覚にぞくりとしながら、俺は両手で抱きしめるキミの耳の近くに、そっと唇を寄せた。
喋る前から、ただそれだけでキミが微かに身震いしたのも、愛おしい。

……ねえ、愛弟子。ここにいれば、蚊に食われることはないけれど……別のものに、食べられちゃうかもしれない」
「んー……それはもしかして、あなた、とか? 私の、大好きな旦那さま」
「ふふふっ……! そうだよ。そうだね、嬉しいな……俺は、キミの旦那さんだもんね」
「そうですよ? この中に、私のお城に入れるのは……あの頃からずーっと、あなただけです」

頬を赤らめたまま、悪戯っぽく、キミが俺の首に小さくついばむように、口付けてきた。

思わず口角を上げ、目尻を蕩けさせながら、俺は「こーら!」と捕まえるように、ぎゅう、と両手で正面からキミを抱きしめ直す。
キミは楽しそうに「んふふ」と、俺の胸板に吐息を溢したので、俺も楽しくて、嬉しくて、ますます笑みが溢れて。

上目に見つめてくる胸元のキミに、俺はとろりと視線を返した。

「──愛してるよ……愛弟子。これからも、ずっと……ずっと大切な、俺の愛しい人よ」

この言葉に、キミが幸せそうに微笑みながら「私もです」と返してくれることが、キミの体温を感じながらその言葉を聞ける度、俺は、この時、この場所にせいあることに、深く感謝する。

蚊帳なのに、景色は透けて見えているのに、ここが唯一無二の、何の邪魔も入らない、現実と隔離された個室空間に思えた。

月夜の中、俺とキミは、思いのままに求め合うことができるだろう。

月明かりさえ艶やかに見えるこの中で、俺はキミと、そっと唇と体を重ね合った。この熱は、この味は、長い夜のはじまりを告げる、甘く優しい福音。

ああ──蚊帳の中って、結構広かったんだな。

俺はキミに優しく喰らいつきながら、あの頃は知る由もなかった事実に、思わずほくそ笑んだ。




@acadine