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めやぬら
2025-09-28 17:02:48
12052文字
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温泉旅行(1日目〜2日目早朝)
不定期週刊燐一
温泉旅行の話、前半。これまで公開していたもの+@をまとめました。
ちゃんと帰るとこまでが旅行なので、そこまではなんとか書きたいです。
でも旅行で何をするのか分からないので、ご存知の方教えていただきたい。温泉街って何するんですか……
1
2
3
プロローグ
「温泉旅行」
差し出されたチケットに書かれた文言をそのまま読み上げる。踊るようなフォントと対照的な困惑が滲む声音にも、一彩は眉ひとつ動かさない。燐音は細長い紙切れを受け取ろうともせず、腕を組んだままじっとその先を促した。
「これを見せてどうしてェの」
「予定さえ合うなら一緒に行けないかな。高校生だけはダメって書いてあるんだ」
弟の手の中でぺらっと捲られた小さいチケットの裏側には、小さな文字でびっしり注意事項が記載されていた。紙を受け取って読ませる気のない事項を追えば、確かに18歳未満は保護者同伴のこと、と免罪文が書いている。誘われたのは純粋に嬉しいが、監督者としての人間を求められているなら複雑だ。単純に、自分の保護者と考えて安直に兄である自分の元へ来たのかもしれない。それなら、もしかしたら、友達とか他の人と行きたいのかもしれない。
紙切れを返し、窺うように見上げてくる一彩に探りを打つ。
「
……
高三は十八歳っしょ」
「こういうときの制限は基本高校を卒業しているかどうかだと聞いたよ」
「歳上の知り合い、いんじゃん。巽ちゃんとかマヨイちゃんとか」
「巽先輩は予定が合わないと思うし、マヨイ先輩からは以前に二人きりだと何するか分からないって言われたから誘っていない」
「しょーじきィ
……
」
確かに何しでかすか分かったもんじゃないが、それでもマヨイにはギリギリ常識があると見ているし、弟がそんな鈍ったとは思えない。自分に危害が及ぶ場合の火の粉の払い方ぐらいは覚えているはずだ。身内相手にでもその手を緩めるような腑抜けに育てた覚えは無い。
「お前が遠慮してるだけなんだったら、巽ちゃんとか一回誘ってみたら良いんじゃね?」
「うーん
……
兄さんと旅行なんて初めてだし、行けたら良いなと思って兄さんを誘ってみたんだけど
……
引き合いに出しておいてなんだけれど、巽先輩やマヨイ先輩とは、行けるのならユニットみんなで行きたいんだ。兄さんの気が進まないのなら、勿体無いけどこれは誰かに譲ったりして」
「別に行きたくねぇわけじゃねェよ」
一回引きの姿勢を見せたらこれだ。友達と行きたいとかユニットの面々と行きたいとか色々あるだろうと遠慮したら、すぐに引き下がられる。
「そうなの?あっ、じゃあ兄さんにあげようか。兄さんなら誰を誘っても行けるよね」
ほら、と惜しげもなく差し出されるチケット。もうあげる気満々の一彩は早く受け取れと言わんばかりだ。思わず頭を抱えた。
兄心など何も分かっちゃいない弟はいつまでも受け取られない券を掲げている。本当ならば特賞だかなんだか、もっと価値づけられていたはずだ。引き当てたのが一彩だったばかりに、人へ譲られるなど可哀想に。仕方がないと指を伸ばして受け取った二泊三日の権利。無事に兄の手に渡ったことを見届けて、一彩はほぅと目元を緩めた。
「それじゃあね、また感想でも聞かせて」
「おい待てこら、何終わった気になってんだ」
満足気に何処ぞへ行こうとする襟首を引っ捕まえ、そのまま肩に腕を回す。抵抗もせず不思議そうに見上げてくるのを純真だと言えば良いか、鈍感だと言えばいいか。そんなどうでもいいことにため息をつきたくなる。
「お前が当てたんだろうが。しゃーねぇから付き添いしてやるよ」
「えっ、本当?無理しなくて良いよ」
「最初から行きたくねぇとは言ってねェだろ。気ィ遣ってやったの」
「気遣う必要なんてないのに
……
それじゃあ一緒に行こう。手続きは僕が」
押し付けたはずのチケットを取り戻そうと伸びる手を躱す。一瞬の戸惑いの後、再び伸ばされる手は紙を掴もうとするが、燐音はひらひらと弄んだ。右に左に、さながら猫じゃらしのように扱って、最後には真上に上がる紙を追いかけぐっと手を伸ばすも、燐音との身長差には勝てず、一彩は困ったように眉を下げた。
「ええと、意地悪されている?やっぱり行きたくないの?」
「鈍感な弟君よォ〜、お前に任してたらなんか忘れてそうだから手続きはしといてやる」
「えっ、兄さんにそこまでさせられないよ!」
「俺にくれたんなら俺のもんっしょ。一回人にやったもん返せなんて意地汚ねぇ真似しねぇよな?」
「む
……
じゃあ、予定は一緒に立てようね。またあとでメッセージ送るから」
「へーへー」
当てたのは一彩とはいえ、保護者代わりの人間が手続きをした方が早かろう。ついでに宿について軽く調べようと屁理屈でくすねた券は、目立つ色で電話番号も書いてある。不満げな色は残しつつも嬉しそうな一彩の顔を眺め、直近で空けられる時はいつだったかと脳内のスケジュールを繰ったのだった。
---
一日目 昼
都会の喧騒から離れ、とはいえ故郷よりかは十分自然が少ない温泉街。シーズンを外れた時期でも観光客が絶滅することはなく、行きの電車もバスもそこそこな混雑だった。
その温泉街でも中心地から二筋ほど離れた、少し年季が入ってはいるものの十分豪華な旅館が本日の宿である。
「はぁ〜、前情報通り豪華なとこだな」
「凄い!部屋にもお風呂がある!」
「はしゃぐなよー」
部屋に入るなり、荷物も下ろさないままで設られた風呂場にはしゃいでいる一彩を軽くたしなめつつ、燐音も適当にボストンバッグを放って部屋を見回す。
二人だからか、通された部屋はあまり大きな部屋ではなかった。茶飲み机で部屋のスペースはほぼ埋まっているし、机は布団を敷くときに片付けないといけないだろう。だが床が半分畳であったり荷を置く板間には違棚が取り付けられていたり、和風に整えられた空間はなんだか落ち着く。遠くに来たはずなのにふっと力が抜けるような感覚は、旅館ならではと言えよう。
そしてなによりも、部屋に露天風呂がある。これが今回の旅行での、大きなポイントだ。
真っ先に一彩が飛びつき走っていったそれは、部屋の大きな窓の向こうに存在感を放っている。売りにしているのは伊達じゃないようだ。
軒端には雨よけの柵があり、外からも見えないよう高い塀もあるが、ちゃんと開放的な外景が見える露天。木でできた湯船の蓋の隙間からは絶え間なく掛け流しの源泉が注がれており、もうすでに湯気が立っている。
なるほど、豪華旅行と銘打つだけはある。大浴場もあると説明を受けたが、部屋のものでも十分楽しめそうだ。着いたのが夕方遅くだったこともあり、もう大分日が翳っていて、部屋の明かりだけで照らされた板間には、風情溢れる雰囲気が演出されている。
こんな豪華な宿だ。流石にタダとは行かなかったが、定価でいけば若輩二人にはかなり厳しい宿に、今回は格安で滞在できる。これは一彩の運の良さを嫉むよりもありがたく享受した方が良さそうだ。ついでにその豪運にあやかりたい。
当の本人は着の身着のまま鞄も置かずに、カラカラと簡易の脱衣所を通り、無邪気に蓋の隙間から湯船へ手を突っ込んでいる。燐音も外に出ると、少し湿りを含んだ外の空気のなかに温泉の硬質な匂いが混ざっているのに気付いた。
硫黄泉や濁泉ではない透明な湯は波間に光を反射させるのみ。温度でも確かめているのか、一彩がいたずらにお湯をかき回している。覗き込むと、ぱっと見上げてくる表情はキラキラ目を輝かせていて、はっきり「浮かれています」と書かれていた。
「あったかい」
「温泉だから当たり前だろ」
「外からも見えないし、とても素晴らしいね。大きい浴場も気になるけど
……
人がいる時間帯はこっちのに入ろうかな」
「もしかしてめちゃくちゃ風呂入る気?」
「せっかく来たからね。深夜とか早朝なら誰もいないだろうか
……
」
人前で露出が云々なんてアイドルやってたら何言ってんだという感じでもあるが、一彩はユニットの方向性もあり、そのあたりは割と自分の意向を厳守できているらしい。もちろん良くも悪くも大手事務所という力もあるが、動乱の中で掴んだ糸は蜘蛛の糸なんかじゃなく、縄ぐらいにはしっかりしていたのだろう。
「お前マジ運良いな
……
」
「たまたまだ。福引の券を持ってなかったらしてなかった」
そんな境遇も含めて感慨深くもなるが、一彩はその言葉をただ今回の旅行の当選だけを指したのだと思ったのか、見当はずれな答えで終わらせた。それよりも柵より向こうの景色が気になるようだ。腕を湯から引き抜いてあたりを見回し、柵向こうを覗こうと走り寄って背伸びする姿のなんと浮かれていることか。無邪気な様子に感慨も吹き飛ぶ。
「荷物置けば?休憩しようぜ」
「あっ、そうだね。ふふ、はしゃいでしまったよ。ちょっと落ち着きなかったね」
「二泊もあんだしゆっくりしろよ。風呂は逃げねぇから」
「うむ、晩御飯ももうすぐだよね。楽しみだよ」
風呂に入るのはまた後でにして、取り敢えず夕食まで少しの間休むことにしよう。長距離移動に草臥れた俺とは違い、元気そうな一彩を部屋の中に呼び戻して、またカラカラとガラス戸を閉めた。
さて、荷物を置いて腰を落ち着けたは良いものの、受付で聞いた夕飯まではまだ半端に時間がある。何かしていないと落ち着かないのか、一彩が備え付けのお茶を淹れようとしていたので、ついでにと自分の分も頼んで、館内案内のパンフを手に取った。
大浴場はもちろんのこと、土産物を扱うショップや客室サービスなどが併記されている。どれもこれも、高級そうな案内がついていて、自分には縁遠い世界だと実感するばかりだ。
旅館周辺にはあまり観光地も無いらしい。時期が合えば花園などを見られたようだが、チケットはその時期をあえて外していたのだろう。案内文を読む限りでは、まあ自然くらいしか見るものがない。
つまらない観光案内ページを眺めていたら、視界の端についっと差し出される茶托。
「面白いものでもあった?」
「ううん、なんもねぇや。温泉しかねェみてぇ」
「温泉地だもんね。ゆっくりしようよ」
「のんびりすんのはいいけどさァ、流石に明日は暇んなるぞ。昼飯の店しか予約してねェんだろ」
「うーん、そうだね
……
僕にも見せて」
お茶を啜りながら手を伸ばす弟に案内を渡す。クリアページをペラペラ捲る音を聞きながら、淹れられた煎茶を啜った。
「来る前にも少し調べたけど、色々と時期じゃないみたいだね。観光に向いた場所は少なそうだ」
「調べてンの?行きてェとこあるか?」
「うーん
……
お昼ご飯のお店、ここから少し遠かっただろう?その辺りは外湯巡りができるんだって」
「外湯なァ
……
お前、人がいない方がいいっつってたじゃん」
「まあね。でも足湯だけならいいんじゃないかな?」
そう言って、なにやらスマホを操作する。しばらく探して見つけたのか、ほら、と見せられる画面には特集の文字が踊っていた。
「飲食店通りみたいになっていて、お土産物屋さんも多いみたいだ。そこで藍良たちへのお土産を買いたいかな」
「フーン、いいじゃん。じゃあ決まりな。明日はそこ行くってことで」
「あっ、でも早く帰って来たいよ。温泉も入りたいから」
「
……
そんな風呂好きだったっけ」
まあ一彩が当てた旅行だし、好きにさせてやれば良いか。初めての旅行というわけでもあるまいが、兄弟だけでというのは本当に初めてだ。はしゃぐ弟が可愛くて、なんでも叶えてやりたくなる。
知り合いもいないし、久々に連日過ごせる機会でもある。今回ばかりは特別に、存分に甘やかしてやってもいい。
「あっ、これ椎名さんへのお土産にどうだろう」
「ん、どれ?」
隣に来て見せてくる画面を覗きながら、そんなことを思った。
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