はいで
2025-09-23 22:43:59
13459文字
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草原を駆け行く二頭の馬

サバージオスがカルデアに加入して1週間前後の話。戦闘以外でなかなか表へ出ないサバージオスを、オデュッセウスが「勿体ない」と感じて外の世界へ連れ出そうとするお話です。

筆者は過去のサバージオスが草原を駆ける姿を幻視したので書きました。
きっとこんな時間もあっただろうと考えております。

筆者は祈る、サバージオスの道行きに幸せがありますように。
未だハッピーエンドを迎えるか分からない、戦いの旅路の中だとしても、どうかこのような小さな幸福が溢れておりますように。
カルデアの賑やかさを感じて、人の輪の中で過ごしていただきたい。
貴方の言葉と声音の柔らかさに、きっとその方が似合うと感じたのです。

だからどうかこの祈りを叶えてください、天より零れ落ちた星よ。
流れ星には願いを叶える力があるのだから、きっと成し遂げられると信じております。



 ポクポク、と音を立てて草原を歩む馬の姿がある。
 サバージオスはその馬の背に揺られながら、穏やかに景色を眺めていた。
 どこまでも続く緑の草地。
 風が走り、草木を揺らし、葉に反射した陽光が輝く様。
 静かに静かに、ゆったりと馬を歩ませて、草原の風を感じて過ごしていた。





草原を掛けゆく二頭の馬






 これはサバージオスがカルデアへ所属して1週間が経とうかという頃の話である。

 オデュッセウスはシミュレータールームへサバージオスを連れ出していた。
『ここがシミュレータールームか一見殺風景な部屋だが』
「ああ、すごいぞ。色んなロケーションを設定して戦闘訓練ができる。
 あんまり色々できる物だから、レクリエーションに使う奴も多い」
『のんきな集団だな、カルデアは』
 呆れたように、内側で苦笑している気配がする。
 オデュッセウスは茶化した声で返した。
「で、今日は俺たちがそうなんだが」
『まあ練習だという事で勘弁してもらおう』

 さて、オデュッセウスがサバージオスを連れ出したのには訳がある。
 サバージオスは戦闘以外ではなかなか表に出たがらなかった。
 人前では特にその向きが強い。必要がある時以外には姿を現さない。
 というのも、自身がかつて敵対者であった事を気にしているからだ。
(そんなに気にしなくていいのに)
 オデュッセウスはもどかしく思いながら、この1週間で知ったサバージオス像を思い浮かべる。
 どうしたらサバージオスをカルデアへ馴染ませられるか?
 悩んで考えて、ここへ連れてきたのだった。



 オデュッセウスが暫く共にいてわかった事なのだが。
 まず、サバージオスは用心深い性格である。勝手のわからない場所でいきなり行動をするつもりはない様で、オデュッセウスの霊基の内側から、じっと周囲を伺う事が多かった。
 彼の談では「郷に入っては郷に従えというだろう、まずは知る所からだ」との事だ。
 オデュッセウスはこの慎重さを好ましく思っている。己の霊基を預ける相手だ、思慮深い言動は好ましい。
 だが今は慎重すぎて悪い方へ作用しているので、どうにかしたい。

 次に、義理堅い性格である。
 言葉の端々から察するに、かつての敵だった己が借り物の霊基で勝手がわからないまま行動して、オデュッセウスへ悪い印象が付かないかと心配しているらしい。
 だから現状は他者との接触を避けていたいらしい。「今はまだ時ではない」と。
(なんて勿体ないんだ折角現界して自由に行動できるというのに)
 だが大丈夫だと伝えても、まだそれほど深くカルデアを知らないサバージオスは頷かない。
 マスターはサバージオスを鷹揚に受け入れてくれたものの、周囲までそうかは分からないと考えている様だ。
 実際には敵陣営さえ受け入れてしまうウワバミの様な空間なのだが。
 まだよく知らないので、促しても「お前の日常を邪魔するつもりはない」と固辞してしまうのだった。

 この2つの理由から、サバージオスは外へ出たがらない。
 ではどうしたらよいのか?
 オデュッセウスは悩んだ。
 そして「ならば知ってゆけばいい」と考え、ストームボーダーのあちこちを案内して回っている。
 するとサバージオスは見慣れない艦内が珍しいらしく「この機械はなんだ?」「あれはどう使うんだ?」「マスターが言っていた単語はどういう意味だ?」と山程に質問を浴びせてくる。
 好奇心が旺盛な様子を見て、オデュッセウスは一つ一つ丁寧に説明した。
 受け答えをしている時のサバージオスの声はこころなし弾んでいる様に感じられる。
 生前、様々な国々を見聞きして回ったオデュッセウスである、気持ちがよく分かる。
 だからこそ「現状をどうにかしたい」と感じていた。
(己の身で体験してみるのが1番だ、サバージオス自身に様々な物事へ触れて欲しい。どうせなら現世を楽しんでいってほしい)
 そこでシミュレーターへ連れてきた。
 ここなら周囲の目を気にせず好きに振る舞える。

『それで?これはどう操作するんだ?』
「やってみるか?」
『興味はあるが、まずはお前が設定しているのを見て覚えたい』
「わかった」
 オデュッセウスは室内に据えられたコンソールへ触れて、説明を交えながら設定を行う。
「マスターは様々な時代を行き来するからな、世界中の、過去から現代に至るまでの地形が山程登録されているんだ」
『それは神代もか?』
「ああ、今回はその時代の設定で行くつもりだと言っても、当時のマナまでは流石に難しいから完全再現ではないんだが」
『そうか』
 少し残念そうだ。
 オデュッセウスは己の霊基に宿っている彼の表情を伺い知る事はできないが、声だけでも案外わかるものだと、この1週間で知った。
「この場で世界旅行できるから結構面白いぞ。常夏の国とか、雪国とか、城とか。後でやってみよう」
『ほうそれは見てみたい』
 どうやら興味を持って貰えたらしい。手応えにオデュッセウスは内心で「やった」と喜びながら、説明と設定を終えた。
「準備ができた。そろそろ入れ替わろう、あとは真ん中の決定ボタン四角い枠を押すだけにしてある」
『わかった』
 オデュッセウスは己の霊基を切り替えた。
 シュン、と軽い音を立ててサバージオスの姿形が現れる。
 オデュッセウスは霊基の主導権を渡して、内側から視覚や聴覚といった感覚を共有して見守っている状態だ。
「これだな?」
 サバージオスが肉声で問いかける。
『ああ、合ってる』
 視界の中で、赤い装甲を纏った黒い手が持ち上がった。何度見ても、他人の意思で動く己の身体を見るのは不思議な光景だ。オデュッセウスは状況を面白がっていた、もちろん見守りながらだが。
 サバージオスが指先を伸ばし、慣れない動きでボタンを押した。



 その瞬間。
 一人と一柱はどこまでも広がる大草原へ現れた。



「おお!」
 サバージオスが感嘆の声を上げて周囲を見渡す。

 見渡す限り果てのない草原。
 遠くにはうっすらと山が見えている。
 流れる風、風に揺れてサラサラと音を立てる青草、昼間の太陽は遮る物がなく遍く光を投げかけ、広大な景色を照らし出していた。

 サバージオスが右手で周囲に生えていた青草へと触れる背の高いイネ科の、当時ではどこにでも生えていた植物だ。
 そのまま手で青草を掴み、引きちぎる。ブチン、と瑞々しい茎が千切れる音がした。そして握りしめた欠片を手で空へ掲げて放ると、切れ端が風に飛ばされてハラハラと散っていった。
「触る事もできるだなんて、ここまでできる技術なのか」
『俺の記憶にある限りで当時に近い風景を選んだんだがどうだ?』
 オデュッセウスはサバージオスに馴染みのある風景へと最初に連れ出そうと考えた。
 そこでフリュギアに近い場所を設定しようとした。
 と言ってもオデュッセウスはトロイアの奥地にあるフリュギアには行った事がないのだがなのでサバージオスがフリュギアに次いで親しみがあるだろう、ギリシャに近しい場所からピックアップした。
 幸い、過去の特異点の地形データもこのシミュレーターには登録されている。ローマやギリシャには訪れていたのが役に立った。
「十分だ、俺の知っている景色によく似ている」
 この時、オデュッセウスは伺い知る事はなかったのだが。
 サバージオスはオリュンポス十二神の記録庫へ触れた時の事を思い出し「まさか人間が同等の技術を生み出すとは」と感激していた。
「現代はすごいな」
『だろう?』
 こんな風に話していると、後から不意に動物の鳴き声が聞こえてきた。
 サバージオスは懐かしさを感じつつ振り返った。
「馬だ」
 昔にいた種類だ。現代で有名なサラブレッドと比べると、目の前にいるのは小さく筋肉の多い体格だ。身軽で素早い軽種ではなく、鎧を纏って乗ったとしても平気な、頑健さを好まれた種だ。
『ああ、現地の移動手段として馬に乗る事もあるだろう?
 現代では馬に慣れていない人間も多いから、その練習の為にデータが用意されているんだ』
「現代はそういう物なのかところで、野生じゃないんだな?
 人里離れた場所にも拘わらず鞍も手綱もつけているとはどういう状況設定なんだここは」
 一頭の馬が近付いてきて、ふんふんと鼻を鳴らして顔を寄せてくる。サバージオスは動じもせずに馬の接触を受け入れて、手のひらで顔や首筋を撫でてコミュニケーションを取った。
『野生の馬を捕まえるシミュレーションもあるんだが、今回はシミュレーター自体に慣れて貰いたいから設定から省いた。
 でもその様子だと野生の馬でも良かったみたいだな』
「俺は騎乗の神霊だぞ?
 野生の馬をとっつかまえて裸のまま走らせる事も日常茶飯事だった。
 だが人に慣れている馬の方が、意思の疎通をしやすいのも確かだ」
 フォローの様な事を口にしつつ、サバージオスは慣れた動きでひらりと飛び上がって、馬の背にまたがった。
 馬は衝撃に驚いてちょっと鳴き声を上げていたものの、サバージオスが穏やかに低く声を掛けながら首筋をポンポンと手で撫でさすってやると、落ち着きを取り戻した。
『流石だな』
「当たり前だ」
 サバージオスの方は足腰でしっかりと馬の胴を挟み、力強い体幹で姿勢を保っていた。
「で、馬に乗った後は何をする予定なんだ?」
『何も決めてない』
「ほう?」
 オデュッセウスはここでサバージオスの出方を見るつもりだった。
『サバージオスの好きなように動いて、シミュレーターの仕組みを知ってくれ。質問されれば俺が答えるから』
 サバージオスは暫く黙って訝しんでいたものの、小さく息を吐いてうなずく。
「わかった。じゃあ勝手に動く。何かヘマをしそうだったら止めてくれ」
『もちろん』
 そして冒頭のように、サバージオスは馬を歩かせるのだった。



 オデュッセウスは、サバージオスの内側から世界を感じ取っていた。
 ポクポク、と音を立てて馬が歩む。
 視界は馬の背に揺られつつも、穏やかな景色を眺めていた。
 どこまでも続く緑の草地。
 風が走り、草木を揺らし、葉に反射した陽光が輝く様。
 静かに静かに、ゆったりと馬を歩ませて、草原の風が草木を散らす様を見つめて過ごしていた。
 オデュッセウスの心には自然と「きっと風が気持ちいいだろうな」と思い浮かんだ、なので次の様に声をかけた。
『折角だ、メットを外してみたらどうだ?』
 オデュッセウスが感じた事を、きっとサバージオスも同じ様に思っていたのだろう。
「それはまあ、そうだな」
 逡巡する様子があったが、心配よりも心惹かれる風景への関心が勝ったらしい。
「ここならば別に」
 サバージオスはあまり顔を出したがらない。オデュッセウスの霊基だから周囲に見せるのは、と遠慮している。
 元々の姿を失っているからだろうか?今のサバージオスは顔かたちがオデュッセウスと同じ風貌なのだ。だから今は顔を晒せば無用な混乱を生むと、人目のある場所では決して外したがらなかった。

 カシュ、と音がしてアイギスの頭部が外れる。
 サバージオスはぱちぱちと瞬きをした後に、目を細めた。
「気持ちいい」
 視界にふわり、と風に舞い上がった髪が映った。
 オデュッセウスとは異なる金色の髪。どうやら霊基を切り替えるとサバージオスの要素が現れてるらしく、金髪になるのだ。
 その髪色はオデュッセウスに麦の穂を思わせた。
 ゆらゆらと風に揺れる麦の穂は、赤い房と一緒になって靡き、太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。
「風が頬に当たって、懐かしい」
 同じ身体の内側にいるので表情は伺えない。
(だがきっと笑っているんだろう)
 声に歓喜が宿っている。
 オデュッセウスはサバージオスがどんな表情をする男なのか知らない。
 だが、短い間だが常に隣り合わせに存在している。
 表情は見れなくとも、誰よりも近しい場所にいるからわかる。
 オデュッセウスは、シミュレーターへ連れてきてよかったと、内側から喜んでいた。



 オデュッセウスは、サバージオスをよく知りたかったからここへ連れてきた。
 実はオデュッセウスとて、突然の霊基の共有に驚かなかった訳ではない。
 ただ、前回の特異点について状況はカルデア管制室へ上がる報告を通じて知っていたし、特異点のカウンター召喚で別の己特異点のオデュッセウスが居る事から協力を求められて陰ながら助言をしていたのだ。
 その過程でサバージオスへの興味も覚えていた。
 そこへあって、特異点のオデュッセウスが、消え去る前にサバージオスの欠片をカルデアへ届けてこう言伝たのだ。
『惚れ惚れする様な冒険オデッセイ振りだったぞ』
 だからカルデアのオデュッセウスは、驚きつつもさほど心配せずサバージオスを受け止めたのだ。「俺自身がそういうならば間違いはない」と。
 オデュッセウスから見て、サバージオスの性質は好ましい。
 サバージオスは熟考してから行動へ移すタイプだ。知略を旨とするオデュッセウスとは思考が近い。また、オデュッセウスの霊基を「借り物だから」と大切に扱ってくれるので、立ち回りに不安を抱く必要がなかった。
 故にオデュッセウスはこの神を好意的に受け止め「背中を預ける戦友として申し分ない」と受け入れていた。
 だからオデュッセウスはサバージオスの気質や物事の捉え方を知りたかった。
 なので、ちょっと踏み込んだ質問をしてみた。
『お前の愛馬はどんな奴だったんだ?』
 静かに馬を歩ませていたサバージオスは暫し思案した後にこう答えた。
「記憶がな、朧げなんだ」
 寂しげな、そして悔しげな声が語る。
「零落した過程で過去の記憶は朧げになっていった。
 長い年月を過ごしていたのもあるしな。
 気が付けば当時の事は、現代から3,000年前の事だという」
 そこまで話してまた暫く沈黙した。
 オデュッセウスは黙って続きを待った。
「だが大きく、力強かった。
 触れ合うのが好きだった。
 走り回った後に、手に掴んだ岩塩を口元へ持っていってやると、嬉しそうに口にしていたな。舌で手を舐められるのがくすぐったかった。
 それから、奴の背に乗って風を浴びる感触が心地よかった。
 かつてもこうして、あてどなく草原を歩き回った事がある。
 覚えているのはその位だ」
 サバージオスは微かな記憶を愛おしみながら話した。
「それでオデュッセウス、お前はどうなんだ?
 お前はライダーだ、お前の愛馬はどんな奴だったんだ?」

 オデュッセウスは打ち明け話をした。
『実は俺の故郷にはあまり馬がいないんだ』
「どうしてだ?」
 サバージオスはきょとん、として幼い言葉遣いで問いかけた。
 己にとっての日常的で当たり前に存在するものが、他者にとってはそうではない事が不思議に感じたのだろう。
 オデュッセウスは時折、サバージオスと話していて幼い子どもと話しているような錯覚を覚える事がある。
 サバージオスは素直に質問をする。
 それは現代の未知に触れた時であったり、記憶の欠落によって失われた知識を補う為であったり、理由は様々だ。わからない事について素直に教えを乞えるのは美徳だ。
 オデュッセウスはそんな彼を前にして、己の幼い頃を思い出しながら故郷の話をした。
『イタケー島は岩ばかりの小さな島で馬を自由に走らせる場所がなかった。育てていたのは、岩場でも平気な山羊だとか羊だとかだったな。
 馬はギリシャ本土側にある領地にある牧場で育てていたんだ。
 だから島にはあまり馬はいなかったんだ、思い切り走り回れないのは可哀想だと』
 オデュッセウスはサバージオスに故郷について語った。
 知っていて欲しかった。
 故郷の事について、そして自分の事について。
『俺はまぁ一応王子だったから、馬に乗れるようにしておかないといけなくて触れる機会があった。
 だが、広い場所を走り回る楽しさを知ったのは本土にある牧場で暫く過ごさせてもらってからだ』
 現代では車の免許を取る為に「免許合宿」という奴するらしいが、多分それに類する状況だっただろう、と苦笑する。
 サバージオスはまだその言葉の意味を知らないので「それはなんだ?」と問いかけた。オデュッセウスは「現代で車の運転になれていない若者が泊まり込みで詰め込み教育を受ける通過儀礼らしいぞ」と伝えたら得心がいった様子だった。
『元々、馬は人懐っこくて可愛いと思っていたが。
 自由に走り回る爽快感は格別だった。
 それで俺は馬が好きになった』
 イタケー島の中しか知らなかった当時のオデュッセウスは、走り回る楽しさに目を輝かせたものである。
 どこまでも行けそうな気がした。
 馬にはそう思わせる力がある。
『そういう親しみがあったから、木馬を馬型に造形してもらったのもあるかもしれない。
 ライダーとして召喚された時は正直驚いた。木馬へ乗ったのは生前ではごく短い期間だったからな。なにせアカイア軍の秘密の切り札だった!
 だから今回の召喚で、堂々と何度も木馬に乗れる事が嬉しい。
 俺は木馬から見る景色が好きだ。
 どこまでも広がる空、海、遠い景色。
 戦いの為ではなく、自由に飛んでいく為に乗れたらいいのにと何度も思い浮かべていたんだ』
 結局、木馬はトロイアを奇襲する為にひっそりとしか使われなかったし。トロイアを陥落させた後は持ち帰れなくて泣く泣くその場へ置いていってしまったのだが。
『という訳で、俺に愛馬らしい愛馬はいない。
 いるとすればそれは木馬だ。
 お前にテュフォン・ネオスが答えているのを見て、俺も木馬とこういうやりとりができたらなぁ、と羨ましかったんだ』
「フ、フフフ!」
 気が付けば、サバージオスは馬の上で笑い出していた。
 笑わない様に腹を押さえようとしているのだが、失敗してブルブルと震えているのでかえって挙動不審となり、静かに歩んでいた馬が「なんだなんだ?」と背の上を心配して立ち止まってしまった。
(なんでだ?)
 オデュッセウスはどこに笑う要素があったのかと戸惑ったが。
「まさかライダーのお前に愛馬がいなかったとは!!
 俺の視野もつくづく狭い!
 挙句の果てに兵器を自由に飛ぶ為に使いたかっただと?俺が羨ましかっただと!?
 どこまで能天気なんだ!」
 そしてひとしきり笑った後にこう零した。
「ああ世界は広いな、面白い奴ばかりだ」
 オデュッセウスはちょっと恥ずかしくなった。
 そもそも相手は騎乗の神である。
 その騎乗の神を相手に「俺は馬と無縁の生活をしていた」と打ち明けるとか一体なんの話をしているのだろうか?
 霊基の主導権を持っていたら、きっと顔が赤く染まっていた事だろう。
『なんで俺の世間話から世界を感じる話になったんだまぁ笑ってくれるならそれでいいんだが
「悪い、ちょっとびっくりしてな」
『拗ねるぞ』
「すまなかった」
 こうしていると少年同士のやり取りの様である。

 ひとしきり笑ってやっと落ち着いたサバージオスは、心配してオロオロしていた馬をなだめて「俺は大丈夫だ、騒がしくして悪かったな」と声を掛けてやる。馬はその様子を確かめて安心したらしく、再び歩むよう指示を出されておとなしく従ってくれた。
 オデュッセウスは気まずくて咳払いをしてから「ともかく!」と話を強引に仕切り直した。
『世界は広い、それはその通りだ。
 特に現代は面白い事ばかりだと俺は思う』
 オデュッセウスは感嘆を込めて口にした。
『まさか昼も夜も関係なく、青空の下で馬に乗れる日が来るとは思いもしなかった』
 思えば、随分と遠い所へ来たものだ。
『それに3,000年以上も未来に蘇って、戦い続けているとは思わなかった』
そうだな」
 サバージオスは先ほど、シミュレーターを初めて見た時の驚きを思い返していた。
 オリュンポス十二神にも等しい技術を手に入れた人間への驚きを。
『何もかも当時とは異なる。しかし、変わらない事もある。
 俺はカルデアへ訪れたばかりの頃、馬に乗って駆ける景色が当時と変わらない事に安心したんだ』
「ああ、そうだな。俺も同じ事で安心した」
 サバージオスは感じ入って返した。
 オデュッセウスが生まれた時代がどの位置に座していたのかはハッキリとはわからない。
 だがオデュッセウスもサバージオスも、生まれてから3,000年近くもの未来に居るのだ。
 何もかも慣れない事ばかりである。聖杯から知識が供給されるとはいえ、それは記録であり体感ではない。他人事の知識に過ぎなかった。
「現代の人間たちはかつてと随分異なる生活をしているが、変わらない部分もある。
 その一方で、変わった部分は驚嘆に値する」
 サバージオスは大きく息を吐いた。
「人間はとうとう宙までたどり着いたそうだな」
『ああ、アポロ計画だな』
 オデュッセウスはカルデアの図書館でその記録を目にしていた。
 西暦1961年、人間は有人宇宙飛行に成功し、続く1969年に月へ降り立ったのである。
 羨ましかった。なんという大冒険だろうか。
「見たかった」
 悔しさを滲ませた声が誰もいない草原に響いた。
「俺自身の身のまま、人間が飛び立つ様を見たかった」
 この景色の頃からずっとずっと遠い未来で、サバージオスの願いは叶う筈だったのだ。
 かつて誰からも認められなかった夢。
 宙への憧憬。
 遠い未来で目覚めてみれば、人間は既にサバージオスの夢を現実の物としていたのである。
「サバージオスとして見たかった」
 流れ落ちる言葉は訥々としていて静かだった。けれども口惜しさの表れだろうか、俯く視界の中で、ぎゅっと赤いアイギスを纏った手が手綱を握りしめる。
「ゼウス・サバージオスとしてではなく、眠ったまま状態でもなく、ただ俺自身としてその場に在って見届けたかった」
 ただあまりにも長すぎる時がサバージオスを世界から消し去ったので、その願いは叶わなかった。
『そうだな
だからもっと知りたい。
 人間の歩みを、そして宙へ至った過程を。
 俺が居なくなった後に未来の世界がどんな風に変わっていったのかを、知りたい」

(ここだ!)
 オデュッセウスの智将としての勘が囁いた。
(ここでサバージオスを説得する)
 ここまで語り掛けたのはサバージオスの心を動かす為である。

『俺にできる事はなんでもしよう』
 オデュッセウスは熱く語りかけた。
『だからサバージオス、もっと表へ出てみないか?』
十分出ていると思うが」
『足りない。
 冒険は自分の身で体験するのが醍醐味だろう?
 いいか?図書館には天文学の資料がある人間が撮影した宇宙の写真集だ。まだ読んでいないだろう?
 お前自身の手でページを捲って読みたくはないか?』
 サバージオスはピクリ、と手を動かした。
(いいぞ、この調子だ)
 オデュッセウスは更に語り掛けた。
『食事は色んな地方の物があるぞ。なんてったて各時代の当事者が監修に入っているんだ。
 その中には星をイメージした物もあるんだぞ、金平糖とか、銀河羊羹とか、惑星チョコとか』
「こんぺいとう銀河、ようかん?それは一体」
『カルデアキッチンが詳しいから自分で聞いてみろ』
……
 サバージオスは心が動きかけている様子である。
(豊穣神でもあるから未知の食物が気になるだろうと踏んでいたんだが、当たったな)
「だがマスターが受け入れても他がどうかは」
『居る物は敵でも使え、がカルデアだ。
 ラスボス大集結だぞ。
 居並ぶ異聞帯の王たちを見てみろ、しかも異星の使徒たちまで堂々と居るんだぞ?
 マスターとカルデアはその全てを受け入れている度量を持っているんだ。
 だったらサバージオスの事も受け入れられない筈がない』
「だが」
 サバージオスは暫し考え込んでいたが、否定に入った。
 ただその声が迷子の様に揺れた。
テュフォン・エフェメロスとイプシロンを俺は傷つけた。ないがしろに扱った。
 俺の存在を知ったら間違いなく不快に思う」
 重々しい雰囲気からして、つまる所、この点がサバージオスの最大の障壁となっているのであろう。
 オデュッセウスはそれならば解決方法はシンプルだ、とすぐさま返した。
『だったら謝りに行こう。同じ陣営なんだ、遅かれ早かれ間違いなく協力する事になるんだから、どうあがいても顔を合わせる事は避けられないんだ。だったら早い方がいい』
まぁ、な。その通りなんだがああ、簡単に言ってくれる」
『悪い事したと思うなら謝罪するのが基本だろう?
 俺が先に断りを入れておく、だからお前はその後に行け』
「はぁ
 サバージオスは大きくため息を吐いた後、頷いた。
「わかった、そこまでお前にお膳立てさせてしまってできないとは言えない。行こう」
 説得に成功したオデュッセウスは、内心で思い切りガッツポーズを取った。
『ああ!絶対だからな!』
 オデュッセウスはここまで「冷静に説得しなくては」と考えて、心の片隅で感情の手綱を握っていたのだが。目的が達成されて緊張が解け、思いっきりはしゃぎ声を上げた。
「他者の事でなんでそんなに喜べるんだ
 サバージオスは勢いに驚きつつ、どこか信じられないといった様子で呆れ混じりに呟いた。
「通路でマスターと話した時も思ったんだが、お人好しすぎないか?」
『だってお人好しなマスターの下に居るから、俺も自由に振舞えるんだぞ?考える事が近しいんだ、だからこれほど自由な事はない。
 というか、実はマスターはお前とエフェメロス姉妹を引き合わせたくてウズウズしていたんだ。
 どうやら「一緒に編成組ませてロマン編成したい!そしてテュフォンに会わせたい!」という気持ちがあるらしくてな』
「人理の危機にロマンだと?何を言っているんだ?」
『マスターはすごいぞ、歴戦の猛者なんだ』
 オデュッセウスはマスターについて熱く語った。
 マスターもまた、素晴らしい冒険者なのだ。
『だから遊びを交えても結局は勝つ。
 というか、かえってその読みでシナジーが掛かって戦果が上がる。面白い奴なんだ』
「カルデアはかなり愉しい組織だとは思っていたが想像以上にトンチキ集団だったようだな
『だからお前が表に出て実際に確かめてみろ。
 マスターも「もっとサバージオスと話したい」と言っていたんだ。顔を出してやれ』
「わかった、わかったから。言う通りにするから落ち着け」
 さっきみたいに騒ぎすぎて馬をまた驚かせたらいけない。
 サバージオスは努めて冷静に振舞おうと、努力し、オデュッセウスを嗜めたのだが。
『だって、サバージオス。楽しみなんだ俺は、お前と一緒に世界を見るのが』
 オデュッセウスはこみ上げる嬉しさを隠しもせずに言った。
『これまで色んな冒険をしてきた。もちろん、困難は多かった。これからもきっとそうなる。
 それでも楽しみや喜びも沢山あった。だからこの先の冒険を一緒に感じて欲しい。
 だから改めてこれからよろしく頼む』
 サバージオスの心にふっと、特異点で掛けられた言葉が蘇った。
 特異点のオデュッセウスが「俺と一緒に生きないか?」と問うた言葉を、消えゆく運命を受け入れたあの時、海辺で拾い上げられた情景を。
 そして「やはりこいつはあの特異点で俺を拾い上げたあいつと根本的に同じ存在なのだ」と、確信を得た。
「ああ、こちらこそ。不肖の身だがよろしく頼む、オデュッセウス』
 あの時の約束は確かに守られたのだ。



『とりあえず手近な所からだ。
 手始めにシミュレーターで色々やってみよう!さっきも言ったように色んな場所に行けるんだ!』
「そうだななあオデュッセウス、すまないが、俺に付き合ってくれないか?」
 オデュッセウスはパァと、表情を明るくする心地で応えた。
『わかった、俺にできる事ならばなんでも!』
 神霊を相手に「なんでもする」は迂闊だろう、と苦笑をしながらサバージオスは願いを口にした。
「ひとまずは
 サバージオスはぐるりと周囲を見渡す。
「このシミュレーターに果てがあるのか確認してみてもいいか?」
『いいぞ!俺もちょっと気になっていたんだがやった事がない、やってみよう!』
「ならば早速だが行くぞ!」
 サバージオスは乗っている馬へ指示を飛ばした。
「進めっ!」
 馬は勢いよく走り出す。
 サバージオスは騎乗の神だ、どれだけ荒々しく駆けたとしても落ちる事はない。
 ただ前だけを見て、草原を駆け抜けた。勢いよく景色が流れ飛ぶように色彩が目に入っては通り過ぎてゆく。
 オデュッセウスはその内側でサバージオスが見ている世界を共有した。
(馬の背の上で空が近い)
 揺れる馬の背の上に乗っているのは一人ではない。
 オデュッセウスは「これからどんな景色を共有するんだろうか?」とワクワクした。

 こうして一人と一柱はスタートを切って、新しい道を駆け出したのであった。