2025-09-10 04:27:21
19421文字
Public 小説
 

くれなゐ

テリー→バツー×アリア その他CP


 
「テリー!! おじさん見つかっ……
 僅かな焚き火の灯りを辿り、アズィーザとピーターが駆け着けた。けれど二人とも絶句してその場に立ち尽くした。
 横抱きにされた体からは夥しい量の血が流れて、川のようになり屋根の外まで伝い、降り続く雨が誤魔化すように薄めている。止血帯はその役目を果たしておらず、蒼白な肌と真紅の対比が目を刺すようだった。
「皇帝……ピーター……すまない……
 抱いている男が顔ばせを上げた。いつもの仮面は地に落ちて涙を流し続けている。その様相に、何を言わんとしているのか悟った。
「う、そ……嘘、嘘!!」
 アズィーザが駆け寄り、口許に手を寄せるが呼吸はない。巻かれた外套を捲って心臓に手を当てるが拍動もなく、脈も測ろうとするが当然の如く何も感じられない。ただ冷たさだけが伝わってくる。
「さっきまで……話をしていたんだ……でも……急に……
 アズィーザは呆然とその場に佇んだ。ピーターも動けないのか、雨の音だけが響く。
 ややあって、アズィーザは冷静さを取り戻そうと頭をブンブンと横に振った。今すぐ為すべきことがある。
「ピーター、早く術で止血を! テリーはここへ寝かせて心臓マッサージ! 片手でお腹の傷押さえながら出来る!?」
「っ……了解した!」
「私は火術で体温を……ピーター! 何してるの早く!」
 ここへ辿り着いてからピーターが微動だにしていないことに気付き、アズィーザは振り返った。
 青年の虚な目は涙を流して、ただその姿を視界に捉えることしか出来ていないようだった。
「お、じ…………
「ピーター!!」
 アズィーザが早足に詰め寄り肩を強く揺さぶった。揺れるごとに、外套を伝う雨粒が散っていく。
「しっかりしてよ!恩を返すって言ってたじゃない! ここで何もしなくてどうするの!?」
 ガクガクと首が揺れて涙が散り落ちるが、何の反応もない。
 アズィーザは痺れを切らし、涙ごと頬を思い切りぶった。顔が横に逸れるが、見開いた目は地面に向いたまま、涙を流し続けるだけだった。
「しっかりなさい!! 助けられるのは私達だけよ!! おじさんを死なせても良いの!?」
……死、」

『順番的には俺のが先に死ぬんだからな』

―――嫌だ……嫌だ……っ!」
 両手で頭を抱えながら一向に動こうとしないピーターに、もういい! と言い放った。アズィーザは踵を返して再び横たわる体に向き直る。
(私が全部やるしかない、先に血を止めなきゃ)
 テリーは胸骨を圧迫し続けており、その振動でも血液が流れ出る恐れがある為、体温の維持よりも止血が最優先と判断した。
 力を込める合間合間にテリーが状況を伝えようとする。
「皇帝っ……おそらく、毒が回っている! そのせいで血液が、凝固しない! 傷薬を飲ませたが、効果が無い!」
「っ……ピーター、早くこっち来て! 先に水術で解毒して、あなたにしかできないの!」
 その呼びかけにも反応しない。今は一刻を争うのに。
「~~~っピーター!! いい加減にしなさい!!」
 一向に動こうとしないピーターに再び詰め寄ると、濡れた手を取ってバツーのすぐ横まで引き連れてきた。
「よく見て!!」
 近寄ったことで視界が赤で埋め尽くされて、ピーターは息を呑んだ。その赤の泉の中に浮かぶように、人が横たわっている。見知った顔の筈なのに、すぐには誰か認識できなかった。
 いつも元気に怒鳴り散らしていた彼からは想像出来ない、青白く生気のない顔。赤く染まり、テリーが胸骨を圧迫する度に揺さぶられる虚脱した肢体が、血だまりに波紋を作っている。
 けれどそれがピーターを現実に引き戻す引き金になった。すぐさま跪き、赤い液体が弾ける音が響いた。水術を発動させ、全身を蝕んでいる毒を浄化していく。
(どうか、戻ってきて下さい……! お願いだから僕を……置いて行かないで……!)
 アズィーザも天術でむりやり皮膚を引き合わせて傷を塞ごうと試みている。しかし既に生命活動が停止しているせいか手応えがない。解毒の術は掛け終わっているが凝固作用が働くか分からず、今は物理的に塞ぐしかなかった。流れ続ける血を少しでも止めようと、全員で体中の止血帯の上から傷口を圧迫する。
「ピーター、私は火術に切り替えるから、あなたは回復術をかけ続けて!」
「分かりました!」
 再び処置を続けるものの、未だ出血が止まる気配がない。皆はその惨状にもはや言葉を発することが出来なかった。
 希望の灯火が消えつつあると、誰もが理解している。無言でただひたすら、今できることだけに集中しようとしている。
(こんなに血を失って……術だけで何とかなるの……? ダメ、今はそんなこと考えるな、かけ続けろ! 無いなら生み出すしかない!)
 火術で代謝を上げ、生命反応を呼び覚まそうとするが、変わらず反応がなく虚しく時間だけが過ぎていく。
 ふいに、集中力が切れた。その隙間に、あの頃の記憶が蘇ってくる。
 両親がアバロンへ旅立つことになり、弟のダヤンと共に村の皆に面倒を見てもらうことになった。みんな良くしてくれたが、その中でもいつも気にかけてくれたのがこの人だった。
 皇位継承した後、アバロンへ向かうと伝えると、引き留めることもなくマイルズまで付き添い、出港する船を見送ってくれた。
 その時のあたたかい、でも少し寂しそうな目を今でも覚えている。今は薄く閉じられて、もう開くことはないかもしれない。
 あらぬ考えがよぎると、涙が冷たい体に零れ落ちた。
 そんなことさせるかと振り払い、術の出力を最大に上げる。
 ピーターだけじゃない、私もまだ恩返しが出来ていないんだから。
(お願い、お願い……! レオン様、ジェラール様、アメジスト様、陛下……! 誰でもいい、誰か力を……力を貸して! おじさんを助けて!!)
 
 
 誰か……! 誰か――――
 
 
 
 
……ん、誰か呼んだ? 気のせいか……って、バツー!? あなた何してるの! こっち来ちゃダメじゃない!』
 
 ……二十年ぶりに会えたってのに、もっと喜ばねぇかフツー
 
『私がそんな奴じゃないって知ってるでしょ! あなたはまだまだ御役目が残ってるんだ
から! ほら早く、回れ右!!』
 
 おいおい待てって、こっちにも積もる話が……
 
『今はそんなこと話してる場合じゃない! 長くこっちにいると戻れなくなる、それじゃ
私が困るのよ』
 
 何が困るってんだ? もう何もねぇだろ俺達には
 
『あるのよ、あなたにも私にも。私はずっとあなたの中にいるんだから。あなたはさっさ
と新しいお嫁さん貰いなさいよね!』

 は? 冗談よせよ。俺はもう誰とも……
 
『だから、それじゃ困るの! 私はあなたの子供を見たいんだから! あなたの御役目の一つは子孫を残すことなのよ!』
 
 俺の……子孫……
 
『ほんとは私が産みたかったけど無理だったから、他の子に譲ってあげる。それでもいいの。あなたの血が……どこに行き着いて、どんな未来を辿るのか。私はそれを見届けるためにここにいるの』
 
 俺は……あんな思いをするのはもう御免だ……だから誰とも……
 
『何言ってんの、しっかりしなさいよ! ピーター君にも偉そうに言ってたじゃない、耐性付けとけって! ……あ、なんか分かった気がする、きっとここであなたを追い返すために私が先に死んだのね』
 
 ……でも、俺には、お前しか……
 
『そんなこと言われて私が喜ぶと思う? とっくの昔に死んでんのよ。いつまでもウジウジしない! いい加減前を見てよね!』
 
 ……そんな言い方しなくてもいいだろ
 
『何よ、不服? いいわよ、文句あるならかかってきなさい。また相撲で吹き飛ばしてあげるから』
 
 おいやめろ! 襟掴むな、また破れるだろ!
 
……い~い? 絶対子供を作って。そして……他の子供達も、あなたが見守るの。ピーター君も、アズィーザも、ダヤンも、ハクヤク君も……これから出会う子達も。あと、あのムキムキの彼も』
 
 ムキムキって……格闘家かよ
 
『皆、あなたと繋がったわ。あなたの運命の一部になったの。あなたが皆を守るように、皆もあなたを守ってくれる。全部巡り巡って、あなたの血に還ってくる。そのえにし……まだ切ってはダメ』
 
 ……よく分からねぇ……ババア共みたいなこと言いやがって
 
『誰がババアよ。え? どの口が言った??』
 
 発言だけだっつの! 見た目は……あん時のままだな
 
『可愛いままでしょ?』
 
 ……ああ、そうだな
 
『ふふ、あなたが照れるなんて珍し……あ! ちょっとほら、あなたも若くなってきちゃ
ってるから!』
 
 は? ……あ、ほんとだ、なんか肌がツヤツヤに……
 
『だから早く帰れって言ったでしょ! ほらほら早く早く!』
 
 おい、押すなって! こける! ……分かったよ、戻りゃいいんだろ!
 
『そう、そのまま真っ直ぐ行くのよ! ……こら! 振り返らないの!』
 
 
 
 
 ずっとあなたを見てるから
 ずっと一緒だからね!
 頑張んなさいよ!

 小さく、空気が抜けるような音がした。
 目を閉じていた三人は一斉に音の発生源に目を向けた。テリーが動きを中断して、口に手を近付ける。
「息を吹き返した!」
「おじさん! おじさん!!」
 ピーターが呼びかけるものの意識は戻らない。小さな浅い呼吸は心もとなく、体温も未だ戻らず冷え切っているのを感じる。
 解毒に成功し、圧迫し続けたことで凝固反応が起きたのか出血は止まっているようだ。アズィーザはそれを確認すると、頭の中に湧き起こった術法を試してみることに決めた。
「ピーター、今度は水術を……血管の中に振動させながら水を流すイメージで……やってみてくれる?」
「え……? しかし危険では……
「大丈夫、私が調整するから……今なら何かいけそうな気がするの。信じて」
 隣で火術を掛け続けるアズィーザを見ると、鼻からボタボタと血を流していた。
「陛下、大丈夫ですか!? 血が……!」
「平気よこれくらい! いいから早くやって!」
「は、はい!」
「テリーは念のため傷口を押さえてて、また出血するかもしれない」
「了解した!」
 ピーターと息を合わせながら、バツーの体の中に魔力を注ぎ込んでいく。
 驚くほど滑らかに二人の魔力が溶け合い、天網の如く張り巡らされている血管に新たな奔流を生み出してゆく。
(お願い……血、内臓、骨、おじさんの体の全部、全部よ。あなた達を助けたい、おじさんを助けたいの。だから目を覚まして……あなた達の力が必要なの)
 アズィーザはあえて禁断の領域に踏み込んだ。可能性は限りなくゼロに近い。それでも今ならいけると、深層では確信を持っていた。根拠はないのに、これしかないと血肉が騒ぎ、思考を整理する間もなく体が勝手に動きだすのだ。
 ピーターが注いだ水の術法を、火の術法で底上げしていく。
 相反する属性の合成は良くて相殺、最悪の場合は暴発と相場が決まっている。まともな人間なら試そうともしないだろう。
 きっと今、アメジストが力を貸してくれている。術の天才と呼ばれた彼女がいてくれるからこそ、はじめて挑む姿勢にもなれたのだ。
 細胞の一つ一つに語り掛けるように、魔力を少しずつ上げていく。呼びかけに応えたのか、どこかからあたたかいものが沸き起こる。ふつふつと、まるで生命が生まれるように。
(私の力も使って、もっと、もっと強く……
 沸き起こったあかいものを増幅させるように、ピーターが生み出した流れにゆっくり浸透させていく。
 アズィーザは歯を食いしばった。合成の反動で体中の血管がブチブチと断ち切られ、灼熱が体を駆け巡る感覚に襲われる。体内で獣が暴れまわるような痛みが走り、皮膚の薄い所から血が滲んでくるのが分かる。
 それでも止まってはいられなかった。そんなものは後でいくらでも治せばいい。
 極限の集中は時間の感覚を麻痺させた。アズィーザの閉じた目と口、鼻、耳の横から、爪の生え際からも血が流れている。
 皇帝が身を削って蘇生術を掛けている。その傍らで、テリーは何もできない自分が歯痒かった。バツーに目を移すと己の願望がそうさせるのか、青白かった肌の色が少し変化したように見えた。二人の邪魔にならないよう、心の中で祈りを捧げ続けた。

 静かな音の切れ間……空気の振動する音が変わったのを感じる。それはしとどに降り続いた雨が消えた音だった。
 灰の雲間から朝日が顔を覗かせる。潤された大地が星屑のように輝いた。