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2025-09-01 11:29:38
4733文字
Public 拳コユ
 

モブから見た拳コユ×2

以前ツイッターで垂れ流して再録本に入れていたやつ。
再録本完売後1年経過し、かつお気に入りなのでこっちにもおきます。
モブ視点だ~~いすき



近所に住む中学二年生女子の場合


 ウチの近所には吸血鬼が住んでいる。背が高く、ガタイが良くて眉毛なしのつるつる頭。顔は怖いけれど、話してみたらこれがなかなか面白くて愛妻家。
 ジャンケンが異様に強くて何故か野球拳が好き。私が生まれた時からご近所さんで、私のおむつを替えたこともあるそうな。わたしの中の吸血鬼といえばあの「ジャンケンおじさん」である。


 部活から帰ってすぐ、カバンを置く間も無くお母さんから「回覧板持っていって」と言い付けられた。まだ着替えもしてなくて、汗だくのTシャツが体に張り付いているのに。
 でも、ここで文句の一つでも言えばお母さんのご機嫌は急降下して、余計に面倒なことになることは知っている。基本優しいけど、ああいう言い方をするときは何か嫌なことがあったんだろう。ちょっと部屋が焦げ臭いから、鍋でも焦がしたかな。だから優しい私ははぁい、と一つ返事をして靴箱の上に横たわっていた回覧板をとった。
 スニーカーじゃなくてサンダルに足を突っ込んで玄関のドアを開けると、なんと雨が降っていた。さっきまで全く気配がなかったのに。一度戻って傘差して再出発。ご近所さんは徒歩一分。家の裏手だ。塀に沿って歩いて行くと、目当ての家の前に高い影があった。
 黒い傘がちょっぴり上がって、四白眼が私を見る。ジャンケンおじさんだった。
「ヨォ、でかくなったな」
「こんばんは。何してんですか雨降ってんのに」
 吸血鬼は雨だとテンション下がんだよ。そう教えてくれたのはこのおじさんだ。私が同年代に比べても吸血鬼に詳しくなったのはこの人のおかげである。おじさんは笑って玄関を指した。
「嫁待ってんの」
「こゆきさん?」
「そ」
 コユキさんはおじさんの奥さんだ。昔は退治人としてハンマーをぶんぶん振り回して、バッタバッタと吸血鬼を薙ぎ倒してたのよ、なんて冗談めかしてふわふわ笑う、可愛い可愛いおばあちゃん。最近体調を崩しがちとのことであんまり会っていなかった。前に会ったのがいつだったかも思い出せない。
「中で待てば?」
「身支度見られるの恥ずかしいんだと。追い出されちまった」
「雨なのに素直に待ってるの、心広いですね」
「さっきまで晴れてたろ」
 雨の中だというのにおじさんは楽しそうだ。折角なのでご挨拶がてら、私も待たせてもらうことにした。待ってる間にお母さんの機嫌が少しは治るかもしれないし。
「部活帰りか?」
「ウン。陸上部」
「かけっこ速かったもんなあ。幾つになったんだ」
「もう中二。来年受験」
「ハー、早いもんだ」
……おじさん勉強できたりします?」
「生憎と学はねえよ。自力で頑張んな」
 雨音をBGMにそんな話をしていると、おじさんの耳がぴくりと跳ね、後ろを振り向いた。すぐ後にかちゃり、慎ましいドアの音。私も後を追うように振り向くと、ドアの隙間から、白い髪の毛がちょっぴりのぞいた。と思ったら引っ込む。何度かかくれんぼを繰り返す頭に、おじさんはちょっと笑った。
「なぁにしてんだオイ」
……
「コーユキ」
〝は、恥ずかしくて〟
 聞こえてきた小さな声。雨音に混じって流れてしまいそうだ。おじさんが肩を揺らして笑いながら人差し指を口に当てたので、頷いて口をつぐむ。
「何が恥ずいの?」
〝久しぶりにおめかししたのでなんか……
「ほんじゃあ俺はいつになったら可愛い嫁っこの顔が見れんのさ」
〝さっきまで見てたでしょ〟
「身支度したんだろ? 磨きかかった俺の奥さんの可愛いお顔、見てえなぁ」
 驚いた。こんなにペラペラと恥ずかしい文句が出てくるものだろうか。ウチのお母さんとお父さんがこんな会話してるの、見たことない。子供には見せてないだけ?
 観念したのか、玄関のドアがそろりと開いた。空色のスカートに白のシャツ、襟元にスカーフ。つばの広い帽子をかぶって小動物みたいにコソコソ出てきたコユキさんはとっても可愛かった。
〝ど、どう、ですかね〟
「可愛いよ、なあ?」
 おじさんが、ウィンクと共に私に振ってきた。もう話しても良いらしい。大きく頷く。
「はい! すごく可愛いと思います!」
〝へっ〟
 コユキさんはそこで初めて私に気がついたらしい。パッと上がった顔は顔色が良い。お元気そうで安心した。
〝や、やだあ! なんで言ってくれないの〟
「悪い、面白くてよ」
〝ばか、ケンさんのバカ! それに雨降ってる! 戻ってきてくださいよお〟
「だって外で待ってろって言ったろ」
〝もう!〟
 慌てて傘を差して出てきたコユキさんがおじさんの肩を叩いた。ぽふ、なんで可愛い音と細くて折れそうなしわくちゃの手。ハンマー振り回してたなんて、やっぱり信じられない。
〝えっと、お久しぶりですね、大きくなったね〟
 コユキさんはちょっと赤いほっぺのまま、私ににっこり笑ってくれた。太めの眉がふにゃっと下がって可愛い。私も歳とったらこんなおばあちゃんになりたいなあ。
「さて、オメーは帰りな。こっからは大人の時間だぜ」
 おじさんが冗談めかして言った。けどきっと本気だ。邪魔しちゃ悪いし、素直に頷く。コユキさんはまだちょっと恥ずかしそうだったけど、ニコッと笑ってくれた。
「じゃあな」
「はい、コユキさんもさよなら!」
〝はい、またね〟
 会釈して、家に向かって歩き出す。ちらりと二人を見ると、おじさんが腰を折って顔を寄せ、仲睦まじくお話ししている。
「雨だしタクシー呼ぶか」
〝そんなに距離ないし、折角です、歩きましょ〟
「じゃあ行くか。疲れたらすぐ言えよ」
〝ハイ〟
 おじさんの大きな手に、当たり前のようにコユキさんの小さな手が重なる。
 私はなんとなく、えっちらおっちら歩く二人の影が小さく遠くなるまでぼんやり見ていた。


 帰ってすぐ、お母さんの声が飛んできた。
「アンタ回覧板持ってくだけなのにどんだけかかってんの? 大丈夫だった?」
「あ」
 濡れないように、脇の下に挟み込んだままの回覧板。ごめん置き忘れた! と叫んでから慌ててまた外に出る。おじさんの家に蜻蛉返りして、郵便受けに無理やりバインダーを突っ込んだ。おじさんと話しているうちに、どうでも良い回覧板のことなんてすっかり頭から抜けてしまった。
 ようやく任務を完遂してもう一度帰路につく。空を見上げると雲は少し薄くなり、雨は弱まってきていた。スマホの天気予報を見る。この後の時間帯、降水確率はゼロ。

 帰りは二人、星でも見ながら帰ってこられるかな。