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yn
2025-09-01 11:29:38
4733文字
Public
拳コユ
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モブから見た拳コユ×2
以前ツイッターで垂れ流して再録本に入れていたやつ。
再録本完売後1年経過し、かつお気に入りなのでこっちにもおきます。
モブ視点だ~~いすき
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宅配便のお兄さんの場合
額を伝う汗を拭う。既に陽は落ちているが八月の盛り、蒸し暑さはまだまだ続きそうだ。トランクから荷物を下ろし、伝票の住所と目の前のアパートの住所を照らし合わせた。
新横浜で単身仕事をこなすのは今日が初めてだ。間違いのないよう、歩きながら再度部屋番号を確認する。階段を上がって一番奥の部屋。インターホンを押して暫く待つが反応がなかった。宅配ボックスはあるだろうかと探してみると、スイッチ横に「壊れているのでノックをお願いします」と小さな張り紙が張られているのに気が付いた。成る程。控えめにコンコン、ドアを叩く。
「こんばんはぁ、白猫運輸でぇす、お荷物お持ちしましたぁ」
疲れから、少しばかり間延びした声が出た。いるだろうか。数秒後、部屋の中からはぁい、と小さな声がした。よかった。今日再配達が多い。さっさと一度で済ませたい。
〝お待たせしてすみません。どうもこんばんは〟
出てきたのは黒髪の小柄な女性だった。女性、というよりも女の子、と言った方が似合う。くりくり目が小動物を思わせる可愛らしい子だ。だぶついたTシャツにハーフパンツ。白くて細い足に何故か下駄をつっかけている。部屋着だろうか。あんまり見るのもマナー違反だよな、と目を逸らして顔を上げると、Tシャツの文字に目が釘付けになった。
――
『野球拳大好き』と、書いてある。
何? 何で? 野球拳好きなの? 大好きなの? どこで売ってんのそれ?
〝インターホンの調子が悪くて。お手数おかけしました〟
「あ、いえ、大丈夫っす」
思考は停止しているが体は仕事を覚えている。荷物渡してサインを貰って、どうも、と帽子の鍔に手を当ててご挨拶、までは無意識でもこなすことができた。
〝ありがとうございました、お気をつけて〟
つられたのか、女の子もぺこりと頭を下げた。たわんだ襟元からチラリと深いI字の谷間が見えて思わず目が釘付けになった。うわデッカ、と声に出すのは何とか理性で押しとどめ、踵を返す。
「
……
可愛かったァ
……
」
服のセンスは流石にいただけないが、黒目がちの目、サラリとした髪、別れ際の心遣い。流石に連絡先を聞くようなストーカーまがいの真似はしないが、仕事の楽しみが一つ増えた。そう考えてもバチはあたるまい。別にこちらからアプローチする気はない。ただお客さんのうちの一人が好みのドンピシャで、しかも人間出来ててハッピーというのは過酷な労働の中のオアシスになるのだ。ウキウキしながら階段を降りる。
「お前そんなカッコで外出るなって!」という焦った声は、幸か不幸か届かなかった。
ひと月後、あの黒髪ボインの女の子が住む部屋に荷物を届けることになった。
つい先ほどイチャモンに近いクレームつけられて辟易していた心が少しばかり持ち直す。オアシス様々だ。見慣れたヌマゾンの箱を持ち、カンカンとアパートの階段を上がる足もどこか軽い。
偉そうな黒縁メガネの男にねちねちと文句を言われたことは忘れ、目当ての部屋へと小走りで向かう。二階の一番奥の部屋だ。インターホンは直ったらしく、ドア横の壁には真新しいグレーのボックスが鎮座ましまししていた。ボタンを押して数秒後、はい、とあの小動物の声。
「こんばんは白猫運輸です、お荷物お届けにあがりました」
多少声も凛々しめに意識するのは仕方がないだろう。可愛らしい声は少々お待ちくださいね、と言って切れた。何となく帽子を直し、そわそわと待つ。バコン、と勢いよくドアが開いた。
「ちわ!お荷物で
……
」
「オウ」
出てきたのは、可愛いらしくて小さくて、ポワポワした女の子、ではなかった。
大柄で目つきの悪い、スキンヘッドの男だ。機嫌を損ねたら、先ほどクレームを入れてきた男とは別のベクトルで面倒そうである。
「
……
くれねえの、荷物」
「あっ、すいません」
荷物渡し、サインを受ける。伝票を持つ左手薬指に似合わない銀色の指輪が光っていた。サインの中身はあの女の子と同じだ。男は箱のラベルを見ると部屋に向かって「コユキィ」と声をかけた。中から可愛らしい返事がかえってくる。
あの娘はコユキというらしい。ということは、この男は父親だろうか。考えていると、パタパタとスリッパを鳴らして出てきた女の子が自分を見て会釈した。
「お前宛。何買ったの?」
〝ないしょですぅ〟
「最近多いぞ、ダンボールもう置き場ねえのに」
〝なーいしょ〟
男が女の子の頭を撫でた。段ボールを受け取った女の子が俺に一つ会釈して奥に引っ込む。左手がチラリと見えた。
「あ」
左手薬指。目の前のごつい男と揃いの指輪が光っていた。思わず漏れた声に、男が意地悪そうな顔でニマ〜と笑う。
「そんじゃどーも。ごくろーさん」
バタン! と無慈悲に鼻先でドアが閉められる。
「
……
マジでぇ?」
アレと、あの子? マジで?
放心して立ち尽くし、己の春がたったひと月で終わったことにがっくりと肩を落とした。
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