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2025-08-31 22:50:45
7999文字
Public movie100
 

093:めぐり逢い

映画タイトル100題からお借りしました。
コユ→拳、嘘からΔに至る話。
嘘拳は死にます。私の書く嘘拳死にがち。すみません。




 試しに言ってみるもので、今生コユキは吸血鬼として生を受けた。

 しかも『ただの吸血鬼何某』ではなく、『コユキの記憶を持ちコユキとしての自我と外見を維持した吸血鬼』だ。前回と違うのは赤い瞳と尖った耳、それからすこしの能力だけ。
 父は記憶と同じ姿形、魂も違うことなく同じもので、名前も同じゴウセツだった。ロナルド、サテツ、ショット。ターちゃんにマリア、ショーカやメドキにバッターまで、皆が前回同様の容姿に名前だ。記憶を持っているのはコユキだけのようだったが、皆吸血鬼になって元々尖っていた部分をさらに鋭利に研ぎ澄ませた形で存在している。初めての時と同じく母が急逝したのは悲しいが、全てが上手くいくわけではないのだろう。贅沢を言ってはいけない。

 催眠術に秀でた一族と、その子供たちの噂はとんと聞かない。コユキよりもずっと長く生きている吸血鬼達に聞いても、痕跡はゼロだ。前回のことがあるから表に出ずどこかで隠れ住んでいるのかもしれない。彼を探しに家を出たかったがゴウセツにキツく止められてしまった。
 今世はタイムリミットなどない。コユキも悠久を生きる上、ここ一五〇年人間と吸血鬼の対立は殆どない。安全だ。焦る必要はなかった。
 今のコユキには目的がある。
 まず、できる限り容姿を磨いた。髪はいつでもサラサラに、染め上げることは一度もせず漆黒を保った。黒が似合う彼の横に立つなら黒髪のままでいい。
 質の良い血液を摂り、適度に運動してプロポーションを整える。コンプレックスぎみの大きな胸と尻は引っ込まなかったので腰を絞った。彼が時折会っていた唇の妖しい美女は出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいたから、あながち外すこともないだろう。
 平和な世とはいえ有事の際戦えるに越した事はない。シーニャやヴァモネに師事して変身能力や氷を操る力の精度も上げた。料理の腕はなかなか上達しなかったが、伸び代があると言い換えて良いだろう。彼と同じく血液で生きていける身体だ、料理は彼の好きなものを知ってからゆっくり覚えていけば良い。
 修行にこんなに熱心なんて素晴らしい、一族を背負って立つ自覚がある、氷の一族次期当主はコユキだな、なんて言葉にも笑って応えた。ごめんなさい、背負って立つつもりはないんです。わたしはわたしのやりたい事のために、会いたい人に会うために努力しているの。そう心の内で舌を出して修行に励んだ。前回できなかったことは、今世で全て取り返すつもりだ。
 『短かった恋する少女期間』と、『失恋した孤独な数十年』はコユキの中で『吸血鬼の執念』と複雑に絡み合い、最早制御不能の暴走列車と化していた。

 新横浜に皆で殴り込みをかける。
 ゴウセツが皆に笑った日、時が来たと思った。
 新横浜は彼と出会った地だ。さんざ探しても見つからなかった催眠術の一族、彼等もきっとそこにいる。渋るゴウセツを何とか説き伏せて、蝙蝠の形ならと同行許可をもぎ取った。

 

 父の肩にしがみつき空を飛ぶ。頬を撫でる風は冷たいのに、身体中の血が熱く巡っている。我慢できずに力を使い粉雪を舞わせると、ゴウセツの後ろを飛んでいたロナルドが「冷てえ!」と騒いだ。ごめんなさいと笑って返す。
 おとうさんもっと速く飛んで、と強請ると、気をよくした父が翼を広げて速度を上げた。父の生み出す氷の粒が星空に煌めく。全てが美しくて、楽しくて、ワクワクした。
 街の明かりはすぐそこだ。早く会いたい。一刻も早く、一秒でも早く。高いビルの上に降り立つと、遠く離れた地面に何人かの人間が陣を張り、眉を釣り上げてこちらを睨んでいた。宣戦布告済みなのだろうか。聞くと父は首を横に振る。

 気付くのが随分と早いですね。現吸血鬼対策課隊長は優秀なダンピールらしいわよ。なあもう暴れていいのかな。ロナルドはもーちょい我慢しろ。今日満月かな、心配になってきた。ねむい。着いたばかりだから頑張ってよ。早く野球してえ。うーん骨のあるオトコはいるのかね。どーせここもザコばかりヨ。

 ヤイヤイ騒ぐ仲間の声を無視して必死に視線を巡らせる。これだけの吸血鬼が一気に押し寄せたのだ。何人かは古き血の持ち主。街全体がざわついている。きっと彼も出てくるはず。
 剣呑な表情の白服は、揃いの制服を見るにこの街の吸血鬼対策課だろう。後ろにはバラエティ豊かな衣装を纏う者らが散らばっている。

 その中に、彼はいた。

 真っ黒な頭巾に真っ黒な口布。袖のない和服に地下足袋を合わせた彼は首をゴキリと鳴らしてコユキ達を睨み上げていた。
 いた。やっぱりいた。会えた。焦がれに焦がれて何年経ったかもうわからない。コユキと同じ時代に、コユキの目の前に彼がいる。嬉しくて天にも昇る心地だった。昇る気なんてもうさらさら無いが。
 好き勝手名乗りをあげた仲間たちが次々と地面に降りてゆく。ゴウセツはコユキをビルの屋上に下ろすと、ここで待っていなさいと言ってハンマーを手に降りていった。おそらくロナルドを見張りに行ったのだろう。彼はヤンチャ盛りの怪獣の子供みたいなもので、放っておくとあちらこちらにクレーターを作りかねない。
 ゴウセツの言いつけを綺麗に破り、颯爽とビルから飛び降りた。壁面を滑り降り、何故か仲間と戦わずあちこち走り回ってシーニャの眷属をぼこぼこ殴っている彼の方へ飛んでゆく。
〝おじさん!〟
 何十年かぶりに呼ぶ、大好きな彼。
 呼ばれた男はキョロキョロと周りを見まわし、俺? と言わんばかりに自身を指差した。白々しい、焦らしているのかな。それはそれで、お茶目なところもあることが知れて嬉しい。
 スピードを上げて弾丸のように飛び、彼にぶつかる直前で変身を解いて抱きついた。
「は!? ……ッとぶぉエああっえイダダダダダ何何何!」
 コユキの姿を認めてすぐ、腕をひろげて受け止める体勢になった彼に引っ付いたまま一緒にアスファルトを転がる。喧騒から少し離れた場所で勢いが死に、ビターンと道路に仰向けで寝る男の体に抱きついた。少しの汗と、タバコの煙に燻された匂い。くさい。うれしい。生きている証拠だ。
〝おじさん、おじさん〟
 体をよじ登り、彼の頬に自分の頬を擦り寄せる。緊張しているのか、コユキの知る体温よりも随分と温かかった。
〝あいたかった、ほんとに、ずっと会いたかったんです〟
「え、は?」
 ぎゅうと抱きついて、求めていた存在を体全部で感じる。コユキの知る彼よりちょっぴり身体が厚くて大きいし、腹回りはもちもちしているような気もする。きっと前回よりも栄養状態が良いからだ。これが本来の彼なのだろう。
「ちょ、おじょーちゃんごめんね、おじちゃん絶賛お仕事中でさ、熱烈ハグは嬉しいけンどファンサはちょっとだけ待ってほしいかな、サインでもチェキでも握手でも何でもするし」
〝ねえわたし、吸血鬼なの〟
「見りゃわかるけど」
……わたし、吸血鬼ですよ!〟
「うん……うん? ソダネ?」
 ああもう、何だかとっても飲み込みが悪い。もしかして照れているのだろうか。それとも、あんな別れ方をしたから気まずいのか。嘘をついてわたしを置き去りにして死んで、数十年一人にして、寂しく死んだわたしに負い目を感じているのかも知れない。
 何十年と思い出を反芻して、少しずつ咀嚼した今だからこそわかる。彼もコユキのことを憎からず思っていたはずだ。そうでなければ説明がつかない事が山程ある。
 それなのに何故置いていったのかと恨んだ日がないとは言えないが、再会した今、そんな事は些事に過ぎない。
 だってこれからは共に悠久を生きるのだ。もし彼が前回と同じようにコユキを置いていっても、今のコユキには世界中回って探す力と時間がある。もう離れるつもりなんてない。
 最期は彼からコユキに触れてくれた。今度はコユキから触れたい。一度も呼べなかった名前を呼んで、好きです愛してます、これからはずっと一緒ですからねと伝えたかった。前回から抑圧していた欲望が、再会をトリガーに溢れかえっている。
〝おじさん、キスしませんか〟
「何で!?」
〝昔、わたしに嘘ついて置いていったことならもう怒ってませんよ、こうして会えたし〟
「待って何待って怖いんだが」
〝ね、前はあなたからしてくれたから、今度はわたしからいいでしょう〟
「何ーーーっっ!?」
 何故かものすごい勢いで待てを繰り返す様子を見て、記憶がないのかも知れないとようやく思い至った。成程それなら慌てるのも道理だ。だけどそれはコユキが彼を手に入れたいこととは関係がない。これから思い出すかもしれないし、別に思い出さなくてもいい。コユキが彼を見つけた以上、この先ずっと隣にいるのは自分であるべきだ。誰にも渡さない。
 黒い口布に手をかけて引き下ろす。かさついて皮の浮いた唇に触れて、触れて──違和感に気がついた。

〝あれ〟

 牙がない。
 布越しでもわかるほどに立派だった牙がない。ぐい、と口に指を突っ込んで探った。
「オァ、ひょっと、おひょーひゃ」
 喚く男は無視をしてひたすらに歯列をなぞる。指に触れるのは丸っこいエナメル質だけで、皮膚を裂き血を啜るための牙は一本も見つけられなかった。

……うそ〟

 彼の顔を両手で挟んで観察する。
 手のひらに感じるちくちく。記憶よりくたびれた顔。眉がなくて頬骨がしっかりしているのは記憶の通りだ。コユキが大好きだった南天色の瞳孔は。

〝なんで……

 ギラつく南天色は、コーヒーのようにブラウン混じりの黒色に変わっていた。ついでに指先で触れた耳はまんまるで、まるで前回のコユキのよう。
 間違いなく、人間の形だ。

〝お、おじさん、なんで吸血鬼じゃ……
……あのね、誰と間違えてるか知らんけど。俺は生まれた時から人間だよ」
〝にんげん…………

 生まれた時から人間。

 そうか、そうなんだ。
 コユキが吸血鬼として生まれ直したのだから、彼が別の種族に生まれる可能性だって同じだけあるはず。冷静に考えてみると当たり前だ、今の今まで思いつかなかった。
 お退きなさい、と嗜められて静々退く。先までの勢いはどこへやらだ。
「アー、大丈夫?」
 すっかり萎んだコユキを見て、気の毒に思ってくれたらしい。お人よしだ。昔の彼なら一瞥くれて立ち去っていたはず。やっぱり彼とは少し違うのかも知れないとさらに打ちのめされる。
「お嬢ちゃん」
……
「俺ァ、ケンってんだけどさ」
〝え……
「お前の探してる吸血鬼とは違うと思うぜ。他人の空似だ」
……ケンさん〟
「ここは危ないから離れてな。なんか用事ならギルドに来てくれよ」

 またな、嬢ちゃん。

 コユキの頭をひとつ撫でると、彼と同じ姿形をした男は怒号飛び交う騒ぎの中へと舞い戻ってゆく。
 広い背中を見送りながら、コユキは喚き散らしたい気分だった。
 神様、神様、もし本当におわすのなら、これはあんまりじゃないですか!
 彼はきっと、人の命の折り返し地点にいる。対してわたしには、無限に近しい命がある。同じ速度で歩きたかったのに、これじゃあまた一人になってしまう。
 この日のために新調したスカートを握りしめて考える。人間って何年生きるんだったっけ。わたしが死んだのは何歳だった? 彼は今何歳なんだろう。一人は嫌だ。ひとりはかなしい。もう、あの孤独を味わいたくはない。

 集まった吸血鬼に惹かれたか、コユキ達とは無関係な下等吸血鬼がぐわりと牙を剥いて襲いかかってくる。あ、と思った瞬間には、粉雪混じりの風が吹いてコユキは誰かのマントにすっぽり隠されていた。甘い匂いがする。家を出る前に父が焼いてくれたアップルパイの香り。ということは、コユキをマントに包んで飛び回っている誰かは父親だろう。分厚い布の向こうで、何かが潰れる嫌な音がする。棒立ちで考え事をしていたせいで狙われたらしい。
「無事ですか。怪我は?」
〝ご、ごめんなさい大丈夫〟
「あなたらしくない。何かありましたか」
〝別に何も〟
……素直に聞く子だとは思ってませんでしたがね。降りてきたなら、今自分のするべきことを考えて行動なさい。まず身を守ることを第一に」
 それから逃げる事、とにかく身に危険が及ばぬようにと、保身に護身のオンパレードを並べ立てる父の言葉はスルスルと脳を通過していく。唯一残った含蓄あるありがたいお言葉は、『今自分のするべきことを考えて行動なさい』。

 今、コユキのするべき事は何か。

……おとうさん〟
「何です」
〝終わったら、駅前の不動産屋さんについてきて。新横浜で一人暮らししたいんです〟
「何です???」

 ぽむんと蝙蝠に姿を変え、父の腕から抜け出した。上空高く飛び上がると、ちょこまか動き回っている彼が見える。
 適当なビルの屋上に降りて淵に腰掛け、じっくりと動きを観察する。無線を飛ばしながら暴力で下等吸血鬼を制圧しつつ、じゃんけんして負けた相手の服やら装備やらを奪っていた。何故だろう。

……わたし、やるべき事を、やりたいことをやりますね〟

 駄々を捏ねることしかできなかった前とは違う。コユキには力と時間がある。そして彼は今、同じ時代で生きている。人間だからなんだというのだ。以前と立場が逆になっただけ。コユキには彼を置いていく気はさらさらない。なら話は簡単だ。

 今世の彼が、コユキを好きになってくれたら良い。

 そうだ、名前を教えてもらったんだった。小さく小さく、宝物みたいに口の中で名前を転がす。ケンさん。ケンさん。彼そのものを表すみたいによく似合う。前回もきっと同じ名前だった。
〝覚悟してらしてね、ケンさん〟
 膝を抱えてくすくす笑う。泡を食ったゴウセツがコユキの横に座るまで、地面を駆け回る愛おしい男を見つめていた。