柳堂知羽@一次創作
2025-08-28 22:24:56
7780文字
Public ⬛︎みえナい
 

アレはどうしたって、みえナい

辻で出会ったが、ヒトだったか。まあそうか、あんなつまらないモノ、ヒトでしかない。



今日も今日とて、ハヤテはやかましい。
たこわさのわさび味が少しばかりきつくて黙り込んだのもつかの間、気付けば聞いてもいないことを喋るしゃべる。落ち着け、と言って落ち着くタイプの男でないことをトラはよく理解しているからこそ、適当なタイミングで相槌を打ちつつ、ぐい飲みに入った日本酒を煽る。今日も今日とてこの店の大将がセレクトした酒は美味いが故に、ここに集まる「ナニカ」達も大いに満足している。とはいえ、ヤツラは酒やつまみだけではなく、少しも翳ることがないハヤテを見て楽しんでいる節もあるだろうが。やはりヤツラもそれを見逃すどころか自身も楽しんでいる大将もロクでもないやつらでしかないが、今のところ致命的なおいたをしてないだけマシか、とトラは思うことにした。
そんなトラの内心を知ることもなく、やっぱりハヤテはやかましく、新作といって自信満々に出してきた心霊写真検証動画は言いたいことがとっ散らかっていた。もちろん、写真自体は偽物だが、ハヤテにこの写真を提供した者もハヤテも、これが本物だと信じているのだろう。ならば野暮はことは言うまい、と小松菜としらすの和え物を摘まんだ。

「そうそう、この前、イベントの手伝いで地下鉄使った時に、ついに盛り塩を見つけたと思ったんですが……

そう言ってサワーを飲んだハヤテをちらりと見やる。今日も今日とて、この男の目に世界は輝いて見えるのだろうか。とはいえ、コイツが特にきらきらとして見えるだろう物事は、普通の感性をしたヒトからすればつまらないものでしかないだろう。だが、そんなことはハヤテにはどうでもいいのだ。なに、コイツは好奇心の化物である。危うくも危うくない綱渡りを続けられる細い運を掴むよう、コイツの中の化物はただひたすらに前だけを向くように仕向けている。
そしてハヤテ自身、それを望んで楽しんでいる。

「ヨーコから珍しく連投の連絡が来てそっちに夢中になってたらなくなってたんですよね」

念のため、頭から足先まで観察するが悪いナニカは憑いていない。なるほどやるな、とトラは笑うと、ハヤテは何も分かっていないのに楽しそうに笑い返しながら自慢げに妹とのやりとりを見せつけてきた。何もハヤテには伝わっていないことを、きっとこの男の妹はよく分かっているだろう。ただ、それでいいと思っているに違いない。その気持ちはトラには痛いほど分かるのだ。
どうやらトラの話もしていたらしく、ほんの少しばかり極まりが悪い。なに、ハヤテが妹へ送っている言葉の全てが喜びと楽しさに溢れているのだ。こそばゆい、としか言いようがない。トラに媚を売るためにそんなことをしているわけではない。ハヤテが心底そう思っているからこその言葉であり、行動なのが手に取るように分かる。まっすぐな好意は気恥ずかしさはあるものの、ふわふわと心地よい。同時に、それを食い物にしようとする存在への嫌悪感が強まっていく。

そう、だからこそ。
だからこそこの前辻で出会ったヒトを赦せなかった。
アレは、ヒトではあるが、腹の底は吐き気を催すような感情で満たされている。
そんなモノが、ヒトが、ハヤテという男を正しく評価しているという思い上がりに、思わずどうしてやろうかと考えてしまった。
ハヤテという男はつまらないヒトの子ではない。まあ、確かにうるさくはあるが、そういう話ではない。
ハヤテの目に映る色を、世界を、アレが貶していいはずがない。
ただそれだけであった。

「シマさん元気かなあ。また面白い話を聞きたいんだけど、最近来ないし」
「あのオッサンならそのうち来んだろ」

あんな厄介の塊に関わるな、と言いたいもののトラはそれを飲み込むことしかできない。それを言ってしまったら、自分はなんなのだというカウンターにしかならないのだ。ならば離れればいい。今までのように、大切に思ってしまいそうなヒトは遠ざけるに限る。
まあきっと、そんなことをしてもハヤテはトラに勝手に近づいて、楽しそうに喋りまくるだろう。目を輝かせて、この世界に散らばる好奇心を刺激するカケラを見出すことへの情熱を語る。短いヒトの生の中でハヤテという男はきっと、好奇心の化物と共にギリギリの綱渡りを繰り返しながら、その目に色を乗せていく。
そんな危なっかしいヒトの子が道半ばで事切れないよう、見守るくらいはいいではないか。きっとアイツだって、そんなオレを楽しそうに見つめるに違いないから。
戯れにハヤテのまろい頰を指で叩きつつ、トラは酒を飲む。大将がニヤつきながらこちらを見ている気がするが、トラは気にしないことにする。気にしたら負けであるが、もうすでに負けは続いていることをトラは気付いているが、見て見ぬ振りをしていた。余計なことをいうと、大将やナニカ達がますます調子に乗るのだ。更に言えば、ハヤテにどうしようもないことを言って、変な気を起こさせることもありある。トラはそれだけはなんとしても阻止したいのだ。

「ハヤテクン!この前、河童ノ手を見に行ったとこの近クの一軒家に幽霊が出ルらしいよ!」
「たーいしょ、不法侵入は俺の信条に反するので行きません!」
「じゃア、この一帯で手首ラーメンを出スっていウ屋台の話、聞きたクないかイ?」
「それは聞きたい!」

まあ、阻止できているかと言えばできていないのも事実だ。こうやってハヤテの元には、求めてやまない不思議で恐ろしくてどうしたって魅了されて、その目で確かめたくてたまらない話が舞い込んでくるのだから。精査ができているうちはまだいい。だが、巻き込まれる形でハヤテに悪意が降りかかった時、トラは己がどうなってしまうかを想像して笑う。
あまりにも分かりきっている話である。どうもこうもない。
のこのこと大将の元へ行こうとするハヤテの首根っこを掴み、酒を飲む。今日も酒やつまみが美味いし、大将やナニカ達は面倒で、ハヤテは落ち着きがない。瞬きの間の日常であろうと構わないのだ。トラはただ、この日常に心地よさを感じてしまった己に苦笑を漏らしつつも、無防備すぎるハヤテの頭にげんこつを落としたのだった。