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九条空
2025-08-28 02:12:29
5734文字
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砂とカビのSF
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地球全土が荒廃した。
地上は荒れ果て、すべてが砂漠になっている。
地上で活動できる生命はもう存在しない。
オゾン層は破壊され、太陽光を浴びることは寿命を縮めることと同義だった。
そうなったのは人類が資源を使いすぎたからだったか、それとも醜い戦争の末だったか、もう知ることはできない。
歴史を後世へと伝える本は皆、砂にかえってしまったのだから。
しかし、人類すべてが滅んだわけではなかった。
わずかに生き残った人類は地下に逃れ、地面の下に街を作り、薄暗い場所で生き延びていた。
わたしもその地下の街に暮らす人間のひとりだった。
生まれ育った場所ではあったが、その街を好きになることが、わたしにはできないでいた。
そこに生きる人々は希望を失っていて、死を待つだけのような顔をしているのだ。
その街では病が流行っていた。
もはや毒になってしまった日光、それが当たらない地下にある街。
地上の有害な物質を遮断しているために、空気が常にじめじめと淀んでいる。
そのせいで、人体にカビが生えるのだった。
体の半分もそのカビに覆われれば、人は死んでしまう。
この街に暮らす限り、その病を治す方法はないのだった。
わたしの趣味は、地上に出て散歩することだ。
地上は人の暮らせる場所ではなく、地上にいればいるだけ死が近づく。
地上にあるのは死と砂だけだ。
それでも、散歩するのが好きだった。
わたしにもカビが生えている。
地上に出て、強すぎる日光に体が焼かれるような感覚は、わたしの体のカビも一緒に殺してくれているように思わせた。
それが気休めにすぎなくとも、より寿命を縮める行為だったとしても、どうでもいいと思っていた。
この街に暮らす人は、みなただ死を待っているだけの人々である。
それはわたし自身も、例外ではないということなのかもしれなかった。
ある日、いつもと同じように地上を散歩していたわたしは、気がつけば見たことのない場所にいることに気がつく。
その場所は乗り物の中だった。
そして、そこにはわたし以外の人間がいた。
地下に住まう陰気な顔をした人間とは、違う種類の人間であるように感じられた。
わたしがいたのは、飛空挺の中だった。
地下に住まう人間以外にも、世界が荒廃する前に高度なテクノロジーで飛空挺をつくり、その中で生き延びた人々がいたのである。
荒廃した砂漠の上を飛んでいた飛空挺は、たまたま、地上を散歩しているわたしの姿を見つけたらしい。
地上に生き物がいる、それに大変驚いた彼らは、そのままわたしを飛空挺へと連れ去ったのだ。
飛空挺の人々からのもてなしは、最上級だったと言える。
すくなくとも、今まで地下で暮らしてきたわたしにとって、空挺内に満ちる新鮮な空気そのものが最高の環境だった。
彼らはわたしに食べたことのないおいしい料理をふるまってくれたり、みたこともないような遊戯を教えたりしてくれる。
しばらくは時も忘れて飛空挺での未知の生活を楽しんでいたわたしだったが、あるとき気づくことになる。
飛空挺の人々のわたしに対する態度は、愛玩動物に対するそれだった。
悪意があるにせよないにせよ、彼らはたぶん、わたしを同じ人間だと見ることができないのだろう。
育ってきた環境も異なれば、文化も違うし、下手をすれば彼らはわたしのことを「地上でも生きられる珍しい動物」と見ているのかもしれなかった。
あるいは、いつかはわたしを解剖でもして研究するつもりなのかもしれない。
ここから逃げ出して、家に帰らなければ。
わたしにそんな思いが芽生えたのは、わたしに構う飛空挺の人々に「飽き」が見えてきた頃だった。
わたしは彼らに飽きられつつある。
完全に飽きられたら、どうなるのか。
飛空挺でのわたしは、衣食住全てが彼らにおんぶに抱っこである。
そもそもが地下の民をはるかに上回るテクノロジーを持った人々だ。
わたしはどうにでもされるだろう。抵抗する術を持たないのだ。
そんなとき、ひとりの男と知り合うことになる。
当然、その男は飛空挺の人々のひとりなのだが、彼にはひとつ変わったところがあった。
地上に対する憧れが、とても強いということである。
他の飛空挺の人々は、地上はひどい場所だろう、ここにこれて良かったね、とわたしに言うだけだ。
しかし彼だけは熱心に、地上はどんな場所か、とわたしに聞いてくるのだった。
君は何を食べたり飲んだりして生きているのか。
もし自分が地上に降りたらどのくらい生きられるだろうか。
君に仲間はいるのか。
彼からの質問は絶えず、「飽き」が見えない。
それまで、わたしは地上に関する質問にはほとんど口を閉ざしていた。
飛空挺の人々は、高い技術を持っている。
想像に過ぎないが、相当な武力もあるだろう。
万が一、わたしが地下に街があることを地空挺の人々に教えることで、彼らが地下を攻撃だの征服だのしたら、面倒なことになるんじゃないかという思いがあったのだ。
わたしを質問攻めにする彼にはどうも、明確な願望があるようだった。
「地上に行ってみたい」という願望である。
その理由は知らないし、聞こうとも思わない。
わたしにとって重要だったのは、「彼がなにを投げ打ってでも地上に行きたいと強く思っている」ということだけだ。
わたしは、彼にだけ地上の話をした。
地下に街があり、わたしはそこから来たのだと。
わたしと同じように地下で生活している人はたくさんいるし、ある程度の生活ができているのだと。
その話に目を輝かせた彼に、わたしは提案した。
わたしを地上に降ろしてくれれば、あなたを地下の街に連れて行くことができるだろう。
わたしは、地下の悪いところを、彼には一切話さなかった。
打算があったからだ。
地下の悪いところを話して、やっぱり飛空挺の方がいいやと思われてしまったら、わたしは地上に戻るための協力者を失うことになる。
彼はよく働いた。
わたしは知らなかったが、きっと飛行船内で彼はそれなりの地位にいたのだろう。
十分な準備と手順を踏んで、わたしと彼はすんなりと、飛行船から地上に降り立った。
地下の醜い部分、そして、わたし自身の醜い部分をひた隠しにしたまま。
わたしは彼のおかげで、地上に戻ることができたのだった。
降り立った地上は、わたしにとっていつも通りだった。
いつもと違うのは、隣に興奮した様子の男がひとりいるということだけである。
何が彼をそんなに地上に憧れさせるのか、わたしには理解できなかった。
ここには砂とカビ、そして死を待つ人々しかいない。
飛空挺に初めて乗った時のわたしだって、彼ほど興奮しなかっただろう。
むしろあの時は恐怖が優っていた。これからどうなるのかわからない不安で。
地上には戻ってこれた。
あとは、彼とした約束を果たして家に帰るだけだ。
地下にもたくさんの街がある。
ただ地上に降り立ち、地下への道を見つけ、そこからどこかの街に降り立っただけでは、わたしの故郷には帰れない。
彼とはそこで別れても良かったはずなのに、わたしはなぜか彼と別れるのが惜しかった。
飛空挺由来の技術を用いた道具を持つ彼が、旅の友として頼もしいから、というのももちろんあった。
だが純粋に、わたしはひとりが心寂しかったのだ。
旅などしたことがなかったから。
そして都合のいいことに、彼もまた、わたしと行動したがった。
ツテもなにもない場所に彼を置いていくのは申し訳ないとも思った。
だから、彼をわたしの故郷まで一緒に連れて行くと改めて約束した。
そして、わたしの故郷への旅が始まる。
地下のいろいろな街を通って、故郷へ帰るのだ。
最初にたどり着いた小さな街から、いくつか街を経由して、大きな街に出る。
大きな街には鉄道が走っており、そこでわたしの故郷の最寄り駅までいくのだ。
鉄道に乗るところまで、わたしたちは大変迅速に行くことができた。
ただ、あまりに迅速すぎたらしい。
不思議に思った彼は、わたしになぜそんなに急いでいるのか、と問うてきた。
答えとしては簡単だ。彼に地下のひどいところ見せないようにするためだった。
地下においては、小さい街ほど環境が劣悪だ。
施設が整っていないからである。カビがひどく、人も建物も蝕んでいる。
わたしは、彼にそんなひどい光景をできるだけ見せまいとした。
あんなにも地上、そして地下に憧れていた彼を幻滅させてしまうのが心苦しかった。
でも、それはその場しのぎで意味のないことだと、わたしは知っていた。
目的地としているわたしの故郷が、まさしく、カビまみれの劣悪な環境であるからだ。
地下がひどい場所だと知って、彼が飛空挺に帰りたがったらどうしよう、とわたしは心配していた。
彼と別れがたかったのは事実だ。
だが、それよりわたしが恐れていたのは、わたし自身が飛空挺に帰りたいと思ってしまうことだった。
飛空挺の環境は、間違いなく素晴らしいものだった。
もちろん、地下と同じようにいろいろと問題はあったけれど、それでも人々は近寄り生き生きとしていた。
わたしは飛空挺では愛玩動物として扱われていた。
虐待のようなひどい扱いはされなかったものの、「地上にいた珍しいいきもの」として見られ、人権と呼べるものはなかっただろう。
しかし、それでも、それでもあの場所は間違いなく、心地よい場所だったのだ。
心地の良さと、人間としての尊厳。
わたしは人間としての尊厳を選んで、地上に戻って来た。
だが、それを後悔してしまうことが何よりも恐ろしかった。
地上に幻滅した彼が、飛空挺に帰りたいと言ったのなら、それが現実になってしまうような気がした。
途中で通った小さい街の、その劣悪さの一部を見て、案の定彼はひどく心を痛ませているようだった。
それを見たわたしは、想像が現実になることをただ恐れていた。
旅には終わりが来る。
わたしと彼は、無事にわたしの故郷にたどり着いた。
長く帰っていなかったのに、その街は何も変わっていないように思えた。
相変わらず住民は陰気だし、相変わらず家族はカビに侵され死にかけている。
わたしには、誰も彼もが、ただ死を待っている街にしか思えないのだった。
もともと地上散策という放浪癖のあったわたしは、街の住民、そして家族からも、いつどこかへ消えてもおかしくないと思われていたらしい。
だから帰ってきたとしても、ああそうか、と言われただけだった。
そこでわたしはようやく気がついた。
ここにも人としての尊厳なんてなかったのだ、ということに。
人としての尊厳はきっと、環境ではなく自分の中にあるのだ。
周りに人として認められているかは、きっと関係がなかった。
わたしはようやく安堵した。
故郷に帰って来ても、飛空挺に帰りたいとは思わなかったからだ。
地下にいようが、飛空挺にいようが、わたしは何も変わらないだろうと確信した。
わたしは故郷の人々と同じく、死を待つだけの人間だったのだ。
飛空挺の人間たちと「違う」と思っていたのは、他の誰でもない、わたし自身だったのだ。
飛空挺の彼らは生きるために生きていた。
でもわたしは死ぬために生きていたのだ。
それならわたしは飛空挺にいるべきではなかった。
生者たちに腐臭を撒き散らすのは望むところではない。
腐臭しかしない生まれ故郷で死んでいくのが、きっとわたしにふさわしい。
わたしの故郷の有様を見て、飛空挺からついて来た彼がどう思ったのかを知ることはできなかった。
結局、わたしは飛空挺に連れ去られる前の、死を待つだけの生活を続けることになる。
ひとつ変わったことといえば、地上を散策するのに、1人の同行者が増えたことだ。
わたしと彼は、地上を散策する。
地上の環境は、相変わらず人の命を縮める。
強すぎる日光のせいなのか、漂う有害な物質のせいなのかは知らない。
地上にいると死に近づくことを、わたしたちは間違いなく認識していた。
地上で生物は活動できない、それは世界の常識だったようにも思う。
けれどそれでも、地上を散歩することをやめることはできないのだった。
地上にいることで感じられる、自分の一部が死ぬような錯覚。
それは同時に、身に巣食うカビも死んでいっているような気持ちを与えてくれた。
だからこれからも、わたしは彼と、地上を散歩するのだろう。
カビと共に、自分が死ぬまで。
おしまい。
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