蛍月
2025-08-11 21:00:59
5555文字
Public 夢小説
 

風来事件

文豪ストレイドッグス|谷崎+男主|再会の話|未完


 伊達風良は困り果てていた。
 自身が所属していた小悪党集団の検挙。とっさに重要証拠を持って逃げたものの、その先を考えていたわけではない。運が良ければこの証拠に関わっている企業に保護してもらえるかという程度だが、そもそも連絡を取る方法すら無い。
 ここ数日、学生時代に勝手に使っていた倉庫に潜んでいるが、それももう数日と保たないだろう。なにせ空腹だ。ぐうぐう鳴る腹をなだめたのも最初だけ。もはや腹の音にも慣れきった風良は、記憶に残る食事を思い返していた。
「あー……谷崎の作るカレーが食べたい」
 漏れ出た欲求は叶わないもの。風良自身、それはよく理解していた。
 風の噂で聞いた話では、谷崎は武装探偵社に所属しているらしい。対して風良は小悪党に落ちた身。関わって谷崎や彼の妹に悪評でも立ってはならない、と風良は信じていた。だからこそ、顔を合わせるのも憚られる。
「俺も、道が違えば……
 何度も繰り返した夢想を口に出してみる。実際、風良にも谷崎と似た道へ向かう可能性はあった。だが、現実として道は違った。
 伊達風良は異能力者である。学生時代にそれを自覚した彼は、学校を中退して谷崎たちの前から姿を消した。制御の効かない能力で親友を傷つけたくないという一心からである。
 そして、行き場を無くした風良に手を差し伸べたのは悪党だけだった。風良は異能を上手く隠していたが、そうでなくても一般社会から滑り落ちた者。悪事に手を染めるしかできなかった。
 いくつかの“仕事”を経て風良はいくつかのものを得ていた。新たな友人や異能の制御、そして少額だがまとまった金銭。
 大分制御可能になった異能以外、今は失ってしまったが。
 風良は重要証拠である記録媒体を目の前に取り出して見つめる。小さいが、彼の手には随分と重たく思えた。今の彼にとって頼れるものはこれしかないのだ。
 何度目かのため息を吐いたとき、倉庫の扉が音を立てて開いた。
 もしや企業に気づいてもらえたのか。風良は期待を込めて、眩しい光の差し込む外を見る。
「風良!」
 彼の名を呼んだのは、離れたはずの親友の声だった。
「たに、ざき……?」
 記憶に焼き付いた柔和な顔立ち。暖かな色の髪。それらが風良の視界に飛び込んでくる。同時に、彼の後ろに立つ見慣れない男の姿も。
 谷崎が風良に駆け寄ってくる。後ろの男もゆっくりとだが着いてくる。そこでようやく風良は気づいた。重要証拠を奪った自分を追うために、武装探偵社が選ばれる可能性があったということに。
「嗚呼、良かったすぐに見つけられて! 風良、持ってるっていう証拠品を――
 自身の肩を掴む谷崎を前に、風良は俯いた。顔を合わせられるわけない、と脳裏に思い呟きながら。
 その瞬間、倉庫の外から慌ただしい音が聞こえた。車が停まる音。幾人もの駆け込んでくる足音。
「伊達風良くん、だね?」
 貫禄のある男が、嫌味な笑みを浮かべながら風良たちを見ている。一般人や警察でないことはその場の誰もが容易に察したことだった。なにせ、武装した男たちを従えている。
「成程、今回の件に関わる企業か」
 国木田が眉間に皺を寄せて言い放った。しかし探偵社側に証拠が渡っていない以上、この場所に来たというだけの理由で相手を警察に突き出すというわけにもいかない。
 風良、と。谷崎がもう一度呼びかけようとした瞬間、倉庫内に一台の車が乗り込んできた。相手の男の横に停まった車から、こちらも武装した男が出てくる。
 ――谷崎ナオミを、しっかりと捕らえた状態で。
「ナオミ! なんで……!」
 叫んだ谷崎にナオミは弱々しい笑みを浮かべた。
「申し訳ありません、兄様……どうしても、風良さんが、心配で」
 ぎりりと歯の根を噛みしめる音がした。谷崎が、異能を使おうと身構える。しかしその横を風良がすり抜けた。
 相手の男の元へ駆けていき、小さな記録媒体を取り出す。
「例の証拠かッ!」
 国木田が顔色を変える。谷崎がだめだと叫ぶ。それらを尻目に風良は、薄い笑みを浮かべてみせた。
「これ、渡せばナオミちゃんには手出ししないよな?」
「ああ。勿論だ。その少女は解放しよう」
……わかった」
 そして風良は記録媒体を目の高さまで持ち上げ――
「っざけんな!」
 決して渡さない、と握り締めた。男がナオミを使って脅そうと指示を出す前に、風良は素早く動く。まるで風に乗るように飛んだ彼は、ナオミを捕らえていた男に膝蹴りを決めた。
 誰もが唖然とするなか、ナオミの身体は支えも無しにふわりと浮き上がる。彼女が困惑すると同時、風良が口を開いた。
「ちょっと荒っぽかったらごめんな! 谷崎! 受け止めろッ!」
 豪、と明確に風が吹いた。ナオミの身体を運ぶそれは、的確に兄の元へ少女を届ける。慌てて受け止めた谷崎は、ほっと息を吐きながら風良を見た。
 武装した男たちに囲まれている。それでも彼は、笑っていた。
「これが欲しいんだろ?」
 ちらりと記録媒体を見せつけ、だが渡さないと手の中へ戻し。
「奪えるもんなら奪ってみろ! 『風神雷神』ッ!」
 異能の発動を高らかに告げた。
 風良の周りに風が渦巻き出す。それらは意思を持つように絡み合い、周囲の男たちに襲いかかった。
 誰かが発砲する。しかしそこに風良はいない。風による瞬間的な移動を披露した彼は、移動の勢いで二、三人を蹴倒した。
 瞬く間に武装した連中を制圧した風良は、リーダーの男の前にふわりと降り立った。
「ど、どういうことだ! 我々からの保護を待っていたンじゃないのか!?」
「そうだけどっ」
 喚く男を殴り飛ばす。吹き飛んだ相手を一瞥し、風良は冷たい目を見せた。
「ナオミちゃんに手を出す奴なんか信用できねーっての」
 その言葉に、谷崎が大きく目を見開いた。ナオミも目を瞬かせ、薄く笑う。
「風良さんは風良さんでしたわね?」
……うん」
 納得したように微笑む谷崎兄妹。彼らの方へ戻ってきた風良は、ついでのように国木田へ手を差し出した。
 なんだ、と睨みながらも国木田は手を出す。その手に小さな記録媒体が乗せられた。
「これ、渡しときます。俺にはもういらないものなんで」
「わかった」
 国木田は記録媒体を丁寧に仕舞う。
 自然と谷崎たちへ向き合った風良は、気まずそうに視線を逸らした。あーとかうーとか意味のない言葉をいくつも呟き、やがては俯く。
 そこへ、手が差し伸べられた。手の主である谷崎は目を上げた風良に照れたような笑みを見せる。
「風良、ありがとう。またナオミを助けてくれて」
……俺は」
 感謝の言葉へ、しかし風良は表情を暗くする。自分の為してきたことを思い返すように、彼は痛みを堪える顔をした。
「やっぱり、風良は風良だね」
……!」
 だが、続いた言葉を聞いて弾かれたように顔を上げた。驚きと喜びが入り混じったような表情で、谷崎とナオミを順番に見る。
 そして、ゆっくりと口を開いた。
「俺は。いつだって二人の味方だから」
 自然と風良の目から涙が零れ落ちる。自分に言い聞かせるように呟いた彼は、乱暴に目元を拭った。
「ありがとう、谷崎」
 次に彼が見せた表情は、満面の笑みだった。
――お前がそう言ってくれるのが、なにより嬉しいっ!」


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