sidori
2025-08-12 00:00:00
15634文字
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人妻定食八月号『硬八』

モブ視点で高銀の坂田に失恋するNTRマガジン八月号です。

jilの『ひと夏限定の男の勝負飯!カラッと揚げた純真盛り合わせ~キリッとした苦味が敗北の味ドリンク付き~』



隣にクラスの誰かが結婚したらしい。
結婚指輪をしていたと、今しがた廊下ですれ違った女子生徒たちがはしゃいでいた。
まったくもって、学生の身でいいご身分だ。
生憎と、僕にはそんな浮かれているような暇はない。
勉強、勉強、勉強。いくらしたって、し足りない。
僕の考えた最高の将来設計のために、僕に無駄にする時間など一分たりともないのだ。
「お、文部川」
気だるげなその声に、僕の心臓は跳ね上がる。少しの間だって惜しくて、慌てて振り向く。
「この間のテスト、また成績が上がったな」
「はい!頑張りました!」
そこにいたのは、銀髪くせ毛で、メガネのダウナー系美人……じゃなくて、現国担当の坂田銀八先生だ。
ああ、先生を目に焼きつける時間のなんと有意義なことか……!!
1日24時間のうちすべてをこの時間に注ぎたいくらいだ……!。
僕は乳臭い同級生になんて興味はない。やはり時代は、27歳独身高等部銀髪ムチムチ現国教師だ。
「え、なに?俺の顔になんかついてる?」
「星々の煌めきを閉じ込めたような濁った目と、知的なラインの眉と吸い付きたくなるくらい愛らしい唇と上品でこぶりな鼻がついています」
「え、なに、気持ち悪っ」
「あっ、すみまさんつい……!先生がシコ…………スコティッシュフォールドに似て可愛らしくて」
「は、はははっ……。お前なんかときどき気持ち悪くよな。呼び止めて悪かったな。じゃ、頑張れよ」
先生は引きつった顔で乾いた笑みを零してから、僕を鼓舞するお言葉をくれた。
ーーああ。
ーーああっ!
今日は先生から話しかけてくれて、しかも54秒も話せた。
なんて素晴らしい日なのだろうか。いつの日か僕が内閣総理大臣になった暁には、今日を28回目の銀八先生記念日に制定しなくてはいけない。
まあ、内閣総理大臣になる予定はないのだが。だって僕は、国よりも銀八先生のほうを優先してしまうから。
ごめんね、国よ……
僕という優秀な未来の人材を失うことは惜しいだろうが、全ては銀八先生が魔性の男であることに罪がある。
そう、今の僕にはなによりも大切な夢がある。
いっぱい勉強して、いい会社に入ってーー銀八先生と結婚するのだ。
そして、僕は銀八先生を養うために、給料をいっぱいもらわないといけないのだ。
「あ、綺麗な空」
窓から見上げた青空があまりにもきれいで思わず写真を撮る。いつか、銀八先生のLIN○をゲットしたときに、彼と共有するために、道端の花や可愛い野良猫などを撮りためたフォルダがある。もう1919枚も溜まっているフォルダが、はやく銀八先生に放出されたいと疼いている。
でもまだだ。まだ我慢なのだ。
先生は聖職だ。
もし、うっかりにでも生徒と関係しているだなんてバレてしまったら、先生に迷惑がかかる。
それがどんなに純粋な純愛で真実の愛だろうと、世間には関係ないのだから……ああ、なんて酷い世の中だろうか。
けれども先生、僕は負けません。どんな逆風であっても、先生と手を取りあって進めば、必ずたどり着けると信じているからです。
こんなにも愛する先生と運命を感じたのは、今からちょうど一週間前の月曜日だ。
あの日、僕はいつものように学校に登校している最中だった。
なんの目的も夢もなく。ただ、漠然と全国模試一位を目指して勉強して、親の言う通りに内閣総理大臣になるのだろうと、ぼんやりと思っていた。(ちなみに我が家は政治家一家などではなく、小学生のときに百点を取ったテストを見た親が「お!えらいな!これなら総理大臣にもなれるな!わっはは!」と言ったとこに由来する)
例年よりも高い気温の中、汗だくになりながら必死に歩いていたそのとき、曲がり角を走ってきた先生とぶつかったのだを
「あ、悪い」
まさにーーそれがDESTINY(運命)だった。
そのあまりの勢いに、僕の顔は先生の胸部にめりこんでいた。
先生の少し汗が混じった匂いに包まれてーーその柔らかな弾力に弾き飛ばされてーー僕の脳は揺れ鼓動は激しく鳴り響いた。
ーー結婚!!
そのワードが、頭の中に大きく爆誕した。
「忘れ物しちまって急いでたんだ!ん?お前、文部川か?めっちゃ鼻血出てるけど大丈夫か?おい!おい、しっかりしろ!」
ああ、先生が僕の名前を呼んでくれている。
僕のを顔を見つめて、僕の肩を抱いてーーこれってつまり、先生も僕のことが好きってこと?
想いが通じあったその瞬間から、それまでモノクロだった僕の世界はRGB並に約1677万色の表現が可能になり、色めきはじめたのだ。
銀八先生。好きです。僕があなたを幸せにします。
僕は部屋に飾っていた「打倒!東大!」の書を破り捨て、新しく墨をすって筆をとる。
そして、全ての気持ちを込めて「濃情蜜意 坂田銀八」(とても深くて甘い愛情や親密な思いという意味の四文字熟語)と書いて、新しく部屋に飾った。
先生。
銀八先生。
明日からの夏休み、先生と会えなくなることに、胸が引き裂かれそうになります。
あなたの為ならば、ドラマの再放送を我慢して、1日中勉強することも辛くはない。けれども、あなたの顔を見て、声を聞いて、笑い合うことができなくなることが、辛いです。
ああ、それでもーー。僕はあなたを想いながら、この逆境を乗り気ります。
僕とあなたはひと夏のロミオとジュリエット。
けれども、結末はハッピーエンドになるでしょう。


全身全霊をこめて猛勉強をしつつも、生きてはいる以上1日三食食べたとて深夜にお腹はすく。
夜食を買うついで息抜きでもしようかとコンビニに向かうことにしよう。
外は夜になってもまだ蒸し暑くて、まるで先生思っているときの僕の体温のようだった。
先生は今頃何をしているのだろうか。
同じ空の下、僕のことを思っていてくれているだろうか。
「は!あれは!」
コンビニまであと数メートルというところで、僕ははっと足を止める。
入口近くに人影があったからだ。それも、ただの人影ではない。
「3年Z組在籍この学校一の不良!冷血硬派とも謳われるこの
高杉晋助……!?な、なぜやつがこんなところに!?」
彼と話したことは一度もない。しかし噂だけはかねがねだ。
これから僕は、彼の目の前を通ってコンビニに入らなければいけないのか……
どうしよう、すごく嫌だ。
セミファイナルよりも嫌だ。
一瞬このまま家にUターンしてしようかとも考えた。しかし、すぐにそんな情けない考えを振り払う。
なぜなら僕は銀八先生の夫になる男。こんなところで挫けていては、この先先生を守り抜くことなどできるはずがない……
僕は一本、また一歩と足を進める。ゆっくりではあるが、確実に前に進んでいる。
少し、あと少し……。僕は風。僕は透き通るような夜の風。だから、高杉くんの目にも映らない……はず!
「おい、アンタ」
「ひい!」
ようやく高杉くんの前を通過しようとしたそのとき、声をかけられて飛び上がる。
カツアゲか!?それとも憂さ晴らしのサンドバッグか!?
僕はただコンビニに入ろうとしただけなのに、どうしてこんな目に……
くっ!しかし僕も男だ!せめて、一矢報いてから死なんっ……
「財布落としたぜ」
そう言って高杉くんが指さしたのは、僕が今来た道の数歩前。そこには確かに僕の財布がちょこんと落ちていた。
どうやらガクブルとビビりすぎて、尻ポケットから財布が飛び出してしまったらしい。
「あと、異様に汗が出てるぜ。大丈夫か?これ、余ってるからやるよ」
そう言って高杉くんが差し出してくれたのは、使い切りの冷感タオルだった。
え、優しい?
何、この胸のときめきは?
雨の日に野良猫に傘さして上げてる不良を見たときのトキメキ現象?
ダメ!屈しないぞ、僕は!!
「あ、ありがとう。優しいんだね、フェフェ……
でも、好意にはちゃんとお礼を返すのが人としての仁義だ!緊張しすぎて変な笑い方になっちゃったけど!
ん?なんか高杉くんに引かれてるけど、もしかして人にお礼とか言われたことないタイプなのかな……
可哀想に……もしかして、そんな過酷な家庭環境が、彼を不良だなんて修羅の道に進ませてしまったのだろうか。
でも、ごめんね、高杉くん。僕には君を癒せない。
なぜなら、僕にはもう心に決めた人がいるんだ。
そう、その人の名はーー。
「お、銀八」
「お待たせ高杉ー。あれ、文部川?」
「せ、せんせい!?」
なんてこったびっくらこいた!
コンビニから出てきたのは私服姿のマイラブ坂田銀八先生だった……
ラフなTシャツにムチムチの胸部。スネが丸見えの丈のズボン。シルバーリングを通したオシャレなネックレス。しかもメガネをかけていないだなんて……!な、なんてセンシティブなんだ!
センシティブ教師だ!!こんなのもう、一周まわって信仰対象じゃないか!!
僕が先生の御姿に祈りを捧げている横で、高杉くんは先生から受け取ったビニール袋の中身を覗き込んでから、舌打ちする。
「おい、ゴムは?」
「いや、しねーからな」
「なしで……てことか」
「いや、そもそもしねーから」
「わ、輪ゴムなら持ってますけど……
「いや!大丈夫!ありがとな!ちょっと特殊なやつだからさ!」
「XLだ」
先生が慌てて高杉くんの頭をゴツッと殴る。
さすが先生だ。あの不良をものともしない……
なんでこんなところに二人で……と思ったけれども、おそらく指導している最中なのだろう。
夏休みだというのに……これぞ、教師の鏡。高杉くんも更生してくれた暁には、僕と先生の結婚式に読んであげよう。
「じやあ、俺たちは行くから。文部川も、あまり遅くならないうちに家に帰れよ」
そう言って、先生が僕の肩をたたく。
まったく先生ったら……こんなところでボディタッチしたくなるほど、僕のことを恋しく思っていてくれるんでね。
高杉くんがいなかったら、この場で先生のことを熱く抱きしめていたかもしれない……。はっ!ダメだダメだ!
僕は頭を振る。
先生と生徒。禁断の関係。
どこで誰が見ているかわからないのだ。軽率な行動は慎まないといけない。
先生に迷惑をかけるわけにはいかないのだ。
遠ざかる二人の後ろ姿を見送りながら、僕はひとりごつ。
ただの先生と生徒……そんな、関係であったならどんなに楽だっただろう、と。
そんなふうに胸を切なくさせながら、僕はコンビニに入った。


地位と名誉、権力を手にするためには勉強だけ、できても意味がない。
人間も動物である以上、最後にものをいうのは体力と筋力なのだ。運動はあまり得意ではないが、だからといって逃げていい理由にはならない。
少しでも力を手に入れるために、今日のは僕は市民プールに来ていた。
水泳は全身の筋肉をバランスよく使う全身運動だ。効率的に体力や筋力を向上させられるうえに、水の浮力により関節や筋肉への負担が少なく、ケガのリスクも低い。
まさに、僕のためにあると言っても差し支えない運動法だ。
念入りに準備運動をして、いざプールの中に入る。
暑い日差しの中、冷たい水が心地いい。適度な抵抗感に体を揉まれながら、もしここにーー先生もいたらと思ってしまう。
水着姿の先生……。先生の白い肌が濡れに濡れて……ああ、だめだ!違う!僕はもっと健全なデートがしたいんだ!
いや、でもデートに市民プールは少し味気ないか。せっかくだから、去年オープンしたというレジャープールに行こう。
先生と一緒にウォータースライダーで密着して……あ!ダメです先生!こんなところで……いくら僕だが夫婦だからと言ってそんな……
普段隠れている先生の白い肌は、興奮でほのかに赤くなっている。そのほてりを鎮めるように、僕らは冷たい水をかけ合う。ああ、そうだ。忘れていた!日焼け止めローションを塗らないと!
先生の柔肌が痛々しく焼けてしまわないように、僕が繊細に塗って差し上げるのだ。トロトロヌルヌルグチャグチャのローションをたっぷりと、先生の背中、手足、お腹、そしてお胸にも……あっ!先生、そんな僕にいたずらしないでっ!今大切なところに塗り塗りしてる最中で、あっそんなっ!そんなことされたら、ぼくは、ぼくはもう……あっ、あっ!吐息のかかる距離で!
「先生!好きだああああああああ!!」
近しい未来に身悶えながら1,500mメートルを完泳する。
体感5kgぐらい筋肉がついた気がする重い体を引きずって家路に着く途中、前方から来るら集団に気がつく。
「やや!」
あれは、三年Z組の面々だ。銀八先生の担当クラスでありながなら、先生を困らせる問題児ばかりの激ヤバクラス。
思わず電信柱の影に隠れて様子を伺う。
聞こえてくる会話から察するに、どうやらクラスで集まってカラオケにでも行っていたらしい。
ふん、呑気な連中だ。奴らがこうして遊んでいる間、僕は勉強に運動と自分を高めてきたのだ。
だがしかし、「できない子ほど可愛い」というのは、古今東西で言われている言葉。
先生が彼らを愛するのも必然なのだろう。
ならば、先生の伴侶である僕もまた彼らを愛そう。男たるもの、度量を大きく持ってこそなのだ。
「姉御、あそこの電信柱にストーカーみたいなモブが張り付いているアル」
「神楽ちゃん。あれは電信柱に張り付いてるストーカーみたいなモブみたいなセミよ」
「いやらしい目つきしてるアル」
「仕方ないのよ。神楽ちゃん。セミはね、このひと夏が恋の勝負なの。勝てば男の中の男として子孫を残し、負ければ一生童貞としての汚名を被って土に還るのよ」
「過酷な世界アルな」
「いや、姉上。あれ隣のクラスの文部川くんですよ」
「そうよ、モブモブゼミよ」
「そんなセミいないですし、失礼ですよ。あっ、文部川くん!?」
僕は走った。ただひたすらに走った。
目的地なんかない。理由もない。ただ、パッションのままに走った。
ああ、逢いたい。
はやく、先生に逢いたい。
夏休みなんか早く終わればいい。
そしたら、また毎日繊細に会えるのだ。
本物の先生と、触れ合えるのだ……
そう願いながら毎晩を泣いて過ごした。
泣きながらも勉強と運動を頑張った。
先生!先生!
早く逢いたいです、先生!
そしてようやく夏休み最終日が終わりを迎えーー新学期がはじまった。


「ねー聞いた?坂田先生寿退社だって」
「びっくりした!隣のクラスの先生の話って意外と流れてこないもんね」
「3Zでは夏休みの間に、カラオケでお別れ会したらしいよ」
「ええー、いいなぁ!」
「でも、なんか急じゃない?」
「旦那さんがカルフォルニアに行くから、ついて行くんだって」
「え、でも旦那って……
「なんでも、カルフォルニア大学に編入するとか」
「マジで!?たしかに頭いいもんね」
「じゃあ、二人で向こうで新婚生活?」
「羨ましい〜」

夏休み明け。僕はこの夏全米分の涙を肩代わりした。