ふみかぜ@壁打ち
2025-08-11 15:42:51
10914文字
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【Δドロ短編×2】暑さで物理的に溶けるΔロくんの話【スライム化】

「赤い退治人をねらい撃ち!5」にて展示しましたΔドラロナ短編2本立てです/Δロくんが暑さでスライム化する特殊設定を含みます/だいたいド隊長が溶けてるロくんの面倒みたり悪戯したりするだけの話


【ふやける銀色、ぬかるみの如く】
 吸血鬼ロナルドは死を知らない。年々強烈さが増す夏の暑さにおいても、熱中症を恐れて影の中で大人しくすることなどせず、元気に走り回っては町を荒らす下等吸血鬼相手を蹴り飛ばしていた。
 ……しかし。彼が猛暑に何一つ苛まれないかといえば、そうでもないのである。
――――あ、」
 最後の一匹を踏み潰した後、ぐにゃり、と視界が歪んだ。穴の空いた水風船のように皮膚から銀色のゲルが噴き出すにつれて、どんどん低くなっていく視座。一瞬の気の緩みでぼやけた身体の輪郭はそのまま形を失い、靴や服ごと液だまりの中へ呑み込まれていった。
……畏怖くねー、なぁ」
 雲ひとつない夜空に浮かんだ、満月より僅かに欠けた月を地べたから望見する。すっかり耳に馴染んだ痩躯の足音とアルマジロの声が聞こえてくるのは、もう少し後のことだった。

 茹だるような熱さが夜になっても引く気配を見せない、八月の新横浜。
 吸血鬼は火や熱に弱い、といってもこの町ではイレギュラーが発生するのが当たり前。今日も今日とて住民の平和を守るべく、退治人や吸血鬼対策課の面々は外を駆けずり回るのだった。
――よし、総員撤収! 熱でぶっ倒れる前に帰るぞ諸君」 
 大量発生した下等吸血鬼の無力化を確認し、吸対のドラルク隊長が無線へ呼びかける。自身の探知能力を活かすべくビルの屋上で指揮を執っていた彼も全身汗だくで、体力に難がありまくる痩躯の身体は限界に近かった。何とかダウンせずに済んだのは、彼の優秀な補佐たるアルマジロのジョンによるうちわや保冷剤や塩タブレット、冷凍麦茶といった懸命なサポートがあったからに他ならない。
「ヌヌヌヌヌヌ、ヌツヌヌヌヌ、ヌ茶!」
「ありがとう、ジョンもお疲れ様」
 持ち出した時は凍っていたはずが、今やすっかり温くなった麦茶のペットボトルをジョンから有り難く受け取る。熱を冷ますには少々物足りないが、緊張が解けた身体に水分を流し込むだけの行為が今は心地好い。
……あー、それにしても毎夜毎夜クソッタレな暑さだよ全く。ジョン、帰ったらシャーベットでも食べて、しっかり身体を冷まそうか」
「ヌー!」
 前足を掲げて賛同したジョンを腕に抱え、ドラルクは他の隊員と共に屋上を後にした。ジョンが甲羅に乗せていた保冷剤も柔らかなゲルになってしまっている。早いところ涼しい場所に退避して身体を休めたいところだ。
「さて、ロナルド君もとっとと回収せねばな」
「ヌーヌヌイヌ」
「うむ」
 ゆるい冷房がかかったビルの廊下の中。もう一息、とエールを贈るジョンに頷きを返し、窓際に立ったドラルクは再度意識を集中させる。探知にすぐ引っかかった気配からして、うちの備品こと吸血鬼ロナルドは表通りから一本外れた路地裏にいるようだった。ここからパトカーで移動すれば一〇分もかからないだろう。
「ふむ、あの辺か。動きがないな、寝ているのか? 気配は安定しているから負傷したとかではなさそうだが……あー」
「ヌ?」
「ジョン、先に署からチョコバナナミントシェイクを取ってこようか」
「ヌー……ヌーヌヌ」
 何ともいえないドラルクの表情を見て、察したジョンも生温い目で頷いた。全く、この暑い夜に世話の焼ける備品である。とはいえ今回の掃討作戦でもよく働いてくれたし、彼好みの氷菓で労うことはやぶさかじゃない。

 目的の気配がすぐそこにあるところでパトカーを停め、ドラルクはジョンと共に車外へ出た。再び襲いかかる不快な蒸し暑さ。肩へ引っかけた小型保冷バッグへ手を突っ込みたい欲求をぐっと堪え、つい先程まで下等吸血鬼が徘徊していた路地裏へ彼らは足を踏み入れる。
「ロナルドくーん」
「ヌヌヌヌヌーン」
 建物と建物の隙間、ろくな明かりのない暗闇の中をペンライトの細い光を頼りに進んでいく。気配からして半径五メートルもない場所に吸血鬼ロナルドはいると思われるが、ドラルクたちの呼びかけに対して聞き慣れた大きな声は返ってこない。
「もう帰るぞ、この私が疲労困憊でぶっ倒れる前に出てきてくれー……
 ドラルクの声音に焦りと切実さが出てきたところで、がたん、と何かが軽くぶつかる音が前方から響いた。足を止めて、ペンライトの先を向けてじっと待つこと十数秒。
 ――其れは建物の隙間から、地面に捨て置かれたポリバケツをすっ転ばせながら、ぬうっと姿を顕した。
 暗闇の中で尚のこと存在感を放つ、白に近い銀の光沢。角が少しも見当たらない滑らかな流体は、例えるならつきたてのお餅や自在に伸びるトルコアイス、求肥で包まれた氷菓子。食べ物を外すなら亜鉛属元素の水銀とも見た目がよく似ているが、違うのは大柄の成人男性並みの体積を自らの意思で伸縮させ、移動を行うスライムであるということだ。
「やぁやぁ見つけたぞロナルド君。今夜もいい溶けっぷりだね」
「ヌー」
……どらこー、ジョン」
 目の前へ立つドラルク、その肩に乗るジョンが気さくに声をかけると、地面を這いずる銀色のスライム――吸血鬼ロナルドはその実体をぶるりと震わす。普段の彼と同じ音の波長で発された声は、やや間延びして聞こえるがちゃんと意識があることを感じられる。
「まずはご苦労。今夜の作戦は無事成功し、市民の被害もゼロと言っていい。君にも大きな群れを潰して貰えて大いに助かったよ」
「おー……みんな無事ならよかったぜ」
「うむ。で、私も備品を回収して引き上げねばならんのだが。ロナルド君、動けるかね?」
「ええっと、んー……
 尋ねられたロナルドは小さく唸り、スライム状の身体を蠢かせて形を作ろうとする。一瞬だけ人の輪郭のようなものが浮かび上がったが、あっという間に消えてしまい、くたびれた雰囲気の粘液がでろんと地面に広がってしまう。
「あー、無理だ、あづい……
「そうやって地べたで伸びていると、余計に暑いと思うがねぇ」
「うるせー、分かってても熱で溶けちまうんだよ」
 ――死を知らぬ男、ロナルド。吸血鬼らしい弱点を持たず現時点で殺す手段が無いとされる彼だが、夏の暑さには弱かった。
 弱いといっても、吸血鬼らしく塵と化す訳ではない。ただ、溶けるのだ、文字通り。
 彼が言うには省エネモードのようなものらしい。もともと吸血鬼とは超常的な概念を包括する摩訶不思議な存在だ、スライムのように蕩けてしまうことだってあり得るのだろう。
 ドラルクも初めて目の当たりにした時は驚愕したものだが、そこは新横浜のお巡りさん。順応するのに時間はかからず、季節が一回りした今では対処方法も心得ている。
「ロナルド君、ほら」
 保冷バッグから蓋付きのタンブラーを取り出し、飲みくちに太いストローを挿す。軽く屈んだドラルクがストローの先を曲げて、ロナルドの目の前へ宛がうと、でろでろになった銀スライムがぽよんと跳ね、収縮して若干の厚みを取り戻した。
「ドラこー、それ」
「うむ、出動のごほうびだ。今夜はチョコバナナミントシェイクだよ」
「やったー! いただきまーす!」
 喜びの声を上げ、粘液をぐぐっと上に伸ばして鎌首をもたげたロナルドがストローに吸い付く。顔面がつるりとしたオットセイのようなフォルムでシェイクをごくごくと飲むロナルド。よほど暑さに堪えかねていたのだろう、五〇〇mLはこさえたはずの中身があっという間に軽くなっていった。
「ぷはっ……ごちそーさま! 冷たくて美味かった!」
「はいはい、お粗末様。さて、そろそろ立とうかロナルド君。自力で我が家に帰れたら、リンゴのシャーベットをサービスするぞ?」
「ヌンヌ、ヌーンヌヌヌヌヌ」
「えっ、マジで?! ん、んぐぐぐぐ……!」
 シャーベットという餌と「ジョンがあーんしてあげる」という誘い文句にロナルドはいよいよ気力を取り戻したようだった。冷たいシェイクで回復したパワーを発揮し、吸血鬼の肉体が本来の形を作り上げていく。
 ――そして、ペンライトの細い光の先。びちゃんという音と共に吸血鬼の黒いマントが大きく跳ね上がる。瑞々しい艶を帯びた銀色の髪の下、紅花で染め上げたような赤い目がぱちりと開き、濡れた唇が鋭く尖った牙を覗かせた。
 吸血鬼らしいクラシックな洋装を身に纏った美丈夫が、両腕を伸ばして均衡を保ちながら地面に足を着けて立つ。かくして吸血鬼ロナルドは、自らの姿を復元することに成功した。
「ジョン、ドラ公! 戻ったぜ!」
「うむ。……何か、びちゃびちゃしているがね」
「ヌー……
 ただしその身体は頭から爪先まで、透明なゲルにすっぽりと包まれているのだった。

 ぺた、ぺたと吸血鬼の濡れた靴底が舗装された地面に暗い跡を付ける。それは夏の熱気で瞬く間に蒸発し、注視しなければ見逃してしまう儚き幻のようだった。もっとも、足跡を付けた当の吸血鬼はいつも以上の存在感を持っているのだが。
「なかなか完全には戻らないようだねぇ」
「んー……暑いもんは暑いからな……
「それは大いに同意するが」
 二人と一匹で帰るのにも慣れたマンションの駐車場。署でパトカーから乗り換えた自家用車を停めて、彼らはエントランスへ移動した。エレベータが上階から下がってくるのを暫し待つ間、蛍光灯の下でより鮮明になった吸血鬼ロナルドの現状を眺めたドラルクは、脱力感を覚えながら静かに息を吐く。
 たっぷりと飲ませた冷たいシェイクと強めに設定した車内冷房のお陰で人の姿を取って歩けるようになったロナルドだが、その表面は厚さ七センチ程度の粘液に覆われている上に、爪の先や髪の毛といった神経の通っていない箇所が時折粘液と混ざり合って境界がぼやけた状態となっていた。
 パッと見た感じ、今のロナルドは七割ヒトガタ、三割スライムといったところだろうか。自力で動けるのはいいことだが、棺桶に行き着くまでに床を吸血鬼の分泌液で濡らされてしまうのは困る。
「ロナルド君、もう少しそのゼリーみたいなもの引っ込めて欲しいんだがね。せめて靴から膝のところだけでも、どうにかならないか?」
「えー、んな器用なことできねぇって」
 エレベーターに乗り込んだドラルクが淡々とした声で要求すると、ロナルドが困ったように肩を竦めた。空調に乏しい狭い箱の中に入ったことで熱気がぶり返してきたのだろう、彼の手の甲や耳たぶも表面が再び溶け始めている。
「ならば棺桶を玄関に移動させて、乾くまでそのまま寝て貰うほかないな」
「うげっ、暑いし畏怖くねぇ……
「それが嫌だったら早いところ戻るように」
「おー……がんばってみるけどさぁ」
 テンション低めにロナルドが返事したところで、エレベーターが目的の階に到着する。後は、廊下を突き当たりまで進むのみだ。
「ドラ公もすっかり馴れたもんだよな。初めて見た時は固まってたのに」
「そりゃあ、最初は未知の現象に驚かされたが。今は原因も対策も分かっているんだ、いちいち動揺することもないさ。君のローテンションぶりを見るに、仮死にすら至ってないようだし」
「うん、死にそうってのとは違うんだよ。疲れてるけど意識ははっきりしてて……なんつーか、プールで浸かってる内に手足の感覚が曖昧になる感じ?」
「その眠気が来ない版ってところかね。つくづく妙な頑強さだ」
 話している内に部屋の前に到着し、ドラルクがカードキーで鍵を開ける。事前にスマホからのリモート操作で冷房の設定温度を下げておいたが、つい省エネモードにしていたせいで外の熱気に負け気味だった。ただでさえエアコンの効きが悪い玄関は外の廊下と大差ない蒸し暑さで、汗が背中から伝い落ちて気持ち悪い。
「はー、あっつ……ジョン、先にリビングの冷房強くしてくれるかい? もう好きなだけ下げて構わんから」
「ヌー! ……ヌイヌ!」
 冷却タイプのウェットティッシュで手足と甲羅を拭いたジョンが、ファイトと主人へエールを贈って一足先に部屋の奥へ入っていく(ありがとうジョン、今夜はプチチートデー解禁だ)明日からは省エネモードにするにしろ、設定温度はもう一、二度下げておこうと、額に浮き出た汗を骨張った腕で拭いながらドラルクは反省した。
 靴を脱ぐ前にさて、と振り返ると、何ともいえない表情を浮かべた吸血鬼ロナルドが扉を背に立っている。息を我慢するように唇を引き結んでいるのは、スライム覆われモードを解除しようと頑張っているのだろうが……状態は、入る前とさほど変わっていないように見えた。むしろ、変に力んでいるせいで皮膚が溶解する範囲が僅かに広がり、ゲルの色も透明から薄い銀色に逆行し始めている。
 ――仕方がない。次の手を使うとしよう。
「んぐぐぐ……んぐー……!」
「ロナルド君、ちょっと」
「うん?」
 目の前で手をひらひらと振って注意を向けさせ、ロナルドがこちらを見たタイミングで目と鼻の先まで距離を詰める。
「うぇ、ドラ公?」
 戸惑いの声を上げる彼の頬へ、吸血鬼の粘液で服が濡れるのを気にすることなく手を伸ばした。ずる、と掌がぬるいゼリーに沈み込んでいく感覚は、火照った熱を冷ますまではいかずとも中々に心地好い。
「え、は、」
「はいはい、そのままそのまま……
 ロナルドの頬周辺に骨格の硬さがあることを確かめて、彼の顔をやや下へ向かせてぐっと引き寄せる。距離がゼロになる寸前、自分の口へ犬歯を突き立てたドラルクは目を閉じ、鋭い痛みが走るのにも構わず唇を重ねた。
「んっ?! んむぅ……!」
「っ……
 透明な粘液へ顔を浸した先にあるロナルドの唇を捉え、中の空気を奪い取るように隙間をこじ開ける。反射的に逃げようとしたのか吸血鬼の腰が引けるが、背後の扉がそれを阻んだ。
 ダンピールであるドラルクにとっては錆びた鉄の味という感想しか浮かばない赤をほんの数滴、舌に絡めて唾液と共に注ぎ入れる。間もなく、ごくりとロナルドの喉が上下に動いたかと思うと、音もなくすうっと、海の波が急速に引くように、ドラルクの皮膚と服を濡らしていた液体の感触が消えていった。
「ぁ……
 呆然としているロナルドの首から肩、腰周りに触れて輪郭が確固とした形を取り戻したことを確認する。僅かに与えただけでこの効果、やはり吸血鬼を回復させるには血液が最適か。
「っ、んん……?!」
……ふ、」
 さて、目的は達成したというのにドラルクはロナルドへのキスを止めなかった。それどころか、手は濡れそぼったシャツの裾を引きずり出して素肌へ直に触れ出す始末である。
「ちょ、まっ、待てってドラこぅ!」
「ん、何か?」
 目を開けたドラルクが金色の虹彩を向けた先には、しっとりとした頬をほんのり上気させた、水もしたたる吸血鬼の困り顔がある。無自覚だなこの五歳児。
「なにか、じゃねーって、ひ、おれ、もう、もう戻った、から」
「あーうん、そうだね」
「いやだから、もう触んなくていいだ、ろっ!」
「っと、」
 流石に堪えかねた様子のロナルドが、やや強引に引き剥がしにかかってきた。ドラルクも悪戯が過ぎた自覚はあったので、両手を挙げて大人しく後退する。
「やー失敬失敬。私も勤労明けでハイになっているようだ。ロナルド君、続きはしっかり涼んでからゆっくりやろうじゃないか」
「つ、続きって」
 彼の眼前へ手を伸ばし、セットが乱れて前に垂れ落ちた銀の髪をひと掬いする。僅かに残ったスライムの欠片を指先に乗せて無味無臭のそれを唇に含ませると、目の前の吸血鬼の肩が面白いぐらいに跳ねた。
「分かるだろう。それとも、言わないと伝わらんかね? ……我々を示す言葉のように」
 ――季節が一回りして変わったこと。それは、ドラルクがロナイム対処のプロになったことに限らない。例えば、彼らが種も性別の括りを越えて朝明けまで睦み合う理由に、関係性に名前を付けるようになったことだって、ある。
「んなっ……
 ドラルクの持って回った言い方にロナルドは更に赤面して、やがて観念したように全身を脱力させた。……まぁ、そこからスライムに戻らない辺り、彼もドラルクの誘いに乗る気満々なのが見て取れるわけで。
「さ、先にジョンとアイス食べてのんびりしてからだぜ、ハニー」
「それは勿論、何よりも優先すべき重要事項だな、ダーリン」
 靴を慌ただしく脱ぎ、苦し紛れに言い捨てながらリビングへ逃げていったロナルドの背中を、ゆっくり追いながらドラルクは束の間の休息を満喫する悦びを噛み締めるのである。