もちゑ
2025-08-02 00:15:09
7225文字
Public 🖊️:文字
 

【寂しい】本来あるべき状態になく、また、本来備わっているはずのものが欠けていて、満たされない気持を表わす。

VOID エンド後ぼよんSS 現未✖
NPCにもっと絡みたかった懺悔から生まれた、かなり!スゥゥゥパァァァドゥラアアイな社用PC弊ぼよんでウェットなSS私にだって書けまァす!! な試み。
自陣ぼさん お借りしました。


2.


 その日は小春日和だった。
 リトとニトがきゃらきゃら笑い声を挙げながら駆け上っていく坂道をゆっくりと追う。レオの肩には姉弟の弁当や大きな水筒、レジャーシートなどを入れた鞄が掛かっている。
 レオはマップ情報から街灯に備え付けられた防犯カメラの位置を確認して死角を探り、二人が通れる道をナビゲートした。今や彼等も指名手配人だ。警視庁内の清掃業務の傍ら、ハッキングで入手した資料には二人の顔写真も要注意人物として掲載されていた。その為、二人は帽子を被って顔を隠していた。
 街灯もまばらになって来た。辺りは宅地開発を免れた雑木林だ。
「こっち、こっち」
 息を切らして手を振るニトに、レオも片手を挙げて応える。坂を登りきるとそこは展望公園になっていて、眼下には遠く東京の街並みが見渡せた。
「いい景色でしょ!」
「桜もきれいなんだけど、やっぱり紅葉もいいわね」
 リトの言に見上げれば、底の抜けた様な青空は鮮やかな赤や橙の葉に縁どられていた。
「ちょうど見頃でしたね」
「ほんと! はー疲れた」
 ニトは枯れた芝生が付くのもいとわずにごろりと仰向けに寝そべる。晩秋とは言え坂道を登って汗だくのリトも帽子を脱いで顔を扇いだ。帽子にしまい込まれていた桃色の髪が流れ落ちる。その横でシートを広げ脱いだ靴や鞄で重石をする。紙コップに水筒から暖かい茶を注ぎ、小さな手に握らせれば、二人は素直に乾燥した咽喉を潤した。
「僕ね、いいの持って来たんだ」
 ニトがジャンパーのポケットを探る。蛍光ピンク色で5cm程のプラスチックの瓶と、緑色のストローが出てきた。
「シャボン玉なんてあんた……どこで買ってきたのよ」
「ケーブがくれたの。秋祭りの景品だって。取っといたんだ」
 背中を芝生だらけにしながら起き上がったニトが、シャボン液に浸したストローを吹く。小さなシャボン玉が次々と宙に舞った。光が反射して虹色に輝く。風に乗って遠景に溶けていった。
 弟が落とした帽子を拾ってシートに上がって来たリトも、わあ、と声を挙げた。
「きれいでしょ、レオ」
「ええ……初めて見ました。良いものですね」
「あたしもやりたい」
「うん」
 リトは慎重にシャボン液を吹き、大きな一玉を作り上げた。ゆっくりとストローを離れたそれは、様々に変色する油膜を見せて遠ざかっていく。すごいすごいとはしゃぐ弟を見てリトは嬉しそうにした。しかし大きさの関係か、直ぐに地面に触れて割れてしまった。
「やっぱり大きいのは重いわね」
「遠くに飛ばすなら小さいのだよね」
「でも、小さいのは強度に欠けるわ」
「どっちのが長く遠くまで行くか競争しよう!」
「いいわよ」
 小さな科学者達は交互にストローを吹き、ああでもない、こうでもないと議論しながらいかにシャボン玉を長時間飛ばせるか試行錯誤を始めた。競争、と言っていたのに、これでは共同研究だ。
 双子の後ろ姿を見守るレオは既視感を覚えていた。日中、二人と外出するのは初めてのはずだ。しかしこの光景、どこかで……
 瞬間、白壁に緑の中庭の光景が想起された。のっぺりとした空間に取って付けた様に添えられた木の下で、五人の子供たちが遠く声を挙げている。一人がレオの膝にじゃれついている。二人は人工芝を駆け回り、一人は背中を丸めて画用紙に絵を描いている。それを眺めながら歌っているのは────。
 例の事件からここ数週間、レオのCPUは突如として過去の記録映像をランダム再生することがあった。ニトに見てもらっても不具合はないというから許容範囲内のバグなのだろうが、「フラッシュバック」が発生するとどうしても機体制御が遅れてしまう。今も無意識に膝を抱える腕に力が入った。
 双子はシャボン玉に夢中でアンドロイドの挙動に気が付いていない。ほっと胸を撫で下ろす。キョウを失い、ただでさえ不安を抱えるこの子たちに、自分のことで懸念事項を増やす訳にはいかない。両手を握ったり緩めたりして腕部の緊張を解す。
 同じ映像はこれまでも、繰り返しレオの脳裏に再生されていた。
 中庭の「子供たち」ばかりではない。ふとした瞬間にキョウとのやり取りも再生された。
 モニターを眺めている後ろ姿や、避難してきたアンドロイドの対応に当たっているところ、コーヒーのカップを片手に自分へ雑談を振る穏やかな眼差しや、敵性アンドロイドともみ合いながらニトを押し付けてきた時の顔。
 スパロー代表代理者のアンドロイドとして対応しなくてはならない場面でキョウの振る舞いを参照するのであれば、CPUの判断も理解できる。しかしそうではなかった。大抵は想起される記録と全く関連性のない場面でそれらの映像は再生された。
 手を動かしている間は「フラッシュバック」は発生しなかった。だから今の業務は好きだ。署内中を忙しく清掃して回り、同僚から新情報を仕入れる。その間は処理するタスクが多いからCPUが古い記録を参照するタイミングが少ない。
 問題は業務のない夜間だった。一日の記録を整理し終え、スリープモードに移行しようとすると、突如ランダム再生が開始される。再生を止めようにも突然始まるそれには予兆がなく、事前対応が出来なかった。夜時間の処理タスクを増やせば記録の参照がしづらくなるのではと仮説を立て、最新ニュースや観た事のない映画を見て負荷を増やそうと試みたが、効果は芳しくない。
 彼等の映像が再生される度、レオは途方に暮れてしまう。波に襲われている間は為す術がないから。そういう時には、まざまざと見せつけられる「フラッシュバック」を前に、途轍もない郷愁と罪悪感と、形容し難い空虚の前に立ち尽くす他ないのだった。
 しまったな、と考えた。双子を防犯カメラの死角に入れ続け、無事に希望の目的地まで到達し、安全も確保して遊び始めたので、目前のタスクを達成したと思った瞬間油断した。リボット社の騒動以降地下にこもり続けた幼い二人のケアになれば、と彼等の提案を受け入れ紅葉狩りを許可したレオだったが、もはや楽しげな双子の背中にも後悔の念を重ねざるを得なくなってしまった。
 いつの間にか、辺りはシャボンの煌めきで満ちていた。
「─────ね、レオ!」
 突如振り向いたリトに対してコンマ一秒反応が遅れた。目線を彼女に合わせ微笑み返すも、リトは見る見る表情を曇らせていく。
「どうしたの、どうしてそんな顔してるの?」
……どんな顔です?」
 驚いて顔を触る。再度、しまったな、と思った。彼女は聡い。リトは眉尻を下げ、最近よく見せる堪える様な表情になってしまった。
「分かんない……笑ってたけど、笑ってなかった。楽しくない?」
「まさか。天気は良いし、良い景色だし、貴方達は楽しそうだ。来て良かったです」
……
 それとなくニトを窺うも、ニトは姉の突然の変容に戸惑いを隠せていない。不安げにリトを見ている。
 レオは抱えていた脚を緩く胡坐に崩し、対話の姿勢を示した。
「何がそんなに不安なんです」
 リトはぎくりと身を竦めると上目遣いにカメラを見た。みるみる口元がへの字に歪んでいく。皺眉筋に力が入っていく。眼球に涙液が滲んでいく。落涙する予備動作だ。しかし彼女は涙を堪えて発話を試みた。
……分かんない。でも最近のレオは変よ。ずっと起きてたり、ぼうっとしてたりする。具合が悪いの?」
「いいえ。ニトも問題ないと……
 同意を求めてニトを見ると、彼は戸惑いながら頷きかけ、自信を失った様に下を向いた。
「お仕事、本当は大変なの? ……スパローのことも」
「いいえ。清掃業務は左程負担ではありませんし、スパロー運営も三年前から関わっています。変わりはありません」
……本当のことみたい」
「本当のことですから」
 レオは困ってしまった。彼女がどんな回答を求めて問答を開始したのか掴み切れない。
 リトは唇を噛み締めて逡巡している。
 アンドロイドは辛抱強く待った。
 風が吹いた。日差しは暖かいけれど、日を追うごとに冬が近付いていることを実感する冷たさだった。ニトが首を竦める。リトの露出した頬に鳥肌が立った。シャボン玉はとっくに割れていた。赤い紅葉が散る。
……ねえ、前に言ってくれたよね。あたしたちと一緒にいてくれるって」
 やがて意を決したリトは絞り出た。ニトはきょとんとしたが、レオには三年前に再起動した部屋の光景が浮かんだ。
「ええ」
「あれ、まだ変わらない? レオはあたしたちを置いて行かないよね?」
「勿論です。私はキョウに貴方達を、……
 アンドロイドは黙した。彼女の憂慮の源が分析できた気がした。
 突然黙り込んだレオを二人は心細く見上げた。レオの灰色のカメラはリトの目を見ているが焦点が合っていないような気がする。リトが嫌いな、どこかを見ている目だと思った。
「レオ」
「寂しいですね」
 レオはぽつりと呟いて、改めて双子を見た。
 レオの表情も陰っていた。
「キョウがいなくなって、寂しいですね」
 一秒が経ち、二秒が経って、リトの目から涙が零れた。
 一度溢れてしまえば際限は無く、彼女は嗚咽を漏らしながら俯いた。思わず腕を伸ばして桃色の後頭部を撫でる。リトは倒れ込む様にしてレオに縋り付いた。シャツの肩口を強く握り込み、襟元に顔を押し付けている。震える狭い背中に手を添えると慟哭が激しくなった。
 ニトを見れば彼も顔をぐしゃぐしゃに歪めてしゃくり上げていた。とぼとぼと近付いてきてシートに上がり、レオの脇腹に寄りかかってくる。水色の髪の毛を梳いてやると腰に短い腕が回された。遠い昔に膝に抱えた温もりに似ていた。
 アンドロイドは、二人の泣き声を聞きながら自分の空虚の正体も把握した。気持ちは凪いでいた。
 二人と一体は暫くそうして、それぞれの胸に空いた隙間を覗いていた。