つくも軌
2025-08-06 09:45:44
2586文字
Public TKD兄弟(繁と晴)
 

TKD兄弟(繁と晴)SSまとめ

TKD兄弟(繁と晴)蓮在泥中潔/無常の白百合
※捏造生前『軍艦』ネタ



*無常の白百合



──武田晴信は『人』を理解しすぎるがゆえ、『人』の心がわからない。

兄上の世界は、どうやら文字と言葉であるようだった。そこには古き教えがあり、そして『神』の言葉がある。兄が見ているのは甲斐という土地の『平和』であり、信じているものは家臣や兄弟のような生きた人間の言葉ではなく、宇宙に位置する『神様なにか』だけだ。
あれから“信玄”と名を改めた兄上は益々自我が薄れていった。
子供の頃は、それこそ“弟を立てよう”だなんて見方によれば“それっぽい”愛情を向けてきたものだが、今の彼は枯れた領土を賄う為の、“人人を食わす装置”でしかない。
────これで良かったのだろうか。こんなことなら、自分が領主になるべきだっただろうか。
……いや。それでは武田は救われぬ。越後の軍神や北条の鉄壁、そして今川に並び立つは兄以外にあり得なく、いくら“うつけ”を演じようが、聡明な兄を知る家臣達にはどうあれ利用された筈だった)
こうなることは必然である。そう言い聞かせては、胸の奥の小さな疵が小骨のようにズキリと痛む。
……私はただ、兄に生きて欲しかっただけなのに。
大人になって、子どもができて、何もかも上手くいかないことを『理解』して、それでも“あの日”を悔いてしまう。聡明ゆえに“うつけ”を望んでいたのなら、そのまま“うつけ”を演じさせていればよかったのだ。

……ああ、兄上。可哀想な兄上。今は、何を考えておいでですか)
誰もが理解できると信じ、誰もが理解できなかった孤高な人。
……そんな兄が、唯一『感情』を見せるのが、かの越後の軍神と川中島で対峙を余儀なくされた時だ。彼女はとにかく兄の神経を逆撫でするのが上手すぎる。まるで兄が“ちっぽけで弱い人間”のように扱う様は実に屈辱的であり、しかも九つも歳が離れた彼女の動機は、神であるゆえの『相互理解』。一方的な〝共感〟だった。
(───妬ましい。なんと妬ましきことか)
あの時は“演じざるを得なかった”兄の表情が、本当の意味で歪んでいる。初めて死体を見せられた時。それを「斬れ」と命じられた時。迷わず斬った私の隣で「嫌だ、嫌だ」と怯えながら、仕損じてしまった幼き時。
────あの時のように、兄が『私』を見下ろしている。
……私だって、“気づかなかった”わけではない。
血を分けた兄弟として。呪われた高貴な一族として。家臣に従わざるを得ないのは継ぐも継がぬも同じであった。
それを、あの女は。
まるで小虫でも払うかの如く。子どもの目の前で、親の首でも刎ねるかの如く。天上に向かいつつある兄の心に、忘れかけていた『人』としての感情を、砥石城に見た絶望を、見事に引き出して見せたのだ。
「────、……繁、……信繁……っ」
戦場の匂いがまだ残る、兄の腕の中で私は最期の“花”を見る。……それはまさしく、泥中に咲いた花のように。僅かな時だけ見せる『表情』に偽りなどなく、朝露を散らすその姿は、どの花よりも美しい。

(兄上……、あなたが、まことの“うつけ”であったなら)
色素の薄い髪を振り乱し、青白い肌を更に真っ青に染め上げた彼の大きな瞳から、ポロポロと涙が溢れていく。幼き日に見た、只のか弱き兄であれば、ここで自刃することも赦されていたはずなのに。天に愛されし兄上には、そんな事さえ許されぬ。
(どうか……どうか……あなたをここまで生かしてしまった、先を逝く愚弟をお許しくだされ)

霞がかった意識の中で、あなたは天に咆哮をあげる。
最期に伸ばした手の先には、ほんの一握り、『救い』を求める幼子のように、震えた手のぬくもりがあった気がした。