河童の皿箱
2025-08-03 08:33:50
5016文字
Public 遊戯王:短め(2025年度)
 

ファインメルトとにじいろえのぐ

幼い頃のファインメルトが、空の妖精に会うだけ。



 ふー、と。歩いて歩いてひとやすみ。ついた小さな教会の、神父さんが通してくれた屋上の鐘の下。それが、女の子の秘密基地でした。お父さんにも、お母さんにも、秘密です。
 鞄の水筒の蓋を開けて、ひとくち。また別の水筒を取り出して、筆洗にパチャリ。パレットをカタカタ広げて、絵の具セットと筆も出して。今日のお空を描きます。
 澄み渡るような青色と、きれいに輝くおひさまと、真っ白で綺麗な雲と。キャンバスの中に閉じ込めた空に、女の子はうーんと首を傾げました。なんだか、上手に描けません。
 今度は、大きな学校を描いてみます。高い高い塔と、ピカピカに磨かれた壁と、いっぱい集めたガラスの色。もっと奥に広がる山や森と、湖も描いてみます。でも、女の子はやっぱり、首を傾げました。

 なんだか上手くいかないなぁ。女の子は胸の奥がぎゅうっと苦しくなりました。どうしちゃったんだろう、これじゃあ学校に行けないよ。女の子はだんだんと、鼻がツンと痛くなって、目が熱くなってきました。
 気持ちがどんより、目からポタポタ。ついに女の子は、うえーんと大声で泣き出してしまいました。すると、突然。

 ガシャーン!

 どこか遠くのお空で、雷が落っこちました。女の子ははっとなって顔を上げると、まるで自分の今の気持ちのように、空は真っ暗、雨はザアザア、雷だって、ゴロゴロピカリ。
 お空が怒っちゃったんだ。わたしが上手に描けないから。グズグズ鼻をすすっては、もう一度、女の子は筆を手に取りました。
 もくもく雲の、形を見ようと、じいっくり。丸の形の繋がりを、しっかり、きっちり。でも。

 ピシャーン!

 ひときわ大きな雷が、すぐ近くで落ちました。一瞬、目の前が真っ白になって、女の子は怒るお空が怖くなり、もっともっと大きな声で、えーんえーんと泣いてしまいました。

 ドォーン! ガラガラ! えーん、えーん


「こら、ターメル!」

 泣いてしまった女の子が聞いたのは、若い男の人の声でした。女の子は、ふと気がつけば、ふわふわとした何かに包まれていました。どうしたんだろう? 女の子がまた顔をあげてみると、そこには、雷模様の羽を持った男の子が、大きな大きなクレヨンを持っていました。
「だって! にーちゃんたちばっかりズルいもん!」。男の子は頬をぷっくり膨らませては、ぷんぷん怒り、クレヨンに跨って、お空へ飛んで行きました。すると、女の子の体もふわりと浮かび上がり、ざんざん雨の中に飛び出しました。女の子を包み込んでいたのは、真っ白なふわふわ雲。そして、一緒にいたのは、そんな雲の羽を持つ、優しそうなお兄さんでした。
 「ダメだよターメル、この子が泣いているのがみえないの?」。お兄さんは必死に、でも、柔らかく、叱ります。男の子は、雲の中の女の子を覗き込むと、ぎゅっと眉を下げました。うーん、うーんと悩んだ末に、男の子は「じゃあ、あと1回だけ」と言って、高い高いお空から、クレヨンに乗って街に一気に降りていきました。
 その降りていく道を、クレヨンは描き出します。黄色の線が真っ直ぐに、時折、折れ曲がって、目にも止まらぬ速さで落っこちるそれは、いつしか雷になりました。

 ドォン! ガラガラガラ

 女の子はそこで、絵の具屋さんのお話を思い出しました。お空は、妖精さんたちが描いている、と言うお話を。落ちていった男の子が戻ってきました。「ねえ、あと1回!」。駄々をこねる、雷の男の子。「だぁめ」と諭す、雲のお兄さん。それでもやっぱり、男の子は諦めません。
 「ねえ、待って」。小さな声が聞こえました。ざあざあ雨に目を凝らすと、真っ黒雲の隙間から、ぴょこんと、女の子が顔を出しました。雫の羽をパタパタさせて、「わたし、疲れちゃった」、と。水のペンが青色を広げると、そこから雨がざあーと降ります。でも、しょんぼり顔の女の子は、今にも泣き出してしまいそうでした。
 「ターメル、ラズラも疲れちゃったって。またお姉ちゃんに言って、雷天気の日を作ってもらおうよ」。雲のお兄さんは、そんな提案をしました。それでもまだまだ、雷の男の子はイヤイヤと首を振ります。「さっき自分であと1回にしたんじゃなかったっけ」、「そんなのうそだよ〜。べぇーだ」。男の子はまた、クレヨンに跨って落ちていきました。
 するとどうでしょう。お兄さんは黒い雲に飛び込んで、万年筆でくるりくるり。雲の色を白に変えては、たっぷりの雲を少しずつ切って吹き飛ばします。そんな切れ間から、真っ赤なお日様が覗きました。そこにもまた、お日様の羽のお爺さんが、絵筆で晴れを描いていました。

 ドォン! ドン、ドーン!

 まだまだ落ちてる雷に、女の子はまたびっくりしました。でも、雨の女の子が雨を描くのをやめて、雲のお兄さんが曇りを変えて、お日様のお爺さんが晴れを描き始めたので、すこーしずつ、すこしずつ、お空は晴れに変わっていきます。すると、そんな合間から、今度はとっても綺麗な女の人が、顔を覗かせます。
 女の子は、お姉さんを見上げました。すらっと高い背に、風にサラサラ流れる淡い金色の髪。背中には、透き通る柵のような羽、手にはパレットと、小さな絵筆。帰ってきた雷の男の子をギュッと捕まえます。
 「おねーちゃん! もう!」。とうとう捕まった男の子は、むっくりむくれて、雷を描くのをやめました。「ターメル、今日はここまで。明日また、お山の近くで描きましょう?」。お姉さんは、男の子のほっぺたをきゅっと挟み込んで、男の子もまた、ぶうと一言。男の子は、それでやめました。
 そうしている間にも、みんなはせっせと晴れを描いて、雲がどんどん散っていきます。ふと、お姉さんが女の子を見つけました。綺麗なドレスに、女の子がドキドキしていると、「あなたのこと、ずうっとお空から見てきたわ。私たちに気づいてくれて、ありがとう」、と。ふわふわ雲を手に取って、雨に濡れた女の子の髪を、優しく、優しく拭いていきます。
 「私たちは、お空の妖精。いつもお天気を描いているのよ。今日は雷の子が我慢できなかったみたいで、ごめんなさいね」。穏やかな声に、優しい手に、キラキラ煌めく美しい髪に、女の子はつい、目を輝かせました。「うふふ、近くで見ると、とっても可愛いわ。こんな子にお空を描いてもらえるだなんて、私たち、とっても幸せなの」。閉じられた目が、それでもわかるくらい、柔らかく微笑むと、女の子は急に恥ずかしくなりました。何か言わなきゃ、でも、女の子はもじもじ。言葉が出てきません。
 「ねえ、あなたのお名前、教えてもらえる?」。お姉さんが髪を結び直してくれました。「わたし……ファインメルト、って、いいます」。辿々しく、女の子が答えれば、お姉さんもまた、名前を教えてくれました。「私はアルシエル。お友達になれたら、うれしいわ」、と。女の子がこっくり頷くと、お姉さんもにっこり笑いました。

 「じゃあ、お友達の印。私も、お絵描きしたくなっちゃった」。お姉さんは、女の子が乗っている雲を抱き抱えては、左手に筆を持ちました。すると、どこからともなく、いくつものチューブが飛んできました。透明なチューブの中には、チラチラ光る絵具の材料が入っていて、くるくると踊っています。くるくる踊ると、色が出て、お姉さんが蓋を開けると、元気よく飛び出していきます。
 筆をお空において、つるり滑らせれば、絵具はお空に太い太い線を描きました。赤や青、黄色や緑、紫に橙。お空にそのまま溶けてしまいそうなほどの、空色も。お姉さんは、右腕に抱えた女の子に笑いかけました。「ほら、見てみて」。女の子がつられて顔を上げると、お空に描かれていたのは、それはそれは綺麗な虹でした。
 「私たち、絵を描くのが大好きなの。でもね、私たちの描いた絵を、誰かがまた描いてくれると、もっと大好きなのよ」。お姉さんは楽し気に、虹の絵具を広げます。虹の絵具に混ざったキラキラが、一体何なのか。女の子はわかりませんが、風に棚引くお姉さんの長い長い髪が、虹の色を吸い込んで、ついつい、見惚れてしまいました。

 悪戯好きの雷も、マイペースな雲も、泣き虫な雨も、穏やかなお日様も。みんなみんなで絵を描いて、お空は今日も、良い天気。山の向こうへ陽が沈むまで、女の子は、お空の妖精たちと目いっぱい、遊びました。

 お月様が反対側からやってくる頃、妖精たちは女の子を、教会の鐘の下に戻してあげました。雷の男の子は、女の子の前に飛び出て、「びっくりさせて、ごめんね」と、謝ってくれました。「いいよ」。女の子のその言葉に、雷の男の子は飛んで跳ねての大喜び。「はしゃぐと転んじゃうよ」と、雲のお兄さんがまた捕まえれば、「ねえ、また遊ぼうね」と雨の女の子も。「君のこと、空の上から応援するぞ。ほっほっほ」と、あたたかな言葉で、お日様のおじいさんは女の子の頭を撫でました。
 「ねえ、貴女の描いた絵、貰ってもいい?」。虹のお姉さんは、女の子の目の前でしゃがみ込んで、初めに空の絵を、じいっと見つめました。けれど、女の子はぎゅっと服の裾を握って、首を横に振りました。「あんまり、上手に、描けなかったの」、と。すると、虹のお姉さんはしゅんと、しょんぼりしました。「そう。貴女の絵、私好きなのに」。
 でも、と。女の子は顔を上げました。「もっと上手にかけたら、それをあげる! でも、これはこれは、あげるっていうと、ちょっと恥ずかしいの。まだ待ってて! ぜったい、もっと上手に描くから!」。そんな言葉に、虹のお姉さんはぱあっと顔を輝かせました。「いいの? じゃあ、約束ね」。

 ぎゅうっと。虹のお姉さんが抱きしめれば、なんだかとっても、良い香り。雨の香りと、お日様の香りと。名残惜しいけれど、今日はこれまで。妖精たちは女の子から離れて、屋根の上からまた、お空へ上っていきます。「また今度ね!」。「今度はあとふたり、連れてくるから!」。「約束だよ!」。
 女の子は、大きく手を振りました。「約束だよ!」、と。