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2025-07-29 19:00:54
5654文字
Public 🪨短いdcst夢
 

きみと食事を

夢の石世界z=3で頒布予定の⌚本に収録している話の一部です。pixivのサンプルより長めに載せています。幻視カラーが出てくるのでよかったらアニメ登場前にどうぞ~
(収録している話にはこの後に復活してからのストーリーが続きます)


dinner with you



 みんなと一緒に晩御飯の支度をしたら、一人分を取り分ける。
 それから小さな紙に一言分のインクを乗せて。

 作業に集中するジョエルのところへ毎日食事を運ぶのは私の仕事だった。昼間は食堂へ顔を出すこともあったけれど、時間は不規則。それに静かな夜のほうが集中できるからとジョエルは夕方以降の時間をずっと作業部屋で過ごすことが多かった。
 作業中は話しかけないようにと最初に釘を刺されていたせいか呼びに行くのも憚られて、かといって何日も晩御飯の時間に姿を見せないのが気になって。集中力を途切れさせたくない気持ちはわかるけれど、いい仕事をするには体力だって必要なはず。それなら、と食事を運ぶようになって三日目、扉の前に置かれた食事は初めて空になったのだった。
 食事にメッセージを添えたのはほんの思いつきだった。食事が栄養を摂るだけの作業だなんてつまらない。食事の向こうに誰かの存在を感じるとおいしく感じたりするものだもの。
 私たちもここにいるよと、一方的に伝えられたらそれでよかった。だから一度だけ返事をもらった時はびっくりして、今日のご飯は特に口に合ったのかな、扉の向こうで彼はどんな顔をしてこれを書いたんだろう、なんてわくわくしたのをよく覚えている。

 食事を運ぶようになってひと月余り。扉が少し開いている日があることに気がついた。
 今までいつもぴったり閉められていたはずなのに。そっと中の様子を窺うと、椅子に腰掛けていたり部屋をうろうろしていたり。作業中はいつも屈んでいるはずだから、要するに手が離れているということだろう。扉の外じゃなく中に運んでほしい、ということかもしれない。それならそうと言ってくれたら助かるのだけれど……
「お疲れさま。休憩中ならみんなのところで食べる?」
「いや、……ここでいい」
「オーケー。じゃあ食べ終わったらトレイは部屋の外に出しておいてね」

 そんな日が何度かあってから、ようやく私は思いついた。すぐに食事ができるなら、このまま少し待ってトレイをもらって帰れば用事が済むんじゃない? とはいえじっと待たれても落ち着かないだろうし、私もここで一緒に食べてしまえば? 思い切って尋ねたらぼそぼそ何かの言葉と一緒にそっぽを向かれ、なあに、と覗き込んでやっと「好きにしてくれ」という返事をもらったのだった。

 そうしてたまに巡ってくる二人きりの食事会は私にとって効率がいいだけじゃなく、不思議で楽しい時間だった。話しかけてくれることは、あまりなかったけれど。


……気になってたんだが、」
「うん?」
「こ、こっちを見なくていい! そのまま食事を続けてくれ。……どうしてあんたはいつも同じ時間に来る? 時計なんてないんじゃねえのか」
「同じ?」
「ジャスト七時、いつもだ」
「えっ、そうだった?」
「わかっててそうしたんじゃねえのか」
「だいたい決まった時間に食事の支度をしてはいるけど……、私、この時間になるとすごくお腹がすいて。だからかも」
……っはは! 精巧だな」
 ジョエルは初めて私の前で声を上げて笑った。私はつられて笑いながら、自分の中に新しい気持ちが生まれるのを感じた。それは親しみによく似ていて、私の中で〝エース時計技師〟の輪郭に〝ジョエル・ギア〟の中身がぴったりとおさまった瞬間だったと思う。
 ジョエルが私との食事の時間をどう思っていたのか、今となってはわからない。小さいテーブルはジョエルが使って、私はベッドに座ってスツールをテーブルに。3フィートじゃ落ち着かない、4フィートじゃ遠い。視線が交わらない家具のレイアウトがこの二人の食事会を可能にしていたのかもしれなかった。


  ◇


 そしてこのミッションに関わる皆の努力が報われた日。人類が未来の科学を手に入れた日、私たちはふたたび、石になった。
ジョエルのパフォーマンスは私が見る限りとても自然だった。グラスの中で光る石化装置は忌まわしくも美しい色を湛えて琥珀色の中で輝いて、それから消えた。
 ついに、ついに。
 未来が変わる、そう思った。

「!!」

 グラスの砕ける音に、咄嗟に身を縮める。
「グラスん中で試したな?」
 固く握られたブロディの手からはぽたぽたとバーボンが滴り落ちている。

 平和特区でともに生活する私たちは、均衡を保っていた。でも誰も口にしないだけで、互いに牽制していたことは明らかだった。ブロディたちだけじゃない、私たちだって。この石化装置を約束通りに引き渡すつもりだったら、最初からこんなパフォーマンスはしていない。だから一方的に非難するつもりはないけれど──
 私はそっと唇を噛んだ。この偉業を喜ぶことよりも、畏れが先立つのは仕方がないことなのかもしれない。でも、おめでとうと言い合うこともできないなんて。日本とアメリカ、二人の最高の技術者がいて、今日まで泣いたり笑ったりしながらクラフトに力を尽くしてきた日本のみんながいて。でもそれだけじゃない。この城の中には私たちのために安全を確保してくれた誰かが、電気を供給してくれた誰かが、食料を調達してくれた誰かが、いたはずで。

 今、戦況は変わった。私たちのリーダーから、非戦闘員への指示はふたつ。〝死ぬな〟、それから〝体を屈めていろ〟。
 頭はそれを理解しているのに、足が竦んで動けない。皆が立ち向かっていく背中がスローモーションみたいに遠ざかっていく。ああ、今私たちに銃を向ける彼とは一緒にフロアの掃除をしたことがある。広くて大変だねなんて言い合いながら。その隣の彼は私に「俺のグリルにニンジン乗せないで」とこっそりお願いしてきたっけ。カードがびっくりするほど弱いのに賭け事が好きなあの人も、そういえば軍人だったんだ。小さな出来事が浮かんでは消えていく。

 聞いたことがある、こういう命の危険に直面した時、視覚だけがやたらと研ぎ澄まされるとか走馬灯を見るとか。視覚の代わりに音も匂いも肌感覚も、一斉に脳が遮断した。
目に焼き付いていく。
 金狼。マグマ。ニッキー。陽。モズ。キリサメ。ほむら、──みんなの背中。
 一緒に生きてきた、みんなの。


 強く腕を引かれて我に返った。音が世界に戻ってきた、と思った瞬間、激しい銃声が轟いた。テーブルの陰、痛いくらいの力で私の腕を掴んでいるのはいつも3.5フィートの距離から見ていたその人だった。

 初めて間近で見る横顔は一点を見据えている。
……みんな、が。私、」
「あんたは指示にだけ従いな」
 がたがたと震えだした私の肩を抱くその手だってひどく冷たい。私はその手に触れたいと思うけれど、それをできずにいる。

……あんたには世話かけた」
「どうしていま、そんなこと言うの」
「今じゃなきゃ言えねえよ」

 空気を震わせるくらいの微かな声で。
 銃声の中、途切れ途切れに交わされるのはきっと最期の会話。

「あんたにはきっとエバーローズゴールドが似合うぜ」
「エバー……?」
 聞き慣れない色の名前にクエスチョンを投げると、ジョエルは厚い前髪の隙間に覗く自分の目を指差した。
 こんな時なのに、こんな時だから。今までに見たどんな宝石より綺麗だと思う。こんな綺麗な色、ほんとうに私に似合うだろうか。
「作らしてくれ、今度・・な」
 自分の時計をトンと指差して言う。
 最後、じゃない。終わりじゃない。
 彼は、今度と言った。

約束ねYou promise?」
 なんとか声を絞り出すとジョエルはほんの少し頷いて、私にまっすぐに向き直った。
「この後何が起きてもあんたはそこにいるんだ。いいな?」
「何が、って」
 骨張った指が私の口を塞ぐ。エバーローズゴールドが言い聞かせるように揺れる。

……約束だPlease


 銃声が、止んだ。