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2025-07-29 19:00:54
5654文字
Public 🪨短いdcst夢
 

きみと食事を

夢の石世界z=3で頒布予定の⌚本に収録している話の一部です。pixivのサンプルより長めに載せています。幻視カラーが出てくるのでよかったらアニメ登場前にどうぞ~
(収録している話にはこの後に復活してからのストーリーが続きます)

dinner to you



 何もかもが変わってしまった世界に俺が目覚めたのは5742年のことらしい。以来混乱する暇もなく始まったダイヤ電池の解析は、毎日、毎日、毎日。サシで向き合ってもなお状況は変わらず困難を極めている。
 今、ここがこの山の何合目なのか。一歩、いや半歩でも前進しているのか。完全に新しい科学の前にはそれすらもわからない。が、そんなことは関係ない。どれだけ高い山でも越えるまで手を止めなけりゃいい。俺は仕事を引き受けた、それだけだ。
 拠点として人の集中するこの城は、見上げるほど大きく部屋数こそ多くとも、相互監視のつもりか単純にエネルギー効率の都合か、複数人ごとに一室をあてがわれているらしい。もともと軍人が統率していた集団のせいか、規則正しく規律にうるさく、極めて健全なコミュニティだ。
 だから俺に専用の作業部屋が与えられたのは異例の待遇と言えるだろう。人目があろうがなかろうが、放っておいてくれりゃ仕事に差し支えることはない。とはいえ、右にならえの中に放り込まれるより余程いい。寝るための部屋も別にあったが、俺はここで過ごすことを好んだ。

 元々集中すると周りが見えなくなる。凝り固まった背中に鈍い痛みを感じて顔を上げたら、部屋はいつの間にか暗くなっていた。無意識にランプを点けたのか、手元だけがやたらと明るい。その灯りを頼りに左手の時計を見ると、針は九時を過ぎて半周近く回ったところだった。
 てことは───あいつが、来る。

 作業部屋に籠ってダイヤ電池を削る俺にせっせと食事を運んでくるのは、いつも同じ女らしかった。声も知らない、顔もろくに見たことがない。部屋の外に食事を置いて、きっかり二時間半後に片付けていく。それが必ず七時と九時半。絶対に話しかけてこないのが有難かった。
 話しかけてこない代わりに、食事を乗せたトレイの上にはいつも一枚の紙切れが添えられていた。なんてことはない、よくあるフレーズがほとんどだ。“Enjoy召し上がれ!”とか“ How do you feel調子はどう?”とか。“Good job today今日のは上出来!” の時は確かにここの生活で一番あの頃に近い味だった。そうだ “Look up at the sky空を見てみて”なんて時も。あの時は窓から見えるドでかい満月に息を吞んだ。
 三度に一度は手を付けそびれていた食事も、この紙切れになんて書いてあるのかが気になって近頃はできるだけ時間を気にして摂るようにしている。これが彼女の戦略なら成功していると言っていいだろう。効率良く働くには十分な睡眠と食事、それには俺も賛成だ。

 一度だけ、一言だけ。紙切れの裏に“Thanks always”と書いておいたことがある。気付かれなくても別によかった。それなのに、いざ彼女がトレイを片付けに来る頃になると落ち着かない。やっぱり返事なんて書かなけりゃよかった。そう思い始めた時には足音は既に近付いていた。物音を立てないよう息を潜めていると、足音は扉の向こうでぴたりと止まった。なかなか離れていかない。変なこと書いてないよな。馴れ馴れしくないよな。今日だけ違うやつが来ていたら。余計なことばかり頭に浮かんで仕事に戻るどころじゃない。早く行ってくれと祈るうちに、静かにトレイを持ち上げる音がして足音はだんだんと遠ざかっていった。
 慣れないことはするもんじゃない、と思った。それ以来返事は書いていない。

 腕時計の針が九時半を指そうとした時、扉の外でかちゃりと音がした。手付かずの食事を片付けるのはいい気がしないだろう、今日はなんて書いてあったんだろう──あと五分気付くのが早けりゃ紙だけでも見れたのに。
 なんてことない言葉かもしれない。でもあの時みたいに〝今〟見ることに意味がある言葉だったら?
 その一度を見逃してしまうのは惜しい気がして、彼女が扉の前にいることも忘れて思わず扉を開けた。

「きゃっ?!」

 がちゃんと皿同士がノイズを立てる。扉に衝撃はなかった──ぶつからなかったのは幸運だ。だがひどく驚かしてしまったようだった。初めて正面から見る彼女は、トレイを両腕で抱えたまま目を丸くしていた。

「わ、悪い……
「ごめんね。うるさかった?」
 彼女は申し訳なさそうに肩をすくめた。ひっくり返さずに済んだトレイを大事そうに抱える腕が、手首が、自分のよりずっと細い。
 自分が今まで作ってきた時計を思い浮かべながら、この薄く筋肉の付いた華奢な骨格にはもっと繊細なデザインのほうが似合う気がした。例えば、───ジュエリーブランドの名前ばかり浮かんでくる、それがどこか気に入らない。
 なんとなく目が離せないままそんなことを考えていたら、その腕が伸びてきたから慌てて身を引く。

「ジョエル。どうかした?」
 目の前でひらひら振られる手から顔を背けて、別に、と返す。
「立ったまま寝てるのかと思っちゃった。寝てないの? クマがあるみたい」
「さ、作業が乗ってたんだ」
「健康管理もプロの仕事のうち。なんて私が言うまでもないね」
「あぁ……今日は早く寝る」
「今日は作業、おしまい? それじゃ食事を温め直そうか」
……じゃあ、スープだけ」
「オーケー、待ってて。身の回りのことは手伝わせてね、あなたにしかできない仕事なんだから」
 彼女の口から零れたonly youの響きがやけに誇らしく耳に残る。
 あんたの仕事だって俺にとってはonly youなんだと思う、とは思うだけで口にしない。慣れないことはするもんじゃない。

……俺も行く」
「うん、少し身体を伸ばした方がいいよね」
「それ、貸しな」
「持ってくれるの? ありがとう」
 トレイを受け取りながら、彼女に気付かれないように紙切れをこっそり攫ってエプロンのポケットにねじ込んだ。