吾妻
2025-07-26 18:37:50
10681文字
Public アークナイツ
 

Pinky swear

テキ博♀。つきあってる。お兄ちゃんとドクターが付き合っていると知ったラファエラちゃんのお話。


3.

「私ね、ちょっとだけお兄ちゃんのことが心配だったんだ」

 数日後の昼下がり、上司の執務室で書類整理を手伝いながら、ラファエラはぽつりと呟いた。
 ドクターは手元の書類から顔を上げて、バイザーの奥から部下へ視線を向ける。

「お兄ちゃんは頭も良くて、お仕事もできて、私なんかよりずーっとしっかりしてるけど……。何を考えてるのかとか、悩み事とか、全然話してくれないし。自分のこと、いっつも後回しにしちゃう感じだから……

 ドクターが決裁を終えた書類を、提出部署別に仕分けして、とんとんと向きを整える。単純作業を繰り返していると、どんどん思考が深い場所へと沈んでいく。

「楽しいこととか、欲しいものにも、あんまり手を伸ばしたりしない感じがして……

 誰かと交際して、すぐにその関係を解消してしまうことも。
 去りゆく相手にあまり未練を覗かせなかったことも。
 欲しいものに手を伸ばすこと自体を恐れているのではないか。相手の意思を尊重するのにあまりに慣れて過ぎているのではないか。
 ラファエラはずっと、そんな兄の諦念こそを案じてきた。

「でもね、この前ドクターと一緒にいるお兄ちゃんを見て安心したんだよ。だって、お兄ちゃんがやきもち妬いてるところ、初めて見たし。ドクターのこと大好きなんだ~ってわかって嬉しかった」
……

 飾り気のない部下の言葉に気恥ずかしくなったのか、ドクターが小さく咳払いをする。
 サインを終えた書類の束を整え、ラファエラの方に差し出した。
 餌をもらう雛鳥よろしく、ラファエラはその束を受け取りに上司のデスクの前に立つ。

「エルネストは幸せ者だな」
……え?」

 両手で書類を受け取りながら、ラファエラは小さく首を傾げた。
 バイザーの向こうにあるドクターの瞳には、穏やかな慰撫の光が滲んでいる。

「家族にこんなに大事に想ってもらえて」
「うん」
「彼も君を大事に想ってるはずだよ。少し子供扱いし過ぎではあるけどね。君はこんなにしっかり周りのことを見て、考えているのに」
……うん。ありがとう、ドクター」

 受け取った書類を胸元で抱きかかえ、ラファエラはふんわりと笑った。
 本来ならば、踵を返して書類整理に戻るべきタイミングだ。しかしなぜか、足が動かなかった。何かを伝えたい気がしたが、うまく言葉にできる気もしなくて、やや不自然な沈黙が室内に満ちる。

「どうかした?」
「えっと……ドクターにお願いがあって」

 優しい声に促されて、ラファエラはようやく口を開いた。
 ドクターは、戸惑いが滲んだ部下の顔を、下方からそっと覗き込んだ。

「ドクターも、お兄ちゃんのこと大事にしてあげて」

 ようやく口から飛び出した願い。言葉にしてしまえば、なんだか凡庸で漠然とした要望に感じられた。
 けれどラファエラには、それ以外になんと言えばいいかわからなかった。
 ドクターは一瞬大きく目を瞠ったが、すぐに目元に柔らかな笑みを浮かべた。

「約束する」

 そう言って、ドクターはラファエラに小指を差し出してみせる。
 まるで子ども同士の約束にも思えたが、そのやりとりが逆に親しみを感じさせ、ラファエラは妙に嬉しくなった。

「うん、約束」

 ラファエラもまた手を伸ばし、ドクターの小指に自身のそれをそっと絡ませた。



【おわり】