吾妻
2025-07-26 18:37:50
10681文字
Public アークナイツ
 

Pinky swear

テキ博♀。つきあってる。お兄ちゃんとドクターが付き合っていると知ったラファエラちゃんのお話。

1.

……隠れるつもりじゃなかったのに)

 前方に見覚えのある人影を発見して、ラ・プルマは普段のふわふわ加減が嘘のように、するりと物陰に身を隠した。
 元々この程度はお手のもの。伊達に父の計画の手伝いをしていたわけではないのだ。周囲の様子の探り方も、気配の消し方も、それなりに心得がある。
 母国の過酷な環境下で、望まずとも身についてしまった立ち回り方。最近はそれを用いなくても済んでいただけの話で。
 ではなぜ今になって、この安心安定のロドス本艦内でかつてのような立ち回りをすることになったのか?

 答えは簡単だ。前方に義兄の姿を発見したからだ。
 ドクターと一緒にいる義兄の姿を。

(どうして隠れちゃったんだろ……?)

 体が勝手に取った行動に、ラ・プルマは物陰で首を傾げた。
 確かにドッソレスを離れてからというもの、義兄であるテキーラとは以前ほど会話をしなくなった。
 別に大喧嘩をしたわけでも、相手が憎いわけでもない。
 故郷や家族を巡るスタンスに微妙な差はあるものの、彼は今でもラ・プルマの大切な家族に変わりない。
 新しい生活が始まって、新しい関係性ができて、互いに独立した大人として距離ができた。それだけなのだと思う。

(はじめは、ほんのちょっとだけ……怒ってたけど)

 父親の右腕として立ち回りながら、いつからか父のやり方に迷いを抱いていたこと――それ自体ではなく。
 迷いをひた隠しにして、一言も話してくれなかったこと。それに対して腹立たしさを覚えて、しばらくは拗ねていた。

(でも、お兄ちゃんはそういうところがあるから)

 長年家族として生活してきたからこそ、ラ・プルマにはわかるのだ。一朝一夕に変えられる性質ではないことも。
 だから、ロドスに来てからも、少なくともラ・プルマはこれまで通りに義兄と接している。テキーラも、積極的に話しかけてくるわけではないが、タイミングが合えば普段通りに接してくれる。
 艦内通路ですれ違うのも、別に珍しくない。ならば何故。
 物陰から彼を――上司と仲良さげに会話しているテキーラを観察してしまっているのか。

 ひとつだけ、思い当たる節がある。
 数日前。ドクターに聞いた話だ。


           *


……え? ドクター、お兄ちゃんと付き合ってるの?」
「改めて言語化すると少し気恥ずかしいけど、そういうことになるね」

 数日前の昼下がり。
 確認し終えた書類を束ねて整えつつ、ドクターはそう言った。
 書類整理の手伝いをしていたラ・プルマは、上司のデスクの前に立ったまま、しばしフリーズした。話題を投げ掛けたのは自分のほうだが、返ってきた答えが予想以上だったので。

 きっかけは、他愛もない雑談だった。
 ドクター、最近お兄ちゃんと仲良しだね。そんな世間話の延長だ。
 元々、辣腕で知られる市長の右腕を務めていただけあって、兄はすんなりと多忙な上司の補佐に馴染んだ。以前より多少距離が開いた今であっても、ラ・プルマにはそれがすぐにわかった。
 ここしばらく兄がドクターの秘書を務めていたのは、ドッソレスシティに開設予定の事務所に関するやりとりが増えたからだと聞いていたが、単純に相性の良さもあるのだろう。
 だから、軽い雑談として兄の話を振ってみたのだが、まさかそんなことになっていたなんて。

「職場内でのことだから、あまり大っぴらに触れ回るつもりもないんだけど、君は彼にとって大事な家族だし、一応話しておこうと思って。――聞きたくない話題だったかな?」
「ううん、そういうわけじゃないんだ。ドクターのことも、お兄ちゃんのことも大好きだから……

 フリーズしたラ・プルマを見上げて、ドクターが気遣うように小首を傾げる。バイザーの奥にあるドクターの瞳に労りの色が滲んでいるのを見て、ラ・プルマはふるふると首を横に振った。
 予想外の事実に面食らいはしたものの、決して嫌悪感を抱いたわけではない。心の硬直が解けてきた今となっては、じわじわと喜びが湧き上がってきている。
 大事な家族と信頼を寄せる大切な上司の間に強固な絆が芽生えていること。それを自分には特別に打ち明けてくれたこと。どちらもラ・プルマにとっては喜ぶべき出来事だ。
 それに、今になってみれば、予兆は以前からあったように思う。

 兄はクレバーな人間が好きだ。
 賢く、立ち回りがうまく、自分にはできないようなことをやってのける人間に、テキーラは弱い。だから正直、ドクターのことも好みのタイプど真ん中だろうとは思っていた。
 けれど同時に、慎重な兄が職場に色恋沙汰を持ち込むのは意外だった。特にロドスは、クーデターじみた事件に加担し、決して無実とは言えぬ自分たちが、チェンの推薦によってなんとか受け入れてもらえた新天地なのだ。
 石橋を叩いて渡る気質の兄が、そんな場所でリスクの上を綱渡りするとは驚きだ。

(だってお兄ちゃん、これまで――

「どうかした?」
 再び思索に耽るラ・プルマに、ドクターが声を掛ける。
 はたと我に返ったラ・プルマは、もう一度ふるふると首を横に振って、「なんでもないよ」と答えた。

 言えるわけがない。
 兄のこれまでの女性遍歴に思うところがある――なんて。


            *


 幼い頃から共に過ごしてきたからわかるのだが、兄は――エルネスト・サラスはとにかくモテる。
 身内の贔屓目を抜きにしても、顔も良ければ頭もいい。気遣いもできれば腕も立つ。
 たまに少しだけ意地悪な時もあるが、ラファエラ・シウバにとっては自慢の兄だ。たとえ血は繋がっていなくとも、ラファエラにとっては無茶を案じ、幸福を祈る大事な家族に変わりない。

 だからこそ、心配にもなる。
 あれほどモテる兄が、恋人と長続きしたのを見たことがないからだ。
 勿論、四六時中一緒にいたわけではないので、自分が知らないプライベートも彼にはあるのだろうけど。
 それでも、浮いた話をよく聞く割に、気づくとその関係性が終わっていることが大半だった。

(しかも、フラれるのっていつもお兄ちゃんのほうだし……

 熱を上げて言い寄るのは大体女性だが、別れを切り出すのも大体女性のほうからだった。
 特に大きな喧嘩があったわけでも、愛情が冷め切ったというわけでもなく、ただなんとなく、奇妙な〝近づき難さがある〟のだと、一度自分の紹介で兄と付き合った友人が言っていた。
 勤めていたバーにやってきた兄の元恋人もそんなことを話していたっけ。優しいし、エスコートも完璧だけど、ある一定の距離以上は懐に入れない感じがする。〝特別〟になりきれない手応えのなさが、下手に突き放されるよりも辛いのだ、と。

 その感覚は、ラファエラにも覚えがある。
 ウォーリアーチャンピオンシップがらみの一件では、それを特に強く感じた。
 大事にされているのも、守られているのも、よくわかる。
 それでも、兄は腹を割って本音を話してはくれないし、抱えている荷物を持たせてもくれない。
 どれほど親しくしていても、どこかのタイミングで見えない壁で阻まれる。恋人として〝特別〟になりたい人にとって、それは特に堪える距離感なのだろう。

 一方で、ラファエラには理解できる問題でもある。
 ドッソレスで生活していた頃のエルネストは、国際貿易管理部で市政の要職にあり、同時にドッソレスの転覆を図る父の右腕も務めていた。
 彼の本心がどちらに傾いていたかはこの際置いておくとして、二つの組織の中核を担っていた以上、他人においそれと内情を話すわけにいかないのもわかる。
 いざとなれば、そちらの用事を優先せざるを得なかった場面もたくさんあっただろう。

 他者を巻き込まないためとはいえ、それが結果的に兄を孤独にしているのではないかと、ラファエラはずっと案じてきた。
 互いに大人だから、面と向かって生き方の話をしたことはないけれど、なんとなく、兄の動向は気にしてきたのだ。

 そんな兄が、ドクターと付き合ってるなんて。
 ドクターに全幅の信頼を置くラファエラにとっては、嬉しい誤算ではある。けれど、もしも。これまでのように。

(お兄ちゃんがドクターにもフラれちゃったらどうしよう……

 先日からまとわりついて消えない不安を抱きながら、ラファエラは前方の二人を物陰から観察する。
 エルネストとドクターは、艦内通路の端で立ち止まっていた。
 ドクターは端末を操作していて、二人の間には特に会話もない。おそらく仕事のメールの返信でもしているのだろう。エルネストは、最低限の距離を保ちつつ傍に立ち、上司が雑務を終えるのを大人しく待っている。
 日常的によく見かける光景だ。しかし、二人の関係性を知った今となっては、妙に距離感が近いようにも見え――

(あれ、お兄ちゃんの尻尾……

 ドクターの傍に控えるエルネストの尻尾は、先程からずっとゆっくり揺れている。
 ペッローは感情が尻尾に出やすい種族と言われてはいるものの、ラファエラは兄の尻尾が感情任せに動いているのをほとんど見たことがない。
 リーベリであるラファエラには、尻尾の本能的な動きをどれだけ制御できるのかはわからない。が、兄の尻尾は、その存在感の割に礼儀正しく、あまり動かないイメージだった。
 だが今、兄の大きな尻尾は、彼の機嫌の良さを表すように振り子じみた動きをしている。
 時折、ドクターが顔を上げて、二言三言会話を交わす。
 エルネストは、身長差を埋めるように僅かに身を屈めて、実にリラックスした様子でドクターに微笑みかける。
 元々兄は人目のある場所では基本的に笑顔を崩さない人間だが、彼が今ドクターに向けている笑顔は、外交用のそれとは全く異なる。
 もっと柔らかくて、人懐っこくて、無防備な。
 取り繕っていない表情に見えた。
 対するドクターはというと、普段通りにマスクを身につけ、フードを目深に被っているため、表情までは窺えない。
 それでも、軽口でも叩いたであろうエルネストの垂れ耳を、さも当然と言った態度でくいっと引っ張って見せた。

 無遠慮なスキンシップ。それを互いが許容している気配。
 いたた、とわざとらしく声を上げる兄と、れっきとした成人男性の頭をくしゃくしゃと撫でるドクター。

(うーんと……

 なんだか想像していたよりも。
 ずっと、ずーっと、仲良しじゃないかな?

 身構えていたぶん、反動も大きい。
 予想外の状況を、飲み込むのには時間がかかる。
 だが、唯一確かなことは。
 あんなに無防備な顔で誰かと一緒にいる兄を、ラファエラは初めて見た。
 それだけは紛れもない事実だった。