kanaco
2025-07-19 00:00:47
8459文字
Public
 

【十二信】よーい、ドン/ゴール、イン

《十二信》
前編よーい、ドン:十二くんに恋する信一くんのキスチャレンジ。信一と十二が九龍城砦で爆走をしている理由。
後編ゴール、イン:勝利した十二くんも加えて十二信のキスチャレンジ。信一と十二が恋人同士になった日。

★前編: よーい、ドン★

まったりとした午後だった。
端的に言って、ヒマであった。

信一の部屋に集まったはいいが目的がない。信一はベッドの上に寝転んで、好きなミュージシャンが掲載された音楽雑誌をパラパラとめくっていた。ベッドのすぐ下に直座りした十二は、手鏡と睨めっこしながら髪を整えている。

「やることねぇー」
手元の雑誌はすでに2周も読み終えた。仰向けの状態で両手を上に伸ばし雑誌を開いていた信一は、退屈が過ぎてパッと雑誌から手を放した。当たり前のことであるが雑誌が顔面に振ってくる。それが思っていたよりも痛くて「ふぐっ」と声が漏れれば「何やってんだオメー」と十二が顔を向けずに呆れた声だけ出す。

「だってヒマなんだもんよ。お前だってさっきっから一生、髪を整えてるじゃん」
そんなにいじってると終いにゃハゲるぞ。

ベッドに寝転がったままにゴロンと反転して十二の傍に寄ると、背を向けているのに十二の櫛がペチンと的確に信一の額を叩いた。
「痛いっ」
「叩くぞテメェ」
「もう叩いてんじゃねぇかよ」
お約束かよ、とムスっとした顔で不満を訴える。十二はそれでも顔を信一の方に向けてくれなかったが、鏡がずれてその半分に信一が映る。もう半分には十二の顔。鏡越しに十二を見て「なぁなぁ」と話しかける。

「外にでも行く?ナンパしにいこーぜ」
「ヤだよ。外は暑いじゃん」
「でもここにいてもつまんねーじゃん。女の子たちいた方が楽しくね?」
「別に」
「イイ娘いたら、そのまま解散しても良いしさ」
「興味なし」
「相変わらずノリ悪ぃなぁ、お前」

ったく~、いっつもそう!と信一は膨れた。それでも誘いをストップしたのは、鏡越しに見える十二の顔が僅かに不機嫌になったのが分かったからだ。

十二は機嫌の良し悪しがそれほど表情や態度にでない。本人が表現として存分に外に出すと決めた時はあからさまなのだが、そうでない場合はできうる限りフラットに努めている。感情の起伏の幅自体は狭い方ではないから、気さくそうに見える普段の様子は十二特有のポーカーフェイスだ。

しかし幼い頃から一緒にいる信一にはそんなもの通用しなかった。信一は誰もが気がつかぬ機微にだって繊細に読み取れる自信がある。だからもしかしたら十二さえも自覚していないかもしれない、そんな小さなイライラを見取ることすら難がなかった。

信一はしばらく、ぼんやりと十二の顔を見つめていた。実のところ、信一は十二といるこういう”のんびり”とした時間が嫌いではない。九龍城砦内の娯楽なんて限られている。その上でずっと一緒にいる。だから昔から慣れ親しんでいるダラダラタイムではあるのだ。ただまぁ、欲を言えばもうちょっと刺激があっていい。あるいは、もう一歩踏み込んだ安らぎに満ちていてもいい。そう、それこそ。

「なぁなぁ」
「何だよ」
しつこいぞ、本当にヒマしてんだなぁお前。と十二がぼやく。

「ナンパが嫌だなんて、お前、女が嫌いなの?」
「好きとか嫌いとかない」
「柔らかいし、すべらかだし、気持ちいし、可愛いのに」
「廟街色町のおねーさま方で間に合ってる」
「じゃぁさぁ、ムラムラしたりしねぇの?」
「しない」
「もしかして男が好き?」
「そういう問題じゃない」
「男にムラムラする?」
「しねぇわ。つーか、何だその質問」

へぇ。

「じゃぁ、俺相手なら?」

十二の動きが面白いくらいにピタッと止まった。
沈黙が訪れる。
短いのか長いのか分からぬ十分な秒数が立った後、ギギギギギと錆びた音がしそうなほど挙動不審なぎこちなさで、十二の首が信一の方へと時間をかけて振り返る。

信一は汗を流しながらもガチガチに強張った十二の顔を見て、意地悪く楽しそうにニンマリと笑った。

「俺は知っているぞ、十二少」

子供の頃、イタズラのフリしてファーストキス奪いにきたのも。
人が気持ちよく寝てるのを良いことに、ときどーき勝手にキスしていることも。
さりげなく俺に立ちそうになっている他の恋愛フラグを圧し折ってみたりしていることも。

俺の観察眼なめてんじゃねーぞ。
龍捲風の右腕、九龍城砦のNO2、そのうえ幼馴染だぞ。
とっくに行動バレバレなんだよ。

もうちょっと詰めてくれねぇと“虎視眈々”とは言えねぇなぁ。

ふふふ~と口元にわざとらしくピンと指をのばした片手をあてて「あらまぁですわよ」と煽る仕草。
十二が急にスンッとした顔をし始めて、だんだんと遠い目になっていく。

あ、こいつ、現実逃避しはじめたな。

そこで信一は全く関連性のないことを話し始めた。
「ところで知ってるか?今、四仔がさぁ。どういう経緯か知らないのだけど4棟9Fの東から12番目の空室の掃除をしているらしい」

「は?」と十二が現実思考を取り返して、怪訝な顔をすると眉間に皺を寄せた。
信一はそれを全く無視すると、上半身を「せいや!」と元気よく起こす。

そうしてグイっと上半身捻り、

“ちゅっ”

わざとらしく音を出して唇を奪う。
そしてとびっきりの笑顔で言った。


「十二、セックスしようぜ!」


十二が口をあんぐりさせた。
両手に持っていた手鏡と櫛がボトッ、ボトッと落ちる。

「相思相愛なんだからいいだろ?」

(おもしれー顔)

「だけどここは平等に、先に四仔にタッチした方が男役の方な」
ルール無用。とにかく四仔に先に触った方が正義!!

茹で蛸かと思う程に顔を真っ赤にした十二の目が、どんどんと吊り上げっていくのを見ながら信一は愉快そうに笑った。そして「平等」とは何をもって言うのか。


「よーい、ドン!」
先手必勝。ルート取り天才。城砦パルクール万歳。


今だ固まっている十二をしり目に、勝手にスタートを叫んでドアを勢いよく開けて走り出す。

まだ部屋に取り残された幼馴染が信一の名前を叫び、凄まじい咆哮を上げているのが聞こえる。

(怖っっっっっっわ!)

おそらく、色々な意味でブチギレたあの虎は3秒後には恐ろしい速度と気迫で猛追してくるだろう。どんな手を使っても追い上げてくるに違いない。
しかし信一も負けるつもりはないのだ。いつだって勝敗は五分五分。まぁ、今回はちょっとズルしている気がしないでもないが。

恋する龍城第一刀は綺麗に笑って、軽やかにショートカットとなる小窓へと飛び込んだ。