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夜明 奈央
2025-07-15 06:15:22
7467文字
Public
久々綾
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久々綾 ずるくて優しい先輩
現パロ 〝可愛い後輩〟から抜け出したいあやべ(ハピエン)
初出 1ページ目:2025年7月8日 2ページ目:同13日
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「ラストオーダーになります」
店員に声を掛けられ、飲み始めてから随分時間が経っていたことに気がついた。ラストオーダーということは、とうに終電は過ぎている。久々知先輩といるといつも先輩が時間を気にしてくれているから、自分で終電を意識したことなんてなかった。そういえば先輩の家はこの辺りなんだっけ。自分が終電の心配をしなくていいから、僕のことまで考えが回らなかったのかも。
それか、僕のことお持ち帰りでもする気だったらいいのに。ひっそり可能性を思い描いて、期待するだけ無駄だと棄却した。
半年前にした告白の返事を、僕は未だに貰えていない。その場で振られて2度と顔を合わせられなくなる覚悟はしていたのに、振られることも受け入れられることもなく、なかったみたいにして交流が続いている。僕の気持ちは宙ぶらりんだ。
可愛がられている自信はある。今夜飲みに誘ってくれたのは先輩で、こうして終電がなくなるまでくだらない話で盛り上がることもできる。けれどそこには色めいた気配のひとつも生まれない。〝ただの後輩〟よりはもう少し近い気がするが、僕がなりたい〝恋人〟には程遠い。好きだといくらアピールしても全く伝わっていないようだから、せめて意識くらいしてほしいと思ったのに、全くの無駄骨だったわけだ。
「喜八郎は何か頼む?」
「あー、デザートにアイス食べたいです」
「いいね。俺も食べたい」
僕がこんなことをつらつらと考えている間に、先輩はハイボールの追加注文を済ませていた。まだ飲むらしい。先輩に尋ねられ、僕もメニューをペラペラめくる。2人でアイスのページを覗き込んで、それぞれスタンダードなアイスを注文した。
店員が注文を復唱してテーブルから離れていったのを確認してから、できるだけなんでもないみたいに告げた。
「僕、終電なくなっちゃいました」
「えっ」
先輩はびっくりしてスマホの画面で時間を確認して、渋い顔を作った。
「ごめん、今日徒歩だったからうっかりしてた」
「先輩が謝ることじゃないですよ。僕が忘れてたのが悪いんです」
「じゃあ、今日は俺ん家泊まってく?」
先輩の返答が予想通りでちょっと面白い。なんて思っていたのは束の間、突然のお誘いに心臓がどきりと跳ねた。けれど悔しいことに、僕が期待してるような意味は絶対に含まれていない。先輩は後輩としての僕を気に入っているから、こうやってしょっちゅう勘違いしそうなことを言う。終電がなくなってしまった可哀想な後輩を泊める。先輩が考えているのは字面通りのことだ。
もっと昔、告白する前には何度かお泊まりしたことがある。当然その時にも何もなかった。精々先輩の寝顔や寝起きの緩んだ姿に僕が勝手に胸をときめかせていたくらいだ。だから泊まったって何も起きない。だけど僕はどうしたって期待してしまうから、後でがっかりするくらいなら初めから何もない方がいい。
もうそろそろ、僕だって疲れてきちゃった。
「僕が先輩のこと好きだって言ったの、忘れちゃいました?」
「あっ、いや、何もしないからね!?」
「何もしないなら帰ろうかな」
たぶんその気にさえなれば先輩を無理やり組み敷くことはできるけど、僕が望むのはそういうことではない。
「
……
するわけないだろ、酔っ払い相手に」
先輩がぼそりと言った。聞き間違いかと思った。
「それだと酔っ払いじゃなければ何かするつもりみたいですけど」
期待するな期待するな期待するな。
心の中で必死で唱える。そうだ先輩はきっと酔っているんだ。1時間程前からノンアルコールに切り替えている僕と違って、先輩は最初から今までずっとアルコールを摂り続けている。全然酔っているようには見えないけれど、元々あまり顔に出ないタイプだから全然わからない。
「
……
ごめん、俺やっぱり酔ってるかも」
ほら、どうせそんなことだろうと思った。あれだけ期待しちゃダメだと思っていたのに、ちょっとがっかりしてる自分が悔しい。
一瞬気まずい沈黙が降りたところで、店員がラストオーダーで頼んだアイスとハイボールを持ってきた。先輩は抹茶、僕はチョコレート。誤魔化すみたいに目の前のアイスに集中する。
「忘れたつもりはないんだよ。ないけどさ。でも急にそんなこと言われたってびっくりするじゃん。喜八郎のことは好きだよ? でもそれこそそういうことできるのかって言われると自信ないっていうか
……
」
「じゃあ試してみます?」
あーあ、僕は本物のバカだ。どうせ断られるに決まってるのに。すぐさま後悔が押し寄せるけど、うだうだと今更な言い訳を聞かされるのに苛立ってしまったのだから仕方がない。
これをもっと早い段階で聞かされていればまだ気長に待とうと思えたかもしれないのに、もう半年だ。まだ僕が心変わりしていないと信じているあたり、傲慢としか思えない。悲しいかな何年も片想いしている所為で、半年放置されたくらいではちっとも諦められていないけれど。
しばらく待っても先輩の返事はない。ほらやっぱり、そんな度胸もないくせに。心の中で毒吐いてる間にちっぽけなアイスは完食してしまった。先輩はまだアイスが半分以上、ハイボールは丸々残っている。
「僕帰りますね」
店員にタクシーを呼んでもらおうと呼び出しボタンに手を伸ばす。でも先輩の手に阻まれて、それを押すことはできなかった。
「今日、やっぱり泊まってって」
「まさかほんとに試してみるつもりですか?」
先輩が言葉を飲み込む。そのまましばらく返事を待ってみたが、一向に続きはない。店員が空いた隣の席を片付けに近づいてくる。そちらに声を掛けようとすると、先輩がようやく口を開いた。
「今夜は何もしないよ。俺酔ってるから。喜八郎もでしょ? 試してみるのは、明日の朝にしよう」
「そうやって、明日の朝にはまたなかったことにするつもりなんでしょう」
「しないよ。しないから。俺飲んだからって記憶失くしたりしないし、信用ならないなら誓約書書いたっていい。だから今日は俺の家に泊まっていってよ」
「なんでそこまでするんです」
「だって終電終わっちゃったなら、もう何時に帰ったって同じだろう? 同じなら、もっといっぱい話したい」
ムカつく。本当にムカつく。先輩はこうやってすぐ僕の気持ちを弄ぶ。でもいちばんムカつくのは、こんなのにあっさりときめいてる自分自身だ。
僕が返答に困っていると、先輩はテーブルにあったアンケート用紙を手に取った。備え付けのペンで、用紙の裏に文字を書き始める。
「明日、久々知兵助は綾部喜八郎にちゅーします」
続いて今日の日付とサイン。
「ほら、これでいいだろう?」
書き終えると、先輩はそれを得意気に突き出してきた。
色んなことが頭をぐるんぐるんする。試してみるってその程度かとか、先輩がちゅーって書いたとか、どうせ明日の朝にはこれを見て頭を抱えるに決まっているとか。
でも結局全部言えなくて、もらった紙をぐしゃりと握り潰した。
「じゃ、決まりな!」
先輩が伝票を持ってレジへ向かう。アイスもハイボールもまだ残っているのに咎めることもできなくて、僕は黙って先輩の後ろをついていった。
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